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13話
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言葉を紡ぐライの表情は苦々しい。その表情から、ハウツの姉・カリーナはあまり良くない行動を取ったんじゃないかと推測された。
「……彼の運命の相手は自分だからと、その婚約者と別れさせようとしたらしい。勿論、ぽっと出のよく知らない女の言い分を聞き入れるヤツなんていない。男は当然拒否したけど、カリーナは理解できなかったそうだよ。結局力づくでその幼馴染みを排除しようとして、結局番にも逃げられて……」
――そして死を選んでしまった……というわけか……。
俺は周囲を睨み続けるハウツに目を向けた。ぶるぶると震える左手で、右手首を飾るブレスレットを握り込んでいる。
「煩いんだよ、お前ら。姉さんが……カリーナが番を手に入れることができなくて、どんなに苦しんだのか知らないくせに」
山の中腹で出会った時、ルーカスが「ハウツは番否定派」だと言っていた。そして「少し前からアイツの行動が変わった」とも。それは姉の死が切っ掛けなのかもしれなかった。
「だからって同情はしないけどな」
「え? なにか言った、ノア?」
ボソっと呟く俺に、ライが心配そうな顔をする。俺はそれに対してなにも答えずに、一歩ハウツに近付いた。
「ルーカスをどこにやった」
「私が答えるとでも?」
俺は、狂気に染まるハウツの金の瞳を真向から受け止める。そんな俺に対して、ハウツは唇を歪め憎々しげな声を捻り出した。
「ルーカスは昔から強くて優しくて、誰よりも格好よかったんです。その彼が、番を見つけたって? あんなに強かったルーカスが孤児上がりの人族の愛情なんか求めて、姉さんみたいに壊れていくなんて我慢できるわけがない」
「他人の番関係に手を出すのは禁忌だよ、ハウツ!」
俺達の会話から、流石になにかを察したのかライが叫ぶ。でもハウツは、ライの方などちらりとも見ず、ただ俺だけを睨み続けていた。
「既に番を見つけた以上、もう元のルーカスには戻らない。それなら、まだ自我がある内に死んだ方が、彼も幸せなんですよ」
「……お前が勝手に決めるんじゃねぇよ」
ハウツの身勝手な主張に俺の怒りも頂点を超え、声も自然と低くなる。俺はヤツの胸ぐらを片手で掴んで引き寄せると、顔をぐっと近づけて近距離でハウツを睨んだ。
「孤児上りは愛情に乏しい? 与えられる愛情にも無関心? そりゃそうさ、誰が孤児に愛情を注いでくれるっていうんだ。そんな見た事も感じた事もない感情に気付けって事自体が無理な話なんだよ」
「はっ……」
ハウツも反論しようと口を開くが、なに一つ言葉を出せずに荒い息だけが洩れ出るだけだった。俺に気圧されたのか、周りに集まっている獣人達も誰一人として口を開かない。
「そんな孤児が、無条件に差し出される愛情に気付けたとして、簡単に受け入れられると思うのか? そんなわけねぇだろ。騙されるもんかって跳ねのけるのが普通だ。孤児上りが愛情を受け入れるには、ソイツを信じる事ができるだけの時間が必要なんだよ」
差し出された愛情を疑い、いつか離れていくものだと何も望まず、それでも淡い期待を捨てきれないのが孤児上りの特徴だ。俺達は愛情を素直に受け取ることができず、相手を試して、試して、試し尽くした挙句、心の奥底に猜疑心を封じ込めて漸く受け取るのだ。
ルーカスは、そんな俺に惜しむ事なく愛情を注いでくれた。だからこそ、俺はアイツを受け入れたんだ。受け入れた以上、手放すなんて選択肢は俺にはない。
「ルーカスは、手間暇かけて俺にヤツの愛情を信じさせてくれたんだ。この俺がそれを受け入れた以上、ルーカスは俺のものだ。誰にも譲る気はない。アイツは一生俺の側にいて、俺の側で死ぬんだよ」
その言葉に戦意喪失したのか、俯いて口を噤んだハウツを冷めた目で眺め、俺はヤツを突き飛ばすようにして手を離した。
「さあ、そろそろ俺のもんを返してくれ。ルーカスはどこだ?」
「……南側の崖の下にある洞窟」
ぼそっと洩らされた情報を聞き、俺は踵を返してヤクーの元へと向かった。
「ノア、ルーカスの所に行くの? 今から?」
俺の後についてきていたライの質問に、俺はコクリと頷き、そのままヤクーに跨る。
「冒険者Sランクのルーカスが大人しく囚われているわけないし、多分怪我しているか、毒を喰らったかしてるはずだから。さっさと迎えに行ってくる」
「戻ってきたら、ウチにおいで! 食事と手当の準備もしておくから!」
そう叫ぶライの声を後ろに聞きながら、俺は手綱を引いて一気にヤクーを走らせ始めた。
洞窟がある南側の崖は、この郷を訪れる時に遠目で見たから大体の場所は把握している。
ヤクーの脚力を最大限に引き出して走らせ、遠くに見えていた崖の下に辿り着いたのは、既に昼も随分過ぎた頃となっていた。
まばらに木が植わり、少し背の高い草が茂る崖下をぐるりと見渡す。
そして茂る低木に隠れた穴を見付けた俺は、ヤクーから飛び降りて大きな声でルーカスを呼んだ。
「ルーカス!」
アイツの優れた聴力なら聞こえるはずなのに、なに一つ反応がない。俺は足早に洞窟に近付くと、そのまま中へと足を踏み入れた。
中は陽の光が届かず、じっとりと湿りどんよりとした闇に包まれている。
俺はポーチからライト効果のある半貴石を取り出すと、起動させて明りを灯した。これの光は弱く半刻程度しか持たないけれど、無いよりマシだ。
「ルーカス! 返事しろ!」
辺りに注意をしながらも奥へ奥へと進み、ほどなくして洞窟の一番奥へと辿り着いた。そこには格子が取り付けられており、中に横たわる人影が見える。
「ルーカス!」
格子に飛びついて見ると、確かにその人影はルーカスだった。
「ルーカス! 起きろよ、ルーカス‼」
「う……」
眉間に皺を寄せ小さく呻くが、目を開ける様子はない。俺は焦る気持ちを抑え、腰に下げていた剣で邪魔な格子を薙ぎ払って中へと足を進めた。途端にすえた血の匂いが鼻を掠める。
「っ⁉」
反射的に光をそちらに向けると、少し離れた場所にグリフォンに似た魔物の死骸が転がっていた。
血の固まり具合から、仕留めて半日は経過しているようだ。首に剣の傷もあるし、ルーカスが仕留めたに違いない。
死んでいるのなら、放置しても構わない。今はルーカスが優先だ。
俺は光を移動させて、ルーカスの身体を照らした。深い傷はないが、その息は荒く苦しそうだった。
「毒……か?」
すぐにでも解毒剤を使用したかったけれど、光が使える残り時間を考えると先に外に出た方が良さそうだ。
俺はルーカスの脇から腕を差し込み背中に回すと、背負うような形で運び始めた。ずるすると半ば引きずるような形で移動しながら、ルーカスに声を掛ける。
「あと少しだから、ルーカス、頑張ってくれ」
何度目かの声掛けの後、ルーカスの腕がピクリと動いた。
「…………ノア、の匂いが、する」
掠れた声が聞こえ、俺は自分の肩に頭を乗せるルーカスに顔を向けた。
「ルーカス⁉ 目、覚めたのか?」
「やっぱり……ノア、だ。なんで、ここに……? お前、に、ケガ、ねぇのか?」
途切れ途切れだけど会話は成立する。その事にほっと安堵しながら、俺は足に力を入れて歩き始めた。
「俺は大丈夫だから。取り合えず、外に出るぞ」
「っ、ああ、そう……だな」
緩慢に頷くと、ルーカスは俺の肩に凭れ、よろめきながらも自分の脚で立って歩き始めた。
無理をしているのではと心配になったけれど、少しでも早く外に出て手当をした方が良い事には変わりない。
そのまま先を急ぎなんとか外に出ることができたけれど、同時にルーカスの力も尽き、ヤツはがっくりと両膝を着いた後そのまま倒れ込んでしまった。
「ルーカス、大丈夫か?」
声を掛けても反応がない。呼吸は更に浅く荒く、眉間の皺も深くなっている。
グリフォンは尾っぽの蛇が毒を持つ。グリフォンに似たキメラなら、同じく尻尾の蛇が毒を持っていた可能性が高い。
急いでルーカスの身体をチェックした俺は、ルーカスの左腕に黒ずんだ皮膚と小さな丸い穴があるのを発見して、「やっぱり」と思った。
ライから受け取っていた解毒剤を幾つか取り出し、その中から一つを選んでルーカスの口に含ませる。
なかなか嚥下できなかったけれど、俺がルーカスの頭を支え角度をつけるとゴクリと喉が鳴り、なんとか飲み込む事ができた。
「……彼の運命の相手は自分だからと、その婚約者と別れさせようとしたらしい。勿論、ぽっと出のよく知らない女の言い分を聞き入れるヤツなんていない。男は当然拒否したけど、カリーナは理解できなかったそうだよ。結局力づくでその幼馴染みを排除しようとして、結局番にも逃げられて……」
――そして死を選んでしまった……というわけか……。
俺は周囲を睨み続けるハウツに目を向けた。ぶるぶると震える左手で、右手首を飾るブレスレットを握り込んでいる。
「煩いんだよ、お前ら。姉さんが……カリーナが番を手に入れることができなくて、どんなに苦しんだのか知らないくせに」
山の中腹で出会った時、ルーカスが「ハウツは番否定派」だと言っていた。そして「少し前からアイツの行動が変わった」とも。それは姉の死が切っ掛けなのかもしれなかった。
「だからって同情はしないけどな」
「え? なにか言った、ノア?」
ボソっと呟く俺に、ライが心配そうな顔をする。俺はそれに対してなにも答えずに、一歩ハウツに近付いた。
「ルーカスをどこにやった」
「私が答えるとでも?」
俺は、狂気に染まるハウツの金の瞳を真向から受け止める。そんな俺に対して、ハウツは唇を歪め憎々しげな声を捻り出した。
「ルーカスは昔から強くて優しくて、誰よりも格好よかったんです。その彼が、番を見つけたって? あんなに強かったルーカスが孤児上がりの人族の愛情なんか求めて、姉さんみたいに壊れていくなんて我慢できるわけがない」
「他人の番関係に手を出すのは禁忌だよ、ハウツ!」
俺達の会話から、流石になにかを察したのかライが叫ぶ。でもハウツは、ライの方などちらりとも見ず、ただ俺だけを睨み続けていた。
「既に番を見つけた以上、もう元のルーカスには戻らない。それなら、まだ自我がある内に死んだ方が、彼も幸せなんですよ」
「……お前が勝手に決めるんじゃねぇよ」
ハウツの身勝手な主張に俺の怒りも頂点を超え、声も自然と低くなる。俺はヤツの胸ぐらを片手で掴んで引き寄せると、顔をぐっと近づけて近距離でハウツを睨んだ。
「孤児上りは愛情に乏しい? 与えられる愛情にも無関心? そりゃそうさ、誰が孤児に愛情を注いでくれるっていうんだ。そんな見た事も感じた事もない感情に気付けって事自体が無理な話なんだよ」
「はっ……」
ハウツも反論しようと口を開くが、なに一つ言葉を出せずに荒い息だけが洩れ出るだけだった。俺に気圧されたのか、周りに集まっている獣人達も誰一人として口を開かない。
「そんな孤児が、無条件に差し出される愛情に気付けたとして、簡単に受け入れられると思うのか? そんなわけねぇだろ。騙されるもんかって跳ねのけるのが普通だ。孤児上りが愛情を受け入れるには、ソイツを信じる事ができるだけの時間が必要なんだよ」
差し出された愛情を疑い、いつか離れていくものだと何も望まず、それでも淡い期待を捨てきれないのが孤児上りの特徴だ。俺達は愛情を素直に受け取ることができず、相手を試して、試して、試し尽くした挙句、心の奥底に猜疑心を封じ込めて漸く受け取るのだ。
ルーカスは、そんな俺に惜しむ事なく愛情を注いでくれた。だからこそ、俺はアイツを受け入れたんだ。受け入れた以上、手放すなんて選択肢は俺にはない。
「ルーカスは、手間暇かけて俺にヤツの愛情を信じさせてくれたんだ。この俺がそれを受け入れた以上、ルーカスは俺のものだ。誰にも譲る気はない。アイツは一生俺の側にいて、俺の側で死ぬんだよ」
その言葉に戦意喪失したのか、俯いて口を噤んだハウツを冷めた目で眺め、俺はヤツを突き飛ばすようにして手を離した。
「さあ、そろそろ俺のもんを返してくれ。ルーカスはどこだ?」
「……南側の崖の下にある洞窟」
ぼそっと洩らされた情報を聞き、俺は踵を返してヤクーの元へと向かった。
「ノア、ルーカスの所に行くの? 今から?」
俺の後についてきていたライの質問に、俺はコクリと頷き、そのままヤクーに跨る。
「冒険者Sランクのルーカスが大人しく囚われているわけないし、多分怪我しているか、毒を喰らったかしてるはずだから。さっさと迎えに行ってくる」
「戻ってきたら、ウチにおいで! 食事と手当の準備もしておくから!」
そう叫ぶライの声を後ろに聞きながら、俺は手綱を引いて一気にヤクーを走らせ始めた。
洞窟がある南側の崖は、この郷を訪れる時に遠目で見たから大体の場所は把握している。
ヤクーの脚力を最大限に引き出して走らせ、遠くに見えていた崖の下に辿り着いたのは、既に昼も随分過ぎた頃となっていた。
まばらに木が植わり、少し背の高い草が茂る崖下をぐるりと見渡す。
そして茂る低木に隠れた穴を見付けた俺は、ヤクーから飛び降りて大きな声でルーカスを呼んだ。
「ルーカス!」
アイツの優れた聴力なら聞こえるはずなのに、なに一つ反応がない。俺は足早に洞窟に近付くと、そのまま中へと足を踏み入れた。
中は陽の光が届かず、じっとりと湿りどんよりとした闇に包まれている。
俺はポーチからライト効果のある半貴石を取り出すと、起動させて明りを灯した。これの光は弱く半刻程度しか持たないけれど、無いよりマシだ。
「ルーカス! 返事しろ!」
辺りに注意をしながらも奥へ奥へと進み、ほどなくして洞窟の一番奥へと辿り着いた。そこには格子が取り付けられており、中に横たわる人影が見える。
「ルーカス!」
格子に飛びついて見ると、確かにその人影はルーカスだった。
「ルーカス! 起きろよ、ルーカス‼」
「う……」
眉間に皺を寄せ小さく呻くが、目を開ける様子はない。俺は焦る気持ちを抑え、腰に下げていた剣で邪魔な格子を薙ぎ払って中へと足を進めた。途端にすえた血の匂いが鼻を掠める。
「っ⁉」
反射的に光をそちらに向けると、少し離れた場所にグリフォンに似た魔物の死骸が転がっていた。
血の固まり具合から、仕留めて半日は経過しているようだ。首に剣の傷もあるし、ルーカスが仕留めたに違いない。
死んでいるのなら、放置しても構わない。今はルーカスが優先だ。
俺は光を移動させて、ルーカスの身体を照らした。深い傷はないが、その息は荒く苦しそうだった。
「毒……か?」
すぐにでも解毒剤を使用したかったけれど、光が使える残り時間を考えると先に外に出た方が良さそうだ。
俺はルーカスの脇から腕を差し込み背中に回すと、背負うような形で運び始めた。ずるすると半ば引きずるような形で移動しながら、ルーカスに声を掛ける。
「あと少しだから、ルーカス、頑張ってくれ」
何度目かの声掛けの後、ルーカスの腕がピクリと動いた。
「…………ノア、の匂いが、する」
掠れた声が聞こえ、俺は自分の肩に頭を乗せるルーカスに顔を向けた。
「ルーカス⁉ 目、覚めたのか?」
「やっぱり……ノア、だ。なんで、ここに……? お前、に、ケガ、ねぇのか?」
途切れ途切れだけど会話は成立する。その事にほっと安堵しながら、俺は足に力を入れて歩き始めた。
「俺は大丈夫だから。取り合えず、外に出るぞ」
「っ、ああ、そう……だな」
緩慢に頷くと、ルーカスは俺の肩に凭れ、よろめきながらも自分の脚で立って歩き始めた。
無理をしているのではと心配になったけれど、少しでも早く外に出て手当をした方が良い事には変わりない。
そのまま先を急ぎなんとか外に出ることができたけれど、同時にルーカスの力も尽き、ヤツはがっくりと両膝を着いた後そのまま倒れ込んでしまった。
「ルーカス、大丈夫か?」
声を掛けても反応がない。呼吸は更に浅く荒く、眉間の皺も深くなっている。
グリフォンは尾っぽの蛇が毒を持つ。グリフォンに似たキメラなら、同じく尻尾の蛇が毒を持っていた可能性が高い。
急いでルーカスの身体をチェックした俺は、ルーカスの左腕に黒ずんだ皮膚と小さな丸い穴があるのを発見して、「やっぱり」と思った。
ライから受け取っていた解毒剤を幾つか取り出し、その中から一つを選んでルーカスの口に含ませる。
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