クロス・ボーダー 京都侵略編

Cheeze Charlotte

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Premonition of Loss

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神奈川の山奥に佇む古めかしい屋敷。インフラなんてものとは無縁な山奥であるものの、その場所にだけは電気も上下水道もある。
周囲には鳥のさえずり、頼りない風の音。
木漏れ日の中にひっそりと、それでいて構えるようなその屋敷に一人、訪問者が現れた。
全身を黒い服装で包み、黒い帽子まで身に着けている。帽子とコートの隙間から艶のある長い髪が垂れている。
獣道を取ってきたであろう訪問者の姿には、汚れ一つない。
訪問者は慣れた足取りで門へと進む。
門が勝な手に開く。
その瞬間、彼女は短刀を構えた。屋敷の入り口には人の気配はない。
その瞬間、カメラから姿を消した。
これ以上、モニターを見ている必要はない。電源を落とし、椅子から立ち上がる。あの娘が来る前にお茶くらいは用意しておこう。
「動くな」
「情熱的訪問だね。嬉しいよ」
首筋に短刀が食い込む感覚がする。その他に感じるのは明確な敵意だ。
「Save your breath!」
海外にでも行っていたのだろうか。英語で怒鳴る必要はない。それに僕は英語が苦手だ。けれども英語の表現を使って言葉を返したい。
「君にとっては僕を殺すことなどpiece of cakeのはずじゃ…………」
この刹那、短刀が動く。
……いや、人の話くらい聞けや。
彼女は短刀を首に突き立てようとする。が、そこでやられる自分ではない。
「なにをしたいのかな?」
そのまま彼女の体を投げ飛ばす。彼女の体は宙を舞う…………のだけど手ごたえが恐ろしいほどない。
「まどろっこしいお嬢様、ね」
桐原家の特脳。他人の五感に作用し、相手の状況認識を狂わせる。さすが桐原家の当主様、と言ったところだ。
と同時にブレーカーが落ちる音がする。暗い場所では否応なく視覚が奪われる。周囲の認識のほとんどを視覚に頼っている人間である以上、警戒するのが通常であろう。
けれども今回はその必要がない。
そのまま客間に向かう。
そこには桐原幸の姿がある。
「お茶くらいすぐに出しなさい」
「すまないね。君の気まぐれに付き合った結果、遅くなってしまった」
幸はあからさまに顔をしかめると「きっも」と吐き捨てた。出会い頭に言う言葉ではないはずだ。それにこの茶番劇を持ち掛けてきたのはこちらではない。
「とりあえず紅茶はいかがですか、桐原家の長女さん」
「ブラック」
さすが桐原家の長女とだけあって佇まいが上品である。それにしてもいつもブラックコーヒーばかり飲みたがっている。甘党の僕にはわからない。彼女は三十代後半にもなる男がコーヒーも飲めないのは恥だと言うが、紅茶だって十分なくらい上品だと思う。
「それで?僕のことを殺めようとした理由を伺おうか」
襲われる理由なんてものは僕にはない。確かに僕は世界的に見ても珍しい存在であることは認める。それが己の危機を招くことだとも理解している。けれども目の前の彼女は、それを踏まえても、僕を襲う理由がない。
「破山の血を引いていると聞いたのだけど」
「なぜ知っているのかな?」
「茶番も休み休み言え。教えてくれたのは弥祇のほうでしょ」
その言葉を無視する。もう茶番劇は終っている。
「で?わざわざ殺し合ったように見せてまで隠したいことって?」
幸は姿勢を正した。彼女につられてティーカップを置く。
「共線の新情報。それも最高機密レベル」
幸の表情は曇っている。これは僕の当たらない予感ではあるけども、最悪な状況に陥ったかのような雰囲気だ。角に悲観するのは視野を狭める。
「来るよ。『終極』が」
彼女の声には感情が無かった。無理をして気持ちを押さえつけているのだろう。
「目的は破山。反異人の幹部も焦っているようね。おかげであんな茶番が必要だったわけよ。いつ監視されているのかわかったもんじゃないわ」
「どこで殺すつもり?」
「京都。修学旅行だってさ」
考えたものだ。修学旅行であれば子供たちだけで行動する日が一日ある。いくら破山の血を引いているとは言えども共であることには変わりがない。子供の仕事は楽しく成長することだ。戦うことじゃない。
「私についてきて」
彼女は大きな戦力になる。
「来ない方がいい」
けれども、幸の身を危険にさらしたくはない。
「君は安全を優先させてほしい」
ここで失敗すれば、僕はまだしも、幸は生きていられないだろう。幸が生きていない世界に何の意味があるというのだろう。
「私は桐原家の長女よ?」
「知ってるよ。同時に僕の妻でもある。」
だから。
「幸、残っていてくれないか?」
それに、僕が死んでも僕らの子供は残る。
きっと、岡野雷が後を継いでくれる。


疑いようもなく快晴。
初夏のけだるい雰囲気が飛ばされつつあった。
「ねえねえ!」
新幹線の車内。横にいるのはクラスメイトにして、友達と呼べる数少ない相手、佐川八重がいる。
「なに?」
彼女に対していつも通りの口調で言葉を返すのがここにいる破山結菜。そう、私自身だ。
「大阪駅だよ!あの大阪だよ!」
別に騒ぐことでもない。私たち京都に向かう修学旅行生からしたらただの通過駅でしかない。だというのにずっと行きたかった場所にたどり着いた、と言わんばかりのまぶしい笑顔を向けてくる。
八重が明るいのはいつものことだけど、ここまでハイテンションなのは初めて見る。修学旅行だし、気分が高ぶっているのは理解できる。というのも私も同じくハイテンションだからだ。つとめて外に向かって表現しようとは思わないけれど。
八重ほどは、はしゃいでいないけど。
「U.S.Jがあるね」
「うん!」
威勢のいい返事が返ってきた。私は今、反応に困っている。
まあ、でもその気持ちは分らんでもない。しかし、飛び跳ねることはしない。飛び跳ねて喜ぶような相手もいない。八重とは喜びを分けてもらうような関係でいたい。
「今から京都までさ、オセロしよっか」
そう言いながら携帯オセロ盤を開く。自然と私は黒い駒を手に取り、同じタイミングで彼女は白を取った。
「私からいっくよ~」
ハイテンションな始まりのオセロだ。
ここからはお互い勝負に集中する時間が続く。一定のリズムで駒が置かれていく。そして時々、間が生まれる。
周りではウノやら大富豪やらトランプで盛り上がっているクラスメイトもいる。
そんな生徒たちを乗せた新幹線は、京都駅に到着する。
新幹線のドアが開く。
中学生が京都に降り立つ。
新幹線のドアが閉まる。この時、日向と目が合った。彼は控えめに手を振ってくれた。私も手を振り返す。家族のいない私の恋人、私の世界の全てである日向も、少し楽しげだった。
「ほら、行くよ!八重!」
私もはしゃいでいた。
初めての京都。すぐ近くに友達がいて、恋人がいる幸せな空間で二泊三日を過ごすことが出来るという安心感。けれども言いようのない不安があるのも確かだった。
何かが私を見つめているかのような、そんな   
「どうかした?」
「ううん、何でもない」
早口にそう返した。
誰かが私を包むような気配。
誰かが私を捉えて離さないような、そんな予感。
現実的に言えば、そんな第六感的なものはただの気のせいであって気にすることでもない。
乗っていた新幹線のドアが閉まる。
肌に突き刺さるような、独特の気配。

妙に生々しいその感覚は、無視することのできない現実的な空気を運んできた。
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