“絶対悪”の暗黒龍

alunam

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第76話 母と娘と 後

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 『お母さん』……そう言ったアンリの表情はどこか戸惑っているけど、再会した喜びを隠せないみたいです。
 ……今すぐにでも駆け寄って行きたい衝動に突き動かされてそうで……でも近づいてはいけない状況だから我慢している。そんな感じがする……

 本当にアンリは賢い。とても理性的だ……悲しい程に……
五歳でここまで感情に左右されない行動が出来るなんて多分普通じゃない。自分がこの位の時には、大姉さんが仕事で外出する度に泣いていた気がする。単純に私が幼かっただけかもしれないけど……

 そう邪推してしまう程にアンリがお母さんと呼ぶ相手は普通じゃない。見た目で判断するつもりは無いけど、異様では無く異形の体を持つ相手の底知れない不気味さにそう思ってしまう……うん、それに多分嫉妬心が加算されてしまってもいるのだろう。

 ゴーレムの前に出ると立ち止まり、静かに佇む彼女が放つ聖母のオーラは大人の私でも安心感を覚える。ましてや子供のアンリなら耐えがたい魅力と安らぎを感じている事でしょう。両方とも私には無い物だ……腹を痛めて出産の経験も無い、まだ若輩の私には……
 だからと言って複数のゴーレムに囲まれ、更に得体の知れない高位魔族並の強大な反応を示す相手と対峙しているこの状況でねたそねんでいる場合でもない。

 今は只、対峙しているだけの状況ですが油断は出来ません。出来るなら相手に動きが無い内に先手を取りたい所ですが、瞳の無い目ではどこを見ているかも読み取り辛い……迂闊に動けば間違いなく致命的な反撃を貰う事になるだろう。
 それにアンリがお母さんと呼ぶ人……人で無いのは間違いないが、親愛の情を感じている者に問答無用で斬りかかるのは気が引けます。

 こちらから仕掛ける訳にはいかない以上相手の出方を待つしかないのですが、表情の無い仮面からはやはり伺い知る事が出来ません。相変わらず向かい合っているだけの時間が過ぎて行く。

 ……いえ、実際には大した時間では無いのでしょう。この気配を感じた時から止まらない私の胸の騒めきが、一瞬を遥かな時間へと変えている。
 自分でも理解の出来ない想いが、走馬燈の様に考えをグルグルと巡らせては元に戻る事への焦りと苛立ち。考えても意味の無い事だと分かっているのに考えてしまう……そんな苦痛な時間だからかもしれない。

 私の結論は結局こうだ……この状況下では絶対にアンリを迎えに来たり、気遣って出て来た訳では無い事が一つ。もう一つは……



 「『絶対悪アンリ・マンユ』、あなたがここに戻って来る事はプロジェクト進行上必要ありません。直ちに地上に戻り任務を再開しなさい。」

 唐突に掛けられた声はその内容とは裏腹に、聞く者の心を和ませる柔らかな音色で部屋に響いた。……だからこそ、より残酷に聞こえる言葉をアンリに刻みつけていく。

 「おかあさん……」

 「もう『お母さん』ではありません。あなたと別れた地上で話した通りです。基本教育・情操教育を済ませたあなたに対する私の任務は終了しています。」

 「でも……」

 「明確な問いでなければ答える事は出来ません。あなたの情操教育を円滑にする為の機能『マム』は既に消去されています。曖昧さを回避する為に明確な問いでの質問をどうぞ。無ければ直ちに地上に戻り任務を再開しなさい。」

 「だって……」

 「任務内容を忘れたのならもう一度説明しますP003。任務内容は≪精神憑依器メンタルポゼッション……地上での俗称『アヴェスタ』に擬態した強制型メンタルポゼッション『パンドラ』の運搬及び広域での展示≫です。パンドラ専用に調整されたあなた専門の任務になります。またパンドラの所有者となる事であなたの称号は『絶対悪』となります。地上では個体毎に名前を付ける習慣がありますので今後はアンリ・マンユを名乗りなさい。」

 抑揚の無い、事務的な説明の言葉が淡々と口の無い仮面から流れてくる。感情をこめて愛の歌でも唄ってくれれば間違い無く聞き惚れてしまいそうな美声で……子供に向けるには難解な言葉の羅列がアンリに向けられている。
 それでもアンリ本人は戸惑いながらも聞き洩らさない様に一生懸命に母と呼ぶ存在を見つめている……その眼に涙を滲ませながら……一生懸命に耐えている。




 母だった者たる思慮の欠片も無い……唯、それが仕事だからだと言わんばかりの説明はやがて終わった。

 少しの沈黙が訪れるが、アンリの小さな口から静寂は破られた……小さな肩と声を震わせながら……
 
 「……だっておかあさんは、あのとき『このほんがあなたをまもってくれるから、もってなさい』って……」

 「機能を活用出来ていた当時は幼児向けに目的を簡略化して口答する事が出来ました……が、不正確な内容を含んでいた様です。あの機能は欠陥品だったようです。」

 娘のか細い声に答える母親の声はどこまでも事務的で冷たい……それでも涙に耐えながら、消え入りそうになる声でアンリは必死に思いを言葉にしていく。



 「ちゃんといいつけどおりに、しっかりもってたよ……そしたらね……」

 いつまで……

 「とられそうになったり……やさしいひとがもどしてくれたけど……きゅうにそのひともこわくなって……アンコウちゃんにつれていかれたところのおじいちゃんも……やさしいがこわいになって……それでも」

 いつまで黙って聞いていればいいの……

 「それでもちゃんと“いい”こにして、いわれたとおりにもってたよ……アンコウちゃんからは『あぶないからもってちゃダメ』っていわれちゃったから……」

 いつまで悲しいのを我慢しながら愛情の欠片も示さない母親に語りかけるアンリを見なければいけないの……

 「だから……いいつけやぶっちゃったから……“わるい”こになったから、おかあさんおこってるの?おかあさんもやさしいじゃなくなったの……?」

 「良い、悪い……あなたが善か悪かへの問いならば解答は二元論です。我々側の立場で言えばあなたの行いは善。地上側の観点ならば悪になります。特にあなたは地上側には災厄と呼べる規模の被害を出す事も想定されています。それがパンドラを持つ者が絶対悪の称号を得る所以ですから。」

 「……わたし……わるいこなの……?」

 「あなたは地上では“絶対悪”です。それ以上でもそれ以下でもありません。理解出来たならば任務に戻りなさい。責任を果たさない欠陥品など我々にとっても……」

 どこまでも淡々と答える感情無き者の言葉を、突然鳴り響いた爆音が途中で遮った!



 広い空間とはいえ、雷の破裂音が室内で起きれば反響で耳鳴りがするのは免れないかもしれません。当然アンリの耳は私が塞いでいるのでアンリに影響はありませんけど。

 「それ以上言わせる訳ないでしょう……?」

 突如として弾けた爆雷の正体とは?……勿論、私の雷撃魔法だった。  
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