“絶対悪”の暗黒龍

alunam

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第77話 母と母と

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 そっと塞いでいた耳から手を離すと、きょとんとした目で私を見上げてくるアンリと視線が重なる。零れた涙が頬を伝っているのが痛々しい。
 一体この子が何をしたと言うのでしょう……親から言われた事を守っていただけなのに。それが悪いと言うのなら、悪いのはそんな事を言った親の責任です!任務だ責任だと言うのなら、こんな子供一人に丸投げしてる時点で責任放棄してるでしょ!
 それを棚に上げてこの子が悪い子?絶対にそんな訳ない!

 「アンリ!泣く必要なんかありません!胸を張りなさい!」

 雷撃魔法の爆音には遠く及ばないが、精一杯大きな声でアンリに檄を飛ばす!
私の大声にびっくりしたアンリが慌てて背筋を伸ばすと、小さな身体がホンの少しだけ大きくなりました。……ええ、それでいいの。あなたが肩を震わせ小さくなる必要なんか無い。在る訳が無い!
 
 「はいっ、良く出来ました!アンリはやっぱり良い子だね!」

 見上げてくるアンリに笑顔で告げる……本当は抱きしめて抱き上げて可愛らしいほっぺにキスもしたい。状況が許してくれるなら間違い無くやっている。敵が前にいる以上、自然体でも構えておく必要がある今がとても恨めしい。

 「う……わたし……いいこ……?」

 アンリの自信の無い声が返って来た。
……ああ、やっぱり声は高い所からじゃ届かない。小さな子供の高さで届けてあげないと、不安定な気持ちに届けてあげられない……

 「勿論です!アンコウ様とのお約束を守っているアンリちゃんが悪い子の訳ないでしょう!」

 そう言ったオミはアンリの前で膝を折ると、その豊かな胸の中へと彼女を抱きしめた。
敵の正面で背を向ける等迂闊とも呼べる行動だが、オミの場合は油断でも何でもない。オミの防御魔法を突破してハイオークの身体に傷を付けるのは至難の技だ。よしんば、致命傷寸前の攻撃に至ったとしてもオミなら立ちどころに治してしまえる。
 彼女ならではの、彼女になら許される大胆不敵な行動だ……羨ましい!!

 それ以上に羨ましいのがアンリを抱きしめ優しく頭を撫でているオミの姿は、あのミスリルの異形並……いいえ、それ以上に聖母の威光を放っているのです。
 仮初めの機能で与えられた役割では無く、本当にアンリを愛おしいと思っているから出せるオーラでしょう。そのお蔭で泣いていた子がくすぐったそうに笑ってくれました、アンリに関しては一安心です。
 流石はオミ、私に無い物を沢山持っています。……羨んでいるばかりではいられません。二人の憩いの邪魔をする不埒な輩の攻撃を警戒して、彼女達の元に届くのを防ぐ事は忘れない。

 幸いと言うべきか、異形に動きは相変わらず無い。興味も無い様に一瞥した位で、仮面の表情には何の変化も見られない。……むしろ変化は私の背中側から伝わっていた。私の背後に立っているエルナから……


 「……もう、よいのでしょうか……?お嬢様を罵倒するあのデク人形を破壊してしまっても……?母を役割と切り捨て、お嬢様の親愛に泥を掛けるあのガラクタを処分してしまってもよいのでしょうか……?」

 ぞっとする程冷たい声で呟きながら私達の前に出て来たエルナに視線を送る。……と普段、子猫の様な愛嬌を持つエルナの瞳はこれでもかって位に据わっていた。その余りの違いにちょっと恐怖を感じる程に……

 アンコウさんが言ってたっけ……確か『ヤンデレのデレ抜き』だったけ?彼の言葉で例えるなら、そう言った状態のエルナは眼光で射貫かんばかりに一点を凝視している。
 他には興味無い、必ずお前だけは仕留めてやるという決意を灯した、獲物を捕らえた狩人の眼、標的を狩る肉食獣の眼で……

 だからだろうか、子猫から獣へと進化したエルナの顔は怖い位に綺麗だと思える。
普段の幼さ残る愛らしさの面影は無く。唯、一人の女性として美しいと感じてしまう程に同性の眼すら魅了する。
 寒気すら漂わせる研ぎ澄まされた刃の如き瞳が、彼女に大人の女性の魅力を授けています。怒りを糧に子猫から女豹に成長したエルナの闘志を燃やしながら。

 これ程までの怒りを我慢していたのだ、私は耐え切れずに癇癪の様な一撃を放ったのに……互いの中間地点辺りの床が黒焦げになった場所に視線を戻して反省する。



 エルナはアンリの従者として、主人を見守り耐え忍んだ。オミは動けない私を察してくれてアンリを励ました。忠義と、愛情をそれぞれアンリに与えた。

 ……それでは私は?私は何を与えられる?自問自答をするけど答えは出ない。今やった事と言えば、一生懸命に母親と向き合っていたアンリの邪魔をしただけだ……与えられるなんて思い上がりも甚だしい。私がこの中では一番子供なんじゃないかと思う。一番年上なのに……

 兄と呼べる存在がいるので我が儘は言わなかったし言えなかったのですが、弟や妹に憧れがあった身としては『しっかり者のお姉ちゃん』に成りたい願望はあるのです。だけどしっかり者の妹達の前では自分の未熟な現実を知るばかりで……
 そんな私が……そんな私でもアンリに何かしてあげられる事があるとすれば……

 「アンリ、あれはお母さんなんかじゃありません!お母さんの役割を忘れたからお母さんでなくなるなんて事、あっていいはずがありません!」

 「ユウメちゃん……?」

 「一緒に過ごした歳月が……記憶や思い出が忘れたからって無くなる訳がありません!ましてや自ら消去する等、母親のする事じゃありません!」

 そうだ、それを認めてしまったら私じゃない。母親代わりと言って大姉さんとしか呼ばせてくれない頑固者に育てて貰った私が認める訳にはいかない。お互いに仮初めだと分かっていても感じる絆は絶対に本物なんだから!
 自分の意志で母になってくれた人がいるのに、自分の意志で娘を捨てた者を母親と認める事は私には出来ない。

 だけどアンリにとっては?記憶を無くして別人の様に冷たくなったとしても母は母だろう……過ごした歳月が、記憶や思い出が忘れられた事実を否定したくて堪らないだろう。運命があるとするならば何処まで残酷な仕打ちをこの子に与えるのだろう。
 そんな運命を神が決めたと言うのならば神を認める訳にはいかない。そんな運命をアンリに架した神である、異形の母親を認める訳にはいかない!

 だからここだ!今、ここだ!多分アンリは望んでいない……認めてくれないかもしれない……でも!

 「アンリ!あの分からず屋を懲らしめます!懲らしめてアンリの事、任務とかの事、お母さんじゃないとか言った事も!全部纏めてごめんなさいさせるんだから!」

 「ユウメちゃん、でも……でも!それじゃおかあさんどうしでたたかっちゃう……そんなの……イヤだよ……」

 また下を向いてしまったアンリの悲痛な想いがひしひしと伝わって来る……どうしよう、それなのに私と来たらお母さんと認めてくれていた事が嬉しくて堪らない。

 「そうだよね……変わっちゃったけど、あの人も大好きなお母さんだもんね……でもね、それじゃ駄目なの。黙って下を向いてるだけじゃ伝わらないの!言葉にして、それでも届かないのなら力づくで!相手に届けたい想いがあるなら遠慮なんかしないで!親子なんだから!」

 「いいの……?わがままは……わるいこじゃない……?」

 「子供が遠慮するんじゃありません、勿論私にもね!こっちも遠慮なんかしないから!そんなの気にしてたら母娘なんかになれる訳ないでしょう?」

 今は思い出となったあの日に、大姉さんから私に言って貰った言葉を……今、この時に私からアンリに言わせて貰う。
 どうだろうか?母からの受け売りの言葉だが、間違いなく私の中にあった言葉だ。今、私はあの日の母の様になれただろうか?言ってくれて嬉しかった言葉を、あの日の私の様に感じてくれただろうか?  
 答えを知るのが少し怖い……けど、もう伝えてしまった言葉だ。後悔はしていない。

 「あのね……わたし、きいてほしいの……あいたかったよって……おかあさんに、あいたかったよって」

 「よく言えましたね、任せて!お母さんがあっちのお母さんにその言葉を届けてくるから!それまでアンリは危なくない様に離れてなさい」

 「でも……わたしもなにかしたいよ。なにしたらいいのかわかんないけど、いっぱいいっぱいがんばるから!」

 「本当にアンリは良い子だね!だったら歌いなさい。笑って歌いなさい!」

 あなたの声が私の力に……あなたの笑顔が私の勇気になるから……今の私には詩吟の神の加護を得た歌の力以上にあなたの声が力になるから!
 
 「はいっ!わたしうたう!あっちのおかあさんにちゃんときいてもらえるように!いっぱいうたう!」

 そう力強く答えたアンリの顔は華丸の笑顔だった。うん、それでいいの!
あなたの笑顔を守る為ならどんな困難な事でもやり遂げてみせるから。例え相手が如何に強敵で、それがどんなに困難な事だとしても……力づくで届けてみせるから!




 「状況解析……条件1.パンドラに接触して人間種が魔族化しないケースが存在し、条件2.アンリ・マンユを連れて地上から魔界へと転移してくる事象確率……測定不能。条件1の予測解答、パンドラに匹敵する守護術による防御、又はパンドラの効果をジャミングする程の強烈な妨害があった……条件2……」

 どうやら動きが無かった訳では無く、向こうは向こうで考える所があった様です。何を言っているのか全然理解出来ないけど、相当に予想外の事態ではあるようで……
 やる気に満ち溢れている私と後ろに控える様に並んで立つオミとエルナが前に出ている事もお構いなしに思案に耽っている。アンリが下がって結界を張り、祝福の歌を唄い始めたのも聞こえていないのでしょう。

 だからと言って不意を突けそうな隙は丸で見当たらない。向こうには相手側の部屋の壁を埋め尽くさんばかりのゴーレムがいるし、何より異形の立ち姿から放たれるプレッシャーが答えの出ない苛立ちからか段々と増大していく。
 今にも飛び掛かって行きそうなエルナの殺気を背に感じるが、弓を手にしてはいるけれど攻撃に踏み切れないでいるのが証拠だろう。エルナはそんな隙があったら見逃す様な初心者ハンターであるはずがない。

 しかし、このまま手をこまねいて相手の考えが終わるのを待つのも間が抜けているし、かと言って問答無用で斬りかかるにはやはり気が引ける。それだけで母親同士の戦いに負けた気がしちゃいますし。

 「教えてあげましょうか?どうして私達がここにいるか?」

 アンリの手前『懲らしめる』とか『ごめんなさいさせる』とか簡単に言いましたけど、相手は私達よりも断然格上の様です。漏れ出した反応から出て来た予測は、恐らく学術都市で感じた伯爵カウント級デーモン以上。
 侯爵級クラス:マークウィスの難敵……以前の私なら子爵ヴィスコンティ級にすら勝てるとは思えなかったのに、今はこうして話しかける余裕すらあるのは図太くなったんだなぁと自分で自分に感心してしまいます。

 「そうですね~。貴女の疑問に対する答えになるか分かりませんが、私達がここにいる理由がそのジャミング?とか言う妨害の正体でしょうしね」

 オミも侯爵級を前にリラックスして私の話に乗って来た辺り緊張している様子は微塵も無い。二人して子爵級や伯爵級のデーモンに戦慄していたのが嘘の様だ。

 「お嬢様の願いを聞いた以上、叶えるのが一飯の御恩を受けし我が身の奉公。感謝いたします、親方様……敵は強大なれど、更に強大な存在を知る事で立ち向かえ。賜りし弓で一矢報いる事が出来ます」

 祈るように弓を抱くエルナのつぶやきから決意が私にも伝わる。 
そう、私達は知っている。身近に馴れている。化物の様に強い敵よりも強いドラゴンを……例え、この身は矮小なれど……立ち向かえるだけの覚悟がある。勇気は背中から聞こえてくる。だから立ち止まる事無く前に進める!
 

 「理解不能……測定された数値から推測される驚異は皆無。アンリ・マンユを確保すれば排除するにも値しないパラメーターが三つ戦闘態勢で接近中…………精神に異常を来たしている可能性が」

 「お生憎様!ちゃんと正気よ!異常があるとするなら、こんな状況に慣れてしまう日常の方よ!」

 「全くです!我が主の上におられる方は尋常ではないのだ!貴様如きに理解出来るものか!!」

 「ユウメさんもエルナも遠回りに肯定してませんか!?でもそうですね……勝手な推測で侮れられる等、不愉快です。我が仕えるべき主に変わってお仕置きです!」

 冷静なツッコミをオミから貰ってしまったけど、心は一つです。
そんな私達3人に瞳の無い目を向ける異形も、やっと動きを見せてゴーレム達に指揮を出し始めた。

 「パンドラでも憑依出来ないケースがあるのなら研究の余地があるやもしれません……命令伝達コールオーダー僧兵ビショップは金を、騎士ナイトは赤を、戦車ルークは銀を捕えなさい。生死不問。但し、アンリ・マンユへの危害は認めないものとする。」
 
 ビショップと呼ばれた青い人型のゴーレムが私に、ナイトと呼ばれた緑の四足獣型のゴーレムがオミに、ルークと呼ばれた赤い重装甲の鎧を纏った様な巨人のゴーレムがエルナの前にそれぞれ立ち塞がった。
 他の個体と比べても見ただけで分かる精巧さの違いが、このゴーレム達が特殊な個体だと物語っている。



 それならまずは邪魔者の排除です!私達の目的は可能ならあの異形を制圧、駄目ならアンリは悲しむでしょうが撃破して管理室を制御下に置く事ですから。ここでグダグダやってる暇はありません。
 それに母親としての初舞台、開宴の幕は自らの手で切り落とさせて貰うんだから! 



 私は胸の前で右拳を握り、魔力を集中させる……高まる魔力が光となって私の右手で踊り出す!

 「天に踊れ雷の妖精!サンダーレイン!!」

 呪文と共に高々と突き上げた輝き叫ぶ右手が起動キーとなって、この空間に魔法という現象を引き起こす!
先程の癇癪で放った無作為な一撃では無く、無数の獲物を刈り取るべく降り出した雷の雨が先程とは比べ物に成らない爆音と共に周囲に荒れ狂う!
 負けられない戦いの火蓋を切った……後悔なんてあるはずがないのです!



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