“絶対悪”の暗黒龍

alunam

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第62話 過去と未来と

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 ただそこに立っているだけの灰色の人狼……2メートル近い巨体のくせに、存在を感じさせずにこの距離まで詰められている
 ユウメやオミも気づいてなかった辺り、相当の使い手と思っていい様だ……静かな佇まいはこちらに気配を察知させてくれないから、どの程度の反応なのかがさっぱり分からん

 「閣下!まだ処理しなければならない案件は山積みです!こんな所に来る余裕はありませんよ!」

 「固い事言うな……俺なら居なくてもいいが、お前が居ればいいだけの話だろ?」

 「そんな問題ではありません!折角、私の部下が旧交を温めているんです!早く、執務に戻ってください!」

 「居なくてもいいが否定されんのは悲しいが事実か……訓練場で訓練どころではない反応が増大したかと思ったら、それが更にうねりを上げて膨れ上がったからな……殺し合いでもしているのかと思ってな……」

 「どうやらご迷惑をおかけしてしまった様で」

 副官ハイエルフが将軍狼に詰め寄っているけど、この将軍は気配察知で気になって駆けつけて来たのか……副官さんが出て来た場所を見ると結構距離が開いている
 シーディスが必殺技を撃ってから、反応して駆けつけたとすると速度もとんでもないな……デカくて早くて隠密も出来るとか、強そうってだけで測れる事じゃないみたいだ
 まぁこちらから揉める気は更々ないし、洒落では済まない一撃のやり取りをしていたのは俺達が悪いと思うし、素直に頭を下げておいたがいいだろ

 「気にするな、最後の方を見せて貰ったが見事なものだ。この国に人種がいるのは珍しいしな……諸君らがダンジョン討伐した冒険者グループとお見受けする。俺はこの国で将軍なんかになってしまっているビィトだ……本名ではなく通り名だがな」

 獣人……ビースト……ビィトだったらネーミングセンスに親近感を覚えるセンスの無さだな。なんか仲良くなれる気がするが、この狼がエルナの叔父さんを倒し、ダークエルフの里を滅ぼした指揮官って事だろ……
 が、お偉いさんに名乗らせたとあってはこっちも自己紹介しないと駄目だよなぁ……当たり障りのない所で軽めに名乗っていくが、やはりエルナの表情が暗い。戦場の慣わしで納得していると本人は言うが、それで割り切れるなら元から戦争なんか起こらない
 
 かと言って過ぎた事を俺が穿り返して、どうこう言い出すのはお門違いだろう。エルナも言いたい事はあるだろうが、従者として主人を超えて口を挟んでこない以上、彼女の想いを踏みにじるのだけはやめよう
 それに俺が何を言えるってのもあるしな……

 「そうか……全員実力者なのは間違いないな。特に貴殿は捉えにくいな、面白い反応だ。是非、一手俺とも仕合って貰いたい」

 「閣下、彼等は私の補佐官の客人です!あなたの仕事を私達が処理しているんです、漸く取れた憩いの時を邪魔するのはいけません!」

 「ぬぅ……それを言われると……」

 どうやら将軍ってよりも、武人……バトル大好き野郎みたいだな。そんな将軍を副官が頭ごなしに止めている辺り、彼女に頭が上がらない様だ……男は美人に弱いからね、仕方ないね

 「お褒めに与り光栄ですが、私も将軍閣下の強さを測れないでいますので実力を隠されている内に、さっさと退散するとしましょう」

 「余り謙遜が過ぎると侮られていると取ってしまう厄介な性質でな。あれが貴殿の底とは思えない以上、直に確かめたいと思うが……どうやら諦めるしかない様だな……」

 うーん、挑発してると取られてしまったけど、後ろで副官さんが鬼の様な形相で将軍を見ている……怒ってても人間味溢れている今の表情の方が魅力的に見えるな



 「申し訳ありません、親方様。出しゃばった真似をお許し頂けますでしょうか……?」

 「エルナ……」

 意を決した表情を見せるエルナに、俺の言葉が詰まる。エルナの葛藤は俺にも伝わっていたので、早く場所を変えようと思ったのだが……
ユウメとオミに目線を送ると、二人の目が「好きにさせてあげて」と伝えて来る……そうだな、俺達の出る幕は無いか
 だったら俺は頷いてエルナの肩を押してやる事位しか出来ない……ありがとうございます、と呟くエルナに掛けてやれる言葉もない

 「突然無礼な質問をお許しください……叔父は……『新月の陰』シャドウは……将軍閣下から見て、どの様な最期を遂げたのでしょうか……?」

 「む?……そうか……あの時の、退けない理由とは其方の事だったのか……道理で満月で金狼になった俺に、新月の彼奴が……」

 「はい……私を逃がす為に……一緒に行くことは叶いませんでした……ですから!」

 「そうだな……不様な死に方だった……」

 「ッ!?」

 「己の不利・敵の有利の時と知りつつ挑み、降伏勧告も受け付けず、ただ修羅となって敵を討つだけの羅刹となった……我が長年の好敵手とは思えない末路だった……だが……」

 表情は読み取れない……だが、エルナよりも将軍の方から哀愁の念を感じる

 「だが、アイツはやり遂げた顔で逝った……俺が到着するまで、一人で軍団を足止めし……最期は笑って逝った。同じ武人として……イヤ、男として羨ましい死に様だった!」

 心からの本音で、嘘じゃないのは聞いていれば分かる。声を荒げる事のなかった将軍が吼える……

 「其方を逃がす事がアイツの戦術目標だったのなら、アイツは見事成し遂げた勝利者だ!誰がどう言おうと、敵であった俺が公言しよう!」

 「そう……ですか……好敵手であった貴方様にそう言って頂けるのなら……叔父上は……私は……」

 叔父の仇の言葉にエルナの肩が揺れている……慰めるべきか?いや、駄目だ。エルナが乗り越えようとしているのを邪魔しちゃ駄目だ。受け止めなきゃいけない過去の思い出を、受け入れようとする彼女を言葉で慰めても無意味だ
 だったら……

 「すいません副官さん、もう少し将軍閣下のお時間を頂いても?」

 「ええ、構いませんよ。大切な我が補佐官の休暇の邪魔にならない様なら幾らでもどうぞ」

 「上官不敬罪という言葉を知っているかね、我が副官殿は?」

 「上官の要求に応えるのが副官の務めですから、良かったですね望みが叶って」

 「ありがとうございます、事情の分からぬ事とは言え……今は私が家長の身、保護者の責任を果たす義務がある様なので」

 部外者の俺がしゃしゃり出てでもエルナの事情に立ち入らなくてはいけない……
 まさか自分までバトル野郎になるとは思わなかった……でも、やらなきゃいけない気がするんだよな。今はエルナの保護者として、エルナの叔父が認めた男である月光の金狼……その人に認めて貰う必要があるんだと思う。だってエルナはもう他人じゃない、俺達の大切な家族だから
 認めさせる手段が戦う事ってのが穏やかじゃないけど、他に人格や能力を認めて貰うには俺ってば凡人だからなぁ……人にアピールできる長所が思いつかないのは悲しい

 「しかし、これはダークエルフの……私の問題です……親方様の手を煩わせる訳には……」

 「エルナの問題なら、俺達の問題だ。前にも言ったはずだ、一緒に頑張っていこうなって……それはこれからの事も、今までの事も纏めて全部で……俺達で受け止めなきゃいけない事だと思う」

 「エルナ、自分の言いたい事を言ってみて。我慢する必要はないから」

 「そうですよ……この中に器の小さな者など居ません、叶えれる事なら叶えてあげたいと思う者ばかりです」

 「エルナちゃん、ひとりはだめだよ?」

 俺の後に全員一致で賛同してくれる。そうだよな、一人で堪えようとしても無理なもんは無理なんだ。受け止める邪魔をするんじゃない、受け止めれる様に支えたいんだ
 エルナは自分から何かを要求する事がなかった、それはとても不自然な事だと思う。だからまずは、俺がエルナを受け止める

 「俺は誰の為でもない、俺の為にエルナの好きな叔父さん、その人が認めた人物に認められたい。だから俺の為に勝てるか分からないけどビィトさんに挑みたい……エルナはどうしたい?」

 「私は……私も挑んでみたいです……叔父上が自慢の親友の様にいつも語ってくれていた……月光の金狼に……」

 「褒められても何も出せる物はないが……いや、渡さなければならない物があったな。折角だ、友の忘れ形見よ!一手仕合うとしよう!」

 「はいっ!未熟者ですが、全力で挑ませて頂きたい!」

 エルナの声が明るい、どうやら吹っ切れた様だ。いい人だね将軍狼さん!まずはお任せしてエルナの過去を受け止めて貰おう……そして俺がエルナの未来を受け止めよう……父親か兄貴か……自分でもどっちなのか分からないけどな!
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