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第二章

雨のち笑顔1

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 旅先のホテルで見るテレビの天気予報。慣れ親しんだ近畿地方ではなくて、関東地方が映し出されている。どことなく不安を感じさせるも、知らない土地に来たのだという高揚感が胸を占める。
 俺はそんな複雑な思いで眺めるこの画面が嫌いではないのだが、さすがに今朝の天気予報には閉口せざるを得ない。
 関東地方の全ての地域における今日の予報は小雨。雨が降れば、車椅子の俺の行動範囲はたちまち狭くなる。もっとも梅雨時なので仕方がない。……せっかく香織さんとふたりきりになれるだけに悔しいが。
 さっきまで一緒にベッドの中で天気予報を見ていた香織さんが起き上がって窓際へ向かう。そして窓のカーテンを少し開けて外をうかがい、残念そうに言った。
「雨が降ってる。中華街はあきらめて、水族館ね」
 俺も起き上がる。雨の音は聞こえないが、香織さんが少しだけ開けたカーテンの隙間から日が差している気配は感じられなかった。
「中華街で食べ歩きしたかったけど、仕方ないな」
「でも、その分ちょっとだけチェックアウトがゆっくりでもいいわけよ」
 そう言った香織さんが、再びベッドに潜り込んでくる。そのまま俺は押し倒されて、ぎゅっと抱きつかれた。
「香織さんにはかなわないな」
「嬉しいくせに」
 俺も身体の向きを変えて香織さんを抱きしめた。
 東京出張の二日目。この日は香織さんも学会はなく、昼過ぎに予約した飛行機まで自由時間だ。俺たちは、天候によって横浜中華街か泊まったホテル内にある水族館に行こうと話していた。そして雨降りなので水族館に行くことにしたわけだ。
 昨日俺の撮影に同行してくれたゲンキくんは、午前中元カノに会うことになったので、先にチェックアウトするという連絡が昨夜のうちにあった。昨日俺と思い出話をするうちに、やはり自然消滅のままでは嫌だと思い、意を決して元カノに連絡を取ったゲンキくん。そして何かしらの決着をつけてくるとLINEトークで意気込んでいた。ゲンキくんとは羽田空港で落ち合うことになっている。
 思いがけず実現した香織さんとの東京デート。本命の中華街には行けなくなってしまったが、気分を変えて水族館で楽しめばいい。
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