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第二章

雨のち笑顔3

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 興味のあることとないこととの差が激しい香織さんだ。
 次に香織さんが興味を示したのが、透明標本の展示スペース。さまざまな生物の骨格が巨大な壁面に並べられている。そしてそれぞれの骨格には水色やピンク、紫などといった色がつけられている。この美しさに圧倒されるが、香織さんの解説は俺の想像を絶するものだった。
「透明標本って、解剖とかしないでできるのよ」
「え? そうなの?」
 香織さんの瞳が輝いたと思ったが、時すでに遅し。
「もちろんたんぱく質を固定したあと、うろこや内臓を取ったりする必要はあるんだけど、そのあと脱水して特殊な染料……確かアルシアンブルー液だったかな、酸性のね。それでまずは軟骨を染色するのね。そしてそのあとさらに……」
 頭が痛くなってきた。
「もういいよ。全然わかんない」
「要は、筋肉などのたんぱく質は分解して透明化し、骨格にだけ着色させるのね」
 最初からその説明だけでよかったと思う俺だった。
「今度、悟先生が釣った魚で、標本作ってみる?」
「いや、いいです……」
「楽しそうなのになぁ……」
 香織さんは俺から視線を離して、透明標本に張りつく。そんな香織さんの横顔を俺は撮った。確かに透明標本は美しいが、それよりも俺にとってはキラキラとした表情で展示を眺める香織さんの横顔を撮る方がよっぽど楽しい。
 全ての透明標本をじっくりと見終えた香織さんが次に興味を示したのは、ジャングルをイメージしたエリア。
 ジャングルだけにピラニアやアロワナといった獰猛な魚が展示されている。それらを見たいのかと思いきや、香織さんが向かったのはカエルやトカゲのコーナー。香織さんは両生類や爬虫類が好きなのだ。
「いたいた。あたし、グリーンイグアナが一番好きなのよね」
 嬉しそうに言いながら水槽を眺める香織さんに問う。
「そんなに好きだったら、飼おうとか思わなかったの?」
「あっ、それはないわね。見るのと飼うのは別ね」
「確かに」
 俺も同じだ。生き物は水族館や動物園で見るだけで十分だ。
 グリーンイグアナの前から離れようとしない香織さんも十分魅力的だが、俺はそっと離れる。そしてカピバラのコーナーへ移動した。
 ずんぐりとした身体つきのカピバラ三兄弟。身体つきに対して短い手足とぬぼーっとした顔つきがたまらない。
 目線の低い俺はカピバラたちと近い。車椅子では不自由なことが多いが、この瞬間だけはこの目線でよかったと思う俺だった。
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