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第二章

雨のち笑顔4

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 最後にグッズショップに寄った。広々とした店内を香織さんとぶらぶら見て回る。
 香織さんがイルカのぬいぐるみを手に取った。俺たちは見なかったが、イルカショーはこの水族館の名物だ。
「意外とぬいぐるみもいいなぁ」
「香織さん、ぬいぐるみとか好き……なの?」
「ううん。そんな女の子みたいな趣味はないけど、畳のところにあったらかわいいかなって」
 これまで住んでいた家はバリアフリーではあったものの、今のように寝転んだりしてくつろぐことはできなかった。だから、そういう発想すらしたことがなかった。それに、寝転がってテレビを観る時に、何か支えになるものがほしかった。
「あっ、いいかも。俺も抱き枕とかほしい」
「じゃあ、ちょうどいい抱き枕を探そう」
 ぬいぐるみを選ぶ基準が間違っている気がしないではない。だが、これまであきらめていたことができるようになる喜びの方が勝っていた。
 ふたりしてああでもない、こうでもないと話し合う。結果、ノコギリザメとクラゲのぬいぐるみを選んだ。
 クリニックのスタッフにはイルカの形をしたクッキーとクラゲの形が刻印されたどら焼きを選び、レジに向かおうとするも……。
「ねぇ。透明標本買っていい?」
 香織さんが指さした方向にはさっきまで熱心に見ていた透明標本が並べられていた。クリニックの診察室のデスクに置いて、癒しにしたいのだという。
「いいじゃん。買ったら?」
「ありがとう」
 瞳を輝かせて透明標本の品定めをする香織さんは、真剣そのものだ。ぬいぐるみを選んでいた時の比ではない。キラキラとした女子のまなざしとは違う……そう、獲物を狙うハンターの目だ。
「あたし、この子に一目ぼれした」
 そう言って香織さんが満面の笑みで俺に掲げたのは、カエルの透明標本だった。正直俺には高価なそれのどこがどういいのか全くわからない。だが、香織さんがそれで癒されるというなら安い買い物だ。
 もしかしたら中華街よりも満足度の高いかもしれない水族館デートだった。
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