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第10章 商品開発

#52 お宅訪問

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 ラーカス商会の今後を見据え商品の供給体制の強化を図りつつ、今後のラーカス商会を支える商品を作ることになった。

 とはいえお金には限りがあるので、魔剣のような高額な商品を作り在庫を抱えるほど余裕はない。出来るだけお金を掛けずに、なおかつ需要が高く利益になるもの。
 つくれれば理想的な商品を作るという難しいミッションなのだが、ハヤトには既にそのあてはある。

■■■

 ハヤトの目の前には大量の魔石が用意してある。

 プレオープンの中で驚いたことの一つが、小さな魔石に一文字を刻んだだけの魔道具が好評だったことだ。
 薄利多売な商品なのだが、その割りには製造過程で危険を伴うので大量に生産しようとする商会は少ないのが実情だが、思っている以上に市場にニーズが隠れている可能性が高い。
 そしてラーカス商会には他にはない結晶化し加工することも出来る。

「さて、どこまでの質を求めるかだな……」

 高い質を求めると幾ら安い小型の魔石を使用するからといって、魔結晶にしていれば直ぐに在庫が無くなるだけでなく価格も高くなる。魔道具を目玉に据えるというのは、もはや規定路線だが、やはり手に入りやすいものを揃えておきたい。

 魔道具は多少は今も世の中に出回っているが、何分価格が高い。それは魔石をそのまま使うからであり、魔道具に加工するにしても必ずしも成功するとは限らないからだ。
 多くの人に手が届き、馴染みの深いものを魔道具化して作ることで多くの需要を取り込みたい。

「順調ですかハヤトさん?」

「ああ、ヒソネさんですか。うーん、ある程度のイメージはあっても具体的に何を作るのか決められないですね」

「へぇー、やっぱり魔道具を作るのですね。ちなみにどんなものを作る予定なのですか?」

「冒険者が使う為のアイテムも幾つか揃えようと思いますけど、一般の人が気楽に使える魔道具を目玉商品にしたいのですよね」

「へぇー、それはまた夢のある話ですね」

「そうですか?」

「それはそうですよ、今は一般の人が使えるとしたら本当に簡単な物だけですからね。それも普段使いするのはそれなりにお金がある人だけですから、ちゃんとした魔道具を使うのは一生に一度あるかないかですよ」

「そうだったのですね。それならやはり是が非でも実現させたいですね」

 一つの商品で夢や希望を与えられることが出来るのであれば、これほど素晴らしいことはない。

「では引き続き頑張って商品を開発して下さい」

「ちょっと待ってください、一つお願いしたいことがあるのですが……」

「何ですかいきなり? いいですよ私に出来ることなら」

「では……ヒソネさんの家に行っていいですか?」

「………………はい?」

「えっと、なので僕をヒソネさんの家に入れて下さい」

「ちょっと待ってください…………なぜ貴方を私の家に入れないといけないのですか?」

「それは家の中を見たいからですが駄目ですか?」

「駄目に決まってるでしょ! 私と貴方はそんな関係ではないですから」

「関係って……いやいやいや、そういう意味ではないですからね? どんな商品を作れば良いか、この世界の人の普通の生活を見てみたいということですから!」

 商品開発の為にどんなものを作れば良いのか決めるためにのつもりだったのだが、えらい誤解をされてしまったみたいだ。

「ああそういうことですよね……でも女の人にそんなこと言わない方がいいですよ」

「すみません」

「でも普通の生活の様子ですか……確かにハヤトさんはこちらの世界に召喚されたから普通が良く分かって無いのですね」

「はい。どんな風な生活をしているのか見れるだけでも良いのですが……」

「……協力はしてあげたいですが、人を家に入れるのは抵抗がありますので。というよりウェルギリウスさんに協力してもらうのはどうですか?」

「ああ、確かにウェルギリウスさんなら魔道具も持っていそうですし、家庭を持っているので色々と参考になりそうですね! それではちょっと頼んできます!」

「それなら渡しておいて貰いたいものがあるので、事務所に寄っていってください」

「何を渡すのですか?」

「色々と協力をしてもらっているのですが、お金の動きは、はっきりとさせておかないといけないので帳簿をやり取りしてるんですよ。あとあと問題になって、今の良い関係を壊してしまうのは嫌ですからね」

「へぇー」

 知らないところでヒソネは色々と手を回してくれているみたいだ。

「すごいですねヒソネさんは」

「そういうのは良いですから早く行ってきてください」

「はーい」

 ということでハヤトは生活風景を見せてもらう為に、ウェルギリウスの家を訪れればことにしたのであった。

■■■

 ハヤトがウェルギリウスに事情を説明すると快く家に招待してくれることになった。
 初めて入るとはといっても孤児院に併設されているので、外からはいつも見慣れた家だ。

「今日はよろしくお願いします」

「いえいえハヤトさんの頼みであればお安いご用です。もともと一度は食事を振る舞おうと思っていたのですから丁度良かったですよ」

 アプレルの町ではラーカス商会の中で寝泊まりしていたので皆と一緒に食事をとっていたのだが、聖都市に来てからは独り暮らしで適当な食事で済ませている。このことを話したら一度是非に食事をと誘ってくれていたのだが、時間が無いのですっかり後回しになって忘れていた。

「すみません、わざわざ誘ってくれていたのに、すっかりと忘れてました」

「いえ、お忙しいのは重々分かっておりますから。プレオープンも無事に成功されたようで」

 確かに大盛況なので端から見ると成功でしかないし、裏事情を知らなければそう思うのは当然だ。

「ハハハ、まぁ色々と問題もありますけどね」

「そうですか……まぁ積もる話も食事を食べながらにしましょう。さぁさぁ家の中に入ってください」

 家の中に入るときには靴を脱ぎたくなるが、勿論土足で家の中に入る。流石に慣れてきたとはいえ素足でくつろぎたくなるのは日本人だからだろうか。
 そんなことを思いつつも、家の中をくまなく見ながら魔道具のアイデアを探す。
 食事中でもキョロキョロしていたので、流石に気になったのか質問される。

「何か珍しいものでもございましたかな?」

 ウェルギリウスには異世界からやって来たことを伝えていないので、不思議な行動にしか映らないのだろう。
 だがやはり調度品を一つとっても日本とは全く異なる。ウェルギリウスがお金持ちであることは店舗となる建物を所有していることからも分かるが、ここにある一つ一つも華美ではないが高そうに見える。

「いえ田舎者なので、見るもの全てが新鮮なのですよ」

「ハハハ、そうなのですか? 私にはてっきりどこかの貴族出身に思いましたが」

「とんでもない! 本当にただの一般家庭ですよ。でもなぜそう思ったのですか?」

 日本での一般家庭がこちらの世界でどの程度かは分からないが、金持ちに間違われる覚えはない。

「そうですね……考えるとなぜそう思ったか分からないですな」

「ええ!? どういうことですか?」

「いえ良く見ると貴族出身にしてはアザだらけですし、職人の手をされてますからな……強いて言えば発想が庶民とは違うからでしょうか」

 それは単に気を抜くと転けてしまうのと、この世界にに来る前も来てからもずっと何かをつくり続けているからである。しかし確かにそんな貴族はいないだろう。

「まぁ、僕は本当にただの庶民ですよ。これだけ品の溢れる家はほんとうに初めて見ました。ウェルギリウスさんは孤児院以外に何をやってここまでの財を築いたのですか?」

「遥か昔の話で今は辞めて隠居している身ですからな。そんな年寄りの話よりもハヤトさんの話を聞かせてください、妻も楽しみにしておるのですから」

 すると丁度のタイミングでウェルギリウスの妻が調理場からデザートを持ってきてくれる。

「ええ、是非とも聞かせていただきたいです。最近の主人は家に帰ってからハヤトさんのことばかり話すのですから妬けますわ」

 白髪の二人でそれなりに高齢なはずだが、仲が良い二人である。

「そうなんですか? でも自分の話なんて面白いことはないですよ?」

「いえいえ、最近ラーカスが勢いをつけているのはハヤトさんのお陰でしょう? 聞きましたよ、色々と新商品を開発していることを。それにその若さで支店長を任され成功に導いておられるのですから、そう卑下するものではありませんぞ」

「では一つ相談に乗っていただきたいことがあるのですが……」

 新たな魔道具を作製しようとしていること、そして需要がありそうなものが何か無いか知りたいことを伝えた。

「なるほどそれで家の中を興味深く観察しておられたのですな」

「すみません」

「いえいいのですよ。それより気になる物はありましたかな?」

「そうですね……全てが興味深いのですが、でも魔道具は置かれていないのですね?」

「魔道具は高価で使いにくいものですからな。私の家には置いていませんよ」

「そうだったのですね……」

 魔道具の実物を色々と見せてもらおうと思っていたので、一つあてが外れてしまった。

「ですが、ハヤトさんのお店で買った魔石は役に立てていますよ」

「そうなのですか?」

「ええ、ちょうどこの料理も……」

「はい、私が作った料理は魔石で起こした火で調理したものですよ。ハヤトさんの所の魔石は実に質が良いですから安心して使えます」

 ウェルギリウスの奥さんがそう言って、お皿の上に魔石を置き、火を起こして見せてくれる。

 確かに腕の良い錬金術師は、お金にならないので中々作ることはしないのだろう。かくいう自分も練習用に作ったのだが、ランクが最初から高いので質も高いだけなのだが。

「へぇー……でも魔力は注ぎ続けなければいけないんですか?」

「そうですな。その為に魔力の電導率が高い素材を少し使っています」

 詳しく教えてもらうとミスリルを配線した床に立つとコンロにある魔石に魔力を供給でき、火を扱えるようにしてあるそうだ。

 一般家庭ではもっと安い金属を使うそうで効率は悪く、そういった意味でも魔石は扱いが難しいみたいである。

「何かもっとこういい方法はないのですかね……例えば魔力を溜めるとか」

「多少の時間は魔力を込めてから放っておいても効果が持続しますしが、本格的に溜めるとなるとそういった代物を用意する必要があるでしょうな」

「それはいったい?」

「そうですな……魔石に溜める、そして少しずつ放出するという命令系統を与えれば良いのです。まぁそんな複雑なものは値が張るので、それこそミスリルで配線した安いでしょうがね」

「…………それを安く実現できるとしたらどう思いますか?」

「ハハハ、それこそ革命的ですよ。その暁には私にも是非頂きたい」

「そうですよね……分かりました、今日は非常に良い時間を過ごすことが出来ました。料理も凄く美味しかったです」

「そういって頂けると何よりです。またいつでも入らしてください」

 こうしてウェルギリウスのお宅訪問は無事に終え、今後に作るべき魔道具が決まった。
 気軽に魔力を取り出せるもの。
 まさにコンセントが無い、小型家電に使うもののようにアレを作れば格段に魔道具は普及するはずだ。

 ウェルギリウスの素性を聞くことが出来なかったのは心残りだが、ハヤトは急ぎお店に戻り、作製の準備を進めるのであった。
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