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閑話 穏やかな日常

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 オルタスの町にやって来たばかりのエリスとラインハルトは、町の中を散策する。
 新しい町に慣れるため、そして掃除ばかりで疲れた気分転換にとエリスが誘ったのだ。
 そして自由に町を歩くなどこの世界に来て出来なかったエリスは、侯爵令嬢であることは忘れ思いっきり羽根を伸ばす。

「んーん、これ、美味しいわね!」

 エリスは出店で売っていたホロホロ鶏の串焼きを頬張り、舌鼓をうつ。
 しかしながらラインハルトは、その串焼きを手に持ったまま口にしていない。

「どうしたの? 食べないと冷めてしまうわよ?」
「そうかもしれないが、立ったまま食べるというのが……本当に良いのだろうか?」

(そっか……ラインハルトも貴族出身だし、食べ歩きなんてしたことないよね……)

 執事として侯爵家に仕えるためには、それに相応しいよう厳しくテーブルマナーを仕込まれる。
 ラインハルトも当然ながらに、それに相応しい以上のマナーを身に付けているのだ。

「私たちは平民ですから、ためらう必要なんてありませんよ? それに要らないなら私が貰います!」

 エリスはラインハルトの持つ串焼きに一口かぶり付き、美味しそうに食べる。
 ラインハルトはそれを見て驚き、おもわず笑ってしまう。
 そして自分だけが躊躇っているのが馬鹿らしくなり、串焼きに思いっきりかぶり付く。

「うん、美味しい! こんな食べ物が、この国にあったのですね……」

 貴族の普段は、一流の料理人が調理した上品な食べ物しか食べない。
 だからこそ庶民的で大雑把な、ガツンと旨味を感じる料理など口にしないのだ。

「おお、兄ちゃん、いい食べっぷりだねぇ! これもオマケしてあげよう!」
「いいのか?」
「ああ、それだけ美味しそうに食べてもらえると、この商売をして甲斐があるってもんよ!」
「そうか、有難う」

 思いっきりかぶり付き頬を膨らましたラインハルトを見て、店の店主が更に香りの強い香草を使った串焼きを手渡してくる。
 そしてラインハルトは食べ終わった串から、そちらに持ち変えてかぶり付く。

「うん、旨い!」

 ラインハルトの良い食べっぷりを見ていると、不思議と物凄く美味しそうに見えるのだ。
 エリスもつられて串焼きにかぶり付く。
 そしてエリスとラインハルトは食べ歩きを始めるのだが、その姿を行き交う人達が見る。
 それを見た人達が出店に向かい、店主はてんてこ舞いになったことを二人は知らない。
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