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第12話 笑顔の日常

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 一晩を掛けて薬草の乾燥を終えた。
 お店で買うものと同じレベルのものが出来上がり、私は一先ず安心する。
 そして直ぐにでも作業に取り掛かりたい気持ちもあるのでけれども、まずはニコのポーション作りの腕前を確かめさせて貰うことにした。
 因みにエレンはここから作業が出来ないので、その間はフェリに相手しておいて貰らっている。

「出来ました!」
「ちょっと、見せて貰うね」

 ニコの作業は子供らしく一つ一つにムラはあるものの、本当に町の外で見せて貰ったポーションと同じものが出来上がった。
 だがそのこと以上に気を配らなければいけないことがある。

「ニコちゃん、大丈夫? 疲れとか出てない?」

 ポーションを作るためには魔力を消費する。
 もし魔力の保持量が少ないのであれば、それで疲れてしまうハズなんだけど……。

「ううん、問題ないよ。いつも私はもっと作ってるもん」
「そうなの?」
「うん。お父さんがほめてくれるから、うれしくて、たくさん作ってたらできるようになったの」
「そう、なんだ……」

 つまりニコは小さいながらに、魔力欠乏症を繰り返しながらポーションを作り続けていたということだ。
 魔力欠乏症になると全身の力が抜け、時に風邪に似た症状となる。
 それを自発的に繰り返し味わおうなんて、普通は思う筈がない。
 けれどもニコはお父さんに誉められたいが一心で、それを繰り返してきたんだ。

「辛かったら直ぐに言うのよ、ムリは絶対に駄目なんだから!」

 何だか自分自身に言い聞かせているような気にもなるけど、ぶっ倒れるまで働くなんて本当に駄目。
 取り返しのつかないことになってしまうかもしれないし、その結果をまわりの誰も保証してくれるわけではないのだ。
 自分の身は自分で守らないといけないし、ニコがまだ判断できないなら、まわりの大人が止めてあげなくてはいけない。

「えっとね、エリスさんは悲しいの?」
「えっ?」

 ニコに言われて気付く。
 いつの間にか私は涙を流していたみたいだ。

「ううん、そうじゃないの。ごめんね、心配しちゃったよね?」
「えっとね、泣くほどつらくても笑顔でいるほうがいいんだよ。そうしたらいつかきっと幸せがくるってお母さんが言ってたよ」
「そうね……その通りだね。ありがとう、ニコちゃん。これからは私が二人の笑顔を守るから」

 ニコは不思議そうな顔をするけど、私が決めたのだ。
 絶対に二人を守るって。

「よし! なら、続きをやっていこうか!」
「うん!」

 ここからはニコに任せるのではなく二人で作業をする。
 一人で作業をするよりも楽しいし、作業が捗る。
 そして魔力が必要な作業は私がすることでニコの負担を避けつつ、暗くなる頃には昨日に採集してきた薬草を半分ほど使い果たした。

「……おそいね、ラインハルトさん」
「そうね……途中で何かあったのかしら?」

 王都とオルタスの町は馬車で一日あれば到着出来る距離にある。
 なので早ければ今日の夜までには帰ってこれる筈なのだけれども、何かしらトラブルが起こったのだろうか?

「お腹減った! エリスさん、ご飯!」

 ポーションを作り終えた私たちが晩御飯の準備を一緒に行っていると、外から泥だらけになったエレンとフェリが帰ってくる。

「ちょっと待った! ストップ! 泥を家のなかに持ち込まないで!!」

 こんな夜中から掃除をしたくないので、慌てて二人を止める。

「待ってもキレイにはならないよ?」
「大丈夫、私が何とかするから」

 幸いにも家の前に人通りはない。
 今なら魔法を使っても騒ぎにはならないはずだ。
 エレンとニコには貴族であることがバレるけど、これから一緒に暮らすのなら隠しておけることではない。

「我は水の精霊の力を欲す者、水の球を用い、不浄を拭わんと欲す。アクアウォッシュ!」

 エレンとフェリの周囲に水の球が現れ、回転しながら汚れを落とした。

「すごい! すごい! エリスさん、魔法が使えるの!?」

 その様子を後ろでみていたニコが聞いてくる。

「うん、そうだよ。私は魔法が使えるの。ラインハルトもね」
「いいな、いいな。私も使いたい!」
「うん、また今度に教えてあげるね」

 詠唱をしなければいけないのは恥ずかしいけど、それさえ守れば魔法を使うのはそう難しいことではない。
 けれども魔力の制御が出来ないと暴発するかもしれないから、まずはそこから学ばないといけないんだけどね。
 エレンにタオルを渡し、フェリは私が拭いて上げる。

「……エリスさんって、まさか貴族様だったのですか?」
「うん、そうだよ。ラインハルトもそうだね」

 流石に気付いたエレンが質問してきたので答えて上げると、ピタリと固まり、そして頭を下げてくる。

「も、申し訳ありませんでした。これまでのご無礼を、お、お許しください! ほら、ニコも謝れ!!」
「えっ、えっ? うん。ごめんなさい」

 エレンに促され、よく分かっていない様子のニコも頭を下げる。

「止めてよ二人とも! 私たちは何も気にしていないから! 頭を上げて、ね?」
「で、ですが……」
「ですがではないの。他の貴族がどんな振る舞いをしているか知らないけど、私たちが同じように見える?」
「い、いえ、見えません……」
「私たちは貴族かもしれないけど、貴方たちと何も変わらないの。敬語は禁止で、これまで通りにしてくれないと逆に怒っちゃうからね!」
「は、はい!」

 エレンが返事をするなかでニコが心配そうな顔になっている。

「大丈夫だよ、ニコちゃん。怒ってるわけではないんだよ。ほらこんな所にいないで、晩御飯にしましょ?」
「う、うん! ほらお兄ちゃん、行こ?」

 ニコがエレンに手を差し伸ばす。
 そして二人仲良く、家のなかに入っていく。

『良かったね、エリス。逃げ出されないか心配してたもんね?』
「うん……でも、ちゃんと説明はしないと駄目だよね」

 先ずは冷めてしまわないうちに晩御飯を食べる。
 そして私とラインハルトが何故にこの町にやって来たのか、二人に分かるように説明してあげた。

「……大変だったのですね、エリスさんたち」

 エレンは同情してくれる。

「う、うん、そうね。でも心配しなくても大丈夫だよ。この町にはそんな嫌な奴なんていないし、エレン君とニコちゃんにも出会えた。私は今、幸せだよ」

 私がそう口に出すと、ニコが近付いてきてくれて抱き締めてくる。

「どうしたのニコちゃん?」
「エリスさんは、こうすると元気が出るんでしょ? なら私が元気を分けてあげる」
「ニコちゃん……ありがとう」

 ギューとしてきてくれたニコを私も抱き締める。

「エレン君もする?」
「だ、誰がするか!」
「恥ずかしがってるの?」
「そ、そんなことないよ!」
「なら、おいで」

 顔を赤らめるエレンも、抱き締めてあげる。

「ニコちゃん、エレン君、これからもよろしくね」
「「うん」」

 まだまだ不自然なことだらけだけど、少しずつ家族になれた気がしたそんな夜になったのであった。
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