悪役令嬢を演じて婚約破棄して貰い、私は幸せになりました。

第２話 記憶が戻ったら

──婚約破棄をされる半年前。

　私はフェルンストレーム伯爵家の長女として生を受けてソフィという名前を貰い、健やかに成長し成人年齢である十五歳を迎えると国中の注目を集める身となった。
　少し成長し過ぎて身長は高めであるが、金髪の縦巻きロールという派手な見た目は、この世界のお嬢様にはよくあるスタイルなので目立つものではない。
　それでも他のお嬢様と違い決定的に目立つものがあり、それは私の婚約者が第二王子なのだ。

　第二王子であるジャイアヌスが国王の座に付く可能性は十分にあり、そのお方と婚約を結ぶということは次期王妃になれる可能性があるということだ。
　それは一国の女性にとって考えうる中でも最大級に羨ましい話であり、お父様が国の中枢で尽力してきたことで持ち上がった縁談である。
　私も皆と同じように心から誇らしく思っていたのだが、ある日を境に全くそうは思えなくなってしまった。


──その日、私はジャイアヌスと狩りに出掛けていた。

　今となっては女性とのデートに狩りを選ぶのはおかしな話だと思うのだが、その日の私は第二王子のジャイアヌスの誘いを断る訳にもいかず、ジャイアヌスが操る馬に同乗する。

「ハッハッハ、俺が一番の大物を狩ってみせるからな！ しっかりと掴まっておれよ！！」

「ええ、期待していますわ」

　……この時はまだジャイアヌスのことを格好いいと思っていたから、どんな誘いでも嬉しかったんだと思う。
　しかしその道中で無茶な鞭捌きを繰り返すジャイアヌスのせいで、私は馬に振り落とされ頭を強く打ち付けてしまった。

　衝撃で気を失ってしまった私は傷口から細菌が入ったからか発熱を伴い生死をさ迷うことになったのだが、お母様の看病もあって私は一命をとりとめる。
　そして気絶をして数日が経ってから目を覚ましたのだが、私は既にそれまでのソフィでは無くなっていた──そう、私は前世の記憶を取り戻したのだ。

　前世の私は藤井花音ふじいかのんという名前であり、二十八歳のＯＬだった。いつものように深夜まで上司に押し付けられた仕事で残業を行っていた私は、フラフラになりながら帰宅する時に飲酒運転の車に跳ねられ交通事故で無くなったのだ。

　……必死に頑張って働いている間に、お酒を飲んで楽しんでいたカップルが運転していた車に轢き殺されるなんて、我ながら憐れだと思う。

　しかし神様もそんな私を憐れに思ってくれたのか転生をさせてくれたみたいで、転生を果たして辿り着いた先がこの世界のソフィだったようだ。
　ソフィとしてこの世に生を受けて生きてきたから、これまでこの世界で生きてきた記憶も当然残ったままである。

「ここは……いや何これ」

「ソフィ、もう大丈夫よ。ここはもう貴女のベッドの上。でも目が覚めて本当に、本当に良かった」

　目を覚まし花音の記憶とソフィの記憶が混同したことによって頭が混乱してしまったが、私を優しく抱きしめてくれて目の前で涙を流して喜んでくれるお母様を見て心が落ち着いた。
　不思議な感覚なのだが、知っているが知らないその女性は、間違いなく私のお母様なのだ。
　そしてお母様は私が目を覚ましたことをジャイアヌスに伝え、この場に呼んでくれることになった。

「ソフィ、直ぐにジャイアヌス様を呼んできますから、すこしだけ身なりを整えておきなさい」

「ジャイアヌス様？」

「ええ、ソフィの婚約者のジャイアヌス様です。まさか忘れたわけではないでしょう？」

「……はい、覚えていますわお母様。第二王子のジャイアヌス様」

「そう……なら貴女達、ソフィを頼んだわよ」

　お母様は侍女達に指示を出して、私の婚約者を呼びに行く。

　花音であった頃にろくに恋愛をしてこなかった私は当然のごとく独身だったので、ソフィの記憶で婚約者がいるということは分かっていたものの、ソワソワしながら相手の第二王子であるジャイアヌスがやって来るの待つ。
　ソフィの記憶では格好いい男性であったと覚えているのだが、顔をしっかりと思い出せないので楽しみにしながら待ったのだが、やって来た王子は……。

　……うん、一言で言えばゴリラで、日本人とはかけ離れた濃い顔だ。

　そういえば記憶を辿ると、この世界の男性は生命力溢れる男性が持て囃されれていたのだった。
　他国との争う事が未だに続き医療が発達していないこの世界で、それは最も重要視されることなのだろう。
　しかし百歩譲って不細工なゴリマッチョなのは良くないけど置いといたとして、ジャイアヌスは王子だとしても性格が横暴すぎる。

「ソフィ！ 目を覚ましたのか！！」

「……はい、ジャイアヌス様」

「それにしても落馬してしまうとは何とも情けない。それでも俺の妃になる女か！」

「……申し訳ありません」

　なぜかジャイアヌスに説教をされ、私は驚きの表情を隠せないでいる。

　侍女たちを外に出してから部屋に入ってくるなり、落馬したのは私が虚弱だから悪いのだと言い切って自分は悪くないとでも言いたいのか、責任を全て私に擦り付けるように罵倒を繰り返し、部屋を出て行ってしまった。

「何なのよアイツ……」

　そしてジャイアヌスの顔を見てだんだんとソフィの記憶が鮮明になったのだが、今思えばジャイアヌスの振る舞いは呆れ返ることばかりだった。

　……恋は盲目というが、ほんと恋愛フィルターって怖いな。あんなのが良い男と思ってたなんて。

　それでも、そんな中身が子供でガキ大将なジャイアヌスだが、王子ということもあり良くモテる。
　私が気付かないと思っているのか、良く逢瀬を繰り返す侍女がいることも知っているぐらいだ。

　……うん、普通に浮気されてるね私。

　この世界では政略結婚が当たり前かも知れないが、日本で生きた記憶がある私には我慢が出来ない。
　ジャイアヌスに何か心引かれるものがあればまだしも、このまま性格の悪い横暴なゴリラと結婚するなど私の人生はお先真っ暗だろう。
　それでも私から婚約破棄を申し出ると、回りの大人に凄い迷惑をかけてしまうので、それだけは出来ないとソフィの記憶が言っている。

──よし、その侍女を虐めて嫌われて向こうから婚約破棄されよう。

　その日の私は、そう心に強く誓ったのであった。