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マーガレット視点 

貴方に愛というものを教えてやりたい。前編

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 クローディア様と殿下はわたくしにとって、とても、憧れだった。
表面からはわからない、だけど、見方を変えればその裏からは互いを想い合っているその姿が健気で美しかった。
 だから、お二人を、特にクローディア様を否定するような声が許せなかった。
わたくしの花であり夢であるクローディア様が、傷付く姿を見るのが辛かった。

 
 


 ───────── 「ハロゲンさん、こんなことを言うのもあれだけど、殿下と親しくするのはあまり、良くないわ。殿下は常に周りから注目されていて国の王となる御人。だから……」
「だから、親しくしてはいけないのですか!」
そう言った過去のこの社交界デビューを果たしたばかりの何も知らない世間知らずのわたくしを見棄てはしなかったクローディア様にどれだけ感謝しているか、考えても足らない。
 「いいえ、親しくしてはいけないと言ってはいないわ。私は、ハロゲンさんと殿下を考えて言っているの」
わたくしは耳を疑った。
 噂に聞いていたクローディア・アスラリス侯爵令嬢と言う女性は堂々としていて我儘で、生意気であの殿下までも委縮してしまう程に主導権を握り他人を貶める事しか能のない女王のような人間とは、かけ離れていた。

 謙虚で、人の事を考え気遣いをしていて健気で慎み深く賢い御人だった。

「私と言う婚約者がいる殿下はそう言う友達関係にある女性とのありもない噂と言う小さなことから足をすくわれてしまう。それにハロゲンさんも、社交界デビューをしたばかり、周りの眼は気にしている時期でしょう……これからの見合いもある、そういう浮いた噂があればハロゲンさんの印象を傷付けることになる」


  正論だった。


社交界デビューを果たしたわたくしは男爵家と言う事もあり周りの眼を気にし、出来るだけ良い家の婚約者をと夢見ていた。
「わたくしの事を……本当に考えて、下さって、いるのです、ね……ッ」
思わず涙を溢してしまう。その姿を見て、クローディア様は慌ててわたくしの頭に御手を。優しく撫でてくれ涙を隠そうと抱き締めてくれる温かいその気遣いに乾ききっていた荒野のような心は潤うとしていた。

 “ 思いもしなかった ”

 この世界は、噂話しかしない無慈悲でどろどろとしていた。誰かが失敗すれば扇を煽って嘲笑う人間が殆どだと思っていた。
何しろ、経験のあった話だった。わたくしの噂は既に出回っている。
媚びを売っているだの引っ掛けようとしているだのありもしないことを。


 「ハロゲンさん、此処は、戦場なの。美しさ故の、家の為故に互いを貶めようとする酷い花園なのよ────」


その言葉にわたくしは涙を堪えきれず流した。
ああ、貴方に教えてあげたい。殿下は心から貴方を想い、愛していることを。
そして、貴方に言いたい。わたくしの貴方を尊敬するこの気持ちも一つの愛であることを。


 

 クローディア・アスラリス侯爵令嬢とはどういう人間か、と問えば不躾な回答ばかり返って来るだろう。
 

 わたくしは言ってやりたい。噂話ばかり信じては真実を見誤るぞと。
失礼ながらにも人差し指を向けて叫んでやりたい。彼女は、聖女のように清らかで謙虚で健気で麗しいと。
 だから、わたくしと殿下に出回っている噂を利用して、クローディア様が相応しいとあることを証明をしようと殿下におずおずと提案した。

 今回の事でクローディア様が笑って過ごせるようにとなれば良かった。
このやり方が何処か間違っていることも承知の上で、これしかないとわたくしは決心した。

 

 


 ───────── 泣かせてしまった。


 響き渡るありもしないわたくしへのクローディア様の行為の数々。此処で話を合わせて言わせているとしても殿下に言ってやりたい。それは違う、それは違うと否定したい。

 けどそれじゃあ意味が無いのだ。形で終わってしまう。時が経てばまた陰口の糾弾が降り注ぐ。
だから、皆がしかと記憶に残るような焼けるような衝撃を与えなくてはならない。
 いつ、時が経ってもクローディア様と殿下は愛し合っていて手出しを加えたら只では済まされない事。
彼女は何も悪くないと。見た目で判断するなと。

 クローディア様を傷付けてまでもわたくしと殿下が望んだこと。
それはこれからクローディア様が幸せで学園生活を送れること。

 「殿下よりしゃしゃり出ていたから」「そもそも生意気だったのよいい気味」「悪女だなあんなか弱い子を虐めてたなんて」数々の陰口の刃が丸腰の軟なクローディア様に降り注ぐ。かっしゃーんと硝子が割れる音が相まって心を冷やしていく。

 ああ、怖い怖い。恐ろしい。


 馬鹿みたいだ。噂に流されて本物のクローディア様を知らないお前たちに何がわかるのだと言ってやりたい。何を知って貴方はそう言っているのと問いかけたい。
  
 噂ばかりの他人を貶める事しか能がないのはお前たちだと言ってやりたい。そんな醜い花園に嫌でも生きなければならないクローディア様を守りたい。


  ぼた、と涙を一筋。ドレスへと零れる───────── 「殿下は、私の事を、一度でも、好いていらっしゃったでしょうか」


空気が直後一気にひゅん、と音を立てるように凍り付く、心が凍り付く。
何故、何故、そこまで鈍感なのだろうか。この二人は分かり合えないのだろうか、何故。
ああ、どうしてこんなにも、すれ違い、傷付け合わなければならないのか。
 
 ──────── クローディア様、そのようにお泣きならなくとも殿下は、クローディア様をずっと愛しています。一番に大切なんですよ ─────────

 伝えてやりたい。その泣き顔に。

「………ッ……わた、しはッくッ、く……ッッ」
震える、裏返る、その声に殿下は力なく悲し気に悔し気に俯いた。

 二人はとてもお優しい人で、こんな田舎者で男爵家令嬢で社交界の事も何もかも知らなかった世間知らずに手を差し伸べてくれた。
 一方は優しく、まるでお母様のように甘えさせてくれ、もう一方は時に厳しく、だけど抱き締めてくれたり微笑んでくれたり、まるでお父様のような温かさで。

そんな様子にクローディア様は自虐的な笑みを浮かべて
 「……こんな、私に希望を与えてくれないのは正しいことだと思います。殿下の事、今まで傷つけてしまいました、きっと今のように殿下が振る舞えなかったのは大きな顔してしゃしゃり出てしまっていた生意気なこの私めのせいなのでしょうね」

 嫋やかに礼をし、立ち去ってしまう。

 こんな何て、自分の事を卑下しないで欲しい。
私が慕う貴女は、誰よりも美しく強かで自分を曲げない、けれど人の事もちゃんと、こんな雑草みたいなわたくしにも微笑んで助言して下さる、高嶺の花なのだから。

 わたくしはぎゅっと、ドレスの裾を掴めば息を、漏らす。
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