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陥落したその後の話
2.別邸
しおりを挟むレオンの役職は統括団長であるため、王城から離れた場所に邸を構えることができない。襲撃があれば指揮を取らねばならず、真っ先に駆けつけなければならないからだ。いくつか検討した中で条件に適う邸を見つけることができたらしい。俺が話を聞いたときには準備がそこそこ進んでいた。
ヴァレンシュタイン家から信頼を寄せている者を家令として呼び寄せ、内装の貼り替えや塗替え、補修の手配から邸の管理まで任せることになった。雇い入れる使用人の選定も早急に進められている。
必要があれば相談や確認は随時おこない、俺にも好みはどうだと伺いを立てられたが、落ち着いた雰囲気であれば何でもよいと一任する旨を伝えた。
今日は邸へ一度足を運んでほしいとレオンから言われていたため、騎士団での任務後に向かった。明日は休息日だから騎士団寮へは戻らず、こちらで一泊する予定だ。レオンも後から向かうと言っていた。
「おかえりなさいませ、アルフォンス様」
邸では家令のトーマスが出迎えてくれた。
小規模なタウンハウスではあるが邸の周りをぐるりと庭が囲み、目隠しの木立が植えられている。一見するとなんてことはないよくあるタウンハウスだろう。しかしレオンの知り合いという魔術師が婚姻の祝いとして防衛の術式を敷地に展開してくれたそうだ。あくまで個人的なものとして。
統括団長である以上いつその立場を狙われるかわからない。どこで恨み買っているかも。そう考えれば警戒するに越したことはないわけで、ありがたい申し出だった。
「ただいま戻りました」
かしこまって呼ばれることに違和感しかなく、邸の中では名前で呼んでもらうことにしている。レオンも同じようなことを言って『旦那様』とは呼ばれていない。
俺専属の侍女もトーマスの横に並んでいた。自分のことはできるから侍従も侍女もいらないと断ったのに、聞き入れてもらえなかった。ならば世話役の侍従一人いれば充分である。しかし、それはむしろ無理だ侍女二人にしろとレオンから返された。何故だ。
ラトギプの家にいたときから着替えの準備と食事が給仕されるくらいで、身の回りのことは自身でしていた。騎士になってからは当然ながら世話を焼かれることはなく、世話役がいなくても何の問題もないというのに。『これも上位の役目だから』と雇用や賃金に話が及べば頷くしかなかった。
「お部屋へご案内致しますので、お召し替えいただきましてから、邸のご説明となります」
さあどうぞ、とトーマスから侍女二人に引き継がれ、こちらへと案内される。
レオンが引き抜いただけあってトーマスはとても優秀だ。頭の回転が早く、的確で俺たちに対しても容赦がない。レオンよりも上の年齢を考えれば、親心といったところだろう。もちろんそこには主人であるレオンや俺に対する敬服の念があるからこそだとわかっている。が、俺が遠慮すれば聞こえなかったことにされ言葉巧みに誘導されてしまう。
トーマスと何度かやりとりを経験し、俺は逆らうことをやめた。無理だった。言葉ではトーマスに勝てない。
「こちらがアルフォンス様のお部屋です」
ドアを開けたエルザが先んじて入り、手で押さえながら入室を促される。
俺よりいくつか年上のヘレナと、最近子供が独り立ちしたエルザ。二人にとって俺は弟や息子といった扱いなのだと思う。
邸の使用人たちと初めて顔を合わせたときからにこやかに応対してくれているが、俺の意見が通らないこともある。二人の気合がやたらと入っているときがそうだ。
「いかがでしょうか」
彼女たちも優秀だった。俺の意見を取り入れながら、使うものや衣類を整えてくれたらしい。何でも申し付けてくれと言われても、俺にはこだわりがなく変えてほしい点などあるはずもなかった。
ぐるりと見渡した室内は濃紺色を所々に入れながら揃えられていた。
「ありがとう。過ごしやすそうだ」
「お気に召していただけましたか?」
「ん、とても」
俺の言葉に二人はほっとした様子で、目を合わせ微笑みながら互いの健闘を讃えているようだった。
濃紺はレオンを連想させる色で思わず頬が緩む。左手首に着けている細身で金色のバングルを撫でた。剣を持つため指輪ができない俺へ、レオンが贈ってくれたものだ。
『まぁ……っ』
『レオン様が心配なさるお気持ちもわかりますね』
『いいわね、今夜はしっかり磨いて差し上げましょう』
『もちろんです!』
ヘレナとエルザが何を言っているのかわからないが、気付いたことを確認しているようだ。細かいことは俺が意見するより二人に任せた方がいいように思う。部屋に関することは好きにしてくれて構わない。
「間もなくレオン様がお戻りになられるようですから、お召し替えくださいませ」
騎士服からエルザが用意してくれた室内服へ着替え、夕食後は湯浴みになりますと伝えられた。一人でさっと汗を流せば充分だというのに、二人がかりで何をするつもりなのだろう。
普段の戻りを考えれば、かなり早い時間にレオンが到着した。
一緒に夕食を、と言付かっていたこともあり、着替えた後に邸の修繕についてトーマスから進捗の説明を受けた。ほとんどの修繕作業が終わっていて、使用予定のない客間のみが残っているものの、今日から住むことになっても差し支えない程度だった。既に住み込みの使用人たちがおり管理維持を始めてくれている。必要な人員も足りていた。
実際、修繕の済んだ内装を見てからエントランスホールへ向かった。
「おかえりなさい」
「アル、ただいま」
レオンを出迎えると手を引かれ、彼の腕の中へ抱き込まれた。髪と額に口付けを受けるが、どうしてもこの抱擁に慣れず、少し照れくさくて顔を上げられない。
「顔を見せて?」
「うん……」
ただ頑なに拒むつもりはない。言われておずおず顔を上げた。視線を先には対外的な仮面を外し、柔和な表情を浮かべているレオンがいた。
「やはりいいね、帰ったらアルが迎えてくれるの。今日からこっちに住もうか?」
「俺はどこでも構わないですよ。ただ、レオンは呼び出されたときが面倒でしょう?」
「そうなんだよねぇ。もう少し騎士団内の調整がうまくいっていれば……それに早くお披露目を終えてアルを自慢したい」
眉を下げる様子はレオンを少しばかり弱々しく見せる。そうやって相手の警戒心を緩ませるから、『ね?』と乞われれば俺は頷いてしまうのかもしれない。
レオンが指す『お披露目』とは国が主催する夜会のことだ。貴族たちの様々な事情や思惑はあれど、国王陛下の御前に伴侶を伴うことの意味は大きい。俺たちの婚姻をまだ公表していないが故に、レオンに届く釣書は多いままだ。夜会で公になればそれがなくなり、俺が伴侶であることも認識される。
今は騎士団内の長と騎士に過ぎないわけで、レオンと親しげにするには、いささか立場が弱かった。
「さあ夕食にしよう。俺も二日間休みにしたよ。アルもね、明後日まで休みだから」
「俺も?」
「そう。本当は一ヶ月籠もりたいくらい。俺たちは蜜月なのに……」
これでも二日は確保してきたんだ、とレオンは甘える顔をしてきた。そして続いた言葉に俺はどう返せばいいのかわからない。
『早くアルをこの腕に閉じ込めたいよ──』
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