26 / 46
陥落したその後の話
10.改変
しおりを挟む俺は事務官がいた魔術師団の建物を抜け、研究室と呼ばれている別棟を目指す。敷地全体がで囲まれており、いくつかの研究室が建てられている。また何もない広く開けた場所もあった。そこで魔術師たちが新しく考えた様々なことを試しているのだ。
カミルは室内の閉塞感を嫌って、外にあるテーブルをよく使っていた。陽の明るさや開放感が好きなのだとか。
「カミル」
少し離れたところからでもカミルの姿が見え、そこから声を掛けた。考えに没頭していると目の前へ立っても気づかない。到着を知らせるためには肩を叩くしかなく、それだと『ぎゃあ!』と騒ぐものだから、驚かせないように配慮してのことだ。けれど、あまり効果がないこともわかっている。没頭しているのだから俺の声なんて届きはしないのだ。
案の定、声をかけてもカミルは気づいた様子はない。いつものように手元の作業へ集中しているようだ。
俺は息を吸って再び声を掛けた。もちろん自分なりに精一杯の大きさで。
「カ、ミ、ルッ!」
あまり使うことがない大きな声で名を呼んだ。しかも、わかりやすく一音ごと区切るように発してだ。今日はそこまで難しいことを考えていなかったのか、カミルは『ん?』といった様子で意識を現実に戻した。きょろきょろ周りへ視線を動かし、俺の存在を捉えた。
「あっ、アルフォンス!」
嬉しそうに、ぱっと笑顔が浮かんだ。そんな反応をされれえば無反応だったことくらい許せてしまう。俺も表情を和らげ、カミルが座っているテーブルへ近づく。
「来てくれてありがとう。ひとつ新しい回路を追加したくて。この間渡したばかりだけど、アルフォンスの回路いじってもいい?」
「どうぞ」
待ち切れないとばかりに着いて早々に、もう魔術の話が始まった。こうなると他の話題をしても無駄だ。
俺は余計な力を抜いて、カミルが魔術回路をいじりやすいように防御する意識を解く。それから目を閉じた。
身体の中をちくちくというのか、ざわざわと表現すればいいのか。くすぐったいわけでも痛いものでもない感覚が駆け巡る。
カミルが俺の中にある魔術回路をいじるとは言うが、実際どのようなことをされているのかはわからない。形あるものではない魔術式を書き換えているらしいが、それはほんの一瞬ですぐに終わってしまった。
あまりの短い時間にこれで変わったところがあるのか疑いたくなるほどだ。
「はい、おしまい」
カミルの声で閉じていた瞼を開けた。
「ユリウスから短時間でアルフォンスの魔力を上げられるように改変してほしい、みたいなことを言われたんだよね……これですぐ全力に近いことができると思うけど、魔力もそれなりに消費するから気をつけてね?」
「ユリウス魔術師団長が……」
何か裏があるようで、きな臭い。レオンの呼び出しといい、俺の魔術回路改変が重なったこともそうだ。やはり何かが起きているのだろう。
ただ騎士団の団長でもない俺の魔力などたかが知れている。レオンは桁違いで比べるまでもないとして、あくまで魔法騎士にしては多いのであって、団長たちのような立場の方々とは違った。そこまでの膨大さはない。
「アルフォンスって攻撃力を上げればいいわけじゃないと思うんだよ。魔力の質が違う。まだそこの解析が出来てなくて、他にも気になるところがあるし……うーん、悔しいことにどうしてもわからないんだよなぁ。そこを解明したいのに」
俺はカミルの向かいにある椅子を引いて腰をおろした。初めて会ったときと違い、今では遠慮のない口調と態度に変わっている。対等というよりも、どちらかといえばカミルに懐かれているような気がした。俺のどこを気に入ったのかはわからないが、三男として育った環境のせいか、弟と思えば悪い気はしない。
年齢を尋ねたらカミルは俺よりもひとつ年下だった。みっつは下だと思っていたからこれには驚きだ。
「これでも充分だと思うけど?」
「いや! 気に入らないままなんてよくないよ。それって、できるはずのことができてないってことじゃん。諦めたくないもん」
頭を使うと糖分が欲しくなる、と言いながらカミルはテーブルの上にある山盛りの菓子を摘んで口へ放っていく。まるでうまくいかない苛立ちをまぎらわせるように、菓子は次から次へと口の中へ消えていった。その様子を見ているだけで俺は胸が焼けそうだ。
こうして俺と話をしているだけでも、カミルは情報を得ているらしい。癖や感情も大切な要素になるそうだ。そういうところも調整して折り込む方が、より繊細で精密なものとなり本人に適した魔術に仕上がるらしい。魔術のことはよくわからないが、そういうものだと説明された。
「カミル、アルフォンス」
そこへ、ルーカス第一騎士団長の声が響いた。低くはない清らかな声音。二人で同時に振り返る。顔を会わせるのは俺が第一騎士団へ異動したときの挨拶以来だ。
ルーカス団長は王族警護を担う第一騎士団に相応しく、騎士団長の中で最も華やかで美しいと言われている。それは女性的という意味ではなく、繊細で立ち居振る舞いの所作に品があるからだろう。
何故その第一騎士団長がここにいるのか、俺には理由がわからなかった。
だがルーカス第一騎士団長がさっと身を控えたことでそばにいる人物に気づき、すぐさま俺たちも立ち上がり頭を垂れる。
「いいよ、公式じゃない」
声の主はアレクシス・シュトルツ王太子殿下だった。許しが出たことで姿勢を正す。
王太子殿下に直接お会いしたことなどもちろんない。厳格な階級制度ではないここシュトルツ国だとしても、王族に対する忠誠、敬意は当然ながら有しているし、滅多に言葉を賜ることも拝謁することもかなわない方だ。
だというのに、どうしてその王太子殿下がここに──
「レオンの伴侶だよね? 会わせてくれって何回も言っているのに、忙しいだの何だの理由をつけて連れて来てはくれないからさ」
「王太子殿下におかれましては……」
「ああ、そういうのはなしで。魔術師団は僕の管轄機関なんだけどね、ちょっとお願いがあってアルフォンスに会いに来たんだ」
「私に、ですか?」
「そう。君にしか頼めないから」
アレクシス王太子殿下は穏やかに、けれどとても綺麗な笑顔を浮かべ俺へ告げた。
550
あなたにおすすめの小説
愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない
了承
BL
卒業パーティー。
皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。
青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。
皇子が目を向けた、その瞬間——。
「この瞬間だと思った。」
すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。
IFストーリーあり
誤字あれば報告お願いします!
白い結婚を夢見る伯爵令息の、眠れない初夜
西沢きさと
BL
天使と謳われるほど美しく可憐な伯爵令息モーリスは、見た目の印象を裏切らないよう中身のがさつさを隠して生きていた。
だが、その美貌のせいで身の安全が脅かされることも多く、いつしか自分に執着や欲を持たない相手との政略結婚を望むようになっていく。
そんなとき、騎士の仕事一筋と名高い王弟殿下から求婚され──。
◆
白い結婚を手に入れたと喜んでいた伯爵令息が、初夜、結婚相手にぺろりと食べられてしまう話です。
氷の騎士と呼ばれている王弟×可憐な容姿に反した性格の伯爵令息。
サブCPの軽い匂わせがあります。
ゆるゆるなーろっぱ設定ですので、細かいところにはあまりつっこまず、気軽に読んでもらえると助かります。
◆
2025.9.13
別のところでおまけとして書いていた掌編を追加しました。モーリスの兄視点の短い話です。
伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい
マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。
最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡)
世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。
あなたと過ごせた日々は幸せでした
蒸しケーキ
BL
結婚から五年後、幸せな日々を過ごしていたシューン・トアは、突然義父に「息子と別れてやってくれ」と冷酷に告げられる。そんな言葉にシューンは、何一つ言い返せず、飲み込むしかなかった。そして、夫であるアインス・キールに離婚を切り出すが、アインスがそう簡単にシューンを手離す訳もなく......。
逃げた弟のかわりに溺愛アルファに差し出されました。初夜で抱かれたら身代わりがばれてしまいます💦
雪代鞠絵/15分で萌えるBL小説
BL
逃げた弟の身代わりとなり、
隣国の国王である溺愛アルファに嫁いだオメガ。
しかし実は、我儘で結婚から逃げ出した双子の弟の身代わりなのです…
オメガだからと王宮で冷遇されていたので、身代わり結婚にも拒否権が
なかたのでした。
本当の花嫁じゃない。
だから何としても初夜は回避しなければと思うのですが、
だんだん王様に惹かれてしまい、苦しくなる…という
お話です。よろしくお願いします<(_ _)>
「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある
柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった
王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。
リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。
「わかりました。あなたには、がっかりです」
微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。
身代わりにされた少年は、冷徹騎士に溺愛される
秋津むぎ
BL
第13回BL大賞奨励賞頂きました!
最終17位でした!応援ありがとうございます!
あらすじ
魔力がなく、義母達に疎まれながらも必死に生きる少年アシェ。
ある日、義兄が騎士団長ヴァルドの徽章を盗んだ罪をアシェに押し付け、身代わりにされてしまう。
死を覚悟した彼の姿を見て、冷徹な騎士ヴァルドは――?
傷ついた少年と騎士の、温かい溺愛物語。
愛人を選んだ夫を捨てたら、元婚約者の公爵に捕まりました
由香
恋愛
伯爵夫人リュシエンヌは、夫が公然と愛人を囲う結婚生活を送っていた。
尽くしても感謝されず、妻としての役割だけを求められる日々。
けれど彼女は、泣きわめくことも縋ることもなく、静かに離婚を選ぶ。
そうして“捨てられた妻”になったはずの彼女の前に現れたのは、かつて婚約していた元婚約者――冷静沈着で有能な公爵セドリックだった。
再会とともに始まるのは、彼女の価値を正しく理解し、決して手放さない男による溺愛の日々。
一方、彼女を失った元夫は、妻が担っていたすべてを失い、社会的にも転落していく。
“尽くすだけの妻”から、“選ばれ、守られる女性”へ。
静かに離婚しただけなのに、
なぜか元婚約者の公爵に捕まりました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる