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陥落したその後の話
18.王城
しおりを挟む門衛による検問を抜ける。馬車寄せの様子からして、日常とは異なる雰囲気だ。誰もが華やかな衣装に身を包み、多くの貴族たちで賑わっていた。
「すごい人ですね」
「こういうときでもなければ王城へ立ち入ることができないからね。さあ、俺たちも行こうか」
御者からの合図でレオンが先に馬車から降り立つ。後に続こうとした俺に向けて、手が差し出された。
「どうぞ、愛しき人」
「ありがとう、レオン」
正装とはいえご令嬢のようなドレスを着ているわけではない。助けがなくても一人で降りることはできる。一瞬だけ考えたが、今日だけは特別だ。レオンの大きな手に、そっと自分の手を乗せた。
タラップを踏んで地に降り立つ。レオンの右腕に指先を掛け、ゆったりとした速度で歩みを進めた。馬車を降りるところからエスコートされ、夜会の会場へと向かう。
上位貴族から順に入場するため、俺たちは急ぐでもなく流れに任せていた。レオン自身は叙爵により子爵位を保有していることからもう少し前に進むこともできるが、到着したばかりの体を装うことに。
会場に入ってから全体を見渡し、出席なさっている高位貴族の方々を把握した。レオンが統括団長の立場ということもあり、ご挨拶申し上げるとなれば、爵位やお声がけを待つ場所など配慮しなくてはならないことが多々あるからだ。
中には酒を嗜むと饒舌になる方もいらっしゃる。あまり関わりを持たず会場を辞したいが、揉め事にならないことを祈るばかり。
ご当主方のお顔は記憶していても今夜は婚姻の報告も兼ねているため、次期当主となられる嫡男やそのお相手もいらっしゃる。そうなると記憶するまでに至っておらず。さて、そのあたりはどうしたものか……
ぼんやりしていたつもりはないが、考え込んでいたのかもしれない。俺の顔を覗き込むようにレオンが顔を近づけた。そして俺の額、というよりは眉間へ指先が触れ、いつの間にか寄り始めていたらしい皺を撫でられる。
「アル、せっかくの夜会だから楽しもうね」
「わかっていますけど……」
「何をそこまで考えているかはわからないけれど、きっとその心配は杞憂に終わるよ。俺がいるから大丈夫」
ね、と微笑まれてしまえば確かに想像ばかりが膨らんでいた。そうだ。隣にレオンがいる。一人でどうにかしようとせず、頼ればよいのに。俺は頷いて、ふっと肩から力を抜いた。
会場のざわめきが静寂へと変わり全員が頭を垂れる中、国王陛下の入場とお言葉で開会を迎えた。皆グラスを片手に歓談が始まり、穏やかな進行はつつがない。
ヴァレンシュタイン侯爵夫妻も夜会にいらっしゃると伺っていたから、ご挨拶へ向かうことにした。なかなか機会が得られず、一度お会いしたきりとなっている。
侯爵閣下が保有している爵位の中から伯爵位をレオンへという話が出ており、そのことについても近々二人で訪れようと話していたところだ。
レオンのリードで華麗に移動しながら『あそこだよ』と、さり気なく声で教えてもらいヴァレンシュタイン侯爵夫妻の元へ。まずはご挨拶と不義理を謝罪した。
「レオン、アルフォンス。陛下への口上、楽しみにしているよ」
「父上、母上、なかなか伺えず申し訳ありません」
「何を今さら……お前が来ないのは昔からのこと。成人してから邸に近づきもしないではないか。『忙しい』とは理由ではなく、もはや常套句のようなもの。これからはアルフォンスだけで来るとよい。なあ、クラウディア」
「本当に。一人でいらっしゃい?」
「嫌ですよ、アルだけ向かわせるなんて」
「ならばうまく予定を立てることだ」
あのレオンが言い負かされそうになっている。ヴァレンシュタイン侯爵家のご当主、ライナルト様と夫人のクラウディア様。初めてお会いしたときから、俺に対しても息子のように接してくださるお二人だ。
珍しいレオンの様子に思わず笑みが浮かぶ。『アルの前では紳士然としていたいのに』笑わないでと言うその姿に、愛しさが募った。
そして先ほど、使いだというどちらかの貴族家の者が近づいてきた。ヴァレンシュタインの付き人が応対し、ライナルト様とレオンそれぞれに断りを入れ伝言が届く。『はあ……どうしても今日中のことらしくて』レオンは急ぎの話を済ませてくるとのこと、ライナルト様も顔繋ぎの役があるため呼ばれてしまった。
俺はそのままクラウディア様に預けられることに。慣れない貴族の集まりに一人でいては余計なトラブルに巻き込まれかねない。それを防ぐためだ。俺にとっては義母となる方である。
「アルフォンス、次の休息日はいつなのかしら? わたくしに付き合ってちょうだい。あなたと出かけてみたいの」
「喜んで。お供致します」
「嬉しいわ、約束よ? もう、レオンったらあのとおり。あなたに会わせてくれないのよ。心が狭いわよねぇ」
クラウディア様によるとレオンへ幾度か手紙を送っていたらしい。まったく知らなかった。俺は聞かされていなかったものの、ヴァレンシュタイン家に迎えられていることがわかり気持ちが暖かくなる。
クラウディア様は社交に慣れていない俺に、夜会での心得ておくことや立ち回り方を小声で教えてくださった。更には留意しなければならない人物を把握しておくことも大切だと。
「あら、珍しいご夫人がお見えだわ。ご挨拶してくるから、ここを動かないでちょうだい。すぐに戻るわ」
「はい、ここにおります」
あまり夜会などに姿を見せない方のようだ。クラウディア様は見失わないうちにと足早にそちらへ向かった。
俺は壁際に寄り、気配を消すことにする。第一騎士団ということもあって警備するならともかく、夜会へ参加する側としての振る舞いがこれで正しいのかわからない。おそらく顔を知られていないことから、こうしていれば声をかけられることはないとは思う。俺と縁を繋いだところで、なんの得もないのだから。
(気を張っているせいか……)
まだ始まってそれほど経ってはいないのに、会場の雰囲気に飲まれ、いささか疲労が滲む。これなら討伐の方が気持ち的には楽かもしれない。もちろん口に出して言えるはずもないが、どうやら俺には社交が向いていない。
失礼にならない程度に場内を見渡す。当主同士の情報交換や商いの探り合い、人脈と話術の交渉がそこかしこで交わされていた。ご令嬢たちは新調したドレスや装身具の話に花が咲いていた。
婚姻を結んだらしき者たちは甘く微笑み合っているような、この後にある陛下への報告を話し合っているのか顔を寄せている。
口上はレオンへ任せきりで、俺は特に何もしていない。一人一人に与えらた時間が短いこともあり、本当に挨拶程度なのだ。
そんなことを今更思っていると、誰かが近づいてきた。俺の視界の隅に黒い袖口とグラスが映る。
「こんばんは。お一人のようですが?」
不意に声を掛けられた。聞き覚えはないから黒い袖口を辿って声の主の顔を見ても、やはり知り合いではなかった。
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