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陥落したその後の話
17.魅了
しおりを挟むそして迎えた夜会当日の朝。
「いってくるね」
「いってらっしゃい」
「また後で……」
「ん……っ」
レオンは警備の細部指示と多方面からの報告を受けてくると言って、騎士団へ向かった。どうやら誰かに任せるという選択肢は選ばなかったようだ。つまりは生真面目で責任感が強い。そういう不器用なところがレオンらしいと思っている。
一方の俺は侍女たちに『さあ支度を始めましょう』と笑顔で準備を促された。慣れないことに少しばかり疲弊していることを、どうやら見透かされいるらしい。
「好物のパイとタルトを作らせましたから」
などと子供扱いだ。しかもわくりやすく『え、パイ……』とつられてしまい、せめてもの矜持とばかりに微笑を貼り付け『よろしく頼むね』と伝えはした。
誂えてもらった衣装を身に纏い、レオンから贈られた宝飾類を着けた。夜会用の衣装は手触りから上質とわかる布地に、繊細な刺繍が施されている。華やかさに負けている気がしてそのことを呟くと、『よくお似合いです。この姿をご覧になられたら、レオン様が心配なさいますでしょうね』どこの美姫にも負けておりませんから、と謎の賛辞が送られた。
昼を過ぎ、帰ってきたレオンと共に馬車で王城へ向かった。正装で馬車に乗る機会がこれまでになく、見慣れた騎士服姿とは違う。レオンに見惚れたことをうまく誤魔化したつもりなのに、馬車の中で気づかれてしまった。
そもそも長身に金髪碧眼の見目麗しい美形なのだ。だというのに、そこへ色気が増していた。
眩しいその容姿は、俺の琴線に触れた。
顔に集まる熱をどうすることもできず、片手で口元を覆ったが隠せるはずもない。外を眺めるふりをして顔を背けても不自然極まりない。
「アル、具合悪い?」
心配されて仕方なく顔の位置を戻しても、レオンを直視できない。視線をうろえろ彷徨わせ、ふるふる首を横に振った。
「緊張してる?」
「……そういう、わけじゃ」
「そう、ならいいけど。でもね、」
クイッと顎を持ち上げられ、レオンの方へと優しく向きを変えられる。こうなってしまえば拒むことはできず、レオンの煌びやかな顔を正面から見ることになった。
「……っ、……ぁ」
「その態度は、気に入らないなぁ」
魅惑的な笑みを浮かべているが、細められた目は笑っていない。優しく柔和なレオンが、戦地でいくらでも冷酷になれる人間だということを忘れていた。容赦しない。今、その片鱗を窺わせている。
「レオ、くっ、ん……っ!」
噛み付くように唇を貪られた。甘く熔かすものではなく、奪うような乱暴さで口内を蹂躙していく。
(そんな、されたら…っ)
荒々しく乱され、ただでさえ落ち着きのない感情が抑えられなくなる。レオンを制止しようと思っても衣装に皺ができてしまいそうで、強く掴むこともできない。絡め取られた舌に意識を奪われそうだ。
どうにかレオンの手に添えることで俺の意思を伝える。わかって。拗らせたいわけじゃない。けれど正直に明かすには、あまりにも面映ゆいじゃないか。
力ない指先からの気持ちを察してくれたのか、レオンは塞いだ唇を解放してくれた。
「……ふっ、……、ぁ」
「いつもより感じてる? 何を隠してるの?」
「……レオン、に」
「俺?」
ああ言いたくないのに。
身体を繋ぎ理性を失くしているときならまだしも、互いの目を見ながら伝えるのは躊躇われる。けれど、隠すことは許さないとレオンの獰猛な瞳が語っていた。
「惚れ直した……だけ、です」
いたたまれなくなり、目を逸らすことは許してほしい。それまで以上に羞恥心で顔が熱い。逃げられるものなら逃げてしまいたいが、レオンの胸の中では適うはずもない。
「アル、かわいい……今日はいつにもまして綺麗だしかわいいし、どうしよう……もう帰ろうか?」
むぎゅむぎゅ抱き締められ、俺の熱かった顔をレオンの肩口へ押しつける。これ、もう。どうしたらいいんだ。
「行かないわけには……統括団長としての意味もあるのでしょう?」
「そうだね、面倒なんだけど」
王城へ招かれることは名誉だというのに、面倒と言ってしまうレオンはどうかと思う。俺はお目通りが叶えば、役目は終ったも同然だ。会場の片隅にでもいればいいだろう。
「お披露目は早くしたい。けど、アルをみんなに見せるのは心配。でも自慢したい……俺って欲張りだね」
心配というなら、俺の方だ。レオンは自分の魅力をわかっていない。
「アルフォンス……本当に、素敵だよ」
レオンの親指で濡れた唇を拭われ、蕩けた目で見られれば、いつもより心臓の音は大きくなった。
いつもと違う顔は、ずるい。
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