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陥落したその後の話
16.準備
しおりを挟む明日は国主催の夜会が開かれる。
国内の爵位を持つ貴族や子息子女たちが招かれ、盛大に開催されるものだ。また、国王陛下の御前にて婚姻の報告が許される貴重な機会でもあった。それゆえ、多くの貴族たちが集うことから顔繋ぎをはじめ、野心を抱く者や様々な画策を秘めた人間は何かと忙しい。
俺は学園に在席していたときからそういったことには興味がなかったし、履修後はすぐに騎士団へ入団してしまった。だから着飾って夜会へ出席したことはなく、生家にいたときでも参加したのはせいぜい日中の交流会や立食パーティーくらいだ。
所作やマナーを覚えるためにそういった場へ数回は連れて行かれたが、俺が三男ということもあって、きらびやかな衣装や宝飾品、顔繋ぎや駆け引きとは無縁だった。
レオンはヴァレンシュタイン侯爵家の子息ではあっても嫡男ではないし騎士団所属であることから、婚姻の報告はしないものだと思っていた。俺自身も貴族出とはいえ伯爵家の三男。今では生家とほぼ関わりがないこともあって、国主催の夜会は縁遠いものだと思い込んでいた。
「……何を言っているの。アルにも招待状が届いているからね」
レオンから呆れた顔を向けられる。
「俺が早くお披露目したいって言ったの忘れちゃった? そういうところもアルらしいけど」
……それはどういう意味?
当日は警備にあたるかもしれないとさえ考えていたのに、俺も招待されている該当者だった。警備の人数は十分足りているようで、手伝う必要はないらしい。
だからすっかり忘れていたのだ。婚姻を結んだひと月前のことを。エルザが嬉々として仕立屋の主人とああでもないこうでもないと話していたことなんて──
急な入り用があるかもしれないから、礼服や外出用の衣装を誂えることになった。レオンの横に立つということは、それなりのものでなければならず、何着か新調すると聞いていた。
必要なものを誂えることに異議があるわけじゃない。ただ、こだわりはないが『色味をおさえた華美でないもの』くらいの希望は伝えさせてもらった。それであればどういった意匠でも構わないから任せるとも。
やたらと細部まで計測しているのは職人のこだわりがあるからだと思い、俺は言われるがまま腕の上げ下げを繰り返した。
「アルフォンス様はお気になさらず」
エルザと仕立屋の助手たちは手元の紙に書き込んでは素材や何かを決めているようで、任せると言ってしまった手前、俺は『右です』『足です』と指示されるたびに身体を動かし続けた。
それがひと月ほど前のことだ。
「では準備にまいりますよ」
「え、何の?」
「明日は夜会。ということは、今日から始めなければ間に合いません。」
腕まくりをしたエルザとヘレナに湯殿へ押し込まれ、ぐったりするほど磨かれ、香油で揉まれ、髪を丁寧にさらっさらになるまで施術された。どこかの令嬢というわけではないのだし、そんなにしなくてよいのではと制止の声を出そうものなら。
『もう終わりにし……』
『まだです』
『適当でも……』
『何おっしゃってるんです! 明日はお披露目ですよ!!』
あまりの剣幕に何を言っても無駄な気がして、すべてを任せて目を閉じることにした。
二人に夜会の様子を尋ねると、『聞いたところによれば』と前置きをしつつ、国王陛下のお目通りがあるとのこと。失礼がないよう所作に気をつけ、レオンに任せておけばよいらしい。国王陛下の御前にて婚姻の報告ができるのは年に二回。この機会を逃さぬよう無理をしてでも出席する者が多く、与えられる時間はほんの僅かだ。
他にも教えてくれた助言に耳を傾けながら仕上げてくれた。夜着をまとい、心地よさにうつらうつらしながら寝所に連れられた。
ドアを閉める前に侍女たちから『よろしいですか? 今夜は静かにお過ごしくださいませ』と念押しされたこともあり、レオンからは『抱きしめるくらいはいいよね?』と確認され、腕の中でたくさんの口づけを受けて眠りについた。
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