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番外編
8.閑話 侍女によると―2―
しおりを挟む緊張しながら馬車で向かったレオン様の王都邸。騎士団統括団長のお立場ということもあり、安全面の懸念から最低限の人数しかおられないと伺っていました。
しかし、皆様洗練された方々ばかりです。
精鋭を集められたのでしょう。全使用人の長である家令のトーマスさんをはじめ、優秀な皆様の足手まといとならぬよう私はとにかく必死でした。
覚えることもやらねばならないことも山積みで、一日があっという間に過ぎていきます。邸内も庭も隅から隅まで整えなくてはなりません。何しろレオン様とアルフォンス様にとっては新居です。目立った傷みなどのない清潔に保たれた邸ではありますが、レオン様のご要望で邸内の壁紙は貼り替えることになりました。そのため、使用人一同総出で準備作業が続いています。
私だけではなくエルザさんとおっしゃる方が、アルフォンス様の専属侍女となります。トーマスさんと同じく本邸から異動とのこと。経験豊富で頼りになる方でした。
「よろしくね、ヘレナさん。アルフォンス様を影からお支えしましょう」
「はい」
私たち侍女同士が信頼し合うことも大切なことだそうで、互いの話をよくしました。お子様がいらっしゃりおおらかなエルザさんから、仕事以外の知識や助言を頂戴し、有益な情報を得られることもございます。
エルザさんは優しい方ですが仕事に対して手抜かりなく、頬笑みつつも厳しい指導が幾度も飛びました。泣きたい日もあったようななかったような笑い喜び励む今日この頃です。それほどに目まぐるしい日々でした。
さて、私の独自情報網からアルフォンス様のお人柄が少しだけ想見することはできました。以前も申しましたように、事前に把握することで心構えといいましょうか覚悟といいましょうか、様々な事態に即対応ができるのです。ほんの僅かばかりの好奇心がないといえば嘘になるでしょう。ですが、しっかり勤仕したいという気持ちが勝った結果なのです。
──はい。本当ですよ?
けれど 掴めた情報はほんの僅かなことでした。貴族籍の子息息女が通う学園を卒業後、すぐに騎士団へ入団なさったため、舞踏会などの場にてその姿を目にした者がいないのです。詳しいお人柄は不明。
そして騎士団長や隊長ならば凱旋の際にお見かけする機会がございます。等級を示す勲章、また、麗しきご尊顔……
しかし等級のない騎士について詳しい情報を掴める術がありませんでした。人というものは強欲で、わからないことほど知りたくなるものです。ありもしない出来事や主観が添えられた噂話をいかに精査するか。私の手腕でもありますね。ふふっ。
やはりこれは対外的に同性と婚姻を結ぶことで、後継者争いに関わらないと意思表示したのでは。そのように思えました。
しかし……
「ヘレナはレオン様の遠縁なのでしょう? お目にかかったことはあるのかしら?」
「残念ながら」
「あら、そうなの。それならアルフォンス様のお姿は尚更機会がなかったでしょう。私も遠くから拝見しただけなのよ」
「エルザさん! おありですか!? アルフォンス様のお姿を!」
「ええ、でも本当に遠くからよ?」
いやいやいやいや。ちょっと待ってくださいエルザさん。それはとても貴重なお話ですよ? 作業の手は動かしますので、何なら三倍は動かしますので、よーくよーくそのお話、お聞かせくださいませんか?
「魔法騎士の実力も納得、流石レオン様の剣と呼ばれる方よ」
え? それはエルザさんが受けた印象ということでよろしいのかしら。それとも騎士団で称されているとおりということでしょうか。
私が把握できている内容は以下なんです。
ラトギプ伯爵家三男アルフォンス様。騎士として魔力が高く、討伐でもご活躍なさっているそうです。その話は騎士団に入団している知り合いがいるという伝手の伝手の伝手あたりの友人の知人から気合で手繰り寄せました。入手困難な菓子店の限定缶をお渡しなんてしてませんから、ええ、してません。
剣術は団内で上位。御髪と瞳が黒色。そのお姿から『漆黒の剣』という二つ名があるとのこと。お顔立ちは二転三転したためわからず。
そして討伐で大怪我を負われたことがあり、その際にレオン様と何かしらがおありだった……肝心なところが不思議なほど何も掴めないそうで、レオン様もアルフォンス様もこの頃に雰囲気が変わられたご様子。
アルフォンス様の配属先が変わり、団寮の部屋も移動され、どういうことなのか誰も詳細を知らないのだとか。
このように話が伝わっておりますので、私が思い描くアルフォンス様とエルザさんから伺った話では少々差異がございまして、困惑しました。
実力がなければ騎士団ではやっていけないのです。家名など何の役にも立ちません。誰も手を抜くことはしないでしょうし、庇ってもくれません。ですからアルフォンス様は勇ましい方だと思っていたのです。だって漆黒の剣ですよ? 剣のように切り裂く獰猛な方、ということでしょう。
そして大怪我により目立つ傷が残ってしまったのかもしれません。そのことに責任を感じたレオン様が、ご自身とも家格が釣り合う都合などから婚姻を結んだのでは。そうすればアルフォンス様は侯爵家と縁続きになりますし、レオン様は形式上伴侶を得ることができる。双方問題が解決。
お二人が相談なさってお決めになられたことだとしてもご関係は変わりますし、団寮を同室にすることで親密な関係を偽装したのであれば納得できますね。
気になるのはレオン様に届いているであろう多くの釣書。美しいご令息はいくらでもいらっしゃるでしょう。このような言い方は誤解を生じるかもしれませんが、伯爵家のご令息とはいえ騎士団の勇ましい騎士でなくても……と、思考が悶々とし始めたときでした。
私の考えはエルザさんの言葉で一掃されたのです。
「それにね、レオン様の至宝と呼ばれるだけあって、それはもう大変かわいらしくて……うふふ」
「は? それはどういう……」
聞き間違いかしら。いえそんなことないわ。確かに『レオン様の至宝』とおっしゃったわね。至宝……かわいい?
「言葉どおりよ。アルフォンス様の能力を称える意味でもあるわ。でもねそれだけではなく、激務のレオン様がアルフォンス様へ向ける眼差しといったら……ふふっ 相思相愛とはまさにこのことね」
「そう……なんですか、……?」
ちょっとお待ちくださいませね。新しい情報の処理を、脳内に蓄積させた情報との整合性を……おかしいわ。話が合わないわね。
利害一致の婚姻のはずでは……
「レオン様がひと目で惹かれたそうで、アルフォンス様へ愛を乞われたそうよ。初めは躊躇われていたのでしょうね、言葉を尽くしてお話されたとか。ですから、私たちはレオン様の大切な方のお手伝いをする立場。さあ、時間がないのだから、しっかり手を動かしましょう!」
「エルザさん……そこを……もう少し、詳細を、お聞かせ……」
手はこんなにも動かしていますでしょう? これ以上身体のどこかを動かしたら。私は人でなくなってしまいそうです。どうか人でいさせてください。
この日、これ以上のお話を伺うことは叶いませんでした。信頼も厚く、多忙なエルザさんには別の作業があったのです。
ああ、知りたい。どういうことなのか知りたい。ですから手を尽くしてかき集めました。情報を。それによって、私は認識を改めなくてはなりませんでした。
そもそもアルフォンス様は筋骨隆々の騎士ではなく小柄のかわいらしい方という時点で誤りだったのです。どこでこんなに大切な要項抜けたのかしら……
認識を一新しまとめてみますと、以下の結論となりました。
レオン様は確かに騎士統括団長としてご立派な方です。秀でた能力や統率力、また、これからは私の主となります。
ですが実はアルフォンス様至上主義な男である。そういうことです。
──アルフォンスはレオン統括団長に捕まった、と。騎士団の中ではそのように解釈なさった方もいるようで、レオン様から笑顔の圧を受けた……という噂です。
私の結論。
レオン様、執着愛認定ですわ。
さて、着々と進められている改装作業の最中、レオン様とアルフォンス様がそろって邸へいらっしゃることになりました。ヴァレンシュタイン侯爵家本邸から騎士団寮へお戻りの途中に立ち寄られるそうです。
使用人一同、ばったばたそっわそわしたのは言うまでもありません。完成するまでにこちらの邸へお越しになられる機会は少ないだろうとのこと。ですから次の来訪は未定。
全員が頭を垂れ、主を出迎えます。馬車から降り立ち、使用人一同の前に現れたレオン様と、続いてアルフォンス様の気配を感じました。しかし頭を上げるわけにはいきません。
レオン様の『ただいま』の言葉に、トーマスさんをはじめ使用人たちも姿勢を正しました。そこでようやく私は拝見できたのです。
確かに、漆黒の剣という名のように、凛と美しい方がおられました。
レオン様は貴族としての品位や人目を惹く存在感のある方でした。ですが、私は隣に寄り添われていらっしゃるアルフォンス様から目が離せなかったのです。
──この方に尽くしたい
ずっとずっと、お傍でお仕えしたい。この方が笑顔でいられるよう、幸せでいられるように微力ながらお支えしたい。心の中で誓った気持ちに、嘘偽りはありません。
こうして、私は決意したのです。
邸での出来事は、また機会がありましたらお話させてくださいませね。
ヘレナ・バルサン
『騎士団でいつの間にか外堀埋められ陥落した話』 おわり
※ここまでお付き合いいただきありがとうこざいました。番外編などを今後投稿する可能性はこざいます。
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