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恋情模様
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大きな瞳がビー玉みたいで、何を映しているのだろうと思った。まるで猫のような、きまぐれで掴みにくい印象だ。たぶん、気になったきっかけはそれだろう。
入社式で見掛けた彼とは特に会話を交わすこともなく、同じ空間にただいるだけで数日が過ぎていった。研修や講義、案内と続いていく中、変化が起きたのは自己紹介の時間というものが設けられたときだった。
「青山です。どうぞよろしくお願い致します」
俺が無難に趣味や抱負を織り混ぜて挨拶を済ませ席へ座ろうとしたとき、ビー玉みたいなその瞳が少しだけ輝いているような気がした。じっと見る視線は興味津々といったところだろうか。やはりちょっと猫っぽい。
もちろん深い意味合いなどないとわかっているのに、少しの間だけでも自分へ視線を引き付けたことに妙な満足感を味わった。
何かが、琴線に触れるらしい。
同期の中で男にしては肌の色が白く華奢な印象と、髪もさらさら揺れ色素が薄い彼。その見た目の通りに発した声も透き通る、少しだけ高めの声だった。
「赤堀です。よろしくお願いします」
緊張の気配と初々しさを混ぜ、どこを見たらいいのか彷徨う視線に伴い浮かべた微笑。
ああ……何かがドロリと湧いた。
この綺麗なビー玉を、手に入れたい―――
昔から器用な質と、一方的に人から好まれる外見を持っていたせいか、それを利用すれば大概のことはすんなりとうまく立ち回ってきた。自分から求めなくても人は寄ってくるし、いつの間にか信頼という見えないものまでもが手に入ってしまう。よく知りもしない俺のどこを見ているのか不思議でならなかった。
「あなたのことが好きなの」
「お前はいいよなあ、努力と無縁で」
だからこそ様々なことが面倒になり、いつしか来る者拒まず去る者追わず、友達といっても上辺だけの知人ばかりが増えていった。そうなると幾人かの同類意識がある友人はかえって信用できるもので、不思議と会わなくても長続きする。付かず離れずの距離を保ったその友人たちも、大学の卒業と共にそれぞれが社会へと羽ばたいていった。
俺も社会の中で上を目指すのか、ある程度の年数で転職するのか起業するのか、とりあえず会社員というものを経験してから今後を考えようと思っていた。
そうして入社したわけだが。
どこの会社でもこの時期はおそらく似たようなことをしているであろう、同期での飲み会が行われた。親睦を深めよう、まずは男女で知り合いたい、何でもいいから飲める口実がほしい。理由は大体その辺りだろうか。
「青山~ 出席だよな?」
「ああ、行くつもりだよ」
こういうイベント事の取り纏めがうまい奴というのは集団に必ず一人はいて、そいつが手早く皆の連絡先やら出欠やらをあっという間に把握し店まで予約してくれるようだ。一度は顔を出しておくべき繋がりだろうから、俺も参加することにしていた。
「店の場所はココな。集金は当日で」
「わかった。幹事おつかれ、すまないな」
声を掛けたらそいつの顔がキョトっと止まった。変なことを言ったつもりはないのに、どうしたのかと思っていると、『お前いいやつだな』などという返しだった。
多くは誰かがやってくれて当たり前という態度なのだそうだ。労いや礼を言われることの方が珍しいらしい。ソイツは昔から部長や幹事といった役回りをしているせいか、こういったことが苦でもなく慣れているらしい。イマドキはそうなのか、難儀な世の中だな。
同期会当日、先に着いていた数人の隣に断りを入れ座っていると、俺の隣や向かいに女子たちが『ここいいですか?』と詰めてきた。飲み始めてしばらくすれば席を移動していくだろうから、まあいいかと思い、どうぞと了承した。
後から赤堀と彼と同じ部署に配属された野白という長身の男が一緒に入ってきた。少し離れた席に彼らは腰を下ろし周りの連中と話を始めているようだ。
タイミングが違えば隣だったのかという、後悔と落胆のようなものを感じている自分に少々戸惑う。誰かに感情をざわつかされることなんてほとんどなかったというのに、これはなかなかに厄介なものだなとも思った。
「それではー!同期の絆を深め、新社会人として頑張っていこう~」
「「「かんぱ~いっ!」」」
ざわざわ声が広がり宴が始まった。出身地の話や趣味のこと、配属された部署の話や上司先輩の評価、飲み始めはお互いの様子を覗いながら距離感を測っていく。
隣の女子からねっとりした口調と視線を向けられ、纏わりつく香水の匂いも気分が悪くなりそうで、ほどほどのところで『向こうの知り合いと話をしてくるね』とやんわり離れることにする。
適当に選んだ空いている席に向かい、差し障りのない相槌と返答で何となく会話に入っていれば、酒が進むにつれ本音も少しずつ混ざり始める。幸い酒に強く滅多に酔ったことがないお陰で、相手の腹の中は大概が探っていけた。
(まあ、同期だな…)
ほんの数人以外は、その名のフォルダへ記憶していく。大勢の同期たち、といった印象がほとんどだった。
さて、赤堀はどうしているだろうと自然な動きで周りを見渡せば、見付けたその様子があまりにも不快で無意識に歯を噛み締めていた。
(は……?)
顔を赤くして隣の誰だか知らない、いや名前くらいはわかっていても素性も中身もわからないヤツの腕に絡みついていた。焦点の合わない目は宙を見ていて、危なげな表情がまるで誘っているかのようだ。半端に開いている口から覗く舌の赤さにやたらと目がいった。
すぐにでも引き剥がしてやりたいのに、いきなりそうする理由もなければ近くにもいない。何故周りが放っておくのか怒りさえフツフツ湧いてくる。適当な話でも振って、さり気なく連れ出してしまおうか。
様々な算段が浮かんでは消え、確実な解決方法が見付からなくて苛立ちばかりが募る。とにかく動いてからどうにでも話を作ってしまえばいいと体を動かしかけたとき、赤堀に手を伸ばした奴がいた。
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