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本編
7.解錠
一ノ瀬が言った。『俺たち運命だぞ?』と。それはつまり──
「⋯⋯だって運命だから、だろ? 俺じゃなくて、『運命』だから──噛もうとしてん、じゃん」
ブワッと勝手に涙が出てくる。
だから言ったんだ。運命なんかに勝てるわけがないと。別に俺のことが好きとか、そういう気持ちがあるわけじゃない。抗えないから。俺にはわからないけれど、一ノ瀬はアルファだからどうしようもなくオメガに惹かれてしまうんだ。
平々凡々な俺に。
それは運命だからなんだよ。
めそめそ泣くなんてみっともない。けれど、涙はあとからあとから勝手に出てきて、どうしようもなかった。
なんでこんなに悲しいのか理由もわからず、べしょべしょな姿を晒す俺。すると、泣き顔を覆っている俺の手を、一ノ瀬に外される。耳の横へ縫いつけ、上から見おろされた。
じっと見つめてくる目と重なり、一ノ瀬は深いため息をついてから『バカだな』と小さくこぼした。
「好きだから待ったんだろ。こうしておまえが発情期になるの。いくらでも無理矢理囲えるのに」
静かな声に反し、一ノ瀬の瞳の中にはアルファの欲がちらついていた。普段見せることのない、アルファらしい獰猛な姿だ。
こんなときだというのに俺は本能ゆえなのか、体が疼いて震えた。
「ひと目で運命だと気づいたが⋯⋯おまえは呑気にうなじを晒してるわ、友達でいようとするわ」
「ひぃ、うっ」
「俺がどれだけ気を揉んで過ごしたか⋯⋯わかってんのかね」
『な?』と言いながら、俺の首筋へ指で触れた。そこからゾワゾワしたものを感じ取り、思わず首を縮こめる。
俺の反応に薄く笑いを浮かべた一ノ瀬の顔がおりてきた。そのまま唇が重なり、隙間から舌を差し入れられる。
「んっ、ぅ」
口内を舐め回され、舌を吸われた。混じり合った唾液が甘く感じられ、自らねだるように舌を絡ませていく。
くちゅくちゅと水音を鳴らし、互いに深く求め合った。重ねていた手は指と指の間を交互に組んで、離さないとでもいうように自由を奪われてしまう。
「ふっ、は⋯⋯いちのせ」
唇が離れ、名を呼ぶが、舌っ足らずな甘えた声になる。
「──二葉、これ外すからな」
一ノ瀬は納得しきれていない俺に構わず、さっさとチョーカーを外そうとしている。
暗証番号付きだ。力では外せないように、これを選んだ。もちろんハサミで切ろうとしたって不可能な素材だ。アルファだとしても、どうにかできるものではない。
ところが。
一ノ瀬はなんの躊躇いもなく、チョーカーに数字を打ち込んだ。もちろん俺は誰にも番号を教えていない。言わすもがな、一ノ瀬にだって。
だから、俺が決めた暗証番号を知っているわけがないのに。
首元から、カチャリと解錠の音が鳴った。
解錠されてしまったのだ。うなじを守るために装着していたチョーカーが俺の首から外れ、アルファの前で無防備に晒される。
一ノ瀬がにやりと笑った。
「噛んでいい?」
「ぁ、やっ⋯⋯なんで、知ってんの」
なんで、なんで?
知るはずのない番号を、一ノ瀬は当ててしまった。
「それ言う? わかりやすいんだよ、おまえ」
勝者の顔といえばいいのか、一ノ瀬は嬉しそうな表情を浮かべていた。
俺の耳たぶを食み、そのまま首筋を舌が伝う。ぢゅうっと吸い、ときに歯を立てた。
「俺のこと、好きだろ?」
「やっ、ぁ、あっ⋯⋯そこ、やっ、ダメ」
噛まれたい、噛まれたくない。
どちらも本音だ。一ノ瀬に噛まれてしまいたい。が、残っている理性はダメだと制する。
けれど一ノ瀬は力の抜けた俺をうつ伏せに返し、最後の確認とばかりにうなじを舐めた。
『噛んでいい?』と、俺の意志を確かめる。いくらでも力で好きなようにできるが、そうはしない。
脅すような声じゃない。懇願に似た、願う声だった。
(⋯⋯律儀なやつ)
アルファの支配欲を抑え、オメガである俺の意志を優先させるなんて。
本当はわかっている。
一ノ瀬がいつも熱を含めた目で見ていたことも。
俺がどれだけ距離を取ろうとしても、すべてを偶然のせいにして、その隙間を埋めていたことも。
運命だとかオメガだとかそういうことを抜きにして、一ノ瀬は俺のことを大切に思ってくれていた。
なんだかんだと言い訳を並べ、俺に愛される覚悟ができていなかっただけだ。友達のままでいれば、公平でいられるから。
何かあっても、自分が傷つかずに済むからだ。
大好きなアルファにこんな風に乞われたら、そりゃあさ。
「ん、⋯⋯いいよ」
チョーカーの暗証番号は一ノ瀬の誕生日だ。番になることを防ぐために着けたチョーカー。その暗証番号を避けたい相手の誕生日に設定しているとは思わないだろう。だから選んだ数字だ。
一ノ瀬のことは初めて会ったときから好きだった。理由なんてない。一目惚れというやつだ。
運命なら暗証番号なんてすぐにわかると思っていた。俺のことを好きだと言う一ノ瀬なら、きっと解錠できる。と──
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