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第二章 不死鳥護衛編
十五話 不
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「ハア、ハア、ハア.......!」
その小さき身に似合わない大きな翼を持つ女の子は、夜道、誰かから逃げるように必死に逃げる。
「おらあ待て!」
「逃がすかよお!」
五人ほどの武装した男共が、翼の女の子を追いかける。
「いや、私.......殺されちゃう.......!」
女の子は走りながら大きな翼を展開、羽ばたかせ、空中へ飛び立つ。
「あ、こら待て!」
空中に羽ばたいたことで距離を離し、女の子は夜空へ消えていった。
地上の悪魔達は手も足も出ず、ただひたすら女の子を逃がすことを悔しがっていた。
「なんで.......なんで私は狙われるの.......? そんなに.......私の血が欲しいの.......?」
女の子は地上に立つ悪魔達を怯えた目で見下ろし、とにかく翼を羽ばたくことを意識し、なるべく距離を離す。
一方、地上の悪魔達は夜空へ旅立つ女の子を睨みつけながら文句をだべた。
「クソ、また空へ逃げたぜ。どうするよ、ベリアル」
潰れた片目を眼帯で隠すベリアルは冷静に答えた。
「.......銃を仕入れろ。今度は撃ち落とすぞ」
銃。それは人間界独自の文化共に歴史に根強い武器だ。人間界に居る悪魔が魔界へ密輸するが、何しろ値段が嫌がらせみたいに高く、学生では手に入れるのが難しい品物だ。
「おいおい、銃は高ぇだろ」
「血は欲しいだろ。手段は選べ」
「しかしな、俺たち学生だぞ? そんなに簡単に手に入れるわけが」
「ある。アモン先輩のアジトだ」
「.......なるほどね。」
「アモン先輩が死んだあのアジトは、今やがら空きの状態。誰のものでもねえ」
「今から行くか?」
「手段は選ばねえ。すぐに行くぞ」
ベリアル一行は、ゲーティア高校の北数キロ先にあるアモンのアジトへ向かった。
「「えええ?! レハが魔王の息子?!」」
シトリーとウァサゴ、重なって仰天する。
「しかも、なんでバエルが生きてんの。確実に息の根止めたのに」
一応、この二人に病院の出来事――バエル校長による父からの伝言――を話した。『仲間』だし隠すことはない。全てうち明かせ。
「なるほど.......だから魔王の魔術書レメゲトンを扱えるんですね.......ダイナミック理解です」
「どうやらそのようだな。しかしお前らに一つ質問がある」
俺とウァサゴは無事に退院し、今はお昼休み。俺は生徒会入会となり、今から生徒会メンバーと会うため獄立ゲーティア高等学校に向かっている。どうやら残りの生徒会メンバーは生徒会室に居てくれているらしい。
「はい、なんでしょうか」
「俺のレメゲトンは悪魔は触れない。だがソロモンは魔界の王だ。に対し俺は人間。……早いが話、ソロモンは悪魔なのか? それとも人間なのか?、どっちなんだ」
結果的に言えばこのレメゲトンは本当に魔王の魔術書で、家の血を継ぐ俺のみが扱える本。だがレメゲトンは悪魔が触れた時点でほとんどの生命を奪っていく。今までは悪魔だから生命を奪うのだと思っていたが、俺の父であるソロモンは魔王だ。に対して俺は人間。では魔王ソロモンは悪魔なのか、人間なのか、いったいどっちなのだ。
「そ、そんなの私が分かるわけないでしょう」
俺の魔術書をレメゲトンだと見抜いたウァサゴでも分からないのか。まあといっても、ウァサゴは未来視で俺が世界を滅ぼす暗黒星で魔界を滅ぼした内容を見た。その情報で俺がレメゲトンを持っているというのは理解できるのだから、ソロモンまでは分かるわけがないか。少し期待が外れた。
「でも確かにそうですよね。なにせレハさんはこの魔界で唯一の人間ですもの。当然、魔界生まれなのは間違いないでしょうね」
俺には人間界の記憶など全くない。そして父である魔王ソロモン・モーヴェイツは当然、魔界で誕生し、レメゲトンを片手に魔王になった。王は国を、世界を離れない。だから俺も魔界で誕生した可能性がある。ならば人間界の記憶が無いのも道理だ。
「そもそもソロモンに苗字があるということ自体ビックリだわ。」
「お前も苗字があるではないか。ウァサゴ・ロフォカレ」
「私は特別として、普通悪魔なら苗字は持たないわ。ほら、シトリーとかアモンとかバルバトスとか、全員単名でしょ?」
悪魔の名前は単名。俺みたいに苗字は持たない。なおウァサゴは特別のようだ。苗字の有無で悪魔と人間を区別することができるが、では魔王ソロモン・モーヴェイツは人間ということになるのだろうか。或いはウァサゴみたいに、悪魔にして特別に苗字を持つのか。尚更分からない話だ。
「特別にしろなんにしろ、ロフォカレ家って聞いたことが無いな」
悪魔で苗字があるロフォカレ家なんてすぐに有名になりそうな事だが、正直俺は知らなかった。
「私も初めて知りましたねえ。まさかウァサゴ先輩に苗字があるだなんて」
お隣のシトリーも初めて知ったという。どうやら多くの悪魔も知らないようだ。
「『仲間』だから私の苗字を教えただけ。あまり他の悪魔には言わないでね。これ重大な私の秘密なんだから」
「ああ、肝に銘じておく。俺の苗字は既に他の奴に知られているが、ソロモンの苗字は教えないでくれ。すぐに俺が息子だとバレるから」
俺の苗字は生徒一覧表にて書かれているが、この俺がソロモンの息子だと悪魔に知られたらより更に厄介事に巻き込まれる可能性がある。それだけは避けなくてはならない。
「ええ、生徒会メンバーだけの秘密ね」
「いや、ウァサゴとシトリーにだけだ」
「えええ? ヴァプラさんとセーレ先輩にも教えましょうよ。仲間なんだし隠し事は……」
「……悪い。お前らのことは信用すると決めたが、まだ一度も会ったことのない悪魔……いや、善魔二人に俺の正体は教えたくない」
正直、俺にはまだ善魔のことを信用ならない癖がある。それに、一度も会っていない見知らぬ者に俺の情報を掴ませるのも後々不利になりそうだし、気持ちが悪い。
「そうですか、なら分かりました」
容易く納得してくれたシトリー。ウァサゴが突っ込む。
「そりゃあね、仲間でも一つや二つぐらい隠したいことや秘密はあるわ。仲間だから全て知っておかなきゃって、なんか嫌だしね」
そのとき、この道の右下り坂に悪魔の群れが二つ立っていた。
「なんじゃ貴様らゴルア!」
「それはこっちの台詞じゃ、やる気かゴラアっ!」
暴力団の抗争だろうか、対立する二つの群れの筆頭は声を出し、威嚇する。
「なにあれ」
暴力団を幾度もなくぶっ潰したウァサゴのリアクションが薄い。まるで道端で見つけた興味のない犬のように。興味が無いからそのままスルーするような勢いだ。例えはおいといて、対立する群れの各々はゲーティア高校の改造制服を身に着けていた。
「ゲーティア高校の奴らか」
「注意しましょ」
ここは生徒会長らしく、ウァサゴが注意に出た。右に向け、坂の上から身を堂々と出し、群れを見下ろし、口を開いた。
「ちょっとそのあなたたち、喧嘩はやめなさい。他の悪魔が迷惑になるでしょう」
各々はウァサゴという堂々とした女性を見つめ、睨み付ける。
「なんじゃわれ。アマのくせにワイに注意しようって気かゴルア!」
「女の分際でこの俺様に注意しようってのかゴラア!」
群れの先頭に立つ男共が今度はウァサゴに怒鳴りつける。
「他所もんは立ち去りなアマのねえちゃん。これは抗争だ」
「子供遊びとは訳が違うんだよ。それとも殺されてえとかアンタ!」
あの二人、この女性がウァサゴだと気が付いていないらしい。それほど目の前の相手に苛立ち興奮しているのか。だが後ろの部下らしき悪魔たちはウァサゴだと気が付いていた。
「頭、あれウァサゴですって! 生徒会長で善魔の!」
部下が群れの頭に報せる。
「なんだって、ウァサゴ?」
「ウァサゴっていやあ、暴力団狩りの生徒会長のことか!」
暴力団狩りの生徒会長に善魔、異名が多いな。流石は悪魔の中で悪の意思を訴えるほどの浮いた存在というべきか。
「そう、私の名はウァサゴ・ロフォカレ! 誇り高き善魔よ!」
「おいアンタ。秘密にしている苗字バラしてどうする」
「……あらヤダ私。つい名乗っちゃった」
勢いに任せて秘密を自らどうでもいい連中に発したな。嘘はつくわ秘密を守らないわ、俺の秘密をうっかり言わないか心配だ。善魔ということに誇りを抱くのは勝手だが、悪魔にとって善魔とは薄汚れた存在だということをまるで気が付いていない。
「あ、なに。ウァサゴロフォ……なんつった?」
「ロフォカレっつったな。なんじゃそりゃ。苗字?」
単名を持つ悪魔共は謎の苗字に戸惑い、騒めく。
「うっふぉん、と、とにかく! ここでの抗争は認めないわ。直ちに学校に戻りなさい!」
必死に話をすり替え、ここでの抗争を認めないと断言。
「うっせえ黙れ!」
「それともてめえから殺されえとか!」
筆頭二人も負けじと抵抗する。
「おい野郎ども、まずはあの善魔を八つ裂きにしろ!」
左の群れの筆頭が後方の悪魔達に指示し、ウァサゴを襲い坂を上がる。
「ふん、群れで私に打ち勝とうなんざ一億年早いわ」
「やれやれ、どきな生徒会長。」
ウァサゴの前に立ち、レメゲトンを右掌に置く。
「お前は群れの頭にげんこつ入れてこい。雑魚は俺がやる」
「ちょっと、あなたでは殺しかねないでしょ!」
「手加減はしてやる」
第四部を開き、詠唱する。
「我は、太陽を囲いし星座十二将の皇帝なり。我が支配を受け入れ、光を閉ざせよ。第四部『アルス・アルマデル・サロモニス』」
紫の魔法陣が俺の足元に浮き、足元から闇の液体が坂を下る。坂を上がる雑魚の悪魔たちは激しい流水に足を滑らせ、次々と転けさせる。下った闇の液体は茂草や悪魔の体の一部をコーティングし、固める。坂に転がる悪魔達の体は闇の粘土に固定され、身動きを封じる。
「な、なんだこれ!」
「う、動けねえ!」
レメゲトンを閉じ、魔法陣は消えた。
「逆にお前が殴ると怪我しかねん」
ウァサゴのパンチはもう二度とくらいたくないものだ。下手したら腹が砕け、真っ二つになるほどの威力だ。力のチャージを一秒に短縮化させることで圧倒的な力を即席で打つことができるあの技は、普通の悪魔がくらっていいものではない。
「ほほおう、言うね」
ウァサゴは両脚に時の能力を流す。すると両脚はズンと太くなり、膝を曲げて、圧倒的な脚力に物を言わせて高く跳んだ。両脚に長時間分の力のチャージを一秒に短縮化させ、結果的に太くなり、その状態で跳んだか。天空に突っ込むウァサゴは見えなくなり、二秒後、群れの頭二人へ勢いよく落ちてきた。
「げん・こつ!」
右腕が太くなり、その状態で肘を引いた。同様に右腕に長時間分の力を一秒に短縮させたか。
「げ、ひ、ひえええええ」
「に、逃げろおおおお!」
頭上の頭かしらは二人は後退し、落ちるウァサゴから避難する。
「パアアアアアアアアアアアンチッ!」
落ちるとともにウァサゴは拳を地面に叩きつけ、その圧倒的な力による衝撃は地面を砕き、クレーターを作った。衝撃で亀裂が全体に広がる。
「あいつはなんでも派手過ぎ……」
「はは、そういうヒトですから先輩は」
ただのげんこつでいいのに何で時の能力を込めてまで跳び、地面にクレーターを作るほど力を込めたのか。あいつがヒトを殺す気でいるじゃん。脳天かち割れるわ。むしろヒト様に迷惑をかけているのはウァサゴの方だ。
「ちっ、外したか」
そりゃあ隕石が落ちてきたら誰だって逃げるわ。後退した悪魔たちはウァサゴにひれ伏し、各々が逃げていった。群れの頭だった二人は素早い動作で土下座した。
「「す、すみませんでしたあああああっ!」」
「なあに、反省すればいいのよ反省すれば」
ウァサゴは笑みを浮かべ、クレーターから平らな地面へ上がった。
「さて、じゃあ学校へ行きましょっか」
満足したかのように笑顔になったウァサゴは、土下座した悪魔二人に背を向け、坂を上がった。そのとき、二人は瞬時に立ち上がり、片手にナイフを持ち、背のウァサゴに突進してきた。
「はっ、ウァサゴ先輩、後ろ!」
シトリーがその危機を大声で知らせてくれた。だがその時既にウァサゴは振り向いており、突っ込んでくるナイフを右手の二指で挟んだ。
「な、なに!」
同時に左拳で悪魔の腹を殴った。するとその悪魔は静止した。時を止めたのか。そして挟んだ指だけで静止した悪魔を持ち上げ、バットのようにもう一方の悪魔に叩きつけた。
「ぐふああっ!」
ボールのようにかっ飛ばされ、川にダイブされた。振った勢いで、静止した悪魔を同様に川に放り投げた。
「不意打ちなんて百億年早いわ」
ウァサゴに不意打ちは通用しない。なぜならウァサゴには未来視がある。死ぬ直前に未来の映像が頭の中に流れる。だからシトリーが危険を知らせる前にウァサゴは既に後方にふり向いていた。
再び坂に上り、俺たちの元へつく。
「さ、学校へ行きましょ」
何気ない笑顔で力で制圧させる生徒会長。果たしてこの姿が善魔なのやら悪魔なのやら。一つ言えるのは、うちの生徒会長はおかしい。
程なくしてゲーティア高校につき、三階の生徒会室の前に立つ。この中にウァサゴ、シトリーに連なるあと二人の善魔がいるという。人間の俺が入会することにウァサゴみたいに歓迎してくれるだろうか。内心は嫌ではないだろうか、心配だ。
「ささ、入るよ」
ウァサゴは俺の心配を他所にして、躊躇なく引き戸を引く。すると室内の中心に置かれている逆U字机の左右に席座る悪魔……ではなかった、善魔が居た。二人の善魔が俺らに注目し、目が合う。
「おお、君がレハベアムくんかあっ!」
右に座る凛々しい男立ちをした善魔が立ち上がり、入口まで歩き寄り、俺に近寄るや否や右手を差し出してきた。
「あ、ああ」
なかなかフレンドリーに接してくる善魔だ。それが逆に身引きしてしまうが、とりあえずは俺は左手で右手を掴み、握手する。
「君の噂を聞いてから、俺はずっっっと君に会いたがったんだよ! いやあまさか本物に会えるとは!」
「俺に会いたかった?」
こいつもウァサゴみたいにとある使命感を持って俺に会いたかったと言ったのだろうか。
「ああ始まりましたね……」
右に立つシトリーがやれやれと首を振る。空白も間もなく目の前の男が喋り出す。
「絶望の世界で虐げられてもなお孤高に生き、そして悪魔に屈しない、心強き男! 更には魔王の術書レメゲトンを片手に多くの悪魔をどん底の淵に叩きのめしたという悪魔以上の残虐性を持つ人間……! ああ、なんて中二病なんだ!」
「ちゅ、ちゅうにびょう……?」
何やら俺のことを司会のように自慢げに語りだしたぞこいつ。更には中二病を美しいかのような言い回し。ちょっと俺こいつについていけないってのが十分に理解した。
だが背には立派で逞しい鮫肌の大きな翼が生えている。そして頭は三本の角。根元から太くて先端は細く黒い尻尾。悪魔という種族にしてはやや豪華に部位が多く目立つな。
「こいつはヴァプラ。雷を作ることができる竜の化身者よ」
「竜、か。へえそれは凄いな」
純粋に凄いなと思った。竜といったら伝説の生き物だ。そんな竜の姿になることができる化身者だったとは。
「ふっふん凄いだろお。でも俺よりも君だ! 君の方が凄くてカッコいいよ!」
「か、カッコいい?」
するとヴァプラは右手を頭に置き、
「悪魔に屈せず、更には善魔にも抵抗し、なお孤独に生きようとした誇り高き孤高の魔術師……!」
左手を天井に差し、ゆっくりと指を滑らかに下ろし、握りしめた。
「更には人間界の未来を救わんと、ウァサゴ会長を欺き他の悪魔の惨殺を実行した、まさに闇に生き罪を背負う人間……! こんなに中二病な人間が他に居るかね!」
最後はギランと俺を眩しい眼光で睨み付ける。
「は、はあ」
性格が残念なようだ。強いて良く言うなら個性的。この言動に空気が冷める。隣のシトリーが口を開く。
「ヴァプラさんは中二病が大好きな中二病善魔です。ヴァプラさんからすればレハさんは中二病らしいです」
「その……中二病ってなんだ。俺がそれを患っているのか?」
「イエスっ! 君は最高にナチュラルに重症者だ。」
ヴァプラが両人差し指を俺に向けて返答した。そうか、俺は中二病なのか。それは嬉しくないことだな。中二病といったら闇だの技名だの好む、無垢な子供が患う一種の青春期だと思っていたが、ヴァプラを見て正しい認識をした。ヴァプラのような個性的な言動を持つ子が中二病だ。俺は自然体に生きてきただけだ。
「君は今まで孤独に生きてきた。今まで悪魔に負けずによく生きてきた……! だがもう安心したまえ! 君には私がついている。皆がいる。だから今度から安心して我らに頼ってくれ。そう、我らは泣く子も黙る、」
右腕をやや斜め左に曲げ、左腕をピンと真っすぐ左に差し、両脚を低く曲げて、何やらファイティングポーズを決めてきた。
「善魔生徒会だあっ!」
「ちょっとそれ、私の台詞。生徒会長が普通それ言うでしょ」
左のウァサゴがツッコミをかました。何気にウァサゴもノリノリに反応するあたり、ヴァプラの中二病な言動は見慣れたものらしい。
「こう見えてもヴァプラさんは二年生ですよ。私と同い年です」
「そ、そうか。先輩か」
しかしその言動には子供じみた幼さがある。正直ヒト前でヴァプラに対し先輩などと呼びたくないな。もっとも呼ぶ気更々無いが。
「俺のことは呼び捨てで構わんぞ、同志よ!」
「ど、同志?」
「俺とレハベアム。中二病魂を持つ我らは既に同志ではないか! ワハハハッハハハッハハ!」
……なにがともあれヴァプラは俺のことを認めてくれているらしい。先輩としては一緒に居ると恥ずかしいが困ったときは頼りにさせてもらおうか、一応。
「ヴァプラ。うるさいんだけど」
一方、机に肘を置いて甲に顎を掛ける、俺とヴァプラを見つめる女性が座っていた。
「ちょっとなんすかセーレ先輩! せっかくの後輩なんすから超絶に歓迎しているだけじゃないすか!」
先輩の前では語尾にすかすかと喧しい、後輩らしい姿を見せるヴァプラ。だがセーレと呼ばれた女性は、清き水のような薄い青色の髪色で、華奢な姿をしている。
「あなたがレハベアムね。私はセーレ。一応仲間だからよろしく」
ヴァプラに対しセーレという先輩は物静かで冷淡な印象だ。それに一応ってなんだ一応って。
「セーレ先輩はなんと、セイレーンになることができる化身者なのです!」
「セイレーン……?!それって、人魚か」
セイレーンも伝説の生き物だ。海に泳ぐ華麗な生き物で、その綺麗な歌声で聴いた者を魅了させ、海に沈めるという。そのセイレーンになることができる化身者なのか。だがセーレの下半身は長スカートに覆われた陸上の脚だ。きっと化身になる際にその脚が尾びれになるのであろう。
「言っとくけど、私はヴァプラと違ってあなたと慣れ慣れしくするつもりないから」
俺にも冷淡に言いまわす限り、やはり善魔と名乗りつつ人間の俺と仲良く接するには荷が重いか、と予想的中か。だが前もって好かれない覚悟をしてここへ来たのだ。ショックに対するダメージは和らげているつもりだ。
「セーレ先輩はちょっと冷たいですけど、根は優しいおヒトですから大丈夫ですよ」
隣でフォローをするシトリー。正直シトリーやウァサゴがいなかったら、ヴァプラは身引きしてしまうしセーレはされてしまうし、これまでとは違った苦しい孤独感に見舞われていたであろうな。
「セーレ。レハベアムには仲良くするって言ってたじゃない。そんなにツンしないの」
「うるさいわね。それに二人とも余計な事言わないで頂戴。それにそんなこと言ったつもりはない」
ウァサゴがセーレに対しタメ語で注意する。ヴァプラやシトリーはセーレのことを先輩を呼ぶ限り三年生は間違いないようだ。
「いいレハベアム。私は人間なんかと仲良くしない。もし私に近寄ったら思いっきりビンタするからね」
セーレは淡々と俺へ攻撃的に言い攻める。隣のウァサゴがフォローする。
「ごめんねレハ。セーレは少しツンが強いの。なんとか見過ごしてあげて」
「あ、ああ」
正義感漂うウァサゴと臆病なシトリーに、ツンが強いセーレと中二病なヴァプラ。なかなか個性的な面子だな。そんな人間の俺が仲間らしく接することはできるだろうか。
「さあて、これで生徒会メンバーを新しく迎えたことで、六月にもなったことだし、この学校をより更に改善させていくわよお!」
生徒会長ウァサゴが左拳を天井に差し、会員に気合入った鼓舞を言うと、
「「おおお!」」
シトリーとヴァプラ二年生組は明るく、続いて左拳を天井に差し大きく返事した。セーレは黙って、片手に本を掴み、無視して読書をした。
「お、おお」
一応俺も返事を小さくだがしてみた。気恥ずかしく大声で返事できないが、まあ仲間だし、しておくべき、か。
その小さき身に似合わない大きな翼を持つ女の子は、夜道、誰かから逃げるように必死に逃げる。
「おらあ待て!」
「逃がすかよお!」
五人ほどの武装した男共が、翼の女の子を追いかける。
「いや、私.......殺されちゃう.......!」
女の子は走りながら大きな翼を展開、羽ばたかせ、空中へ飛び立つ。
「あ、こら待て!」
空中に羽ばたいたことで距離を離し、女の子は夜空へ消えていった。
地上の悪魔達は手も足も出ず、ただひたすら女の子を逃がすことを悔しがっていた。
「なんで.......なんで私は狙われるの.......? そんなに.......私の血が欲しいの.......?」
女の子は地上に立つ悪魔達を怯えた目で見下ろし、とにかく翼を羽ばたくことを意識し、なるべく距離を離す。
一方、地上の悪魔達は夜空へ旅立つ女の子を睨みつけながら文句をだべた。
「クソ、また空へ逃げたぜ。どうするよ、ベリアル」
潰れた片目を眼帯で隠すベリアルは冷静に答えた。
「.......銃を仕入れろ。今度は撃ち落とすぞ」
銃。それは人間界独自の文化共に歴史に根強い武器だ。人間界に居る悪魔が魔界へ密輸するが、何しろ値段が嫌がらせみたいに高く、学生では手に入れるのが難しい品物だ。
「おいおい、銃は高ぇだろ」
「血は欲しいだろ。手段は選べ」
「しかしな、俺たち学生だぞ? そんなに簡単に手に入れるわけが」
「ある。アモン先輩のアジトだ」
「.......なるほどね。」
「アモン先輩が死んだあのアジトは、今やがら空きの状態。誰のものでもねえ」
「今から行くか?」
「手段は選ばねえ。すぐに行くぞ」
ベリアル一行は、ゲーティア高校の北数キロ先にあるアモンのアジトへ向かった。
「「えええ?! レハが魔王の息子?!」」
シトリーとウァサゴ、重なって仰天する。
「しかも、なんでバエルが生きてんの。確実に息の根止めたのに」
一応、この二人に病院の出来事――バエル校長による父からの伝言――を話した。『仲間』だし隠すことはない。全てうち明かせ。
「なるほど.......だから魔王の魔術書レメゲトンを扱えるんですね.......ダイナミック理解です」
「どうやらそのようだな。しかしお前らに一つ質問がある」
俺とウァサゴは無事に退院し、今はお昼休み。俺は生徒会入会となり、今から生徒会メンバーと会うため獄立ゲーティア高等学校に向かっている。どうやら残りの生徒会メンバーは生徒会室に居てくれているらしい。
「はい、なんでしょうか」
「俺のレメゲトンは悪魔は触れない。だがソロモンは魔界の王だ。に対し俺は人間。……早いが話、ソロモンは悪魔なのか? それとも人間なのか?、どっちなんだ」
結果的に言えばこのレメゲトンは本当に魔王の魔術書で、家の血を継ぐ俺のみが扱える本。だがレメゲトンは悪魔が触れた時点でほとんどの生命を奪っていく。今までは悪魔だから生命を奪うのだと思っていたが、俺の父であるソロモンは魔王だ。に対して俺は人間。では魔王ソロモンは悪魔なのか、人間なのか、いったいどっちなのだ。
「そ、そんなの私が分かるわけないでしょう」
俺の魔術書をレメゲトンだと見抜いたウァサゴでも分からないのか。まあといっても、ウァサゴは未来視で俺が世界を滅ぼす暗黒星で魔界を滅ぼした内容を見た。その情報で俺がレメゲトンを持っているというのは理解できるのだから、ソロモンまでは分かるわけがないか。少し期待が外れた。
「でも確かにそうですよね。なにせレハさんはこの魔界で唯一の人間ですもの。当然、魔界生まれなのは間違いないでしょうね」
俺には人間界の記憶など全くない。そして父である魔王ソロモン・モーヴェイツは当然、魔界で誕生し、レメゲトンを片手に魔王になった。王は国を、世界を離れない。だから俺も魔界で誕生した可能性がある。ならば人間界の記憶が無いのも道理だ。
「そもそもソロモンに苗字があるということ自体ビックリだわ。」
「お前も苗字があるではないか。ウァサゴ・ロフォカレ」
「私は特別として、普通悪魔なら苗字は持たないわ。ほら、シトリーとかアモンとかバルバトスとか、全員単名でしょ?」
悪魔の名前は単名。俺みたいに苗字は持たない。なおウァサゴは特別のようだ。苗字の有無で悪魔と人間を区別することができるが、では魔王ソロモン・モーヴェイツは人間ということになるのだろうか。或いはウァサゴみたいに、悪魔にして特別に苗字を持つのか。尚更分からない話だ。
「特別にしろなんにしろ、ロフォカレ家って聞いたことが無いな」
悪魔で苗字があるロフォカレ家なんてすぐに有名になりそうな事だが、正直俺は知らなかった。
「私も初めて知りましたねえ。まさかウァサゴ先輩に苗字があるだなんて」
お隣のシトリーも初めて知ったという。どうやら多くの悪魔も知らないようだ。
「『仲間』だから私の苗字を教えただけ。あまり他の悪魔には言わないでね。これ重大な私の秘密なんだから」
「ああ、肝に銘じておく。俺の苗字は既に他の奴に知られているが、ソロモンの苗字は教えないでくれ。すぐに俺が息子だとバレるから」
俺の苗字は生徒一覧表にて書かれているが、この俺がソロモンの息子だと悪魔に知られたらより更に厄介事に巻き込まれる可能性がある。それだけは避けなくてはならない。
「ええ、生徒会メンバーだけの秘密ね」
「いや、ウァサゴとシトリーにだけだ」
「えええ? ヴァプラさんとセーレ先輩にも教えましょうよ。仲間なんだし隠し事は……」
「……悪い。お前らのことは信用すると決めたが、まだ一度も会ったことのない悪魔……いや、善魔二人に俺の正体は教えたくない」
正直、俺にはまだ善魔のことを信用ならない癖がある。それに、一度も会っていない見知らぬ者に俺の情報を掴ませるのも後々不利になりそうだし、気持ちが悪い。
「そうですか、なら分かりました」
容易く納得してくれたシトリー。ウァサゴが突っ込む。
「そりゃあね、仲間でも一つや二つぐらい隠したいことや秘密はあるわ。仲間だから全て知っておかなきゃって、なんか嫌だしね」
そのとき、この道の右下り坂に悪魔の群れが二つ立っていた。
「なんじゃ貴様らゴルア!」
「それはこっちの台詞じゃ、やる気かゴラアっ!」
暴力団の抗争だろうか、対立する二つの群れの筆頭は声を出し、威嚇する。
「なにあれ」
暴力団を幾度もなくぶっ潰したウァサゴのリアクションが薄い。まるで道端で見つけた興味のない犬のように。興味が無いからそのままスルーするような勢いだ。例えはおいといて、対立する群れの各々はゲーティア高校の改造制服を身に着けていた。
「ゲーティア高校の奴らか」
「注意しましょ」
ここは生徒会長らしく、ウァサゴが注意に出た。右に向け、坂の上から身を堂々と出し、群れを見下ろし、口を開いた。
「ちょっとそのあなたたち、喧嘩はやめなさい。他の悪魔が迷惑になるでしょう」
各々はウァサゴという堂々とした女性を見つめ、睨み付ける。
「なんじゃわれ。アマのくせにワイに注意しようって気かゴルア!」
「女の分際でこの俺様に注意しようってのかゴラア!」
群れの先頭に立つ男共が今度はウァサゴに怒鳴りつける。
「他所もんは立ち去りなアマのねえちゃん。これは抗争だ」
「子供遊びとは訳が違うんだよ。それとも殺されてえとかアンタ!」
あの二人、この女性がウァサゴだと気が付いていないらしい。それほど目の前の相手に苛立ち興奮しているのか。だが後ろの部下らしき悪魔たちはウァサゴだと気が付いていた。
「頭、あれウァサゴですって! 生徒会長で善魔の!」
部下が群れの頭に報せる。
「なんだって、ウァサゴ?」
「ウァサゴっていやあ、暴力団狩りの生徒会長のことか!」
暴力団狩りの生徒会長に善魔、異名が多いな。流石は悪魔の中で悪の意思を訴えるほどの浮いた存在というべきか。
「そう、私の名はウァサゴ・ロフォカレ! 誇り高き善魔よ!」
「おいアンタ。秘密にしている苗字バラしてどうする」
「……あらヤダ私。つい名乗っちゃった」
勢いに任せて秘密を自らどうでもいい連中に発したな。嘘はつくわ秘密を守らないわ、俺の秘密をうっかり言わないか心配だ。善魔ということに誇りを抱くのは勝手だが、悪魔にとって善魔とは薄汚れた存在だということをまるで気が付いていない。
「あ、なに。ウァサゴロフォ……なんつった?」
「ロフォカレっつったな。なんじゃそりゃ。苗字?」
単名を持つ悪魔共は謎の苗字に戸惑い、騒めく。
「うっふぉん、と、とにかく! ここでの抗争は認めないわ。直ちに学校に戻りなさい!」
必死に話をすり替え、ここでの抗争を認めないと断言。
「うっせえ黙れ!」
「それともてめえから殺されえとか!」
筆頭二人も負けじと抵抗する。
「おい野郎ども、まずはあの善魔を八つ裂きにしろ!」
左の群れの筆頭が後方の悪魔達に指示し、ウァサゴを襲い坂を上がる。
「ふん、群れで私に打ち勝とうなんざ一億年早いわ」
「やれやれ、どきな生徒会長。」
ウァサゴの前に立ち、レメゲトンを右掌に置く。
「お前は群れの頭にげんこつ入れてこい。雑魚は俺がやる」
「ちょっと、あなたでは殺しかねないでしょ!」
「手加減はしてやる」
第四部を開き、詠唱する。
「我は、太陽を囲いし星座十二将の皇帝なり。我が支配を受け入れ、光を閉ざせよ。第四部『アルス・アルマデル・サロモニス』」
紫の魔法陣が俺の足元に浮き、足元から闇の液体が坂を下る。坂を上がる雑魚の悪魔たちは激しい流水に足を滑らせ、次々と転けさせる。下った闇の液体は茂草や悪魔の体の一部をコーティングし、固める。坂に転がる悪魔達の体は闇の粘土に固定され、身動きを封じる。
「な、なんだこれ!」
「う、動けねえ!」
レメゲトンを閉じ、魔法陣は消えた。
「逆にお前が殴ると怪我しかねん」
ウァサゴのパンチはもう二度とくらいたくないものだ。下手したら腹が砕け、真っ二つになるほどの威力だ。力のチャージを一秒に短縮化させることで圧倒的な力を即席で打つことができるあの技は、普通の悪魔がくらっていいものではない。
「ほほおう、言うね」
ウァサゴは両脚に時の能力を流す。すると両脚はズンと太くなり、膝を曲げて、圧倒的な脚力に物を言わせて高く跳んだ。両脚に長時間分の力のチャージを一秒に短縮化させ、結果的に太くなり、その状態で跳んだか。天空に突っ込むウァサゴは見えなくなり、二秒後、群れの頭二人へ勢いよく落ちてきた。
「げん・こつ!」
右腕が太くなり、その状態で肘を引いた。同様に右腕に長時間分の力を一秒に短縮させたか。
「げ、ひ、ひえええええ」
「に、逃げろおおおお!」
頭上の頭かしらは二人は後退し、落ちるウァサゴから避難する。
「パアアアアアアアアアアアンチッ!」
落ちるとともにウァサゴは拳を地面に叩きつけ、その圧倒的な力による衝撃は地面を砕き、クレーターを作った。衝撃で亀裂が全体に広がる。
「あいつはなんでも派手過ぎ……」
「はは、そういうヒトですから先輩は」
ただのげんこつでいいのに何で時の能力を込めてまで跳び、地面にクレーターを作るほど力を込めたのか。あいつがヒトを殺す気でいるじゃん。脳天かち割れるわ。むしろヒト様に迷惑をかけているのはウァサゴの方だ。
「ちっ、外したか」
そりゃあ隕石が落ちてきたら誰だって逃げるわ。後退した悪魔たちはウァサゴにひれ伏し、各々が逃げていった。群れの頭だった二人は素早い動作で土下座した。
「「す、すみませんでしたあああああっ!」」
「なあに、反省すればいいのよ反省すれば」
ウァサゴは笑みを浮かべ、クレーターから平らな地面へ上がった。
「さて、じゃあ学校へ行きましょっか」
満足したかのように笑顔になったウァサゴは、土下座した悪魔二人に背を向け、坂を上がった。そのとき、二人は瞬時に立ち上がり、片手にナイフを持ち、背のウァサゴに突進してきた。
「はっ、ウァサゴ先輩、後ろ!」
シトリーがその危機を大声で知らせてくれた。だがその時既にウァサゴは振り向いており、突っ込んでくるナイフを右手の二指で挟んだ。
「な、なに!」
同時に左拳で悪魔の腹を殴った。するとその悪魔は静止した。時を止めたのか。そして挟んだ指だけで静止した悪魔を持ち上げ、バットのようにもう一方の悪魔に叩きつけた。
「ぐふああっ!」
ボールのようにかっ飛ばされ、川にダイブされた。振った勢いで、静止した悪魔を同様に川に放り投げた。
「不意打ちなんて百億年早いわ」
ウァサゴに不意打ちは通用しない。なぜならウァサゴには未来視がある。死ぬ直前に未来の映像が頭の中に流れる。だからシトリーが危険を知らせる前にウァサゴは既に後方にふり向いていた。
再び坂に上り、俺たちの元へつく。
「さ、学校へ行きましょ」
何気ない笑顔で力で制圧させる生徒会長。果たしてこの姿が善魔なのやら悪魔なのやら。一つ言えるのは、うちの生徒会長はおかしい。
程なくしてゲーティア高校につき、三階の生徒会室の前に立つ。この中にウァサゴ、シトリーに連なるあと二人の善魔がいるという。人間の俺が入会することにウァサゴみたいに歓迎してくれるだろうか。内心は嫌ではないだろうか、心配だ。
「ささ、入るよ」
ウァサゴは俺の心配を他所にして、躊躇なく引き戸を引く。すると室内の中心に置かれている逆U字机の左右に席座る悪魔……ではなかった、善魔が居た。二人の善魔が俺らに注目し、目が合う。
「おお、君がレハベアムくんかあっ!」
右に座る凛々しい男立ちをした善魔が立ち上がり、入口まで歩き寄り、俺に近寄るや否や右手を差し出してきた。
「あ、ああ」
なかなかフレンドリーに接してくる善魔だ。それが逆に身引きしてしまうが、とりあえずは俺は左手で右手を掴み、握手する。
「君の噂を聞いてから、俺はずっっっと君に会いたがったんだよ! いやあまさか本物に会えるとは!」
「俺に会いたかった?」
こいつもウァサゴみたいにとある使命感を持って俺に会いたかったと言ったのだろうか。
「ああ始まりましたね……」
右に立つシトリーがやれやれと首を振る。空白も間もなく目の前の男が喋り出す。
「絶望の世界で虐げられてもなお孤高に生き、そして悪魔に屈しない、心強き男! 更には魔王の術書レメゲトンを片手に多くの悪魔をどん底の淵に叩きのめしたという悪魔以上の残虐性を持つ人間……! ああ、なんて中二病なんだ!」
「ちゅ、ちゅうにびょう……?」
何やら俺のことを司会のように自慢げに語りだしたぞこいつ。更には中二病を美しいかのような言い回し。ちょっと俺こいつについていけないってのが十分に理解した。
だが背には立派で逞しい鮫肌の大きな翼が生えている。そして頭は三本の角。根元から太くて先端は細く黒い尻尾。悪魔という種族にしてはやや豪華に部位が多く目立つな。
「こいつはヴァプラ。雷を作ることができる竜の化身者よ」
「竜、か。へえそれは凄いな」
純粋に凄いなと思った。竜といったら伝説の生き物だ。そんな竜の姿になることができる化身者だったとは。
「ふっふん凄いだろお。でも俺よりも君だ! 君の方が凄くてカッコいいよ!」
「か、カッコいい?」
するとヴァプラは右手を頭に置き、
「悪魔に屈せず、更には善魔にも抵抗し、なお孤独に生きようとした誇り高き孤高の魔術師……!」
左手を天井に差し、ゆっくりと指を滑らかに下ろし、握りしめた。
「更には人間界の未来を救わんと、ウァサゴ会長を欺き他の悪魔の惨殺を実行した、まさに闇に生き罪を背負う人間……! こんなに中二病な人間が他に居るかね!」
最後はギランと俺を眩しい眼光で睨み付ける。
「は、はあ」
性格が残念なようだ。強いて良く言うなら個性的。この言動に空気が冷める。隣のシトリーが口を開く。
「ヴァプラさんは中二病が大好きな中二病善魔です。ヴァプラさんからすればレハさんは中二病らしいです」
「その……中二病ってなんだ。俺がそれを患っているのか?」
「イエスっ! 君は最高にナチュラルに重症者だ。」
ヴァプラが両人差し指を俺に向けて返答した。そうか、俺は中二病なのか。それは嬉しくないことだな。中二病といったら闇だの技名だの好む、無垢な子供が患う一種の青春期だと思っていたが、ヴァプラを見て正しい認識をした。ヴァプラのような個性的な言動を持つ子が中二病だ。俺は自然体に生きてきただけだ。
「君は今まで孤独に生きてきた。今まで悪魔に負けずによく生きてきた……! だがもう安心したまえ! 君には私がついている。皆がいる。だから今度から安心して我らに頼ってくれ。そう、我らは泣く子も黙る、」
右腕をやや斜め左に曲げ、左腕をピンと真っすぐ左に差し、両脚を低く曲げて、何やらファイティングポーズを決めてきた。
「善魔生徒会だあっ!」
「ちょっとそれ、私の台詞。生徒会長が普通それ言うでしょ」
左のウァサゴがツッコミをかました。何気にウァサゴもノリノリに反応するあたり、ヴァプラの中二病な言動は見慣れたものらしい。
「こう見えてもヴァプラさんは二年生ですよ。私と同い年です」
「そ、そうか。先輩か」
しかしその言動には子供じみた幼さがある。正直ヒト前でヴァプラに対し先輩などと呼びたくないな。もっとも呼ぶ気更々無いが。
「俺のことは呼び捨てで構わんぞ、同志よ!」
「ど、同志?」
「俺とレハベアム。中二病魂を持つ我らは既に同志ではないか! ワハハハッハハハッハハ!」
……なにがともあれヴァプラは俺のことを認めてくれているらしい。先輩としては一緒に居ると恥ずかしいが困ったときは頼りにさせてもらおうか、一応。
「ヴァプラ。うるさいんだけど」
一方、机に肘を置いて甲に顎を掛ける、俺とヴァプラを見つめる女性が座っていた。
「ちょっとなんすかセーレ先輩! せっかくの後輩なんすから超絶に歓迎しているだけじゃないすか!」
先輩の前では語尾にすかすかと喧しい、後輩らしい姿を見せるヴァプラ。だがセーレと呼ばれた女性は、清き水のような薄い青色の髪色で、華奢な姿をしている。
「あなたがレハベアムね。私はセーレ。一応仲間だからよろしく」
ヴァプラに対しセーレという先輩は物静かで冷淡な印象だ。それに一応ってなんだ一応って。
「セーレ先輩はなんと、セイレーンになることができる化身者なのです!」
「セイレーン……?!それって、人魚か」
セイレーンも伝説の生き物だ。海に泳ぐ華麗な生き物で、その綺麗な歌声で聴いた者を魅了させ、海に沈めるという。そのセイレーンになることができる化身者なのか。だがセーレの下半身は長スカートに覆われた陸上の脚だ。きっと化身になる際にその脚が尾びれになるのであろう。
「言っとくけど、私はヴァプラと違ってあなたと慣れ慣れしくするつもりないから」
俺にも冷淡に言いまわす限り、やはり善魔と名乗りつつ人間の俺と仲良く接するには荷が重いか、と予想的中か。だが前もって好かれない覚悟をしてここへ来たのだ。ショックに対するダメージは和らげているつもりだ。
「セーレ先輩はちょっと冷たいですけど、根は優しいおヒトですから大丈夫ですよ」
隣でフォローをするシトリー。正直シトリーやウァサゴがいなかったら、ヴァプラは身引きしてしまうしセーレはされてしまうし、これまでとは違った苦しい孤独感に見舞われていたであろうな。
「セーレ。レハベアムには仲良くするって言ってたじゃない。そんなにツンしないの」
「うるさいわね。それに二人とも余計な事言わないで頂戴。それにそんなこと言ったつもりはない」
ウァサゴがセーレに対しタメ語で注意する。ヴァプラやシトリーはセーレのことを先輩を呼ぶ限り三年生は間違いないようだ。
「いいレハベアム。私は人間なんかと仲良くしない。もし私に近寄ったら思いっきりビンタするからね」
セーレは淡々と俺へ攻撃的に言い攻める。隣のウァサゴがフォローする。
「ごめんねレハ。セーレは少しツンが強いの。なんとか見過ごしてあげて」
「あ、ああ」
正義感漂うウァサゴと臆病なシトリーに、ツンが強いセーレと中二病なヴァプラ。なかなか個性的な面子だな。そんな人間の俺が仲間らしく接することはできるだろうか。
「さあて、これで生徒会メンバーを新しく迎えたことで、六月にもなったことだし、この学校をより更に改善させていくわよお!」
生徒会長ウァサゴが左拳を天井に差し、会員に気合入った鼓舞を言うと、
「「おおお!」」
シトリーとヴァプラ二年生組は明るく、続いて左拳を天井に差し大きく返事した。セーレは黙って、片手に本を掴み、無視して読書をした。
「お、おお」
一応俺も返事を小さくだがしてみた。気恥ずかしく大声で返事できないが、まあ仲間だし、しておくべき、か。
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