獣と魔女の名もなき日々

ななせ

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揺らぎのなかで、恋が芽吹く

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その日、朝から霧が出ていた。

森の奥は真っ白に煙り、どこか幻想的な風景に包まれていた。
私は小屋の前で摘み取ったハーブを編みながら、静かにその景色を眺めていた。

「……似合ってるな」

突然、背後からフェイの声がして、私はちょっとだけ驚いた。

「なにが?」

「……その編み物と、あんたの手元の仕草。落ち着いてて、静かで……見てると、変な気持ちになる」

「変な気持ちって?」

「……悪い意味じゃない」

フェイは、それだけを言って、もぞもぞと薪を積みに戻っていった。
私の中に残ったのは、言葉よりも――彼の“視線”の温度だった。



彼は、変わらない。

無駄な言葉は少なく、黙々と動き、必要なときだけ私の側に立つ。
それがフェイで、私にとってはとても安心できる“空気”だった。

でも、少しずつ何かが違ってきていた。

夜、焚き火を囲んで湯を飲むとき、彼の視線が長く私に留まるようになった。

「……何か、顔についてる?」

「いや」

「じゃあ、なに?」

「見てるだけ」

そんなふうに、時折、不意打ちのようにまっすぐな言葉を投げてくる。

私の胸が、思わずどきんと高鳴ってしまうのは、きっと気のせいではなかった。



ある日の夜。

月が明るくて、私は眠れずにいた。
寝台から抜け出し、小屋の外に出ると、フェイがひとり、星を見上げていた。

「起きてたの?」

「ああ。あんたの足音、いつもより軽いから」

「ふふ、よく聞いてるのね」

私は彼の隣に立った。
月明かりに照らされた横顔は、どこかいつもより柔らかく見えた。

「……揚羽」

「なに?」

「お前、ここに来る前、寂しかったのか?」

「どうして、そんなことを?」

「たぶん……俺と似てるから」

静かな声だった。

私は、少しだけ考えて、それから小さく頷いた。

「うん。寂しかったと思う。気づかないふりしてただけ」

「……今は?」

「今は……誰かと一緒にいるって、こういうことなんだなって、思ってる」

フェイは何も言わず、けれどその視線が優しくなったのがわかった。

「俺……お前のそばにいて、初めて落ち着いたんだ」

「……フェイ」

「最初は命令に従ってただけだった。でも、今は……違う」

彼の言葉が、まるで私の胸にそっと触れるようで、思わず手を握りしめた。

この人は、変わった。
私のそばにいて、変わってくれた。

そして、たぶん私も――

変わり始めている。



それは、まだ“恋”とは呼べなかったかもしれない。

でも、フェイが私を見つめる目の奥にあるものを、私はたしかに知っていた。

それがやさしくて、少しだけ痛くて――

とてもあたたかかった。
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