八咫烏 〜神になるか、人として戦うか〜

秀零

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第51話 八咫の神との邂逅

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夜の帳が下りるころ、私たちは八咫の神のもとへと向かった。

紫苑さんの隣に並びながら、私はその背中を見つめる。
張りつめた空気が、何か大きなことが起こるのだと告げていた。

――“八咫の神”。

神の一人にして、現在は国と契約し国の安寧と守護する為に神界を降りたと紫苑さんから説明を受けた。

「……心して臨め。八咫の神は、甘い相手ではない」

淡々とした口調で紫苑さんが言った。
その横顔は、今までに見たどの表情よりも厳しく、緊張を滲ませていた。

神殿の奥、荘厳な扉が静かに開く。

中には、一人の人物が立っていた。
白装束に身を包み、髪は銀糸のように輝いている。
その瞳は人ならざる光を宿し、私たちを見据えていた。

「久しいな、紫苑」

低く、重く、そして恐ろしく遠い響き。
それが、八咫の神の声だった。

紫苑さんは、跪くように一歩前に進み、短く頭を下げた。

「……はい。すでに存在しない神兵が現世に現れました……しかも、死者の魂を持ってして形を成してるようですこの事実を、放置して良いはずがない。貴方の口から説明を――」

その言葉を遮るように、八咫の神はわずかに身を乗り出した。

「神兵たちが現れたのは、神界からではない。……魔界。堕神の巣窟からだ」

「……魔界」

その言葉に、紫苑さんの眉がわずかに動いた。
私もまた、無意識に息を呑む。

「魔界には……死者の魂は存在しないはずでは?」

「かつて、そうであった。だが、今は違う。
魔界を統べる者が、死者たちの魂を回収し、歪めて兵として用いている。
その者こそ……先代最高神」

「なっ――」

紫苑さんが驚きの声を漏らす。
私には……その名に覚えがなかった。
けれど、心の奥、どこか遠くの場所で、鈍く冷たい何かが揺れた。

「先代最高神……?」

私は思わず口に出していた。
八咫の神は、私の方へと静かに視線を向ける。

「天音よ。お前は、まだ多くを知らぬのだな」

その目に射抜かれた瞬間、私の背筋が凍るような感覚に襲われた。

「紫苑。……退け。話すべき相手は、彼女一人だ」

「……っ」

紫苑さんは私を一度振り返ったが、八咫の神の命には逆らえず、そのまま静かに退室していった。

――私と、八咫の神だけが、そこに残された。

「……あなたは、私に……何を伝えたいのですか」

膝が震えるのを抑えながら、私は問う。
八咫の神は、しばし沈黙し、やがて静かに語りはじめた。

「お前の中にある存在⸺天禰
それは、ただの“神”ではない。――かつて、神界そのものを治めていた、“最高神”だ」

「……っ」

夢出ててきた天禰⸺前世の私が神である事は本人から聞いた。
それでも、衝撃の事実に私は驚きを隠せない。

「天禰。かつてその名で呼ばれていた存在は、秩序を護り、神々の頂点に立つ存在だった。
だが、彼女は……優しすぎたその力を、人間たちに与えすぎた。……やがて神々の間に不和が生じ、
ある者は、天禰を裏切り、ある者は、彼女を守ろうとした」

「……私が、そんな存在だった……?」

「お前はまだ、その記憶のすべてを取り戻してはいない。
だが、魂は同じ。――ゆえに、先代最高神はお前を求めている。
再び手に入れるために。己の計画を完成させるために」

「……っ!」

喉が焼けるように熱くなる。
それが恐怖か、怒りか、自分でも分からなかった。

「なぜ……私に何も言わず、ここまで黙っていたんですか」

そう問う私に、八咫の神はただ一言――

「お前が“お前自身”として在るためにだ」

その言葉が、私の心を締めつけた。

「天禰であることに囚われれば、天音としての“生”は失われる。そんな事は天禰が望まない……だが……運命は、それを待ってはくれなかったようだ……もうすぐ、多くのものが動き出す」

八咫の神の言葉が、ゆっくりと、けれど確かに私の胸に降り積もっていく。

(私の前世が……神。しかも、“最高神”。
そして、魔界には……堕神と、死者の魂を使った神兵たちが……)

混乱しそうになる思考を、私は必死に繋ぎ止めた。

「……私は、どうすればいいんですか」

私の問いに、八咫の神は静かに立ち上がる。

「これからお前は、多くの事を選択し決断する事となる己を強く持たねば呑み込まれる……ゆめゆめ忘れるな……だが決めるのはお前自身だ。その時が来たら、選べ。
お前が、“誰として生きるのか”……神か人間か……」

それは、あまりに重すぎる問いだった。
けれど、私は……その言葉から逃げてはならないと感じていた。
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