八咫烏 〜神になるか、人として戦うか〜

秀零

文字の大きさ
82 / 108

第81話 届かない願い

しおりを挟む
紫苑さんの自室で、数時間が経った。
外はすっかり夜に沈み、窓から差し込む月明かりが、静かな部屋をやわらかく照らしている。
二人きりの空間――本来なら安らげるはずなのに、胸の奥のざわめきは収まらず、逆にどんどん大きくなっていく。

仲間を傷つけた罪悪感。
謎の声に侵されかけた恐怖。
そして、パパの死を変えられなかった絶望。

けれど一番強く胸を締め付けているのは……紫苑さんを失ってしまうかもしれないという恐怖。
戦場で抱きしめられたときの温もりが、まだ消えずに残っている。
あの温もりだけが、私をこの場所につなぎ止めてくれた。

「……少しは落ち着いたか?」
椅子に腰掛ける紫苑さんの声は、静かで、でもどこか私を案じる優しさを含んでいた。

「はい……ありがとうございます」
そう答えたけれど、胸の奥はざわめいたまま。
本当は「大丈夫」なんて言えなかった。

――怖い。
――もう一度、あの闇に呑まれてしまったら……。
――そのとき紫苑さんさえ傍にいなければ、私は……完全に壊れてしまう。

気づけば、私は紫苑さんの傍に歩み寄っていた。
手が勝手に伸びてしまいそうで、唇が乾き、喉が焼ける。

「……紫苑さん」
声が震えます。勇気を振り絞り、やっと言葉にする。

「今夜だけ……そばにいてください……お願いします」

今は、紫苑さんを独占したい。
紫苑さんの全てで満たしてほしい。
でも、それは言えない。
だから遠回しに、必死に隠した言葉を選んでしまう。

紫苑さんは少しだけ目を細め、そしてゆっくり首を横に振った。
「……駄目だ」

その一言で、心臓を鷲掴みにされたように息が止まった。
胸の奥の恐怖も、喪失感も、すべてが一気に押し寄せてくる。

「……で、ですよね!あの……冗談です。少し弱気になってしまっただけですから」
必死に笑って誤魔化しました。
でも、笑顔なんて作れるはずがなく、声は震えて裏返っていた。

(……違うのに。本当は……本当は、冗談なんかじゃないのに……)

心の中で必死に叫んでいるのに、声にはならない。
拒まれた痛みが、体の芯まで突き刺さっていく。

紫苑さんは何も言わず、ただ私の肩に手を置いた。
その手の温もりが、優しいほどに残酷で――泣きそうになる。

「心配ありがとうございます!……もう大丈夫です……おやすみなさい」

深く頭を下げ、私は部屋を後にした。
扉を閉めた瞬間、押し殺していた呼吸が乱れ、胸の奥が空洞のように広がっていく。

(……どうして……どうして受け入れてくれないの?……やっぱり、天禰さんの事……)

自室へ戻ると、声を殺して泣いた。
紫苑さんに拒まれた痛みは、涙とともに溢れても消えず、胸に残り続けた。

――私は弱い。
――でも、強くならなくちゃ。

そう繰り返しながらも、紫苑さんに触れたかった気持ちは、どうしても拭えなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

最初から最強ぼっちの俺は英雄になります

総長ヒューガ
ファンタジー
いつも通りに一人ぼっちでゲームをしていた、そして疲れて寝ていたら、人々の驚きの声が聞こえた、目を開けてみるとそこにはゲームの世界だった、これから待ち受ける敵にも勝たないといけない、予想外の敵にも勝たないといけないぼっちはゲーム内の英雄になれるのか!

処理中です...