八咫烏 〜神になるか、人として戦うか〜

秀零

文字の大きさ
9 / 108

第8話 神の囁き、封じられた記憶

しおりを挟む
意識が遠のく中、誰かに抱き上げられる感覚があった。
⸺冷たいはずの手が……あったかい……。
(……あったかい……誰……?)

「……まだ……だ」
微かに耳元で囁かれる。
その声は冷たくて、でもどこかで……苦しそうだった。
深い闇の中で、別の声が響く。
『……目覚めよ……』
(……誰……?やめて……やめてよ……っ!)
『思い出すのだ……“天音”。お前の本当の名を……お前の、本当の力を……』
無機質で冷たいのに、哀しみが滲むその声は、鋭い刃で心を削るようだった。
(やだ……いや……っ!)
『抗うな……お前こそが……この世界を……』
(やめて……やめて……っ!!)
頭の奥が軋むように痛む。
何かが、脳裏に刻み込まれようとしていた。
(……怖い……怖い……誰か……助けて……)

ゆっくりと、闇の底から浮かび上がるように意識が戻ってくる。
(……ここ……どこ……?)
重たい瞼を開けると、見慣れない天井が広がっていた。
部屋全体が淡い白色の光に包まれ、病室のようにも見える。
(……私……まだ、生きてる……?)
安心と同時に、胸の奥がズキリと痛んだ。
(……私……何をしたの……?)
腕を動かそうとすると、びりびりと痺れる感覚が走り、思わず顔をしかめる。
視界の奥で、ゆっくりと近づいてくる影があった。
「……起きたか」
低く静かな声。
顔を向けると、椅子に腰掛けた紫苑さんがいた。
普段と変わらない無表情だけど、その瞳の奥に……疲労と、微かな痛みが滲んでいた。
「……紫苑、さん……」
声が掠れる。喉が痛くて上手く喋れない。
紫苑さんは立ち上がり、ベッド脇のカップにストローを差し出してきた。
「飲め、少しはマシになるだろう」
素直にストローを咥えると、冷たい水が喉を潤していく。
少しだけ、息が楽になった。
「……ありがとうございます……」
沈黙が落ちる。
紫苑さんは黙って私を見下ろしていた。
その瞳に射抜かれるようで、胸の奥がざわつく……。

「……私……何を……したんですか……?」
恐る恐る尋ねると、紫苑さんは視線を逸らし、短く息を吐いた……。
「……今は、まだ知らなくていい……」
何か言いかけた紫苑さんは、言葉を飲み込み、僅かに眉を寄せる。
「あの力は……あまり使うな……」
紫苑さんの瞳に、冷たい光が宿る。
(……どうして……?紫苑さん……何を隠してるの……?)

突然頭の奥で、あの無機質な囁き声が蘇る⸺。
『そうだ……お前は……神なのだ……』
(……やめて……お願い……やめて……っ!)
『……目覚めよ……天音……』
全身が震える。
ベッドのシーツを握りしめる手に、力が入った。
「……怖いです……あの時……自分が自分じゃないみたいでした……」
震える声で呟くと、紫苑さんは僅かに目を細めた。
「……怖がるのは当然だ」
その声があまりに優しくて、胸が苦しくなる。
紫苑さんはそっと私の頭に手を置いた。
冷たいはずの手が、優しくて、涙が溢れそうになる……。
「……お前は……」
紫苑さんは言葉を切り、真っ直ぐ私を見つめた。
「……いい。兎に角身体を休めろ……体調が戻り次第、訓練を再開する」
その瞳は、冷たいけれど……
ほんの少しだけ、哀しそうに揺れていた。

(……紫苑さん……)


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。

みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。 高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。 地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。 しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。

異世界帰りの少年は現実世界で冒険者になる

家高菜
ファンタジー
ある日突然、異世界に勇者として召喚された平凡な中学生の小鳥遊優人。 召喚者は優人を含めた5人の勇者に魔王討伐を依頼してきて、優人たちは魔王討伐を引き受ける。 多くの人々の助けを借り4年の月日を経て魔王討伐を成し遂げた優人たちは、なんとか元の世界に帰還を果たした。 しかし優人が帰還した世界には元々は無かったはずのダンジョンと、ダンジョンを探索するのを生業とする冒険者という職業が存在していた。 何故かダンジョンを探索する冒険者を育成する『冒険者育成学園』に入学することになった優人は、新たな仲間と共に冒険に身を投じるのであった。

処理中です...