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第31話 幸せの資格
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資料室へ来た最後の日は、いつだっただろう。
思えば、雨の降ってない日に資料室へ来たのは初めてかもしれない。
窓から入る日の光を見ながらそう思っていると、セイランさんは資料室の中でも奥の方へ私たちを招いた。
「今日はリョウガさんたちは来ないと思いますけど、一応漏れ聞こえても困るので」
……何を言うつもりなんだろう。
警戒してる私の顔を見て、セイランさんは少し表情を緩めた。
「心配しなくて大丈夫ですよ。先程も言いましたけど、アユミさんを責めるつもりはありませんから」
「…「はい」
心配するなと言われても、早々安心できるもんじゃない。
それは高坂さんも同じようで、厳しい顔をしてセイランさんの言葉を待っている。
「まずは祷雨の映像見ました」
セイランさんは静かに語り出した。
「私は龍をはっきり見たことがなかったので、あの映像は衝撃でした。本当にアユミさんの言葉で龍が雨を降らせるんですね。
文献では細かく書かれてますけど、実際目の当たりにすると……、何と言うか、言葉が出なかったです」
メイリンの最期の様子をこの人はどう思ったのかな、と思いながら話を聞き続ける。
「あとやっぱり印象的だったのは、女性の声の力ですね。映像で見ても迫力が伝わってきました。現地はすごかったんじゃないですか?」
その問いかけに、高坂さんは少し緊張感を解いて答えた。
「確かにすごかったですよ。女性の声が集まって空気を震わせて地面まで揺れて、……何と言うか、女性の強さと怖さを思い知ったと言うか」
「でしょうね」
セイランさんは、あっさりと言った。
「女性の声の本当の力を恐れたから、この国は女性の "声"を封じてきたんですよ。声を上げることも社会へ出ることもみんな制限してきた。そうやって男性優位の社会を作り上げてきたんです」
そうだったんだ……。
「一夫多妻制なのもそのせいで?」
思わず尋ねると、横で高坂さんが「一夫多妻って?」と聞いてきた。
「ユイさんはリョウガさんの二人目の奥さんなんだよ。基本、男性は複数の妻を持つんだって」
どうも高坂さんは知らなかったらしく、呆気にとられていた。
「複数の妻……、すげえな。俺は一人の女性の相手も難しいのに」
「それは一部の男性の話ですよ」
セイランさんが静かに返す。
「基本結婚できるのは、一定の位のある男性のみです。男女は同数なんだから、一人の男性が複数の妻を持てば当然あぶれる男性もいます」
そうか……、と妙に納得してると、高坂さんがあっけらかんとセイランさんに聞いた。
「セイランさんは?結婚してるんですか?」
またこの人は……と思ってると、セイランさんは「いいえ」と答えた。
「私は身分が低いので。結婚できないんです」
─────────────────────
え……?
思わぬ言葉に固まっていると、セイランさんは少し寂しそうに微笑んだ。
「法律で禁じられてるわけではないですよ。昔はそうでしたけど、シオガはこれでも人権意識が進んで、そういう法律は撤廃されたんです。
でも長年培った価値観は法律なんかで変えられません。多くの女性もその家族も、それなりの男性のもとに嫁ぐのが当たり前になってます」
全てを諦めたように淡々と語るセイランさんに、胸がつまる思いだった。
こんなに聡明で真面目な人が、身分が低いと言うだけで仕事も結婚も制限を受けている。
そんな本人のせいでは全くないことで、この人は苦しい人生を送ってるのか……。
私たちが言葉も出ず黙っていると、セイランさんが聞いてきた。
「お二人は? ご夫婦じゃないですよね。結婚してるんですか?」
その直球の質問に、別の意味で息がつまる。
しばらくしたあと、高坂さんが「してないです……」と小さく呟いた。
「私も……」とそれに続いて答える。
セイランさんは少し不思議そうな顔をした。
「失礼ですけど、お二人ともそれなりのご年齢ですよね。日本では結婚する権利は平等にあるんでしょう? 何でしないんですか?」
グサグサ来る質問に、ぐうの音も出ない。
高坂さんが、わざと明るく頭をかきながら答えた。
「いやあ、なかなか女性にアプローチって難しいですよ。下手すればすぐセクハラってなっちゃうし、女性に嫌われるのも避けたいし……」
語尾がどんどん小さくなっていく。
「拒否されるのが怖いんですね」
セイランさんの言葉は容赦ない。
「気持ちを伝える権利があるのにそれをしないのは、もったいないって思います」
そのとき見せた寂しげな笑顔に、もしかしてセイランさんには好きな女性がいるのかも、と感じた。
身分の問題で結婚を諦めなければいけないのかな……。
私のその疑問を察したのか、セイランさんが続けた。
「私の幼馴染みの女性がいて、いつかは一緒になりたいと思っていたこともありました。でもその女性は結婚が決まったんです」
「そうなんですか……」
「はい、ケイドさんの三番目の妻に」
ケイドさんって……、あの龍合地の責任者でいつもにこにこしてる穏やかなケイドさん?
あの人も二人の妻がいて、三人目を迎えるの?
意外な話に呆気にとられてると、セイランさんはグッと表情を歪めて辛そうな顔をした。
「正直悔しいですよね。私なら、一人の女性を一生大切にするのに」
その苦しそうな言葉が、セイランさんが今まで感じてきた理不尽さを物語ってるような気がした。
思えば、雨の降ってない日に資料室へ来たのは初めてかもしれない。
窓から入る日の光を見ながらそう思っていると、セイランさんは資料室の中でも奥の方へ私たちを招いた。
「今日はリョウガさんたちは来ないと思いますけど、一応漏れ聞こえても困るので」
……何を言うつもりなんだろう。
警戒してる私の顔を見て、セイランさんは少し表情を緩めた。
「心配しなくて大丈夫ですよ。先程も言いましたけど、アユミさんを責めるつもりはありませんから」
「…「はい」
心配するなと言われても、早々安心できるもんじゃない。
それは高坂さんも同じようで、厳しい顔をしてセイランさんの言葉を待っている。
「まずは祷雨の映像見ました」
セイランさんは静かに語り出した。
「私は龍をはっきり見たことがなかったので、あの映像は衝撃でした。本当にアユミさんの言葉で龍が雨を降らせるんですね。
文献では細かく書かれてますけど、実際目の当たりにすると……、何と言うか、言葉が出なかったです」
メイリンの最期の様子をこの人はどう思ったのかな、と思いながら話を聞き続ける。
「あとやっぱり印象的だったのは、女性の声の力ですね。映像で見ても迫力が伝わってきました。現地はすごかったんじゃないですか?」
その問いかけに、高坂さんは少し緊張感を解いて答えた。
「確かにすごかったですよ。女性の声が集まって空気を震わせて地面まで揺れて、……何と言うか、女性の強さと怖さを思い知ったと言うか」
「でしょうね」
セイランさんは、あっさりと言った。
「女性の声の本当の力を恐れたから、この国は女性の "声"を封じてきたんですよ。声を上げることも社会へ出ることもみんな制限してきた。そうやって男性優位の社会を作り上げてきたんです」
そうだったんだ……。
「一夫多妻制なのもそのせいで?」
思わず尋ねると、横で高坂さんが「一夫多妻って?」と聞いてきた。
「ユイさんはリョウガさんの二人目の奥さんなんだよ。基本、男性は複数の妻を持つんだって」
どうも高坂さんは知らなかったらしく、呆気にとられていた。
「複数の妻……、すげえな。俺は一人の女性の相手も難しいのに」
「それは一部の男性の話ですよ」
セイランさんが静かに返す。
「基本結婚できるのは、一定の位のある男性のみです。男女は同数なんだから、一人の男性が複数の妻を持てば当然あぶれる男性もいます」
そうか……、と妙に納得してると、高坂さんがあっけらかんとセイランさんに聞いた。
「セイランさんは?結婚してるんですか?」
またこの人は……と思ってると、セイランさんは「いいえ」と答えた。
「私は身分が低いので。結婚できないんです」
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え……?
思わぬ言葉に固まっていると、セイランさんは少し寂しそうに微笑んだ。
「法律で禁じられてるわけではないですよ。昔はそうでしたけど、シオガはこれでも人権意識が進んで、そういう法律は撤廃されたんです。
でも長年培った価値観は法律なんかで変えられません。多くの女性もその家族も、それなりの男性のもとに嫁ぐのが当たり前になってます」
全てを諦めたように淡々と語るセイランさんに、胸がつまる思いだった。
こんなに聡明で真面目な人が、身分が低いと言うだけで仕事も結婚も制限を受けている。
そんな本人のせいでは全くないことで、この人は苦しい人生を送ってるのか……。
私たちが言葉も出ず黙っていると、セイランさんが聞いてきた。
「お二人は? ご夫婦じゃないですよね。結婚してるんですか?」
その直球の質問に、別の意味で息がつまる。
しばらくしたあと、高坂さんが「してないです……」と小さく呟いた。
「私も……」とそれに続いて答える。
セイランさんは少し不思議そうな顔をした。
「失礼ですけど、お二人ともそれなりのご年齢ですよね。日本では結婚する権利は平等にあるんでしょう? 何でしないんですか?」
グサグサ来る質問に、ぐうの音も出ない。
高坂さんが、わざと明るく頭をかきながら答えた。
「いやあ、なかなか女性にアプローチって難しいですよ。下手すればすぐセクハラってなっちゃうし、女性に嫌われるのも避けたいし……」
語尾がどんどん小さくなっていく。
「拒否されるのが怖いんですね」
セイランさんの言葉は容赦ない。
「気持ちを伝える権利があるのにそれをしないのは、もったいないって思います」
そのとき見せた寂しげな笑顔に、もしかしてセイランさんには好きな女性がいるのかも、と感じた。
身分の問題で結婚を諦めなければいけないのかな……。
私のその疑問を察したのか、セイランさんが続けた。
「私の幼馴染みの女性がいて、いつかは一緒になりたいと思っていたこともありました。でもその女性は結婚が決まったんです」
「そうなんですか……」
「はい、ケイドさんの三番目の妻に」
ケイドさんって……、あの龍合地の責任者でいつもにこにこしてる穏やかなケイドさん?
あの人も二人の妻がいて、三人目を迎えるの?
意外な話に呆気にとられてると、セイランさんはグッと表情を歪めて辛そうな顔をした。
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