天念少女~スタート~

イヲイ

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仮面パーティー

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~仮面パーティー~

 《狼クラスのクラスメイトが失踪した当日、責め続けたアリスと、慰める悠太の姿を、偶然光は目撃した。次の日、アリスは信じられないくらい元気になったことも、光は違和感を感じていた。
 そして総が「洗いざらい調べよう」と発言した時、それは雨の中の光のように感じた。
 普段、会話が苦手な光は、裏を返せばたまに自分が発言したことはほぼほぼ通るということだ。
 「私、皆の部屋、探す、から。アリスと、悠太も一緒、ね」
 そう言うだけで、特に異論もなく役割分担がすむ。
 結局後は残りのメンバーも正珠と総、空と透といったように別れたのを見届けると、光は気を入れてアリスと悠太を観察しようと心に決めた。


 ――それから時間は進んで、二日間の探索期間を終えた…すなわち、正珠達と改めて情報共有を行った日。
 「アリス、あと、文月の、部屋」
「あ、そうだね!そこが終われば女子フロアは全部調べ終えたけど…あーあー、なんにも落ちてなかったな~」
「うん。」
 それは疲労など見えず、いつもと何らかわりないアリスの姿だった。
 「…アリ」
「あ、見て!」
「なに」
「このプリント…文月の部屋からあるんだから、文月のだよね?」
「誰かが、落とした」
「…………誰か?」
 開かれた扉の向こう、光に背を向けてしゃがむアリスは、とてもではないがいつもの明るいアリスから聞く声ではない。
 「誰かって、誰?」
「それは」
 当然、光にはわからない。
 光が答え損ねると、アリスは再びいつもの調子で笑う。
 「あはは、きっと文月が何らかの理由で調べてたんだよ!そして、これは…空が話してた噂とリンクしてる!都合良いね!」
「でも」
「ね、光。そうだよね?」
 しゃがんだまま、アリスは振り替える。そこにいつもの薔薇の香水の香りはなく、艶やかな髪から僅かにシャンプーによる石鹸の香がする。
 そして、夏空のような青い目からは、悲痛な必死さが伝わる。
 肯定してほしい、そう言っているようだった。
 「…わかんない」
 悩んだ末の答えだった。肯定して良いのか、否定して良いのか、とっさの事でわからなかった光は、否定に近い放棄を選ぶ。
 アリスは、大きく目を見開き、そして諦めたかのように儚く笑った。
 光のすぐ横を通りすぎる時、俯いたままの彼女はかすかに呟いた。
 「…そっか」
「アリス。どこ行くの。」
 しかし光の珍しく心配そうな声に見向きもせずに、アリスは無言のまま、廊下を走っていってしまった。
 「…追いかけないと。」
 光はまるでアリスを追いかけるトランプ兵にでもなった気分で、気がつけば足は文月の部屋を飛び出していた。

 廊下と階段を繋ぐ唯一の踊り場には防火扉が備えられている。アリスと光の距離はそれほどはなれていないはずだが、防火扉はガッチリと閉められていた。
 防火扉はそれほど開け難いわけではないが、しかし始めてみる扉を開けるのがまどろっこしくなっていた光は、急いで近くの自らの部屋に入る。
 空によって片付けられたばかりの部屋の奥のベランダを開けて、右を向く。
 ベランダの丸い手すりを掴み、右足を上げてバランスよく上に乗る。四階という恐怖はなかった。
 左足を上げて直線に立ち、右足に力を込め、その勢いのままに隣の螺旋階段の手すりに左足を乗せた。思いきり体重を乗せ、前のめりに階段へと滑り込んだ。
 右足から階段の段へと着地する。そしてそのまま、ボロボロで普段は使用禁止の錆びた階段を一気にかけ降りた。
 虫の死骸で汚れた白い看板を手すりを使って飛び越える。一瞬、振り返った先には赤い文字で立ち入り禁止と書かれていた。しかしそんなことは今更で、光はチェーンに繋がれた看板の揺れた音など耳にいれず、またすぐ右隣の銀色の扉へと向かった。
 キッチンの裏口から食堂へ行く。外に出ていないと、『直感が働いた』のだ。
 透によって片付けられたキッチンをまっすぐに進み、上の方にガラス窓のついたクリーム色の扉を思い切り開けようとして、光の手は止まる。
 食堂では、抱き締め会う二人がいた。
 「アリス、悠太?」
 悠太のすぐ隣の長机にはパソコンがある。悠太はここで活動していたのかと、光は今更ながらに知った。
 「ア…ス、ど…だ?」
「わ…わ…」
「だい…ぶだ。だって…だい…ぶ…」
 半開きのまた半開きほどしか開いていない扉では、よほど良い耳の持ち主でない限り、声がかすかに聞こえるのみだ。
 光は総のような聴覚ではないことを悔やみながらも、必死に耳をすます。

 そうこうしている内に、アリスは食堂を出ていってしまっていた。
 「あ…」
 待ってとも言えず、動けずにいた時、体重が前のめりになる。クリーム色の扉が思い切り引かれた。
 「よお、光。」
「悠太」
「盗み聞きか?どこまで聞いてた」
「全部」
 嘘ではない。聞こえてはいないが、全て聞いてはいた。
 「…そうか。なあ、光――この事は、あいつらには内緒にしてくれないか?」
「…え?」
 その悠太の顔は眉間が寄り、アリスとそっくりな瞳は髪の影によって限りなく夜のように暗い。そう、それは光が今まで見たこともない程に、敵意をむき出しにした顔だった。》



 「光、光?ボーッとしてどうしたの?」
「…!なんでもない」
「そう?なら良いんだけど」
 正珠の声で、光は我に返る。
 ここは…そう、山奥のパーティー会場だ。四角のプレハブのようなそこは、見かけに依らず丈夫で広く、カーテンのお陰で雨も気にならない。
 午前五時に家を出たと言うのに、今、時計は昼前を指している。
 正珠立ちは、少し遮られた視界の中で目を凝らす。仮面パーティーというだけあって、四人が金箔押しのチケットを見せた時、各々目の辺りだけを隠す仮面が手渡されたのだ。
 「いやあ、それにしても凄いね!料理が多いのなんのって!しかも、カーテンで隠れてるけど…多分舞台まであるじゃん!」
 グウウと小さく腹の虫がなったのは誰にも言わず、正珠は入ってきた扉から離れたワゴン車の方を見る。
 「あ!あの人、『白北 優花』!?」
 アリスが遠くの人影を指差す。優花といえば、最近ブレイクしているアイドル兼タレントだ。少し前までの長期休暇の後、『童話プリンセス』として注目を集め始めたのだ。
 「それだけじゃないよ!あの人、ハートバルーンの社長さんだもん。あっちは…」
 空も受け取った林檎ジュースを片手に目を輝かせている。
 「ここにいる人達、空は会ったことあるんだったっけ?」
「小さい頃にお母さんにつれられて少しだけね。だからほとんど初対面みたいなもんだよ。」
 写真が残っているだけで、自分は覚えていないと言うと、空は林檎果汁百パーセントの高級ジュースを飲み干した。
 「あ、飲み干した?じゃあ新しいのもらってこうよ!」
 正珠は空に、一際目立つ赤いカーテン(正珠曰くその奥には舞台があるらしい)の手前の並んだワゴンへ向かおうと催促する。
 「うん、じゃあ四人で…」
 と、言いかけて、空は口を塞いだ。そしてそこで空は金髪ツインテールの少女がいないことに気がつく。
 そう、アリスは既に優花の方へ向かっていたのだ。空と光と正珠も慌てて、その後を追うようにワゴンへと向かった。

 「ほう、これまた若いお嬢さんもいるものですな」
「は、はぁ…?」
 白髪交じりの男は、アリスが知らない、どこかの小さな会社の社長と名乗った。


 アリスは優花に声をかけようとして、ここのパーティーの目的を思い出す。仮面パーティーは、普段立ち位置によって気楽に出来ない人達のために用意さたのだ。
 アイドルとして見ている白北優花に声をかけても良いのか、とアリスは優花から距離を取った時、見知らぬ男達に声をかけられたのだった。


 「えっと、初めまして」
 社交辞令として、アリスは頭を軽く下げる。
 後ろに一歩下がろうとした時、男は頼んでもいないのに語り初めた。
 「私は大変苦労に苦労して、やぁっとこの地位まで上り詰めましてなぁ。しかしまあ、それで今日のパーティーに参加できただけで報われましたな!」
 口許が分かりやすくにやけ、不躾に舐めるようにアリスを見ていた男は、アリスに本能的嫌悪を感じさせる。
 「そ、そうですか…では、私はこれで…」
「あっ、ちょっと」
 踵を返した時、男がアリスの左手を掴んだ。
 その途端、バシャン!とガシャン!音がして、アリスの手からグラスが手放される。
 破片と共に飛び散った林檎ジュースは、少なからず男のスーツにかかってしまった。
 「あっ、ごめんなさい!」
 謝罪したときは遅かった。
 男は顔を真っ赤に染めて怒った後、名案を思いついたかのように笑う。
 「もう、仕方がないな。このスーツ、親父の形見なんだよね。」
 それが嘘だとは誰にでも解るが、しかしそれを証明するものはひとつとしてなかった。
 「ねえ、君、私がこのままこのパーティーに出席できるとでも思ってる?パーティーが終わるまで、私の服の汚れを、君で隠しておいてくれないかな?」
「それはつまり…」
「要は私の少し前隣に一日いてくれれば良いんだ。」
 元はといえば、男が手を掴んだのが悪いのに、それをあたかもアリスのせいにする。
 しかし、アリスは自分に降りかかる理不尽にはめっぽう弱かった。これが正珠や光達の身に怒ったのなら、もっと挑発的に対応できたはずなのだが、しかしアリスはすっかり参ってしまった。
 回りはアリスを庇おうとも、助けようとしない。仮面をつけていたとてすぐに分かるのだ。謙遜していても、男はそこそこ有名な社長だということを。それに、アリスは空とは違い、社長やら、富豪やらとは無縁で、知らないのも無理はない。
 だからこそ男は初対面で気がつかなかったアリスを、この中では世間知らずの弱い立場だと予測して自分の思いのままにしようとしていたのだが。
 それはともかく、どう抵抗するのかもわからず、咄嗟にアリスは正珠達を探す。遠くの正珠達は慌てて向かってくるところだった。
 もうまもなくやって来るほどの距離ではあるが、その時間がアリスには非常に苦痛で仕方がなかった、その時だった。

 「あ、ごめんなさいね」
「冷たっ!?」
 男がいきなり叫ぶ。
 一瞬、その場にいる全員が、何が起こったのかわからなかった。
 「ついつい手が滑って。氷を投げてしまいましたわ」
 わざとらしい敬語に気を取られるのもつかの間、男は顔に命中したため、痛みで顔を抑える。声の持ち主が誰か気がつかずに叫んだ。
 「誰だお前は!?何してくれやがる!!土下座しろ!」
 同時に、男の右ストレートがアリスの目の前まで迫る。しかし、目をつぶる暇もなく、それは呆気なく空を切った。
 氷をぶつけた人物は、素早く男の拳を右足で蹴り、ゴツい右手を空中へと舞い上がらせたのだ。
 「グッ…」
「レディに手を上げようとするなんて、信じられませんわね」
 男はそこで初めて、蹴られた相手を睨む。途端、男は萎縮した。
 「あ、貴女は…!?まさか、iceFoxの…」
「…さあ?それより私もやり過ぎましたわ。右手、見せてくださる?あぁ、あと、服の汚れが気になるのなら、漂白剤でもぶっかけま…」
「いいっ、いえ!大丈夫です!おおっと私はもう返らねば!さようなら!」
 男は早口で腰が折れる程頭を下げたあと、走って入り口へと逃げ帰った。
 「ったく…なんのための仮面なんだか」
 同時にスルリと、刺繍が施された布製の仮面が外れる。仮面を付けて立場を忘れるなんて建て前、本当は媚び売りと自身の利益のために見えない仮面を被る、汚れたパーティー。
 そんな恒例のパーティーを批判しつつ仮面を取った女性は、アリスもどこか見覚えのある人物だった。しかしそれを突き止めるよりも先に、感謝を述べる。
 「あ、ありがとうございました!」
「別に、良いのよ。それより大丈夫?」
 そう訊ねた女性は、薄めの緑色のカーディガンのようなものを羽織り、胸元辺りのバッチのようなものから下は広がり、黒いシャツが垣間見える。

 学生かという程の童顔に鮮血のように紅い髪、それにリンクした、黒と赤の瞳。
 そして何より、顔の整ったつり目。
 それら全ては、総と類似している。そっくりさんにしては似すぎているような、そんな顔だ。ただ総と違い、彼女はずっとどこか冷めたような仏頂面だが。
 「ええと、そんなに見つめられても…」
 女性は気まずそうに目をそらした。慌てて謝り、アリスも目をそらす。
 しかし次の瞬間にはまた女性の方を見てしまっていた。そして間もなくして、空が息を切らしながら声をかけたとき、女性は目を見開く。同時に、正珠と空も目を剥いた。
 「正珠、空!?どうしてここに…」
「!?善果さん!?どうしてここに!?」
 …………『漆原 善果』。アリスと光がその名を知ったのは、それから二十秒もたたない内である。
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