天念少女~スタート~

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幕間 正珠と総の探求日誌

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~幕間 正珠と総の探求日誌~

 《透と空はそれぞれパソコンで二十一年前の事故と様々な噂を、光、誠、アリス、悠太は寮の中をくまなく調べていた時の二日間、正珠と総は二人、失踪者を忘れたように振る舞う学校の裏を暴くべく学校へ乗り込んでいた。
 「他のクラスの人達に失踪した皆の事を聞けないか?って思ったけど、駄目だな…そもそも一向に話そうとしてくれねえぞ…教師も駄目だったしな…」
 一通りのクラスを訊ね終わり、自習と書かれた黒板のある教室に辿りついた頃、総はがっくりと肩を落とす。生徒はおろか、会えなかった校長と暁以外の、学校のすべての、年老いていない教師も失踪者について何も言わなかった。何も知らないようだった。
 推薦組である狼クラスは、それなりに綺麗に保たれて明るい学校内で、唯一暗がりのような場所にある。
 「狼クラスってだけで嫌われてるの、どうにかならないかなぁ。話すらしてくれないなんて酷いや」
 正珠達は何も危害を加えてはいない。しかし、昔から特別クラスには冷たい風潮が校内には存在し、それは二十何年も前から特別クラスはしばらく無かったというのに、それでも風潮はまるで誰かに守られてきたかのように、ずっと変わらなかったのだ。
 それを改めて目の当たりにした二人は、すっかりテンションが下がりきっている。
 「ほーんと、嫌になっちゃうなぁ、こんな学校なんてさー」
「でも、クラスの皆はいい人ばっかだし、暁先生だって…いつもは良い先生じゃんか。…きっと、先生だって理由があるんだよ、今、皆を忘れたように振る舞うのは…ともかく、俺はこの学校に来てよかったと思ってるよ。まあ、軽蔑されるのは嫌だけどさ」
「いやぁ、まさにそこはせーじゅの思ってる事と完全一致してますなぁ。…ところで総は、暁先生を信用してるんだね。」
 渡り廊下を歩きながら、正珠は少し歳を取ったかのような声真似をする。そんなジョークから一転して、正珠は伝えたいことを伝えた。本題が後者だと知っていたから、総は声まねのジョークには突っ込まず、自身の意見を言い放つ。ぼんやりとなにかを考えていたのだ。
 「ああ。なんだろうな。あの人は…俺の好きな人にどっか似てるんだよな。まあそれは、正にも言えることだけどさ。」
「…そっか」
「だから俺は今は、先生の事を信頼して、理由があってわざと忘れたようにしてるって信じて、これ以上問いつめて話を聞くより、もっと外側から…それこそ、トールとかが調べてきてくれてることをもとに行動した方が良いのかなーっとか思ってる!勿論、それが無理なら先生を問いつめる!」
 結果的には他力本願だけどな!と総は何故か自身をもって言ってから、ふとずっと聞きたかったことを聞くチャンスだと言うことに気が付いた。
 「な、そういや、正はなんでこの学校を選んだんだ?確かにレベルは高い方と思うけど、正ならもっと上、行けたろ、余裕で」
「んー?まあ、推薦来たし?寮にも憧れてたし、桃花が行きたいって行ってたしね~。せーしゅんが出来たら、どこでもよかったんだ。」
「正らしいな…」
 正珠はパッと今思い付いた理由を適当に言う。
 総はあまりにも軽い言いぐさにあきれるかのような、それでいて楽しそうで良かったという、ある意味親のような笑みを浮かべた。
 「で、これからどうする?別れて探索?」
「んー…そうだね、夜は職員室にでも忍び込みたいから、今は図書室とか調べてみる?」
「え、夜忍び込むのか?」
「とーぜん!名簿とか、その他皆がいた痕跡が今どうなってるのか見てみよ?一階だったよね、先生の職員室」
 それとも、先生を信頼したいから忍び込まないでおく?と純粋な気持ちで訊ねた正珠だったが、総は案外乗り気だ。
 理由は単純明快で、今総達には余裕がないので、知れることはなんでも知っておきたいのである。そこでは暁の信用云々は別問題だ。要は、暁の口から聞くのは本人を信じ尊重して後回しでも、止まるのは嫌だから推測はしたいということである。
 総はそう考えながら、改めて正珠を尊敬の目で見る。
 「さっすが、正だな!よくおもいついた!それでどうやって侵入するんだ?」
「裏口だよ。せーじゅらのクラスの窓の縁から一階ずつ降りるの!ちょうど真下が職員室でしょ?あそこの窓、いつも換気のために空いてるからさ」
「いやいや、四回から行く必要あるか!?」
 職員室は一階なのだ、わざわざ上の教室から降りなくとも、地上から窓にはたどり着ける。
 しかし正珠は右手の人差し指を立てて、総の前まで伸ばす。
 「ふふん、実は一階校舎と裏庭からでは防犯カメラに見つかってしまうのです!でもでも、上から行けばなんとかカメラの死角になるよう移動はかのーなのです!」
「そっ、そうなのか!?」
 どこからともなく衝撃音のような効果音が聞こえてくるほど、正珠と総は大袈裟な反応を続ける。
 「ふっふっふ…ついてきてよ、総隊員!少しでも道から逸れたらばれちゃうぞ~!」
「了解だ、正隊長!」
 そんな陽気なやり取りをしていると、チャイムが鳴る。休み時間も終わり、次は五時間目、正珠達は自習の時間。
 「今なら図書室も人が少ないだろうね。」
「そーだな。行くか~!」
 総の合図で、二人は図書室へ向かった。

 学校一の静かを誇る図書室の鍵は開いたままで、その上誰もいなかった。そもそもあまり訪れる人がいないために、基本的に昼休みに図書委員が数名の本を借りに来た人達の相手をするくらいで、授業中は誰も入ろうとすらしない。更には放課後は自習室に変わるため、鍵を閉めるのも面倒くさくなっているのだ。
 「若者の本離れってやつだな。俺は楽譜なら好きなんだけどなぁ」
「楽譜集なら、いくつかあるんじゃない?」
「いや、家にあるやつだった。」
 そんな話をしていると、総は自然と有名曲を口ずさみだす。歌詞もない曲を、ひとつの音もはずさずにハミングする技は正珠には到底出来はしない。
 その代わり、正珠は頭の中でメドレーと化してしまっている曲の題名を、次々と的確に当てていった。
 その間も、二人は図書室の隅々までを調べ上げていった。
 「にしても、図書室にでがかりなんかあるのか?」
「さあ…でもさあ、学校探索って役割が決まっちゃった以上、情報量の多そう所を調べ上げないとだからなあー」
「答えの無い作業だな…」
 歌をやめて分かりやすくため息をついた総は、そこで本棚の下から二段目のシリーズもの小説の何冊かが、他よりほんの少しだけ前に出っ張っていることに気がついた。注意深くしないと誤差で終わってしまうような違いだ。いや、総は感で気がついたが、今も誤差であると考えてはいる。
 奥を覗こうとするが、それらはぎっちりと詰まっていて取り出しにくい。壁に背を預けた本棚では、後ろに回って何があるか確認することも出来ない。
 「俺の力じゃ、本を破いてしまうかもだしな。」
 正珠に頼もうと決めた総は、一足先に来た正珠からの手招きで、足を自然とそっちの方へ運んでいった。

 「総見て!これ、アリスが好きな本だよ!」
 ――呼ばれた理由はそれだけだった。
 「なんだ、それだけか…なんだこれ、異世界の話?」
「うん、そうっぽいね」
「異世界ねぇ…やっぱ憧れるよな!魔法とか、使ってみたい!火とか掌に出したりしてさ、お手軽キャンプって感じの!いやキャンプあんましたことねえけどさ!」
「せーじゅはあれだ、妖精とかに合ってみたいな!人間の体とどれ程類似しているのか、出来れば体の構造も…って、冗談だよ、会ったとしても解剖しないし出来ないからそんな困り顔しないでよ」
「いや、正ならしてしまいそうで…」
「しないからね!?」
 正珠はそう言ったが、総は信じきれずに最後まで疑いの目を向けていた。そのせいで総は前に出た本の事を頼むことを忘れていたのだが、帰り際に鋭い目で気がついた正珠はそこからノートを拾い上げたのであった。》



 正珠は真っ白な自由帳ノートの左側の左端に、一日目、と書き記した。
 今回の失踪事件をまとめるためだ。正珠自身が読むのに苦労しないようにするため、クラスメイトが消えた日を一日目と記している。
 『一日目 クラスメイトが消える。暁達は躊躇いも疑問もなく欠席者扱いとした。二日目にはクラスメイトは、学校のなかでいなかったことにされていた。ドッキリなんかですまされない、笑い事じゃない事態とここで悟る。総はこの日、警察に通報したが、門前払いされていた。』
 『次の日、二日目の通報後、総の提案で役割分担した持ち場について、この不可思議な事件を学校ごと洗う作業に取りかかる。五日目には皆で再び集まる予定と期限を決めて、作業を開始した。四日目も各々調べていて、せーじゅ達は退学覚悟で前日の夜に忍び込んで机に張られた集合写真と手に入れた名簿などにじっくりと目を通した。名簿にも、写真にも、クラスメイト達の名前や顔が写っていた。ご丁寧に、二年狼クラス!と油性で書かれている。学校が元からクラスメイトを知らないという認識ならば、名簿等に名前が残るわけ無いし、クラスメイトは少なくとも元からいない存在…霊とかではない。可能性としては何か理由があって隠さざるをえない状況なのか、それとも学校がこうなるように仕組んでいるのか、二つの可能性が上がったが、どちらが正解なのかは分からない。わからないまま、それらを念のため携帯のカメラとフィルム写真に収めた。他に校長室に忍び込み、机上にあった狼クラスのクラスメイトの情報集も見つけたが、それ以外では調べられることはもう無かった。結局、せーじゅと総はほとんどなんの成果もなかった。』
 『五日目、図書室から見つけたノートを見ていると、予定どおり教室にやって来た透と空に驚くべき事実を聞く。どうやら同じ時期、同じクラスで起きた二十一年前のバスの事故、それらを関連付けると、もしかすると、あと四人がいなくなるかもしれないらしい。また、アリス達にも収穫はあった。桃花達がいなくなったのは大体二時から四時ということと、二十一年前の事故の後、その近くでパーティー会場が建てられたということ。せーじゅは嫌いな彼らを間接的に頼ることになってしまったが、優に頼んでなんとか四枚、パーティーのチケットを手に入れた。いつかこの点はお礼をしなければならない。』
 『六日、七日目は事件の整理や教師に掛け合ってみたり、事件のあらゆる可能性を話し合ったり、あと気が滅入りすぎるからと総がワンマンライブを始めた。既存曲ばかりだったのが、最後にはヘビメタオリソンをギターで弾いていた。楽しかった。』
 『八日目、パーティーで善果さんと出会った。善果さんは今現時点でのパーティー主催者と知り合いで、連絡先を見せてくれた。けれど、そのパーティー主催者は野外学習の見学先の工場長、弓子さんだった。少しの矛盾から、善果さんはせーじゅ達と弓子さんが会うことを止め、代わりにアイドルと会う約束を取り付けてくれた。』
 正珠はそこでペンを止める。
 そして次のページをめくってから、最後にこう書き記した。
 『そしてパーティーから帰ってきたとき、総達パーティー不参加組は、いなくなっていた。食堂に一枚の紙切れがあって、紙はどこのかも書かれていない連絡先が殴り書かれていた紙切れだった。でも、せーじゅはそれが誰のか知っていた。

 あれは間違いない、弓子さんのものだった。』
 ペンを机に置く。
 窓からは夜の香りがした。
 『雲の隙間から少しだけ見える星空が、とてもとても綺麗だった。…きっと平気さ。平気だ。皆で協力すれば、大丈夫。』と、正珠は追記した。
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