天念少女~スタート~

イヲイ

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愛する人のために

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~愛する人のために~

 《神に近しい、人ならざる存在には、人間と干渉する上でいくつかルールがある。そのうちの一つが『人ならざる者は、大勢の素質人間に一度に深く干渉しすぎてはならない』とある。
 その数のラインは、恐らく二十五人前後といったところか。
 それ以上の者達に神に近い人ならざる者が直接干渉してしまえば、それは『歪み』を作り出してしまう。歪みは、大きくなればなるほど修復が難しくなり、最後は…神の定めた世界のルールからずれてしまう。
 私は、それを防ぐために存在するようなものだ。
 
 だけど私は少し不安定だ。
 だから二十一年前、私以外の人ならざる者が引き起こした善果達のバスの事故、あれで私は弓子を含めた四人を異世界に避難させて歪みを防いだつもりが、間違って同じ『素質人間』である透夏が召喚されてしまっていた。一人別に生き残っていたから、幸いにもルールには触れなかったけど…
 以後、あんなことがないよう気を付けたい。

 で、そんなこんなで今、不可思議な失踪事件が正珠達の前に巻き起こった。不完全な二十一年前のオマージュともいえるその事件は、私は当初は人が起こしたものだと思っていた。
 けれども、途中である人物が深く関わっていることに気がつく。その関わり方は、もはや直接的関与とも言えるだろう。そして人物と言っても、そいつは完全な人じゃない。人ならざる者ともいえるだろう。
 しかも正珠達狼クラスは、研究によって素質人間の存在にたどり着いた弓子の指示によって素質人間ばかりが集まっているから、そして弓子は二十一年前の再現をしようとしているのだから、必然的に大勢が死ぬ。ならもうこれは完全に歪みが出来てしまう。弓子は四人は殺さないつもりかもしれない。そうすれば歪みはできないが、狂ってる弓子の事は信用ならない。
 私はまた、数名を異世界へ送る準備を始めた。
 誰を選ぶかなんてどうだって良いけれど…
 そうだな、やっぱりここは、あの四人を選ぼうか。

 『特質人間』の、あの四人を。》



 総と透は、僅かながらも卯月の過去を知っていた。しかしそれを二人はこの場では口にしなかった。
 頭にすら浮かばなかった。
 なぜなら二人は、卯月の口から聞きたかったからだ。卯月の過去に、無理やり深入り訳ではない、ただ仕方がない事情があったことを、ハッキリと言って欲しかったのだ。
 悠太が口で言った『罪は罪』も理解は出来るが、それでも進んで行ったのとせざるを得なかったのは、全く違う。
 「…………愛する人。それはアリスか?」
「そうだ。」
 悠太は即答する。「最愛の彼女だよ。」
 「最愛…ねぇ?そんなやつをお前は泣かせたから、そもそもの発端であるおれにずっと怒っていたのか。美しい愛だねぇ」
 挑発とも取れる卯月の声は、今度は悠太は動じなかった。
 「…俺があんな牢に入れられていた間、そりゃあ驚くわけよ。お前がそこにいて、しかも俺を殴ったのはお前だって知ったときはな。まさか俺がお前に…いいや、お前ごときにやられるとは思ってなかったからな」
 お前ってほら、力もないじゃんと悠太は少し煽る。卯月は存外そういうものに弱く、ムッとした顔で悠太を睨んだ。
 「なにが言いたい」
「別に?」
 そんな様子を総達は見守っているわけだが、いかんせん不安になる。特に透ははらはらと二人を見守った。
 「やっぱ悠太怒ってんねぇー」
「誠はよくあの二人に耐えたな…」
「やっぱ喧嘩になる前に止めた方が良いんじゃ」
「いや大丈夫だトール。根拠はないけどな」
「…………うん…確かに悠太もさっきよりかは冷静だし…」
 総が言うんだし、ともう少し様子見をする事に決めた透だが、やっぱり不安は残る。
 けれどそう決意したのは、あまりにも総がまっすぐに二人を見ているものだから、それを信じることにしたのだ。

 そして総の思惑はすぐ当たる。
 悠太は暫く睨み合いをしてから、総達に一瞬目配せしてからフッと顔を緩める。途端、悠太がなにかを言う前に空気が少し緩む。
 ちなみに彼は総達に向けてウインクも決めていたのだが、それは相手に好感も不快感も与えることなく見事にスルーされた。
 「ともかくさ。俺はお前を初めは冷静な目で見れなかった。そこに俺は非があるたぁ思わねえ。」
「そう」
 悠太は腕を組み、暫くの間黙る。

 「…でもさ、今、冷静な目でお前を見ると思い出したよ。お前に心理学を教わった時、なぜ俺はそれを教わったのか。
 …似てたんだ。」
 悠太の青い瞳は卯月を捉えて訴える。真夏の昼空を彷彿とさせる濃くも澄んだ目は、そこにまるで青空が広がるかのような幻覚を卯月に起こす。
 本当に風が吹いて、木々の香りが匂うかのように世界は変わり、卯月はいつの間にか目を凝らす。
 「お前はきっと大切な人を…きっと文月だろ。あの子を守ろうとしてた。いや、守るだけじゃない、何かしようとしてた。俺だからわかる、お前はずうっと大切な人を愛してるんだ。だからいつも必死だった。そんな必死なお前だから、俺はお前をすぐに信用した。そして俺はそれも、後悔してない。立場が違っただけだ、俺達は。違うのか?」
「…………っ!!」
「お前と俺は、似てるんだよ。だからお前の願いを、俺はなんとか出来る気がするんだ。」
 刹那、卯月は背後の総達がハッキリと見えた。
 心理を学んできた立場だからこそわかった、それらからは誰も怒りが見えなかった。
 そこにはいつもの、卯月の友人達がいた。

 「なんで…」
「ん?」
「なんでお前らは俺を怒らないんだ…!?どうしてすぐに俺に協力しようとする!?俺はお前らを…」
 声がかすれる卯月に、総は一歩前に出る。
 「俺は、卯月がしたことは正しくないと思う。」
「…そりゃな」
「だけど、それを恨むとすればそれは卯月じゃない。誰だって譲れねえものだってあるんだ。まあ、ちゃんと正達に謝っては貰うけどな。」
「…」
 総は右手を、悠太は左手を卯月に差し出した。
 「俺はまだお前の事をよく知らねえが、しかしまあ、なんだ、その…友達だろ?だったら喧嘩したら仲直り、困ったことがあれば協力すれば良い。」
「文月だって、他の皆だって探して、皆であの寮に帰ろう。な?」
「…………ふ、馬鹿だな。俺は文月何てどうだって良いし、牢にいたのはしくじったからで、根っからお前らの敵かも知れねえんだぞ?」
「「「「それはない!」」」」
「…………信用…されてんねえ、俺は…」
 二人の手を取る。
 つう、と卯月の右目から涙がこぼれた。拭こうにも、次々溢れて止まらない。
 悠太はため息ながらにポケットを漁る。
 そして…
 「…悪いな、ハンカチ持ってないんだ」
「…………ハンカチくらい持ってろよ…」
「そっちだって持ってねえだろ!アリスから貰った大事なやつしかないんだ!」
「今くらい貸せよ!」

 結局、揉め事を察した透が「俺、俺持ってます!」と水色のハンカチを差し出した。


 「…お前らに全部話すよ。この事件の事。」
 泣き終えたあと、泣いたことを隠すように卯月は何食わぬ顔で全てを晒けだした。
 因みにハンカチは律儀に洗って返すとポケットにしまったが、涙に濡れた布を今返したくない意思表示だと気付いた誠はこっそり苦笑いした。

 「長くなるし、ざっくり言うぞ。…おれが中学の時、母親が意識不明になったんだ。そっからまあ、色々あって今の校長に助け出されたわけだが、そこで悠太に教えた心理学を学んだ。それを使ってクラスメイト全員にそれぞれ合った洗脳をかけて、自ら寮の外に出るよう指示した。だから寮にはおれと文月以外、おれら組織側は誰も入ってない。」
「ええ!?それじゃ、校長が黒幕なのか!?」
「いいや、校長は、俺が文月をダシに脅されているように俺と文月をだしに脅されてる。」
「そうなのか…」
 総は一瞬、不可抗力でおでんのダシの味が口に広がったが、それは黙っておく。
 「悠太、俺が教えていたのは心理学という名の洗脳だ。あれを使うと、下手すればそいつの人格や精神に影響しかねねえから、多用はすんなよ」
「遅えよ言うの!!俺アリスにかけたが!?」
「ええ!?」
「一度はまだ大丈夫だ…多分。」
 悠太は同室の萌衣の異変を気づけなかった罪悪感から悲しみにくれていたため、悠太は卯月から教わった洗脳を知らずの内に使っていた。
 誠はそれが意外すぎて、目を白黒させている。
 「…そんでそれを光に見られた。黙ってくれって頼んだんだが…総、誠、もしかすると光が何か言いたがってたのは、これかも知れねえ。」

 そう思いついてくるりと悠太が誠の方を向いた瞬間、唖然としていた誠はカッと目を見開いた。

 「…って、間違いなくそれだよ!悠太お前なんて事を!光は物事を隠すタイプじゃないって、がっつり悠太が隠させてるじゃん!心当たりがあったなら先に教えてくれよ!」
「だって洗脳とか知らなかったんだって、悪かったって!」
「俺この数日、悠太と卯月の仲悪さの事より光の方を心配してたんだからね!?」
「そうなのか!?」
「じゃなきゃあんなギスギスした空間で冷静にいられないよ!」
「本当にすまない…」
 誠は掌を上に向け、指先を少し曲げながら力を込めている。
 身長が一番高いのもあって、いつもは強気な悠太も、この時ばかりは押され続けてしまった。
 そんな温厚な誠がわりと本気で怒る誠に、総と透は面食らいながらも宥めるために行動する。
 「落ち着けよ誠、よく考えてみろ、アリスの事情を知るのが光なら、何とかしてくれるだろ」
 誠としては大切な光を困らせ、更には知らなかったとはいえ洗脳をかけた悠太に少なからず怒りを覚えてはいたが、しかし珍しく落ち着いた総の、比較的に楽観的な意見は誠の熱を取り出せた。
 両手を下ろして、誠は一度だけ深呼吸をする。

 次の瞬間には、もういつもの通りの少し気弱な誠がいた。…まだ言い足りなくはあったが。
 「う…うん…」
「そうだよ、総のいう通りだ。今は光さん達が解決してくれると信じて、俺達は俺達に出来ることをしよう!ね、卯月、それでクラスメイトの皆がどこにいるか知らない?」
 透はそれらを、やや早口で言い終える。総が誠をとっさに上手く諫めたとはいえ、誠の不完全燃焼を見抜いてはいたので、下手をすればまた話が戻る方へ流れていってしまうと感づき、無理やり話を軌道修正したのだ。誠には申し訳ないが、今は助けなければ行けないもの達が待っていることを、透は忘れていない。
 卯月もその意味にいち早く気づいたようで、他のメンバーが何か言い出すよりも先に、卯月はその質問に答えてあげることにする。
 「ここは地下六階まであるんだがな、六階が組織のメンツの過ごす場所、五階から二階が牢や研究所や色々だが、ほとんど使われてない。んんで、今は二階。そして地下一階に、あいつらはいる。赤弓の書斎だってあるぞ。」
「…………ん?」
 そこで透はふと、ある人物の顔が思い浮かぶ…野外学習でであった、女性の顔が。
 「赤弓って、あの工場長の…ユミユミさん?」
「え?おう。ってか、なんだユミユミって」
「そう呼んでって弓子さんが。それにしても、なんで弓子さんが…」
「あ、言ってなかったか。赤弓が主犯だぞ。」
「…………まじかぁ…」
 今さらオーバーリアクションをする余裕もない悠太とは裏腹に、総は驚きすぎて口を動かすが声がでない。
 「なっ、なんたって弓子さんが…!?」
「なんでも弟の復活とからしい。」
「復活!?バンドか!?」
「何でだよちげえよ総うるさい」
「じゃあ…」
「命の復活。」
「命…の復活!?!?」
 卯月は鬱陶しそうに総のリアクションに反応しつつ、遠い目をした。
 「許せとは言わないが…あの人だって愛してる人がいるから、こんなことをしたんだよ」
 それはとても切なくて、悲しそうな目だった。


 一階に上がって、卯月を追いかけて五分。五人の目の前には銀色の扉が広がっていた。縁が蔦の柄に掘られていて、どこか神聖さすら感じさせている。
 「こん中に、皆いるんだよな!?」
「いるさ。さあ、開けるぞ。」
 卯月は慣れた手付きで数字式のロックを解錠すると、思いきり扉を押す。

 森の音がした。
 木々が揺れるときにたてるかすれた音達、たまに聞こえる小鳥のさえずり。
 どこか朝をイメージさせるその部屋は、壁紙は森柄、偽物ではあるがリアルな木がところせましと並べられていた。たまに、どこからか風が吹く。それにともない、木々のざわめきも大きくなり、まるで本当に山にいるようだった。
 そして…

 右を向くと、そこにクラスメイト達はいた。
 二人一席の椅子の上、人形のように並んで眠っている。まるでバスのような配置だ。さすがにバス全てを再現はできなかったようだが、等間隔で透明な壁に窓硝子があったり、シートベルトがついていたり…。バスのボディー以外はリアルに再現されている。
 見れば見るほどバスのなかなんじゃないのかという錯覚を引き起こさせる。
 そして…何より気になるのは、その全員の目元にはVRが見られそうな機械だろう。
 「なんだこれ…!?」
「こいつらは今、二十一年前の再現VTRを脳に直接送られている。俺達も次期に付けられる予定だったんだ。危なかったな」
 すっかり本調子を取り戻した卯月は、あのまま仲違いしてこのVRを付けられていたと考えるとゾッとして、思わず体を震わせる。やはり、自暴自棄はいけない。
 「文月は…一番奥か。赤弓め、従えば文月は助けてくれる手筈だったはずなのに…」
 弓子との、卯月自身の命は殺される前提の理不尽な約束すら破られていたと思うと、改めて沸々と怒りがわく。しかし、今は仲を戻した友がいるのが、卯月にとって救いだった。
 誠はこのような光景、状況、が気味悪く感じられ、水色の髪を影に眉を思いきり潜めたが、しかし目はそらさずこれからどうするか思考を繰り返す。

 「でも、今なら皆助けられるよ!」
 そう言う透は既に辺りを見回し打開策を練っていた。
 透は安易に何かを触らない信用があったため、卯月は冷静にいますべき事を分析する。
 「…そうだな。だが、いきなりこの機械をとるのは危険かもしれない。それにいくらここらに監視カメラがないとはいえ、俺の知ってる出口からでは脱出不可能だ。あ、この部屋に来るまでに見たあの出口の事な。どっかにあるはずなんだ、絶対。」
「じゃあ二手に別れよう。透、総、二人は出口を探せ。俺らはここで皆を助ける。」
 そう言った時、既に悠太は卯月の跡をつけて設備されている機械を覗き込んでいた。
 もう透と総の意見など聞こうとしていない態度なのは、そうすることで二人をより素早く行動させるためだ。
 二人もまた、悠太の思いに気づかないほど悠太の事を知らないわけではない。
 「おう、必ず見つけてくる!」
「待っててね!」
 二人は心配そうに振り返った誠に軽く手を振り、森の部屋を抜け出した。

 ――だから二人は『悲鳴』が聞こえた時、すぐにその場に駆けつけれたのだ。
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