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後章
狂い青葉日和
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~狂い青葉日和~
《素質人間を一度に大量に殺せば不変のルールに抵触してしまうし、寄生する者は魔力が溜まるまで何度も輪廻する。それを絶ちきらないと、歪みの新たな発生は押さえられない。対極の者は不変のルールも、輪廻についても知らず、ただ素質人間を殺そうとしている。
それじゃ駄目だ。
だから私は善果達を異世界に行かせて、森の精の呪いで時差を発生させながら寄生する者も素質人間もまとめて殺そうとした。
私としては殺すっていうのはあんまり乗り気じゃないんだけど、調整者としての役目も果たさないとだしね。
でも、今回は、実験。皆ギリギリ生き残ったし、だから連れてこなくて良くなった正達を異世界に連れてきてしまったのは私欲も混ざっていたし、あまり意味がなかったから、せめて実験でもして、次に役立てる。
ほぼ初めてなのもあって、易しくしてやろう。
ただ、忘れてはいけないことは、特質だろうが、殺人対象である。でも、だからこそ…気になるんだ…恐ろしい呪いでも、善果達は一人生き残った。じゃあ、彼女達は…?ってね。
それに…………ふふ、あの性格の空はどうせ、死を選ぶ。
ふふふ、楽しく見せて貰おう。
グリーンガーネット、今回も手伝ってね。
――利用できるものは、何でも利用する…
「美月様は何でもできちゃうんだから!…だっけ?」
美月の言葉が、何故か頭に反響した。》
「…っあぶな…」
立ち眩みがして、意識を手放しそうになった。けれど何とか自分を保つ。
頭痛はするものの、意識はずっとここにある。
「なっ…!?特質モドキが効かないっ!?呪いも交えた強力で新しい魔法が!?」
「呪い?」
怖い。が、グリーンガーネットが言うように、全く効いてる気がしない。
「毒属性だから?」
「そんなはずは…だってこの呪いに勝てるのは美月くらいで」
ああ、(恐らく)自分の祖母の事か。
「じゃあ、遺伝とか?」
「遺伝…アレが、遺伝?いや、それはあり得ない…じゃあ、やっぱり、ガーディアンだからか…」
勝手に悩んで勝手に解決してた。
グリーンガーネットはどっかで少しだけ、ほんの少しだけ安心したような声をしていた…気のせいか。
で、え、結局何?何だったんだ?
「ガーディアンって、歪みの調整者が言ってた言葉だよな…ようこそガーディアンって。それって何?」
「え、それを聞いていたのに質問してないの?」
「うん。色々あったもんで。」
「えっと、ガーディアンは特質の一つってのも知らないの?」
「…あー!なるほど!」
そうだ、調整者は特質は能力を持つだとか言ってたな。
特質とガーディアンはタイミング的に別々に聞いていたけど、それらはイコールで結ばれるわけか!
何で気づかなかったんだろ。
ガーディアンは確か、守護者って意味だったはずだ。つまり、自分の特別な能力は守護者ってことになる。守護者?
「ガーディアン、別名守りの特質。まあそこら辺は特質を知る者が適当な名付けたから、あんまり気にしなくていいよ。」
「わかった。因みに、能力は?」
「特質っていうのは、先天的に持ってるものに見えるけど、実は外から与えられたものでね。本来人間が操れるものじゃないから、気づかずに終わっちゃうこともあるんだけど…今の君はせいぜい自分もしくは大切な人の、極端な危険に…でも動けばどうにかなるような危機に反応し最善を出せるくらいかな。異世界に来てやっとそれくらいが出来るようになったって感じかな?」
「へえ…」
ならもし、空が亡くなったあの瞬間にこれが働けば空も助かっていたかもしれないのか…。
それに、思い当たることもある。総が実を食べようとした時とか、グリーンガーネットが殺しにかかってきた時とか。うん、まさについさっきのやつか。
「ん?でもせーじゅは呪いにかかりそうになった時、危険とか思わなかったけど…」
「だって呪いは精神的なもので、死にはしないからね。精神の穴に入り込んで破壊する系だけど。」
「じゃあなんで自分を守れたんだろ」
「本来、特質は神が持つべき力なのさ。だから使いこなせなくても、偶々力がうまく暴走したのかもしれない。特質は心空間に仕舞われているからね、そういうことも、あるいは、あり得る。それに、花嫁魔族達に関して君には自責の念がなかったから…自覚がなかったからね。精神の穴がただでさえなかったのだから、いくらそれがなくても出来る呪いだといっても、やはりこちらの難易度も上がっていた。」
花嫁魔族達?いや、今はそれより気になる単語がある。
「真空間?」
次から次へと知らない言葉が出てくる。異世界、恐るべし…
「言っとくけど、真空の真じゃなくて、心と書いて心空間だからね、念のため。」
しかし何故か言語は違うのに、漢字はわかるようだ。グリーンガーネットと自分の間で上手いこと変換されてんのかな。
「で、心空間は魔力に満ちた以外は基本何にもない異空間の事。一人に一つある異世界って感じ。」
「おお、わかりやすい…」
つまり自分はガーディアン(守り)で、その特質は心空間に埋め込まれているというわけか。
さすがは呪いをかけようとしたり、めっちゃ素早い森の精、博識でいらっしゃる。
――いや、グリーンガーネットってすげえ危ないやつじゃない!?さっきから会話が驚くほど成立してるけど!!
今更ながらに距離をとると、グリーンガーネットは呆れたようにため息をつく。
「君が武器を奪ったお陰で、しかも呪いも効かないとなると、さすがにアタクシももうなにもしないわよ」
「ええー、怪しいなぁ」
「アタクシだって、特質モドキの呪いに関してはこんなに簡単にしたくないのよ。ただ、恩人には逆らえないだけで。」
「恩人?」
「グリーンガーネットという、別名をくれた人達の片割れ。君達の事を詳しく効いた訳じゃないけど、現れる強い…美月のような四人組の誰かに会えば特質モドキをかけろって。全員失敗しようがしなかろうが、一回やれば、今回は実験だからあとはどうでもいいけどと言ってたけどね。アタクシとしては、特質モドキは少しだけ使うのが苦手なのだけど。」
片割れ、か。…美月と何かしら関係のありそうだ。それに、美月のような、とは間違いなく自分達の事だが、どういう定義だろうか。強さや雰囲気の事を示すのか、それとも違う世界から来たということ?それかそもそも、グリーンガーネットは深く考えていなかったのか?
まあどうでもいいけど。
今は、ただ空を救うだけである。
「ふうん、迷惑極まりないな。呪いにしくじったんだし、もう他の皆にはかけないでね」
「えー」
嫌そうである。
何で嫌がるんだよ、全く…
「でも、もうかけちゃった。」
気がつけば、左手が自然とグリーンガーネットへと伸び、胸ぐらを掴んでいた。
「解けよ、呪い。」
自分のものではないような声が響く。
「え、ええー、どーしよっか」
「殺されたいのか。」
杖だった水鉄砲がアイスピックに変わる。紫色の柄、ハートの飾り。自分を形作る柄が、色がそうなのだろうが、それを知ったところでどうでもいい。
右手に異様に馴染むそれを、グリーンガーネットの首に突き当てた。
「ま、待ってよ、君にかけたような精神を壊す呪いでも、死ぬような呪いでもないし、正規ルートで脱出すればご褒美だって用意したよ。それにあの呪いの手応えの少なさ…きっと博識な者が近くにいた。特質モドキでないそれはそもそも大分効果が…」
「んなこと、ぐだぐだ聞きたい訳じゃない。どうでもいいんだ。それはつまり妥協しろと言っているわけだな?誰がわかったそのままでいいと言うんだ?なあ?」
ついつい力んで、グリーンガーネットの首筋から少し赤い汁が流れ溢れる。
血よりもサラサラで、少し光っているから、血というのは違う気がする。
「落ち着いてってば!」
「呪いを解けよ」
「わかった、わかったから!ピックを降ろして!」
グリーンガーネットの声は酷く震えていた。
呼吸をして、やっとアイスピックを手から降ろす。
「全く、狂暴なんだから…ごめんって!それ降ろして!」
「ったく…早くしてよ」
グリーンガーネットは自分に奪われた杖を必要とし、手を伸ばす。
警戒こそ取れはしないが、狐のようなつり上がった目が、今はウサギのようにか弱く訴えてくるのだから、信じてやろう。
刃先を向けて返してやると、グリーンガーネットは不満そうに危ないと、小さな声で呟いていた。
知ってる。わざとだよ。
グリーンガーネットの手に杖が完全に渡った時、一瞬だけ見たことのある、鋭い剣に変わる。
…うん、もうこれ以上の意地悪は止めてやろう。ザクッと殺されかねないし。
グリーンガーネットは、地面に先端のとがった杖で魔方陣を描き出した。
オレンジベースの全身の中、唯一ブルーベリーのように青いリボンは綺麗な風にヒラヒラ揺れる。
円の中に鮮やかに絵柄を書き込んでいくグリーンガーネットは、テレビで見た習字のパフォーマンスのように鮮やかに、しなやかで、見ていて飽きない。丸いキャンバスいっぱいに、芸術家は独特なイラストや文字を描く。
この世界の文字はフィーリングでスラスラ読める。言える。
けれど、書き出された字は読めなかった。
今まで見てきた魔方陣も、派手なだけで読もうとすれば読めそうなものだったのだけど、これは全く読めない。
暇なので、地面に体育座りで眺めていた。木の枝で地面に落書きをしてみる。
クラスメイトであるあやは絵を描くのが好きで、暇さえあれば絵を描いていたけど、自分はそうではないから画力がほとんど無いに等しい。
今度教えてもらおうかな、と切実に思った。
空にあるお星様は丸く見えるけど実際は様々な形をしている。
自分の落書きの円も、まさにそれなんだ。何十、何百光年くらい遠いところから見れば、ワンチャンス円に見える。
大きめに書いて、その中にもう一つ落書きをしてしまったものだから、いつの間にか魔方陣を書き終えていたグリーンガーネットは笑いを抑えながら、「うわぁ…」
とか地味に嫌なことを言ってきたのは今日一番傷ついた。
気を取り直して。
「さあ、呪いを解こう…と思ったんだけどね、いやあ、ごめんね!無理みたい!」
「…………はあ!?」
いいだろう、あくまでそっちがその気なら、こちらからやる。不思議なものだ、怒りがあると途端にグリーンガーネットが雑魚に見えてきてしまう。
「ストーップ!違う、違う。君の協力があれば呪いは解ける!」
「協力?寿命とるとか?」
「まさか。そんなコワーイことしないよ!」
精神破壊は怖いことではないのか。
「君に頼むのは、もっと簡単なこと。君の瞳に入らせてほしいんだ。」
「え、なにそれ」
目に住む?それはあれか、目を抉られるとかそういう…
「あー、またエグい考えてるでしょ!アタクシはそんなことしない!精神以外に興味がないからね!」
「うわぁ…」
やべえ奴を目に入れる?って、ろくなことじゃないだろう。
「…因みにそれは、どうやるの?」
「さっき、心空間は魔力が溢れてるって言ったよね?」
「聞いたけど…」
「希に…というかほぼいないんだけど、君はその希の中に入る。無限とも言えるほどの空間である心にも仕舞えなかった魔力は、目に積もっていく。そして君は、片目どころか両目も溢れる程の魔力が溜まっているんだ。だからちょーっと左目を借りて、君の魔力を借りたいというわけ。勿論、それで左目の魔力がなくなることはないし、呪いも解ける。」
「ふむ。でも別に魔方陣に魔力を込めるなら、自分が直接すればよくない?花嫁魔族の封印の時、そうしてたのを見たけど。」
「この魔方陣は特殊でね、魔力を作成者以外が込めるのを嫌がるんだ。だから、呪いを解くには一年かかる」
「それは困るな…」
そもそもコイツが総達にかけた呪いがどんなものかも知らない。でも、精神系っぽいんだよな。なら一年も待ってられないし、そもそも一年もここにいることそれ自体タイムロスを大きく越えたロスである。
「因みに、総達にかけた呪いは?」
「ざっくり言えば、トンネルで迷路」
「仕方ない、左目を貸してやろう」
「決断早!」
「ただし、変なことしないでよね」
「大丈夫、出来るのはせいぜい君の見る世界を一緒に見ることと、脳内に話しかけるくらいしか出来ないから。魔法も、使わないって約束してあげる。」
「心を読むこととかは?」
「そんなの出来ないし、魔法でもしないよ。守りがある限り、魔法でも出来なさそうだけど。」
「そ。まあいいや、どうぞ」
「…………」
両手を広げて待っているが、しかしグリーンガーネットは一向になにもしなかった。
「どうしたの?」
「いや…アタクシの言葉をよく簡単に信じるなーって。」
「そりゃあね。仲間を助けるのを悩むのは、法律の第一条に反するもんで。自分の法律ね。」
「…………羨ましい」
「何か言った?」
「ううん。わかったよ。君は大変面白いし、森の精、森の調整者として役目を全うしてあげる。それに…『循環』も、なにかわかるかも…」
また出たよ、意味深な単語。
「って、研究って?」
気になる自分の質問を無視して、グリーンガーネットは閃いた顔をする。
「決めた!アタクシ、君の目に住むことにする!」
「…………えっ」
「じゃあ行くよー、呪文!」
「待ってちょっとねえ、話を…」
またもや知らない言葉の羅列が聞こえる。
オレンジの、眩しい光りに目がくらみ…
次の瞬間、グリーンガーネットは姿を消した。
暫くして。
近くの魔方陣が、神々しく輝き始めた。
アタクシは無事、せーじゅの目の中に入れたみたいだった。
紫色で出来たその空間から、さっきまでいた外の世界がうかがえる。
「おーい、グリーンガーネット!!」
キョロキョロと、せーじゅは辺りを見渡している。
アタクシは空間に杖を使って空中に陣をかき、快適に作り替えつつ、脳内に語りかけてやる。因みにこれはあくまで空間内にソファーやベッド等を作っているだけで、外に迷惑がかからないので魔法としてはノーカンとしよう。
『無事、入ったよ』
「!?うわ脳内に響く!というかグリーンガーネット、早く呪いといて!」
忘れてた。
「忘れないでよ!!もし皆に何かあれば、左目潰してでも倒すから!」
あれ、難しい。心の声がたまに漏れてしまうようだ。まあ、時期になれるだろう。
アタクシは外の魔方陣に魔力を送ると、陣は光る。こうすれば、時期に呪いは解け、陣からせーじゅの仲間がやってくるだろう。
しかし、まだ時間がかかりそうだ。かといって、空間を快適かするのにはまだまだ時間がかかる。つまり、暇。
じゃあ、そうだな…
『ねえ、せーじゅ。皆は時期帰ってくるけど、その間、少しお話ししない?』
「えー、自分独りでしゃべってるみたいじゃん」
『小声でもいいから。そうだなぁ。あ、せっかくだし、色々教えてあげる。』
「色々?」
急に声が小さくなったせーじゅに、アタクシは自信満々に答えた。
『ええ。絶対興味をもつよ。それは…』
皆の特質の、能力について。
きっと呪いの影響で、仲間達は自分の能力だけを理解することになるだろうけど…
森の反抗者には、特別に全員分を、教えてあげよう。
だって彼女は、グリーンガーネットに生まれ変わってから、初めて本当に興味のわいた生き物だから。
壊すアタクシから、仲間を守った…
言わば、タイキョクの存在のようだから。
《素質人間を一度に大量に殺せば不変のルールに抵触してしまうし、寄生する者は魔力が溜まるまで何度も輪廻する。それを絶ちきらないと、歪みの新たな発生は押さえられない。対極の者は不変のルールも、輪廻についても知らず、ただ素質人間を殺そうとしている。
それじゃ駄目だ。
だから私は善果達を異世界に行かせて、森の精の呪いで時差を発生させながら寄生する者も素質人間もまとめて殺そうとした。
私としては殺すっていうのはあんまり乗り気じゃないんだけど、調整者としての役目も果たさないとだしね。
でも、今回は、実験。皆ギリギリ生き残ったし、だから連れてこなくて良くなった正達を異世界に連れてきてしまったのは私欲も混ざっていたし、あまり意味がなかったから、せめて実験でもして、次に役立てる。
ほぼ初めてなのもあって、易しくしてやろう。
ただ、忘れてはいけないことは、特質だろうが、殺人対象である。でも、だからこそ…気になるんだ…恐ろしい呪いでも、善果達は一人生き残った。じゃあ、彼女達は…?ってね。
それに…………ふふ、あの性格の空はどうせ、死を選ぶ。
ふふふ、楽しく見せて貰おう。
グリーンガーネット、今回も手伝ってね。
――利用できるものは、何でも利用する…
「美月様は何でもできちゃうんだから!…だっけ?」
美月の言葉が、何故か頭に反響した。》
「…っあぶな…」
立ち眩みがして、意識を手放しそうになった。けれど何とか自分を保つ。
頭痛はするものの、意識はずっとここにある。
「なっ…!?特質モドキが効かないっ!?呪いも交えた強力で新しい魔法が!?」
「呪い?」
怖い。が、グリーンガーネットが言うように、全く効いてる気がしない。
「毒属性だから?」
「そんなはずは…だってこの呪いに勝てるのは美月くらいで」
ああ、(恐らく)自分の祖母の事か。
「じゃあ、遺伝とか?」
「遺伝…アレが、遺伝?いや、それはあり得ない…じゃあ、やっぱり、ガーディアンだからか…」
勝手に悩んで勝手に解決してた。
グリーンガーネットはどっかで少しだけ、ほんの少しだけ安心したような声をしていた…気のせいか。
で、え、結局何?何だったんだ?
「ガーディアンって、歪みの調整者が言ってた言葉だよな…ようこそガーディアンって。それって何?」
「え、それを聞いていたのに質問してないの?」
「うん。色々あったもんで。」
「えっと、ガーディアンは特質の一つってのも知らないの?」
「…あー!なるほど!」
そうだ、調整者は特質は能力を持つだとか言ってたな。
特質とガーディアンはタイミング的に別々に聞いていたけど、それらはイコールで結ばれるわけか!
何で気づかなかったんだろ。
ガーディアンは確か、守護者って意味だったはずだ。つまり、自分の特別な能力は守護者ってことになる。守護者?
「ガーディアン、別名守りの特質。まあそこら辺は特質を知る者が適当な名付けたから、あんまり気にしなくていいよ。」
「わかった。因みに、能力は?」
「特質っていうのは、先天的に持ってるものに見えるけど、実は外から与えられたものでね。本来人間が操れるものじゃないから、気づかずに終わっちゃうこともあるんだけど…今の君はせいぜい自分もしくは大切な人の、極端な危険に…でも動けばどうにかなるような危機に反応し最善を出せるくらいかな。異世界に来てやっとそれくらいが出来るようになったって感じかな?」
「へえ…」
ならもし、空が亡くなったあの瞬間にこれが働けば空も助かっていたかもしれないのか…。
それに、思い当たることもある。総が実を食べようとした時とか、グリーンガーネットが殺しにかかってきた時とか。うん、まさについさっきのやつか。
「ん?でもせーじゅは呪いにかかりそうになった時、危険とか思わなかったけど…」
「だって呪いは精神的なもので、死にはしないからね。精神の穴に入り込んで破壊する系だけど。」
「じゃあなんで自分を守れたんだろ」
「本来、特質は神が持つべき力なのさ。だから使いこなせなくても、偶々力がうまく暴走したのかもしれない。特質は心空間に仕舞われているからね、そういうことも、あるいは、あり得る。それに、花嫁魔族達に関して君には自責の念がなかったから…自覚がなかったからね。精神の穴がただでさえなかったのだから、いくらそれがなくても出来る呪いだといっても、やはりこちらの難易度も上がっていた。」
花嫁魔族達?いや、今はそれより気になる単語がある。
「真空間?」
次から次へと知らない言葉が出てくる。異世界、恐るべし…
「言っとくけど、真空の真じゃなくて、心と書いて心空間だからね、念のため。」
しかし何故か言語は違うのに、漢字はわかるようだ。グリーンガーネットと自分の間で上手いこと変換されてんのかな。
「で、心空間は魔力に満ちた以外は基本何にもない異空間の事。一人に一つある異世界って感じ。」
「おお、わかりやすい…」
つまり自分はガーディアン(守り)で、その特質は心空間に埋め込まれているというわけか。
さすがは呪いをかけようとしたり、めっちゃ素早い森の精、博識でいらっしゃる。
――いや、グリーンガーネットってすげえ危ないやつじゃない!?さっきから会話が驚くほど成立してるけど!!
今更ながらに距離をとると、グリーンガーネットは呆れたようにため息をつく。
「君が武器を奪ったお陰で、しかも呪いも効かないとなると、さすがにアタクシももうなにもしないわよ」
「ええー、怪しいなぁ」
「アタクシだって、特質モドキの呪いに関してはこんなに簡単にしたくないのよ。ただ、恩人には逆らえないだけで。」
「恩人?」
「グリーンガーネットという、別名をくれた人達の片割れ。君達の事を詳しく効いた訳じゃないけど、現れる強い…美月のような四人組の誰かに会えば特質モドキをかけろって。全員失敗しようがしなかろうが、一回やれば、今回は実験だからあとはどうでもいいけどと言ってたけどね。アタクシとしては、特質モドキは少しだけ使うのが苦手なのだけど。」
片割れ、か。…美月と何かしら関係のありそうだ。それに、美月のような、とは間違いなく自分達の事だが、どういう定義だろうか。強さや雰囲気の事を示すのか、それとも違う世界から来たということ?それかそもそも、グリーンガーネットは深く考えていなかったのか?
まあどうでもいいけど。
今は、ただ空を救うだけである。
「ふうん、迷惑極まりないな。呪いにしくじったんだし、もう他の皆にはかけないでね」
「えー」
嫌そうである。
何で嫌がるんだよ、全く…
「でも、もうかけちゃった。」
気がつけば、左手が自然とグリーンガーネットへと伸び、胸ぐらを掴んでいた。
「解けよ、呪い。」
自分のものではないような声が響く。
「え、ええー、どーしよっか」
「殺されたいのか。」
杖だった水鉄砲がアイスピックに変わる。紫色の柄、ハートの飾り。自分を形作る柄が、色がそうなのだろうが、それを知ったところでどうでもいい。
右手に異様に馴染むそれを、グリーンガーネットの首に突き当てた。
「ま、待ってよ、君にかけたような精神を壊す呪いでも、死ぬような呪いでもないし、正規ルートで脱出すればご褒美だって用意したよ。それにあの呪いの手応えの少なさ…きっと博識な者が近くにいた。特質モドキでないそれはそもそも大分効果が…」
「んなこと、ぐだぐだ聞きたい訳じゃない。どうでもいいんだ。それはつまり妥協しろと言っているわけだな?誰がわかったそのままでいいと言うんだ?なあ?」
ついつい力んで、グリーンガーネットの首筋から少し赤い汁が流れ溢れる。
血よりもサラサラで、少し光っているから、血というのは違う気がする。
「落ち着いてってば!」
「呪いを解けよ」
「わかった、わかったから!ピックを降ろして!」
グリーンガーネットの声は酷く震えていた。
呼吸をして、やっとアイスピックを手から降ろす。
「全く、狂暴なんだから…ごめんって!それ降ろして!」
「ったく…早くしてよ」
グリーンガーネットは自分に奪われた杖を必要とし、手を伸ばす。
警戒こそ取れはしないが、狐のようなつり上がった目が、今はウサギのようにか弱く訴えてくるのだから、信じてやろう。
刃先を向けて返してやると、グリーンガーネットは不満そうに危ないと、小さな声で呟いていた。
知ってる。わざとだよ。
グリーンガーネットの手に杖が完全に渡った時、一瞬だけ見たことのある、鋭い剣に変わる。
…うん、もうこれ以上の意地悪は止めてやろう。ザクッと殺されかねないし。
グリーンガーネットは、地面に先端のとがった杖で魔方陣を描き出した。
オレンジベースの全身の中、唯一ブルーベリーのように青いリボンは綺麗な風にヒラヒラ揺れる。
円の中に鮮やかに絵柄を書き込んでいくグリーンガーネットは、テレビで見た習字のパフォーマンスのように鮮やかに、しなやかで、見ていて飽きない。丸いキャンバスいっぱいに、芸術家は独特なイラストや文字を描く。
この世界の文字はフィーリングでスラスラ読める。言える。
けれど、書き出された字は読めなかった。
今まで見てきた魔方陣も、派手なだけで読もうとすれば読めそうなものだったのだけど、これは全く読めない。
暇なので、地面に体育座りで眺めていた。木の枝で地面に落書きをしてみる。
クラスメイトであるあやは絵を描くのが好きで、暇さえあれば絵を描いていたけど、自分はそうではないから画力がほとんど無いに等しい。
今度教えてもらおうかな、と切実に思った。
空にあるお星様は丸く見えるけど実際は様々な形をしている。
自分の落書きの円も、まさにそれなんだ。何十、何百光年くらい遠いところから見れば、ワンチャンス円に見える。
大きめに書いて、その中にもう一つ落書きをしてしまったものだから、いつの間にか魔方陣を書き終えていたグリーンガーネットは笑いを抑えながら、「うわぁ…」
とか地味に嫌なことを言ってきたのは今日一番傷ついた。
気を取り直して。
「さあ、呪いを解こう…と思ったんだけどね、いやあ、ごめんね!無理みたい!」
「…………はあ!?」
いいだろう、あくまでそっちがその気なら、こちらからやる。不思議なものだ、怒りがあると途端にグリーンガーネットが雑魚に見えてきてしまう。
「ストーップ!違う、違う。君の協力があれば呪いは解ける!」
「協力?寿命とるとか?」
「まさか。そんなコワーイことしないよ!」
精神破壊は怖いことではないのか。
「君に頼むのは、もっと簡単なこと。君の瞳に入らせてほしいんだ。」
「え、なにそれ」
目に住む?それはあれか、目を抉られるとかそういう…
「あー、またエグい考えてるでしょ!アタクシはそんなことしない!精神以外に興味がないからね!」
「うわぁ…」
やべえ奴を目に入れる?って、ろくなことじゃないだろう。
「…因みにそれは、どうやるの?」
「さっき、心空間は魔力が溢れてるって言ったよね?」
「聞いたけど…」
「希に…というかほぼいないんだけど、君はその希の中に入る。無限とも言えるほどの空間である心にも仕舞えなかった魔力は、目に積もっていく。そして君は、片目どころか両目も溢れる程の魔力が溜まっているんだ。だからちょーっと左目を借りて、君の魔力を借りたいというわけ。勿論、それで左目の魔力がなくなることはないし、呪いも解ける。」
「ふむ。でも別に魔方陣に魔力を込めるなら、自分が直接すればよくない?花嫁魔族の封印の時、そうしてたのを見たけど。」
「この魔方陣は特殊でね、魔力を作成者以外が込めるのを嫌がるんだ。だから、呪いを解くには一年かかる」
「それは困るな…」
そもそもコイツが総達にかけた呪いがどんなものかも知らない。でも、精神系っぽいんだよな。なら一年も待ってられないし、そもそも一年もここにいることそれ自体タイムロスを大きく越えたロスである。
「因みに、総達にかけた呪いは?」
「ざっくり言えば、トンネルで迷路」
「仕方ない、左目を貸してやろう」
「決断早!」
「ただし、変なことしないでよね」
「大丈夫、出来るのはせいぜい君の見る世界を一緒に見ることと、脳内に話しかけるくらいしか出来ないから。魔法も、使わないって約束してあげる。」
「心を読むこととかは?」
「そんなの出来ないし、魔法でもしないよ。守りがある限り、魔法でも出来なさそうだけど。」
「そ。まあいいや、どうぞ」
「…………」
両手を広げて待っているが、しかしグリーンガーネットは一向になにもしなかった。
「どうしたの?」
「いや…アタクシの言葉をよく簡単に信じるなーって。」
「そりゃあね。仲間を助けるのを悩むのは、法律の第一条に反するもんで。自分の法律ね。」
「…………羨ましい」
「何か言った?」
「ううん。わかったよ。君は大変面白いし、森の精、森の調整者として役目を全うしてあげる。それに…『循環』も、なにかわかるかも…」
また出たよ、意味深な単語。
「って、研究って?」
気になる自分の質問を無視して、グリーンガーネットは閃いた顔をする。
「決めた!アタクシ、君の目に住むことにする!」
「…………えっ」
「じゃあ行くよー、呪文!」
「待ってちょっとねえ、話を…」
またもや知らない言葉の羅列が聞こえる。
オレンジの、眩しい光りに目がくらみ…
次の瞬間、グリーンガーネットは姿を消した。
暫くして。
近くの魔方陣が、神々しく輝き始めた。
アタクシは無事、せーじゅの目の中に入れたみたいだった。
紫色で出来たその空間から、さっきまでいた外の世界がうかがえる。
「おーい、グリーンガーネット!!」
キョロキョロと、せーじゅは辺りを見渡している。
アタクシは空間に杖を使って空中に陣をかき、快適に作り替えつつ、脳内に語りかけてやる。因みにこれはあくまで空間内にソファーやベッド等を作っているだけで、外に迷惑がかからないので魔法としてはノーカンとしよう。
『無事、入ったよ』
「!?うわ脳内に響く!というかグリーンガーネット、早く呪いといて!」
忘れてた。
「忘れないでよ!!もし皆に何かあれば、左目潰してでも倒すから!」
あれ、難しい。心の声がたまに漏れてしまうようだ。まあ、時期になれるだろう。
アタクシは外の魔方陣に魔力を送ると、陣は光る。こうすれば、時期に呪いは解け、陣からせーじゅの仲間がやってくるだろう。
しかし、まだ時間がかかりそうだ。かといって、空間を快適かするのにはまだまだ時間がかかる。つまり、暇。
じゃあ、そうだな…
『ねえ、せーじゅ。皆は時期帰ってくるけど、その間、少しお話ししない?』
「えー、自分独りでしゃべってるみたいじゃん」
『小声でもいいから。そうだなぁ。あ、せっかくだし、色々教えてあげる。』
「色々?」
急に声が小さくなったせーじゅに、アタクシは自信満々に答えた。
『ええ。絶対興味をもつよ。それは…』
皆の特質の、能力について。
きっと呪いの影響で、仲間達は自分の能力だけを理解することになるだろうけど…
森の反抗者には、特別に全員分を、教えてあげよう。
だって彼女は、グリーンガーネットに生まれ変わってから、初めて本当に興味のわいた生き物だから。
壊すアタクシから、仲間を守った…
言わば、タイキョクの存在のようだから。
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