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後章
特質
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~特質~
《「グリーンガーネット?」
それが精霊に、調整者に、特質モドキに生まれ変わったアタクシに与えられた名前だった。
「ええそうよ!自分が考えたんだ!」
異世界間を二人で旅しているという美月は嬉しそうに笑う。
「ウラルンの力で貴女は森の調整者に、そして特質…モド…キ?になったんでしょ?ウラルエメラルドの別名は、グリーンガーネットって言うんだ!ウラルンとも関係してるしー、精霊に生まれ変わった今、新しい名前がいるかなーって!」
「へえ、あ、ありがとう…」
アタクシは嬉しくて、でも照れを隠すために目を逸らす。
「ふふ、なら、グリーンガーネット!私にこれから協力してね!」
ウラルエメラルドは笑顔で言ってくる。ちょっと怖い。
それを美月は諫め、そしてアタクシと向かい合って笑う。
「グリーンっちの知る呪いは、精神的なものが多い。自分…いや、美月様には効かないけど、珍しいし中々強いでしょ?そして特質モドキも精神的なものだから…きっと貴女はすんごく強い。皆のために、貴女のために、頑張って森を調整してね!特別な目だって、前の森の精霊に近付くためにつけてもらったんでしょ?心空間の特別なデータを見るやつ!」
「…うん、勿論。」
そう。アタクシは呪文も、魔方陣だって得意だった。魔力も決して少なくなった。
人より、少し残虐性を持ち合わせていたのは認めよう。
けれどそれを知れば、誰しも協力を諦め、利用しようと近付いてきた。
多くの人に裏切られて、最後は殺されかけて。逃げた森で出会った二人。精霊に変えてくれた二人。特質モドキは体に馴染まなくても、それでも森を守ろうと、決心したのに。
歪みの調整者と美月は世界一の仲良しと謳いながら、二人は互いに互いのことをあまりにも知らなすぎた。
時間が経った後、歪みの調整者は一人、アタクシに命じた。『四人の冒険者を呪え、精神は壊すな』と。精神を壊さなかったのは、まだ美月言葉が直接残っていたからだろう。
だけど今回、何も言わなかったのは、そういうことだ。
けれども、アタクシも…壊す衝動は、抑えられませんでしたが。》
《光サイド》
いつの間にか、全員とはぐれたことに気がついた光は、とりあえず一つ前にいた正珠を探し、ずっと暗闇を歩いていた。
松明の火は消えそうではあるが、光に不安はなかった。
「眠い。」
光はどこででも寝られる、というわけではないが、安っぽいクッションがあれば、それなりに質の良い睡眠に入ることが出来ると自覚していた。
ウォーター枕などというものがこの世には存在しているし、魔力の塊を破裂させて受け止める布さえあれば、即席の枕なるものが出来てしまう。
「…………」
じいっと服を見る。
一瞬、わずかな葛藤があったものの、光はすぐに立ち止まっていた足をあげる。
決して、服を破いてここで寝ようなどとは思っていない。断じてあり得ないのだ。
暗闇に分かれ道が現れる。分かれ道とわかったのは、急にトンネルが狭くなり、一点を照らすライトが分かれ道を光に見せていたからだ。
それはどちらも変わり無さそうである。
違いの一つも見当たらない。ただ、右か左か。選ぶのはそれだけだ。
「…こっちかな。」
暫くの後、光は頭上を見上げた。
もうほとんど消えそうな松明の最後後からを利用し、精一杯背伸びし照らす。
そこは、白い取っ手があった。半円形で、ジャンプして握れば簡単に引っ張れそうだ。ただ、固ければ開かないかもしれない。
「えいっ」
光は足に力を込め、思いきり飛び上がる。一度目は指先が取っ手に触れ、二度目は掠める。
そのあと二度とんだ後、彼女は、やっと取っ手を掴めた。
力をしたに込めると、ガコンと音がしてから、取っ手が手前に降りてくる。
途端、白の物体がぼとぼと落ちて、積み上がる。それは歪なピラミッドへと変わり、それは取っ手のついた扉の上へ進めと言うようだ。
柔らかすぎる白い物体にグランと足元が揺れつつ、光は登る。
「ふう。」
垂直な道の、等間隔の楕円形の窪みを巧みに掴み、無心で登っていく。
松明はもう置いてきてしまい、初めからあった鎖で熊避けのように音を鳴らしながら、首を曲げて進んだ。
やがてついた場所は、明るくはあるが、なにもない空間だった。
いや、明るいという概念それすらもわからない。ただ、果てしない空間が黒くなかったというだけであるが。
それでも、着実に出口に近づいていると光は心で何故か、理解した。
ふと、水色の影が目の前をよぎる。
「誠…」
だろうか、と首をかしげる。
影は走って走って光から遠ざかる。追いかけても、触れることを拒まれる。
「止まって。」
「…………」
「止まって、よ」
「……」
「とまれ」
手荒だとしても足止めをしたい…いっそのこと鎖でも使って、転ばせるか。
そう考えつつ強めに叫んだ時、影の足元が掬われ、滑るようにコケる。
影に追い付いた光は背中を触れる。すると影はキラキラと消えてしまった。
同時に、一筋の光りが目の前に小さく輝く。
――出口だ。
光は一目散に走った。
それは、トンネルの外へと繋がっていた。魔方陣さえも使わずに、精神迷路から裏口であるトンネルの出口へたどり着いたのであった。
特質の能力、『束縛』…強く思った相手の居場所を特定し、また強い意思によって低確率で転ばず足止めを可能にする。
出口から出たとき、それはまるで生まれた時から知っていたような知識として、光の脳内に定着していたのであった。
《総サイド》
総は全員とはぐれたことに、遅くしてやっと気がついた。好きな歌を止めて、どうにかうろちょろ皆を探す。
「正ー!トールー!光ー!いないのか!?」
声も聞こえない。
「暗かったからな…どっかで分かれ道でもあったんだろうか。」
魔力の塊を両手いっぱいに作り出すと、総は道標として一つ一つ落としていった。
入り口に戻るとして、自分がもっと迷えば意味がないと判断したのだ。
本当は皆を探したせいで、現在は進行方向とは真逆を向いているのだが、気付かずに歩く。
これが魔法による精神的な迷路でなければ、彼は確実に着実に入り口に戻っていただろう。
暫く歩くと、赤くて光る汁がまばらに散って、それでも一本の線へと続いていたのに気がつく。
「何だ、これ。ジュースかな。」
ぐうう、と腹の虫がなるので、聞かれていないか回りを見渡す。基本は恥ずかしくはないが、こんな時に緊張感がないと言われるのは勘弁だからだ。
とはいえ、人間食べないと生きていけない。
何かあると信じ、赤い汁を辿っていく。
足を止める。
そこにいたのは、顔が塗りつぶされた、人だった。
服に微かに見覚えはあったものの、その人の腹部から汁の溜まりが…血溜まりのようなものが見える。
「だ、大丈夫ですか!?」
「…………」
「えと、血、血を止めないと、止血だ…」
総はマフラーを自ら剥ぐと、腹辺りに巻こうとする。
早く傷を癒してやりたいのに、出来ないジレンマでモヤモヤしながら、それでも総は震えた手で物事を進めた。
仰向けにさせると、そこで不思議なことは起きる。
倒れていた人の、傷が何もなかったのだ。
新たに溢れていた汁が、即消える。
「な…治ったのか?なんというか…頑張ったな!よかったよ、血が止まって!座れるか?」
「…………」
そこでやっと、地面が赤いことに気がつく。血は止まっても、出ていった体液は戻らない。
「ど、うしよう…!えと、体温は下げない方がいいよな!」
と、倒れている人にマフラーを巻いてやる。
「ここに放置は駄目だろ?なあ、俺がおんぶしてっていいか?知ってたら出口も教えてくれれば嬉しい。」
「…………」
顔が塗りつぶされた、異形の人は口がない。
それでも総はその人は確実に弱っていると感じとる。
「手荒で悪い!」
総は予定通りおぶると、とにかく走った。出口を目指して。
その後、総は似たような現象に何度も遭った。
一定期間運ぶと、異形の人は、聞いたことのない声でありがとうと言って消えていく。
しかし、最後は違った。
最後の人は立っていて、依然として顔が見えない。
しかし服装ははっきりとわかった。総が見覚えのある、ある少女を象ったその人物は、緑色の絵の具で顔が塗りつぶされ、ぐちゃぐちゃだった。
そう、ぐちゃぐちゃだったのだ。
今までとは違い、色がもし肌色や赤色ならば見るに耐えられないような人。
やっぱり、腹部からは汁が垂れていた。
総は顔など気にすることなく、ただ服に確かな既視感を覚えつつ駆け寄る。
「大丈夫?」
『あの日』のように、自然に声が出る。反して、心臓の音は高鳴っていた。
その人物は腹部の汁を舞い散らせながら一気に近づき、耳元で呟く。
「おめでとう。私がご褒美だ」
――聞いたことのある、それでも少し違う声。
ゾクリしたと同時に、声の持ち主であるあの子にもう一度会える、という微かな希望が、脳裏によぎる。
偽物だとわかっていても、反射した思いは大変正直なものだった。
ぐちゃぐちゃだった顔は悲鳴と共に剥がれ、赤い汁が溢れる。やがてそこから顔が現れる。
それは、総の知らない赤の他人の顔だった。
厳密にいうと、会えると期待してしまった、少女とはかけ離れすぎた、更けた中年の顔。両頬に脂肪がわかるように浮き出て、元々僅かに汗ばんでいる。その顔は学校で総に関わりはない教師の一人の顔だった。
「なんてね。あの子の顔がよかった?」
「……」
顔を変えた人は、勝ち誇ったように、総のショックを嘲笑う。
総は無言で顔の変わった人物に手を伸ばす。
「ふふ、悔しいでしょ?変えてほしい?嫌だね。あの子はもう、アレだろ?そんな子に化けたくないね。ね、今まで頑張ったのにご褒美だってなくて、君は今辛いんじゃ」
「痛くないのか?」
「…………え?」
総は心配そうに、煽って来た人物を案ずる。
「なに、辛くないの?期待して、叶わなかったんじゃん。」
意味不明だと首をかしげるその人の問いには答えず、総は一人で呟く。
「その赤いの。俺の血とは違うけど、でも多分、血みたいなもんだろ?顔から血だなんて痛いじゃないか。」
「…………!」
瞬く間に、顔の痛みが和らぐ。
「悪いな、俺は多少は癒せるが、大がかりな治療は出来ないんだ。血だって、外に溢れ出たその全てを治すことも、半分だって出来やしない。でもましだろ。」
「ばかじゃないの…」
顔を変えた誰かは、すっかり語尾が弱くなる。
「お人好し。」
そう言うと、その人はパッと消えた。
「……………………」
総は沈黙の後、ふと、足元にあるものを見つける。
さっきまではなかった、あるもの。
斧だ。
ご褒美だと、かかれたリボンが目の前を通りすぎ、消える。同時に、段々総が立つ地面から半径何メートルかの円形に様々な線が浮かび上がってき、オレンジ色に輝いてきた。
ご褒美の事も合間って、総はゲームの最後に見つけられる宝箱をイメージした。ならばこの地面の上にいれば帰れると、淡い期待を抱く。
「ありがとう」
誰もいなくなった空間でも、総は礼を言うと、斧を手に取る。
持ち手の先端は赤いトライアングルのオブジェが艶やかに付いていて、斧の刃の下には鎌のような刃物も付属している。軽々持ち上げた総だったが、その重さは異常で、鎌は可動式で、刃の背から力を加えれば危険な持ち手に早変わりする。意味は総にはわからなかった。だがきっと、ただのデザインだろう。
スッと手が雪崩のように崩れていき、オレンジ色の眩しさに目を細める。
心に残った凝りは取れることはなかった。
『癒し』、広範囲に渡り人の傷を癒せるもの。
じわじわと、自覚したその力は、どうやったって後悔を消してはくれなかった。
《透サイド》
――長い悪夢を見ていた気がする。
透はかき氷を急いで食べた後のような、そのような、強い頭痛がずっと続いていた。
「ここ最近、頭痛くなること、多いな…」
視界が少しだけ霞んでいた。
それはこの空間がずっと暗いせいでもあるが、それでも四隅がわかる程に見えない。
「寝不足とか…?」
自問自答する。
けれど透は寝られないことは幾度とあれど、寝不足の経験がなかったもので、今のこれもどうだかわからない。
「はぁ…」
体も気怠いし、いよいよ病にでもかかったか。そんな鬱屈な現状にため息をつきながら、早く総達と合流しようと右足を、左足を交互に動かす。
体調も優れず、出口もわからない。
それでもこれまでに透が冷静なのには理由があった。
「エメラルド級の呪文だっけ。精神迷路ってやつ…」
透は魔法原則書の十一ページにかかれていた、神話のようなストーリーと共に紹介されていた呪文のひとつだということを覚えていたのだ。
「呪文の中でも最高のものなら解くのは大変そうだな…トンネルと融合しちゃってるから、本通りに解呪も無理そうだよな。迷路を解いて脱出するか…」
それよりも透が懸念しているのは、恐らくバラバラに散った総達だった。
特に正珠は危ない。
この隙を森の精霊が突けば、厄介な魔法をかけられる可能性が高い。
「ねえ、そこの君!」
「俺?」
異常に高い声が聞こえた。
大袈裟と思われてしまうが、モスキートーンのような声だったのだ。が、姿は見えない。
「初めましてですね!」
「えっと、君はどこに」
「ああごめんなさい。少しでも明るい場所にいるのは嫌なの。松明を置いてくださる。」
「わかりました」
透は十数歩歩いて火もないような松明を放置し、再び戻る。
するとそこは真っ暗で、本当に何も見えない。
声はまたする。
「ありがとうございます。けれど、私は、この場所に残る僅かな光が君の目に反射して集まったその光量ですら怖いのです。ですから姿を表すことはできません。」
「そ、そうですか。目、瞑りましょうか?」
「そうすれば、本当に姿が見えないでしょう。」
「は、はい…?」
どっちにしろ、透の目の前に現れることはないようだ。
「それで、何か御用ですか?あ、俺の名前は透です。」
「あらら、名乗られてしまった。では私も。私は森の精霊です。」
「…………っ!!」
咄嗟に、透は塊を作り出す。
「ああ、やめて!塊は光ってるじゃない!」
「…っ、ごめんなさい…でも、精神魔法にかけられるのは」
「精神魔法?」
森の精霊はわかるように疑問がつく。
「それはもしかして、今の森の精霊では?私はかつて森の精霊だったのです。」
「かつて…?」
「そうですね…私がこの呪文に閉じ込められてから新しい精霊がもう生まれたのですね」
「…………」
「良い心構えです。警戒を解かないのは頭が良い証拠となりえますよ。」
「ど、どうも…?」
透はどうすれば良いのか、少し悩む。生憎、透にはそれが嘘をついているかどうかはわからなかったのだ。
嘘をついている可能性は十分にあり得る。
透は罰点の魔力の塊を右手で粉々に砕く。前髪を浮き上がらせるような僅かな風と共に、塊は空気中に吸収されていった。
「…ここは呪文で出来た、空間の中だと思います。だから貴女をここに閉じこめた人がいるはず。教えてくれませんか?」
「そうですね。それを聞くということは、私を信じてくれましたか?」
「…え、ええ。」
「ふふ、正直ですね」
透は罪悪感で、思わず目をそらした。本当は全く信用していないのだ。
透は旧森の精霊と、道という概念すらなき空間をただすら進む。やっぱり姿は見えないものの、時々透の後ろ髪に違和感が感じるところから、少なくとも透にはついてきていることはわかる。
「ウラルエメラルドという者です。知らないと思いますが。」
「ウラルエメラルド…その方はよっぽど博識なんでしょうね。」
「おや、なんでですか?」
「呪文はあまり知られていないようですし、これはエメラルド級の呪文だったはずなので…」
「正解です。よく勉強していますね。ついでに言うと、歴代の森の精霊は、誰でも使えますよ。森の精霊はあの森を守るので、賢い精霊じゃないとなれないんですよ」
「へえ…」
透はそれ以上、会話を続けることが出来なかった。理由は苦手なのもあるが、状況が特殊であるのも関わっている。
それからは暫く無言が続いた。砂利の音も、風も、息すら聞こえないような暗闇では気が滅入ってしまうのもわかる。しかも相手は目を合わせることすら…振り返ってはいかないのだ。ただ、神話のオルフェイスのように話しても返答がないわけではないので、透は幾分か不安は薄れた。
ただ、何故光を嫌うのかは相手のデリケートな問題になりえると気を遣った透は、その理由を聞かなかった。そうなると警戒も解けていない相手とは本当に話すことがないのである。人柄の良さそうな弓子の件もあって、余計に気を許すことが出来ないのだ。
しかし、静かに歩いて十分頃、旧森の精霊はそっと口を開く。
「そうだ、トオルさん。」
「どうしました?」
「私はここに閉じこめられた、と言いました。けれど、私はここが大変気に入っているのです。ですが…」
今の森の精霊がどんな人なのか見たいと、寂しそうに声を低くする。
「一緒に出れば、会えるんじゃないでしょうか」
「それは無理です。森の精霊は二人いてはならない、一人は死んでいなくてはならない。私は精神迷路に閉じこめられているので…なんとか死なずに済んでいるだけです。」
「…………」
「そこで、です。」
「そこで?」
「君がここを出た後、エメラルド級の呪文のひとつ、迷路結合を使い、この世界から私の住み処へ移動させてくれませんか?私の住み処は心空間を利用した特殊な場所なのです。」
「…俺はエメラルド級の呪文は使えなくて…」
何せ、呪文の中でもっともランクの高い魔法である。呪文を使うことすらままならない彼がいきなり言われても、困惑するだけなのだ。
しかし旧森の精霊は食い下がる。
「ならば、この杖をあげます。」
そこで背中をつつかれる。
透は咄嗟に振り返りそうになるのを押さえつつ、背後に右手を回して棒を手に取った。
異様に手に馴染むそれは、杖だった。
「あと、これも。こっちはエメラルド級の呪文や難しい魔法や、私みたいな特別な人にのみ知られている呪文書です。」
「あ、ありがとうございます。呪文書は魔法原則書で見たことありますけど…えっと、杖のような、これは?」
手触りだけでどのようなものなのか確かめる。先端には水晶玉のような丸い石が、罰点形の台座の上に乗っていて、先端にはリボンと身近な刃がついていた。
「博識な君は魔術師が似合う。攻撃も、固い地面に呪文を書くことも、全てが出来てしまう杖ですよ。なんなら杖に特別な魔力を込められるので、呪文も使いやすいし魔方陣もわざわざ書いてから込める課程を飛ばせる。けれど大事なのはそこじゃない、先端の石は技術を強めてくれる。魔力がある君ならエメラルド級の呪文も使えますよ。」
「すごいじゃないですか!これ、本当にもらっても…?」
「勿論あげますよ。私は博識な人が大好きなので。」
その代わり、と旧森の精霊は強調して言う。
「私のお願い、聞いてくださいね?」
その時、もう透は旧森の精霊の願いを断ることは出来なかった。透は要は、お人好しすぎたのだ。なにせ杖をもらうその前から、呪文以外で旧森の精霊の願いをどうにかする方法を考えていたのだから。
それから少しして、透の目がチカッとする。
オレンジ色の光と魔方陣が下から現れ、視界が変わっていったのだ。体調不良も吹き飛ぶような、そんな光だ。
「じゃあ、頼みますよ。」
透が僅かに振り返った時、旧森の精霊は遥か遠い場所で光っていた。
それが見えた瞬間、透の意識は消えた。
「驚きました。杖には呪いをかけたのですが…本当に彼はあの魔法原則書を全て丸暗記していたのですね。さすがは特質、『反撃修復』といったところでしょうか。制限は多いにしても、実に優れたものですね。…にしても、トオルさんは今日でもう自覚したと思いますが、しかしあんな特別すぎるものをどう手に入れたのか…王のすることはよくわかりませんね。彼の心空間を見られたら良かったのですけど。」
透が精神迷路から脱した後、住み処に戻った旧森の精霊は興味深そうに口許を緩ませる。
「にしても…彼の言い方的に、もしかすると、私のように今の森の精霊も精神魔法で人を壊すのが好きなのかもしれませんね。ああ、邂逅すら出来ないのが残念です。」
旧森の精霊は右手に小さなワイプを作り出す。そこには無数の文字が刻まれていた。空気中の…………厳密には魔方陣に注がれていた魔法の残りを、高度の呪文で解析しているのだ。それは下から上へ目まぐるしく変わっていく。目で追える者はほとんどいないだろう。
「さて、今の森の精霊は…やっぱりウラルエメラルドと哀しいくらいの繋がりが見られる。それにやっぱり、私とそっくりにするために、精神破壊…特質モドキなんてものも手に入れてますね。ああでも、精神迷路の呪文や、その他精神的な呪文は元から使えたのですね。それだけの技術者ならば、森の精霊にふさわしいといえましょう。」
そう思うでしょう、と旧森の精霊はワイプを消して、両手の指先を合わせた。長い間放置されて憔悴しきったペットは、餌をもらえる合図と勘違いして、力を振り絞りすり寄ってくる。
しかし旧森の精霊はそれが煩わしく感じ、魔力の塊をぶつけ、衝撃で住み処から放り出す。
そして。
…が、と、旧森の精霊は誰に言うでもなく続ける。
「今、この場所に森の精霊はいない。心空間や私の住み処のような異空間にいるのかもしれませんが…これならば、私が再びこの森をおさめたって良いと言っているようなものですね。」
――乗っとりましょう。再び。
かつての栄光を、再びこの手に…旧森の精霊は恍惚とした笑みを浮かべた。
《「グリーンガーネット?」
それが精霊に、調整者に、特質モドキに生まれ変わったアタクシに与えられた名前だった。
「ええそうよ!自分が考えたんだ!」
異世界間を二人で旅しているという美月は嬉しそうに笑う。
「ウラルンの力で貴女は森の調整者に、そして特質…モド…キ?になったんでしょ?ウラルエメラルドの別名は、グリーンガーネットって言うんだ!ウラルンとも関係してるしー、精霊に生まれ変わった今、新しい名前がいるかなーって!」
「へえ、あ、ありがとう…」
アタクシは嬉しくて、でも照れを隠すために目を逸らす。
「ふふ、なら、グリーンガーネット!私にこれから協力してね!」
ウラルエメラルドは笑顔で言ってくる。ちょっと怖い。
それを美月は諫め、そしてアタクシと向かい合って笑う。
「グリーンっちの知る呪いは、精神的なものが多い。自分…いや、美月様には効かないけど、珍しいし中々強いでしょ?そして特質モドキも精神的なものだから…きっと貴女はすんごく強い。皆のために、貴女のために、頑張って森を調整してね!特別な目だって、前の森の精霊に近付くためにつけてもらったんでしょ?心空間の特別なデータを見るやつ!」
「…うん、勿論。」
そう。アタクシは呪文も、魔方陣だって得意だった。魔力も決して少なくなった。
人より、少し残虐性を持ち合わせていたのは認めよう。
けれどそれを知れば、誰しも協力を諦め、利用しようと近付いてきた。
多くの人に裏切られて、最後は殺されかけて。逃げた森で出会った二人。精霊に変えてくれた二人。特質モドキは体に馴染まなくても、それでも森を守ろうと、決心したのに。
歪みの調整者と美月は世界一の仲良しと謳いながら、二人は互いに互いのことをあまりにも知らなすぎた。
時間が経った後、歪みの調整者は一人、アタクシに命じた。『四人の冒険者を呪え、精神は壊すな』と。精神を壊さなかったのは、まだ美月言葉が直接残っていたからだろう。
だけど今回、何も言わなかったのは、そういうことだ。
けれども、アタクシも…壊す衝動は、抑えられませんでしたが。》
《光サイド》
いつの間にか、全員とはぐれたことに気がついた光は、とりあえず一つ前にいた正珠を探し、ずっと暗闇を歩いていた。
松明の火は消えそうではあるが、光に不安はなかった。
「眠い。」
光はどこででも寝られる、というわけではないが、安っぽいクッションがあれば、それなりに質の良い睡眠に入ることが出来ると自覚していた。
ウォーター枕などというものがこの世には存在しているし、魔力の塊を破裂させて受け止める布さえあれば、即席の枕なるものが出来てしまう。
「…………」
じいっと服を見る。
一瞬、わずかな葛藤があったものの、光はすぐに立ち止まっていた足をあげる。
決して、服を破いてここで寝ようなどとは思っていない。断じてあり得ないのだ。
暗闇に分かれ道が現れる。分かれ道とわかったのは、急にトンネルが狭くなり、一点を照らすライトが分かれ道を光に見せていたからだ。
それはどちらも変わり無さそうである。
違いの一つも見当たらない。ただ、右か左か。選ぶのはそれだけだ。
「…こっちかな。」
暫くの後、光は頭上を見上げた。
もうほとんど消えそうな松明の最後後からを利用し、精一杯背伸びし照らす。
そこは、白い取っ手があった。半円形で、ジャンプして握れば簡単に引っ張れそうだ。ただ、固ければ開かないかもしれない。
「えいっ」
光は足に力を込め、思いきり飛び上がる。一度目は指先が取っ手に触れ、二度目は掠める。
そのあと二度とんだ後、彼女は、やっと取っ手を掴めた。
力をしたに込めると、ガコンと音がしてから、取っ手が手前に降りてくる。
途端、白の物体がぼとぼと落ちて、積み上がる。それは歪なピラミッドへと変わり、それは取っ手のついた扉の上へ進めと言うようだ。
柔らかすぎる白い物体にグランと足元が揺れつつ、光は登る。
「ふう。」
垂直な道の、等間隔の楕円形の窪みを巧みに掴み、無心で登っていく。
松明はもう置いてきてしまい、初めからあった鎖で熊避けのように音を鳴らしながら、首を曲げて進んだ。
やがてついた場所は、明るくはあるが、なにもない空間だった。
いや、明るいという概念それすらもわからない。ただ、果てしない空間が黒くなかったというだけであるが。
それでも、着実に出口に近づいていると光は心で何故か、理解した。
ふと、水色の影が目の前をよぎる。
「誠…」
だろうか、と首をかしげる。
影は走って走って光から遠ざかる。追いかけても、触れることを拒まれる。
「止まって。」
「…………」
「止まって、よ」
「……」
「とまれ」
手荒だとしても足止めをしたい…いっそのこと鎖でも使って、転ばせるか。
そう考えつつ強めに叫んだ時、影の足元が掬われ、滑るようにコケる。
影に追い付いた光は背中を触れる。すると影はキラキラと消えてしまった。
同時に、一筋の光りが目の前に小さく輝く。
――出口だ。
光は一目散に走った。
それは、トンネルの外へと繋がっていた。魔方陣さえも使わずに、精神迷路から裏口であるトンネルの出口へたどり着いたのであった。
特質の能力、『束縛』…強く思った相手の居場所を特定し、また強い意思によって低確率で転ばず足止めを可能にする。
出口から出たとき、それはまるで生まれた時から知っていたような知識として、光の脳内に定着していたのであった。
《総サイド》
総は全員とはぐれたことに、遅くしてやっと気がついた。好きな歌を止めて、どうにかうろちょろ皆を探す。
「正ー!トールー!光ー!いないのか!?」
声も聞こえない。
「暗かったからな…どっかで分かれ道でもあったんだろうか。」
魔力の塊を両手いっぱいに作り出すと、総は道標として一つ一つ落としていった。
入り口に戻るとして、自分がもっと迷えば意味がないと判断したのだ。
本当は皆を探したせいで、現在は進行方向とは真逆を向いているのだが、気付かずに歩く。
これが魔法による精神的な迷路でなければ、彼は確実に着実に入り口に戻っていただろう。
暫く歩くと、赤くて光る汁がまばらに散って、それでも一本の線へと続いていたのに気がつく。
「何だ、これ。ジュースかな。」
ぐうう、と腹の虫がなるので、聞かれていないか回りを見渡す。基本は恥ずかしくはないが、こんな時に緊張感がないと言われるのは勘弁だからだ。
とはいえ、人間食べないと生きていけない。
何かあると信じ、赤い汁を辿っていく。
足を止める。
そこにいたのは、顔が塗りつぶされた、人だった。
服に微かに見覚えはあったものの、その人の腹部から汁の溜まりが…血溜まりのようなものが見える。
「だ、大丈夫ですか!?」
「…………」
「えと、血、血を止めないと、止血だ…」
総はマフラーを自ら剥ぐと、腹辺りに巻こうとする。
早く傷を癒してやりたいのに、出来ないジレンマでモヤモヤしながら、それでも総は震えた手で物事を進めた。
仰向けにさせると、そこで不思議なことは起きる。
倒れていた人の、傷が何もなかったのだ。
新たに溢れていた汁が、即消える。
「な…治ったのか?なんというか…頑張ったな!よかったよ、血が止まって!座れるか?」
「…………」
そこでやっと、地面が赤いことに気がつく。血は止まっても、出ていった体液は戻らない。
「ど、うしよう…!えと、体温は下げない方がいいよな!」
と、倒れている人にマフラーを巻いてやる。
「ここに放置は駄目だろ?なあ、俺がおんぶしてっていいか?知ってたら出口も教えてくれれば嬉しい。」
「…………」
顔が塗りつぶされた、異形の人は口がない。
それでも総はその人は確実に弱っていると感じとる。
「手荒で悪い!」
総は予定通りおぶると、とにかく走った。出口を目指して。
その後、総は似たような現象に何度も遭った。
一定期間運ぶと、異形の人は、聞いたことのない声でありがとうと言って消えていく。
しかし、最後は違った。
最後の人は立っていて、依然として顔が見えない。
しかし服装ははっきりとわかった。総が見覚えのある、ある少女を象ったその人物は、緑色の絵の具で顔が塗りつぶされ、ぐちゃぐちゃだった。
そう、ぐちゃぐちゃだったのだ。
今までとは違い、色がもし肌色や赤色ならば見るに耐えられないような人。
やっぱり、腹部からは汁が垂れていた。
総は顔など気にすることなく、ただ服に確かな既視感を覚えつつ駆け寄る。
「大丈夫?」
『あの日』のように、自然に声が出る。反して、心臓の音は高鳴っていた。
その人物は腹部の汁を舞い散らせながら一気に近づき、耳元で呟く。
「おめでとう。私がご褒美だ」
――聞いたことのある、それでも少し違う声。
ゾクリしたと同時に、声の持ち主であるあの子にもう一度会える、という微かな希望が、脳裏によぎる。
偽物だとわかっていても、反射した思いは大変正直なものだった。
ぐちゃぐちゃだった顔は悲鳴と共に剥がれ、赤い汁が溢れる。やがてそこから顔が現れる。
それは、総の知らない赤の他人の顔だった。
厳密にいうと、会えると期待してしまった、少女とはかけ離れすぎた、更けた中年の顔。両頬に脂肪がわかるように浮き出て、元々僅かに汗ばんでいる。その顔は学校で総に関わりはない教師の一人の顔だった。
「なんてね。あの子の顔がよかった?」
「……」
顔を変えた人は、勝ち誇ったように、総のショックを嘲笑う。
総は無言で顔の変わった人物に手を伸ばす。
「ふふ、悔しいでしょ?変えてほしい?嫌だね。あの子はもう、アレだろ?そんな子に化けたくないね。ね、今まで頑張ったのにご褒美だってなくて、君は今辛いんじゃ」
「痛くないのか?」
「…………え?」
総は心配そうに、煽って来た人物を案ずる。
「なに、辛くないの?期待して、叶わなかったんじゃん。」
意味不明だと首をかしげるその人の問いには答えず、総は一人で呟く。
「その赤いの。俺の血とは違うけど、でも多分、血みたいなもんだろ?顔から血だなんて痛いじゃないか。」
「…………!」
瞬く間に、顔の痛みが和らぐ。
「悪いな、俺は多少は癒せるが、大がかりな治療は出来ないんだ。血だって、外に溢れ出たその全てを治すことも、半分だって出来やしない。でもましだろ。」
「ばかじゃないの…」
顔を変えた誰かは、すっかり語尾が弱くなる。
「お人好し。」
そう言うと、その人はパッと消えた。
「……………………」
総は沈黙の後、ふと、足元にあるものを見つける。
さっきまではなかった、あるもの。
斧だ。
ご褒美だと、かかれたリボンが目の前を通りすぎ、消える。同時に、段々総が立つ地面から半径何メートルかの円形に様々な線が浮かび上がってき、オレンジ色に輝いてきた。
ご褒美の事も合間って、総はゲームの最後に見つけられる宝箱をイメージした。ならばこの地面の上にいれば帰れると、淡い期待を抱く。
「ありがとう」
誰もいなくなった空間でも、総は礼を言うと、斧を手に取る。
持ち手の先端は赤いトライアングルのオブジェが艶やかに付いていて、斧の刃の下には鎌のような刃物も付属している。軽々持ち上げた総だったが、その重さは異常で、鎌は可動式で、刃の背から力を加えれば危険な持ち手に早変わりする。意味は総にはわからなかった。だがきっと、ただのデザインだろう。
スッと手が雪崩のように崩れていき、オレンジ色の眩しさに目を細める。
心に残った凝りは取れることはなかった。
『癒し』、広範囲に渡り人の傷を癒せるもの。
じわじわと、自覚したその力は、どうやったって後悔を消してはくれなかった。
《透サイド》
――長い悪夢を見ていた気がする。
透はかき氷を急いで食べた後のような、そのような、強い頭痛がずっと続いていた。
「ここ最近、頭痛くなること、多いな…」
視界が少しだけ霞んでいた。
それはこの空間がずっと暗いせいでもあるが、それでも四隅がわかる程に見えない。
「寝不足とか…?」
自問自答する。
けれど透は寝られないことは幾度とあれど、寝不足の経験がなかったもので、今のこれもどうだかわからない。
「はぁ…」
体も気怠いし、いよいよ病にでもかかったか。そんな鬱屈な現状にため息をつきながら、早く総達と合流しようと右足を、左足を交互に動かす。
体調も優れず、出口もわからない。
それでもこれまでに透が冷静なのには理由があった。
「エメラルド級の呪文だっけ。精神迷路ってやつ…」
透は魔法原則書の十一ページにかかれていた、神話のようなストーリーと共に紹介されていた呪文のひとつだということを覚えていたのだ。
「呪文の中でも最高のものなら解くのは大変そうだな…トンネルと融合しちゃってるから、本通りに解呪も無理そうだよな。迷路を解いて脱出するか…」
それよりも透が懸念しているのは、恐らくバラバラに散った総達だった。
特に正珠は危ない。
この隙を森の精霊が突けば、厄介な魔法をかけられる可能性が高い。
「ねえ、そこの君!」
「俺?」
異常に高い声が聞こえた。
大袈裟と思われてしまうが、モスキートーンのような声だったのだ。が、姿は見えない。
「初めましてですね!」
「えっと、君はどこに」
「ああごめんなさい。少しでも明るい場所にいるのは嫌なの。松明を置いてくださる。」
「わかりました」
透は十数歩歩いて火もないような松明を放置し、再び戻る。
するとそこは真っ暗で、本当に何も見えない。
声はまたする。
「ありがとうございます。けれど、私は、この場所に残る僅かな光が君の目に反射して集まったその光量ですら怖いのです。ですから姿を表すことはできません。」
「そ、そうですか。目、瞑りましょうか?」
「そうすれば、本当に姿が見えないでしょう。」
「は、はい…?」
どっちにしろ、透の目の前に現れることはないようだ。
「それで、何か御用ですか?あ、俺の名前は透です。」
「あらら、名乗られてしまった。では私も。私は森の精霊です。」
「…………っ!!」
咄嗟に、透は塊を作り出す。
「ああ、やめて!塊は光ってるじゃない!」
「…っ、ごめんなさい…でも、精神魔法にかけられるのは」
「精神魔法?」
森の精霊はわかるように疑問がつく。
「それはもしかして、今の森の精霊では?私はかつて森の精霊だったのです。」
「かつて…?」
「そうですね…私がこの呪文に閉じ込められてから新しい精霊がもう生まれたのですね」
「…………」
「良い心構えです。警戒を解かないのは頭が良い証拠となりえますよ。」
「ど、どうも…?」
透はどうすれば良いのか、少し悩む。生憎、透にはそれが嘘をついているかどうかはわからなかったのだ。
嘘をついている可能性は十分にあり得る。
透は罰点の魔力の塊を右手で粉々に砕く。前髪を浮き上がらせるような僅かな風と共に、塊は空気中に吸収されていった。
「…ここは呪文で出来た、空間の中だと思います。だから貴女をここに閉じこめた人がいるはず。教えてくれませんか?」
「そうですね。それを聞くということは、私を信じてくれましたか?」
「…え、ええ。」
「ふふ、正直ですね」
透は罪悪感で、思わず目をそらした。本当は全く信用していないのだ。
透は旧森の精霊と、道という概念すらなき空間をただすら進む。やっぱり姿は見えないものの、時々透の後ろ髪に違和感が感じるところから、少なくとも透にはついてきていることはわかる。
「ウラルエメラルドという者です。知らないと思いますが。」
「ウラルエメラルド…その方はよっぽど博識なんでしょうね。」
「おや、なんでですか?」
「呪文はあまり知られていないようですし、これはエメラルド級の呪文だったはずなので…」
「正解です。よく勉強していますね。ついでに言うと、歴代の森の精霊は、誰でも使えますよ。森の精霊はあの森を守るので、賢い精霊じゃないとなれないんですよ」
「へえ…」
透はそれ以上、会話を続けることが出来なかった。理由は苦手なのもあるが、状況が特殊であるのも関わっている。
それからは暫く無言が続いた。砂利の音も、風も、息すら聞こえないような暗闇では気が滅入ってしまうのもわかる。しかも相手は目を合わせることすら…振り返ってはいかないのだ。ただ、神話のオルフェイスのように話しても返答がないわけではないので、透は幾分か不安は薄れた。
ただ、何故光を嫌うのかは相手のデリケートな問題になりえると気を遣った透は、その理由を聞かなかった。そうなると警戒も解けていない相手とは本当に話すことがないのである。人柄の良さそうな弓子の件もあって、余計に気を許すことが出来ないのだ。
しかし、静かに歩いて十分頃、旧森の精霊はそっと口を開く。
「そうだ、トオルさん。」
「どうしました?」
「私はここに閉じこめられた、と言いました。けれど、私はここが大変気に入っているのです。ですが…」
今の森の精霊がどんな人なのか見たいと、寂しそうに声を低くする。
「一緒に出れば、会えるんじゃないでしょうか」
「それは無理です。森の精霊は二人いてはならない、一人は死んでいなくてはならない。私は精神迷路に閉じこめられているので…なんとか死なずに済んでいるだけです。」
「…………」
「そこで、です。」
「そこで?」
「君がここを出た後、エメラルド級の呪文のひとつ、迷路結合を使い、この世界から私の住み処へ移動させてくれませんか?私の住み処は心空間を利用した特殊な場所なのです。」
「…俺はエメラルド級の呪文は使えなくて…」
何せ、呪文の中でもっともランクの高い魔法である。呪文を使うことすらままならない彼がいきなり言われても、困惑するだけなのだ。
しかし旧森の精霊は食い下がる。
「ならば、この杖をあげます。」
そこで背中をつつかれる。
透は咄嗟に振り返りそうになるのを押さえつつ、背後に右手を回して棒を手に取った。
異様に手に馴染むそれは、杖だった。
「あと、これも。こっちはエメラルド級の呪文や難しい魔法や、私みたいな特別な人にのみ知られている呪文書です。」
「あ、ありがとうございます。呪文書は魔法原則書で見たことありますけど…えっと、杖のような、これは?」
手触りだけでどのようなものなのか確かめる。先端には水晶玉のような丸い石が、罰点形の台座の上に乗っていて、先端にはリボンと身近な刃がついていた。
「博識な君は魔術師が似合う。攻撃も、固い地面に呪文を書くことも、全てが出来てしまう杖ですよ。なんなら杖に特別な魔力を込められるので、呪文も使いやすいし魔方陣もわざわざ書いてから込める課程を飛ばせる。けれど大事なのはそこじゃない、先端の石は技術を強めてくれる。魔力がある君ならエメラルド級の呪文も使えますよ。」
「すごいじゃないですか!これ、本当にもらっても…?」
「勿論あげますよ。私は博識な人が大好きなので。」
その代わり、と旧森の精霊は強調して言う。
「私のお願い、聞いてくださいね?」
その時、もう透は旧森の精霊の願いを断ることは出来なかった。透は要は、お人好しすぎたのだ。なにせ杖をもらうその前から、呪文以外で旧森の精霊の願いをどうにかする方法を考えていたのだから。
それから少しして、透の目がチカッとする。
オレンジ色の光と魔方陣が下から現れ、視界が変わっていったのだ。体調不良も吹き飛ぶような、そんな光だ。
「じゃあ、頼みますよ。」
透が僅かに振り返った時、旧森の精霊は遥か遠い場所で光っていた。
それが見えた瞬間、透の意識は消えた。
「驚きました。杖には呪いをかけたのですが…本当に彼はあの魔法原則書を全て丸暗記していたのですね。さすがは特質、『反撃修復』といったところでしょうか。制限は多いにしても、実に優れたものですね。…にしても、トオルさんは今日でもう自覚したと思いますが、しかしあんな特別すぎるものをどう手に入れたのか…王のすることはよくわかりませんね。彼の心空間を見られたら良かったのですけど。」
透が精神迷路から脱した後、住み処に戻った旧森の精霊は興味深そうに口許を緩ませる。
「にしても…彼の言い方的に、もしかすると、私のように今の森の精霊も精神魔法で人を壊すのが好きなのかもしれませんね。ああ、邂逅すら出来ないのが残念です。」
旧森の精霊は右手に小さなワイプを作り出す。そこには無数の文字が刻まれていた。空気中の…………厳密には魔方陣に注がれていた魔法の残りを、高度の呪文で解析しているのだ。それは下から上へ目まぐるしく変わっていく。目で追える者はほとんどいないだろう。
「さて、今の森の精霊は…やっぱりウラルエメラルドと哀しいくらいの繋がりが見られる。それにやっぱり、私とそっくりにするために、精神破壊…特質モドキなんてものも手に入れてますね。ああでも、精神迷路の呪文や、その他精神的な呪文は元から使えたのですね。それだけの技術者ならば、森の精霊にふさわしいといえましょう。」
そう思うでしょう、と旧森の精霊はワイプを消して、両手の指先を合わせた。長い間放置されて憔悴しきったペットは、餌をもらえる合図と勘違いして、力を振り絞りすり寄ってくる。
しかし旧森の精霊はそれが煩わしく感じ、魔力の塊をぶつけ、衝撃で住み処から放り出す。
そして。
…が、と、旧森の精霊は誰に言うでもなく続ける。
「今、この場所に森の精霊はいない。心空間や私の住み処のような異空間にいるのかもしれませんが…これならば、私が再びこの森をおさめたって良いと言っているようなものですね。」
――乗っとりましょう。再び。
かつての栄光を、再びこの手に…旧森の精霊は恍惚とした笑みを浮かべた。
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