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翳りゆく王国

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ここは緑と湖のある自然豊かな国ーーシュテイン王国。

何百年か前に当時の王家と精霊の盟約によりこの王国は加護の力で大陸で有数の豊かな国となった。

盟約により、自然災害、魔獣の襲来、疫病の流行などのあらゆる災害から守られ、国民はほぼ何事もなく天命を迎えられる、そんな理想郷になっていた。

精霊にとって盟約は永遠の約束だったが、人間にとっては盟約はやがて当たり前のことになり、やがてお伽噺になった。

それを知った精霊たちは怒り狂い、盟約を放棄し始めた。

やがて全ての精霊が見限った王国は少しずつ傾いていくーー。









「ノエイン、お待たせのバウンドケーキですわ。かなり楽しみにしていらっしゃったようですので、大きめに切ってありましてよ」

「ああ、リア。有り難い。漸くありつけるのだな」

氷の貴公子の通り名の如く、凍るような眉目秀麗な美貌も大好きな甘味の前では台無しだわ。

冷たい気配を霧散させて厚めのバウンドケーキを嬉しそうに頬張る美青年ってミスマッチで良いかもしれない。

微青年に訂正しておきましょう。





ここはシュテイン王国の少し外れにあるレーヌ湖畔に立つ古城のテラスのテーブル席。

私、ディアリア・リーベン公爵令嬢と夜の王と呼ばれる精霊王のノエイン・ストームが二人だけのお茶会を楽しんでいる。

「ノエイン、お持ちいただいたこの紅茶、とても美味しいですわ。貴方オリジナルのブレンドかしら?」

「流石は俺のリアだ。このバウンドケーキに合うようブレンドしてみた。お前の口に合って良かった」

乏しい表情筋を僅かに動かして低音の魅力的なお声で答えてくれる彼に思わず微笑んでしまう。

「ところでリア。このバウンドケーキはここにある分しかないのか?」

見た目と会話のギャップがたまりませんわね。

「お土産の分は別に用意してありますから、気にせずにお食べいただいて大丈夫でしてよ」

心配事を指摘されて不味かったのかノエインは僅かに眉を潜めた。

少し不機嫌になったみたいね。

でしたら秘密兵器をお披露目しましょう。

「ノエイン、この後にプリンもありますから、バウンドケーキばかり食べてお腹を膨らませないようにして下さいね」

「なんだと!? プ、プリンまであるのか? もちろん持ち帰り分まであるんだろうな?」

私は淑女らしくなく笑いを堪えられなくて吹き出してしまった。

「ノエイン、そんなに心配しなくてもプリンのお土産もありましてよ」

私の答えにホッとした彼は先ほどまでの不機嫌は何処へやら、ご満悦でまたケーキを頬張り始めた。

本当に幸せそうで良かったこと。

精霊って気難しいところもあるけど、根は単純である意味チョロいですわね。

紅茶をいただきながら、私は視線をノエインから湖に移す。

今は午後も遅い時間で日の光は斜めになってきていた。

まるでこの王国の将来みたい……

「リア、何を考えている?」

ノエインが聞かなくてもわかっているとでも言うように優しく問いかけてくる。

「お分かりのようにこの国の行く末のことですわ。自業自得とはいえ、やはり生まれ育った国ですもの。愛着はありますわ」

「そうだとしてもお前の力ではもはや止められない」

「……存じていますわ。だからこうして最後の時を迎えるまで惜しんでいるのです。貴方まで付き合わせてしまい申し訳なくて……」

「いや、謝罪はいらない。俺が望んでお前に付き合っているだけだ。こうして報酬も貰っているしな」

彼は肩を竦めて言う。

「お前はいつまで此処にいるんだ? あの愚かな者たちは愚かな企みをしているんだろう? 」

「ええ、近々大々的に披露してくれるようですわ」

「わかっているなら欠席にしろ。わざわざその余興に付き合ってやる事はない」

「そうはいきませんわ。だって私も主要人物らしいですから、欠席したら余興が無くなってしまいます」

「だから出なくてもよい。お前は俺の元に来れば良いだけだ」

ノエインが手を強く握る。

彼が感情を見せるのは私の前だけ。

それが嬉しくてたまらない。

「ノエイン、もう少しお待ち下さい。必ず貴方のところへ行きますから。ただこの国の最後を見届けるのは私の仕事ですわ」

「そうだな。確かに仲介者である公爵家の使命だが、今ほどその使命を疎ましく思った事はない」

「ノエインたら……」

彼は腕を強く引き、私の体を囲ってしまう。

「ノエイン、私にこの国とお別れする時間をもう少し下さいませ。そしてその後は貴方の元へ必ず行きますわ」

「リア、俺のリア!」

「だからそれまでこうしてお茶の時間を楽しみましょう」

「リア……」

「お願いです、ノエイン」

彼の腕の中から、彼を見上げる。

確か上目遣いは男性を落とすときの必殺技でしたわよね?

ノエインに効くかしらーー。

「くぅ~~」

あら、効いてるみたいですわね!

「リア!!」

ぐえぇぇぇーー!

ギブギブギブっ~~~

ノエインが突然馬鹿力で抱き締めてきた。

まるで蛇にぐるぐる巻きにされて締め付けられてる状態と言えばお分かりになるでしょうか?

ああ、遠くにお花畑が見えてきましたわ……





気づけば私はノエインの膝上に抱えられていた。

「リア……すまない。本当にすまない!」

先ほどとは違い優しく抱き締めてノエインは饒舌に謝る。

よほどヤバイ状況だったのでしょうか?

彼の体が震えています。

「ノエイン、反省しているのなら許します。でも私はです。取扱い注意して下さいね!」

「ああ、わかっている。けど早く俺とになって欲しい。そうすれば……」

言葉がだんだん弱くなり、代わりに彼の顔が目の前いっぱいになる。

私は瞳を閉じ、彼の口づけを受けることにした。

今はこれから起こることについて忘れることにしましょうーー。





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