異世界転移した私が「お前とは結婚しない」と言った運命の番(獣人)と幸せになる話~銃声を添えて~

深山恐竜

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第8話

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 一通り見て回り、そろそろ馬車に戻ろうか、というときにそれは起きた。

「スリよ! 誰か捕まえて!」

 人混みの奥から女の叫びが聞こえた。通行している人は一斉に足を止めて声のしたほうを見る。
 巡も首を伸ばすと、ひとりの男が走っていた。その向こうで地に膝をついている娘。彼女は身なりがよく、どこかのいいところの娘なのだろうということがうかがえた。

 男はわき目を振らずにまっすぐに巡が立っていつ方へ走ってくる。男の目は暗く、それでいて口元にはうっすらと笑みを浮かべている。人を小馬鹿にするような笑みだ。

 男が巡のすぐ脇を駆け抜けても、巡はなにもすることができなかった。
 ただ呆然をその背を見送る。
 女の悲壮な声がまた聞こえた。

「ああ! 大事なお金が入っているの! 誰か……!」

 その声に突き動かされるように一歩足を出す。しかし男の背中はどんどん小さくなっていく。
 群衆の中からも数名が男の後を追おうとして駆け出す者がいたが、とても男に追いつけそうにない。

(せめて、足止めできたら……)

 巡がそう思ったとき、脳裏でしゃらん、と銀の腕輪が音を立てた気がした。

(そういえば、あれはいまどこにあるんだろう)

 あの無機質な冷たさを欲したとき、それはすぐに手元に現れた。

「え……」

 かち、と硬質のそれが爪に当たる。くすんだ黒。それがいま巡に使われるのを待っている。

(これって、なんていう銃なんだろう)

 巡は銃に詳しくない。ただ漠然と強い武器なのだということと、大きな音を生むものであるということを知っていた。
 巡が武器を顕現させたのを見て、ヨンシは悲鳴をあげた。

「メグル様!? いけませんわ!?」
「耳塞いで!」

 ヨンシの制止の言葉に重なって叫び、巡はその銃口を空に向けた。

 ――そして間髪入れずに引き金を引いた。
 
 空気を切り裂くような発砲音が1発、2発、3発と鳴り響く。
 異世界に馴染まない乾いた音は人々の足を止めさせるに十分な働きをした。
 人々の視線は巡とその手の黒い見慣れない武器にくぎ付けとなった。それは逃走していた男も同様である。

 巡は叫んだ。
「つ、捕まえてください! 早く!」
 巡の声を聞いて、何人かが男に手を伸ばす。
「離せ!」「大人しくしろ!」という応酬のあと、ついに男は地面に組み伏せられた。

 それを見て巡はようやく息を吐いた。途端、手中にあった散弾銃は霧散して消える。しかし巡にはそれが見えなくなっただけでいつでも取り出せるところにあるということがもうわかっていた。

 娘は盗まれたらしい荷物を男から奪い返すと、くるりと踵を返して巡に歩み寄った。
 娘は巡と同い年くらいに見えた。なんの獣人かまではわからないが、やわらかそうな薄茶の大きな耳がかわいらしい。
 髪は青みがかった黒だった。
 その髪は短く切りそろえられている。長髪が多いこの世界では珍しい。
 瞳は水色で、同じく水色のワンピースと白いケープを着ている。耳にはきらきらとシルバーの鳥を模した飾りが輝いていた。

 巡にはこちらの世界のファッションはわからないが、おそらく目の前の娘はこちらの世界でおしゃれな子に分類されると思われた。

「ありがとう……で、いいのよね?」
 彼女が首を傾げると、シルバーの耳飾りが太陽の光を反射して巡の目を焼いた。
「え? あ、はい」
「助かったわ。私、サリエット。あなたは?」
「め、め、巡です」
 妙に声が裏返る。サリエットははつらつとした雰囲気の娘で、巡はもう圧倒されてしまっていた。
「お礼をしたいけど、日を改めたほうがよさそうよね?」

 そう言って彼女は周囲に視線を投げる。彼女たちのまわりには人だかりが生まれ、皆奇異の目をこちらに向けていた。
 そのことに気が付いた時、巡は固まってしまった。
「……ええっと」
 巡が顔を伏せてもじもじとしていると、サリエットはヨンシに向かって言った。
「あなた、この子の付き人?」
「はい」
「ほら、早く連れて行って。よくわからないけど、神官に関係する子なんでしょう? こんなところで騒ぎになっていいの?」

 ヨンシは弾かれたように巡に手を伸ばし、彼女の背を押した。

「メグル様! 行きましょう!」
「あ……」
 一歩目を踏み出す。しかし二歩目がでない。未練がましく振り返った巡に向かって、サリエットは声をかけた。
「私、お店をしているの」
「お店?」
「そう。落ち着いたころに来て。水の広場にあるマダム・ウーの帽子屋っていえばみんなわかるわ。毎日営業してるから」

 マダム・ウーの帽子屋。巡はそれをまた口の中で転がした。メモをとる時間はなさそうだ。巡の背をまたヨンシが押す。

「メグル様!」
「は、はい! ありがとうございます。では」

 ヨンシに急き立てられ、郊外に停めていた馬車に乗り込む。
 ヨンシはしきりに巡の体調を気にしていた。

「こんなことでお力を使うだなんて……御身に障りでもしたら……なにか異変はありませんか。吐き気はありませんか。お熱は……」
 しかし、いまの巡にはヨンシの言葉はほとんど耳に入らない。

(ちゃんとできた……人の役に立てた……)

 巡はその事実を何度も噛み締める。
 胸の奥がくすぐったくなるような、喉の奥が熱くなるような、不思議な感覚だった。

「よかった」
 ぽつりと巡が言うと、ヨンシは目を吊り上げた。
「ちっともよくありませんわ! メグル様のそれは聖なるお力ですのよ、それを……! それに、魔力の補充もなしに……!」

(なんだろう?)

 ようやく、巡はヨンシを見た。ヨンシの顔は蒼白で、唇は紫になってしまっている。
 それを見て、やっと巡は自分がとんでもないことをしてしまったのかもしれないと気が付いた。

「あの、もしかして、なにか、まずかったですか?」
「とんでもないことをなさりましたわ! 早くお城に戻らないと……!」

 ――なんでそんなに焦っているの。
 巡の疑問は声にならなかった。

「あれ……」
 巡はぐらりと体勢を崩す。ヨンシが悲鳴を上げた。
「メグル様!?」
 目の前のヨンシが二重に見えた。そして「あ」と思ったときには真っ黒な闇に落ちていった。

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