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第二十七話 夜明け
Ωとしてのはじめての発情はルーカスの思考を混濁させた。
そして、中途半端に与えられたαの体液はルーカスの体を激しく乱した。
ルーカスは激しい飢えに瀕した獣のようにαを求めていた。そこにルーカスの理性は介在しない。欲情は嵐の海のようであった。波が打ち寄せ、砕け、引き、また打ち付ける。ルーカスはそうして幾夜を耐えた。
海が凪いだとき、光がさすようにルーカスの頭と体に理性が戻った。ルーカスはぼんやりと天井を見上げていた。自分の身におきた出来事が夢かうつつかわからなかった。
首を回すと、そこにはロイが立っていた。彼はルーカスの目に正気の色が戻っていることに気が付くと、少しやつれた頬に安堵の色を浮かべた。
「何が……あったの」
「水を、どうぞ……ゆっくり……」
掠れた声が出た。ロイはルーカスを起こすと、水の入ったコップをルーカスの唇にあてた。ルーカスはゆっくりと喉を鳴らしてそれを飲み干した。ひんやりとした水はルーカスの頭を冷やした。
「ここ、どこ? あれ? 僕……」
同時に押し寄せてくるのは困惑である。ルーカスは見知らぬ部屋のベッドの上にいた。そこは質素な造りの部屋で、白い壁と木の椅子と机、ベッドがあるだけであった。
部屋を観察している間に、徐々に記憶がもどりはじめる。
雨、バートンの部屋、そして……。
本能的にルーカスはうなじを抑えた。まだそこにバートンの歯が当たっているような気がした。
ロイは言った。
「大丈夫ですよ」
「え?」
「噛まれていません」
「……?」
首をかしげるルーカスに、ロイは説明した。
「……カントット国では知られていないかもしれませんが、Ωはうなじをαに噛まれると、そのαと番いになってしまうのです」
「え? え?」
ルーカスは飛び上がり、それから両手を振って説明を求めた。
「待って、Ω? 誰が?」
混乱するルーカスを見て、ロイはしまった、と思った。しかし、どのみち今日ルーカスが知らなければならないことである。ロイは覚悟を決めた。
「……落ち着いて聞いてください。坊ちゃんはΩであると検査結果がでました」
「検査結果?」
「ダン帝国では、血液検査で第二の性を調べることができるのです。坊ちゃんが熱を出したときに、感染症検査のついでに……」
目の前が真っ暗になった。
「うそ……」
「心配いりません。ダン帝国ではΩは大切な存在ですから」
しかし、その声はもうルーカスには届かない。
Ω、Ω、Ω。ルーカスの脳内にΩの文字が踊る。
父がΩであったと聞いたときからずっとこの文字はルーカスの脳内にあった。ルーカスはずっとその文字をどこか遠くから眺めていたのだが、いまその文字が一気に近くなった。
ルーカスはカントット国民としてはじめその言葉に絶望した。そして、次にここでしばらく過ごした人間としてある考えが浮かんだ。
自分がΩであったなら、どうなるのか。ルーカスは自身の未来を予想する。
カントット国ではΩというのは劣等種である。しかし、いまのルーカスの気がかりはそこではない。
バートンはΩであったルーカスをどう思うのだろうか。父のように愛してくれるだろうか。
Ωであるルーカスを、αであるバートンが受け入れてくれたなら……。
ルーカスはこのときばかりは自分がバートンの子どもだと言われていることを忘れ、幸せな未来を予想した。
それは甘美な未来だった。ルーカスはしばしその妄想に耽った。彼の唇にはまだバートンとの熱いキスの余韻が残っている。
医者が入って来て、ルーカスに説明を始める。
3カ月に一度やってくる発情期のこと、Ωに匂いがαを狂わせること、そして番を得るとその匂いが消えること……。
今後のルーカスにとって大事な説明ばかりであった。
しかし、そのどれもルーカスの頭には入らない。彼はいまそれどころではないのだ。
「バートンさんに会いたいです」
ルーカスはそう言った。しかしロイは首を振る。
「できません」
「どうして?」
「……もう昼前です。バートン様はお仕事に行かれていらっしゃいますよ」
「……そっかぁ……」
それからルーカスはまた尋ねる。
「ここ、どこなんですか?」
「使用人たちが使う控えの館です」
「へえ。いつ戻れますか?」
「……お医者様と、バートン様がよろしいとおっしゃるまでですよ」
「うん」
ルーカスはすぐに戻れるだろうと思った。
そしてその予想はあたる。その場で医者は発情期の終わりを告げた。夕刻には迎えがやってきて、ルーカスはいつもの自分の部屋に戻された。
そして夕食時、ルーカスは食堂でいつものようにバートンを待った。しかし、その日バートンは食堂にやってこなかった。
その次の日も、その次の日も、バートンは食堂に現れない。
「お仕事が忙しくて、夕食の時間までにお戻りになれないのですよ」
ロイはそう言ってルーカスをなだめた。しかし、ルーカスは違和感があった。
そういう日が10日ほど続いた日の深夜、ルーカスは部屋で戻ってきたバートンの車の音を聞きつけた。廊下に走り出て、使用人にバートンに取り次ぎを頼んでも、忙しい、の一点張りでバートンとの再会は叶わなかった。
やがてバートンは邸宅に帰らなくなる。ここまでくると、誰を避けているのか、バートンの意思は明白であった。
ルーカスは絶望した。
そして、中途半端に与えられたαの体液はルーカスの体を激しく乱した。
ルーカスは激しい飢えに瀕した獣のようにαを求めていた。そこにルーカスの理性は介在しない。欲情は嵐の海のようであった。波が打ち寄せ、砕け、引き、また打ち付ける。ルーカスはそうして幾夜を耐えた。
海が凪いだとき、光がさすようにルーカスの頭と体に理性が戻った。ルーカスはぼんやりと天井を見上げていた。自分の身におきた出来事が夢かうつつかわからなかった。
首を回すと、そこにはロイが立っていた。彼はルーカスの目に正気の色が戻っていることに気が付くと、少しやつれた頬に安堵の色を浮かべた。
「何が……あったの」
「水を、どうぞ……ゆっくり……」
掠れた声が出た。ロイはルーカスを起こすと、水の入ったコップをルーカスの唇にあてた。ルーカスはゆっくりと喉を鳴らしてそれを飲み干した。ひんやりとした水はルーカスの頭を冷やした。
「ここ、どこ? あれ? 僕……」
同時に押し寄せてくるのは困惑である。ルーカスは見知らぬ部屋のベッドの上にいた。そこは質素な造りの部屋で、白い壁と木の椅子と机、ベッドがあるだけであった。
部屋を観察している間に、徐々に記憶がもどりはじめる。
雨、バートンの部屋、そして……。
本能的にルーカスはうなじを抑えた。まだそこにバートンの歯が当たっているような気がした。
ロイは言った。
「大丈夫ですよ」
「え?」
「噛まれていません」
「……?」
首をかしげるルーカスに、ロイは説明した。
「……カントット国では知られていないかもしれませんが、Ωはうなじをαに噛まれると、そのαと番いになってしまうのです」
「え? え?」
ルーカスは飛び上がり、それから両手を振って説明を求めた。
「待って、Ω? 誰が?」
混乱するルーカスを見て、ロイはしまった、と思った。しかし、どのみち今日ルーカスが知らなければならないことである。ロイは覚悟を決めた。
「……落ち着いて聞いてください。坊ちゃんはΩであると検査結果がでました」
「検査結果?」
「ダン帝国では、血液検査で第二の性を調べることができるのです。坊ちゃんが熱を出したときに、感染症検査のついでに……」
目の前が真っ暗になった。
「うそ……」
「心配いりません。ダン帝国ではΩは大切な存在ですから」
しかし、その声はもうルーカスには届かない。
Ω、Ω、Ω。ルーカスの脳内にΩの文字が踊る。
父がΩであったと聞いたときからずっとこの文字はルーカスの脳内にあった。ルーカスはずっとその文字をどこか遠くから眺めていたのだが、いまその文字が一気に近くなった。
ルーカスはカントット国民としてはじめその言葉に絶望した。そして、次にここでしばらく過ごした人間としてある考えが浮かんだ。
自分がΩであったなら、どうなるのか。ルーカスは自身の未来を予想する。
カントット国ではΩというのは劣等種である。しかし、いまのルーカスの気がかりはそこではない。
バートンはΩであったルーカスをどう思うのだろうか。父のように愛してくれるだろうか。
Ωであるルーカスを、αであるバートンが受け入れてくれたなら……。
ルーカスはこのときばかりは自分がバートンの子どもだと言われていることを忘れ、幸せな未来を予想した。
それは甘美な未来だった。ルーカスはしばしその妄想に耽った。彼の唇にはまだバートンとの熱いキスの余韻が残っている。
医者が入って来て、ルーカスに説明を始める。
3カ月に一度やってくる発情期のこと、Ωに匂いがαを狂わせること、そして番を得るとその匂いが消えること……。
今後のルーカスにとって大事な説明ばかりであった。
しかし、そのどれもルーカスの頭には入らない。彼はいまそれどころではないのだ。
「バートンさんに会いたいです」
ルーカスはそう言った。しかしロイは首を振る。
「できません」
「どうして?」
「……もう昼前です。バートン様はお仕事に行かれていらっしゃいますよ」
「……そっかぁ……」
それからルーカスはまた尋ねる。
「ここ、どこなんですか?」
「使用人たちが使う控えの館です」
「へえ。いつ戻れますか?」
「……お医者様と、バートン様がよろしいとおっしゃるまでですよ」
「うん」
ルーカスはすぐに戻れるだろうと思った。
そしてその予想はあたる。その場で医者は発情期の終わりを告げた。夕刻には迎えがやってきて、ルーカスはいつもの自分の部屋に戻された。
そして夕食時、ルーカスは食堂でいつものようにバートンを待った。しかし、その日バートンは食堂にやってこなかった。
その次の日も、その次の日も、バートンは食堂に現れない。
「お仕事が忙しくて、夕食の時間までにお戻りになれないのですよ」
ロイはそう言ってルーカスをなだめた。しかし、ルーカスは違和感があった。
そういう日が10日ほど続いた日の深夜、ルーカスは部屋で戻ってきたバートンの車の音を聞きつけた。廊下に走り出て、使用人にバートンに取り次ぎを頼んでも、忙しい、の一点張りでバートンとの再会は叶わなかった。
やがてバートンは邸宅に帰らなくなる。ここまでくると、誰を避けているのか、バートンの意思は明白であった。
ルーカスは絶望した。
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