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1話
*(セレガ視点)
セレガ・ガラケレムを乗せた馬車は、牧歌的な田園を抜け、山を登っていく。
山の上には危険なドラゴンが棲みついており、立ち入る者はいない。でこぼこした道を車輪が音を立てて通過すると、やがて立ち枯れた木があるだけの殺風景な場所に出た。
「坊ちゃん、本当に行くんですか?」
ここまで黙っていた御者が眉をひそめる。その目線の先、山頂からはもくもくと黒煙が上がっている。
セレガはそんな御者の怯えた言葉には応えず、窓の外を睨みつけていた。
「オメガでございます」
ひと月前、セレガは医者から第三の性別を告知された。
17歳のセレガは士官学校に通っていて、将来は騎士になることを夢見ていた。近頃、彼は学内でアルファたちからよからぬ目線を送られていることに気が付き、性別検査を受けた。その結果はセレガを絶望させた。
アルファやオメガというのは第三の性別と言われ、生まれた時の男女とは別に思春期以降に発現する。優れた能力を持つアルファと、アルファを産むことができるオメガ。17歳まで、セレガはアルファでもオメガでもなくただのベータ——つまり生まれたままの性別である男——だと思っていた。自分が産む側であることに衝撃を受けた。
「そのうちに発情が始まります。そうなると体もつらいでしょうから、早めにお相手を探されるといいでしょうね」
セレガは医者の言葉を理解できなかった。
——発情? 自分が?
オメガは数か月に一度の頻度で発情するものだ、と説明されて、セレガは首を振った。
セレガのガラケレム家にオメガはいない。いるのは曾祖父に始まる、屈強な戦士たちばかりだ。
セレガは7人兄弟の末子として生まれ、勇猛果敢な兄たちの陰に隠れたような存在だった。
暇さえあれば剣を振り回して魔物を討伐する兄たちと、ひ弱で士官学校の落ちこぼれであるセレガはよく比較されては嘲笑されてきた。それでもセレガは兄や父の背中に憧れて剣を握り続けていた。
そんな中で、この検査結果は死刑宣告に等しい。 オメガは男の体を持って生まれても、その体は細くなっていくというのだ。
報せを聞いたセレガの父はこう言った。
「オメガなら、士官学校はすぐに辞めて、嫁ぎ先を探さねばならぬな」
「そんな、父上、俺、騎士になるのが夢で、ここまで……」
父の言葉に珍しくセレガは反発したが、父は聞き入れなかった。
「いままで我が血筋にはオメガはいなかった。いいきっかけだ。我が家もそろそろ有力貴族と縁続きになる時が来たのだ」
父はオメガの誕生を喜んだ。
ガラケレム家は曾祖父が戦で手柄を立て、男爵に叙されたことに始まる。当初、爵位は曾祖父一代限りのものとされていたが、曾祖父が爵位を持つ貴族の娘と結婚したことでその息子である祖父が生まれながらの貴族となった。
しかし五等爵の中で最も下位の男爵であることに変わりはなく、貴族と言えどそれは名ばかりのものである。生まれた男児を次々と有力諸侯に騎士として差し出し、なんとかそれらしい体面を保っているが、生活は苦しかった。
そのため、父はずっと有力貴族と婚姻を結ぶ道をずっと模索していた。
貴族にはオメガが少ない。それに対して、アルファを産めるオメガを欲するアルファの貴族は多い。父はこの機を逃すまいと、高名な画家を呼び、セレガの肖像画を描かせて配り歩くようになった。
父の後押しもあり、セレガは今日、社交パーティーに参加する予定だった。着飾り、顔に笑みを貼り付けて、互いに値踏みして、結婚相手に相応しいか腹を探り合う予定だったのだ。
着飾って鏡を覗き込んだとき、セレガはぞっとした。その姿はセレガが憧れた”騎士”ではない。
セレガは平凡な茶色い髪と目をしていて、肌は日に焼け、士官学校で鍛えた体にはそれなりに筋肉があって、繊細なレースのついたオメガ用の衣装が似合わなかった。まるで案山子が盛装しているようだとセレガは思った。この鏡に映った姿を見て、セレガは決意した。
セレガは父に見送られて屋敷を出て、いくつかの角を曲がったところで気心知れた御者にこう命じた。
「”ドラゴンの巣”に行け。俺は今日、ドラゴンを倒して竜騎士になる」
「ええ!?」
「いいから、行かないと、お前が屋敷の金をネコババしてることを父上に言いつけるぞ!」
「は、はひぃ……!」
ドラゴンを討伐すれば、階級に関わらず国から竜騎士の称号が与えられる。竜騎士は国から年金が出る。それは落ちぶれたガラケレム家には十分な金だ。金さえあれば、父はセレガの結婚を強行しないはずだ。
しかし、セレガに勝算などあるはずもない。セレガは死んでもいいと思っていた。騎士見習いのまま、名誉ある死がほしかった。
馬の歩幅の速さで窓の外の景色が流れていく。山の中腹に来ると、傾斜が急になり、馬たちが歩くのを嫌がり始める。
腕の悪い御者が馬を操り損ね、馬車はついに立ち往生した。
山頂までまだ距離があるが、上から吹き下ろしてくる生暖かい風が、火を操るドラゴンの気配を伝えている。
「お前はここで待ってろ」
セレガは縮こまっている御者にそう言い捨てると、剣を握って足を踏み出した。
*
セレガは護符を丸めて飲み込んだ。それは火耐性を付与する護符である。この効果が切れるまでの時間が、セレガがドラゴンに相対することができる時間ともいえる。
ドラゴンは侵入者に気が付いたらしく、巨大な頭をもたげてこちらに目を向けている。セレガはその巨体に切っ先を向けて、一呼吸のあとに突撃した。
勝負は一瞬であった。
セレガの見習い騎士用のちゃちな剣はドラゴンの鱗に傷一つつけることはできなかった。剣は乾いた音を立てて折れ、しばし宙を舞ったあと焼け焦げた大地に刺さった。
セレガは膝をついた。
ドラゴンはただじっとセレガを見下ろしている。ドラゴンの鼻息を受けて、セレガの体はじりじりと熱を持った。
セレガは目を閉じた。
「だれ?」
唐突に人の声がして、セレガは目を開けた。目線を走らせると、ドラゴンの尾の陰に立つ人がいた。
「……人間?」
セレガは己の目を疑った。その人物は灼熱のドラゴンの巣の中で平然と立っている。装備らしいものは何もつけていない。その人物は、身長から推察するに、男だ。それ以外はなにもわからない。腰に布らしいものを巻いただけで、素肌は汚れている。髪はぼさぼさで泥と垢で固まり、このような場所でさえなければ浮浪者だと思っただろう。
「人間……久しぶりに見た」
男はこう言った。セレガは男が人間の言葉を発したことが信じられなかった。
「お前、人間か?」
セレガの絞りだした言葉に、男は首を傾げて応えた。
「……うん」
「なぜここに?」
「ここに住んでる」
男の返答に、セレガは目を見開いた。
——住んでいるだと? ドラゴンの巣に?
セレガの困惑をよそに、男はさらに続けた。
「見つけてくれてありがとう」
「……」
男がこちらに近づいてくる。男は裸足だが、高温に熱せられた岩の上を軽々と歩く。
そして、セレガの肩に手を置いて、こう頼んだ。
「私を連れてって」
2人の人間を、ドラゴンはただじっと見つめていた。
セレガ・ガラケレムを乗せた馬車は、牧歌的な田園を抜け、山を登っていく。
山の上には危険なドラゴンが棲みついており、立ち入る者はいない。でこぼこした道を車輪が音を立てて通過すると、やがて立ち枯れた木があるだけの殺風景な場所に出た。
「坊ちゃん、本当に行くんですか?」
ここまで黙っていた御者が眉をひそめる。その目線の先、山頂からはもくもくと黒煙が上がっている。
セレガはそんな御者の怯えた言葉には応えず、窓の外を睨みつけていた。
「オメガでございます」
ひと月前、セレガは医者から第三の性別を告知された。
17歳のセレガは士官学校に通っていて、将来は騎士になることを夢見ていた。近頃、彼は学内でアルファたちからよからぬ目線を送られていることに気が付き、性別検査を受けた。その結果はセレガを絶望させた。
アルファやオメガというのは第三の性別と言われ、生まれた時の男女とは別に思春期以降に発現する。優れた能力を持つアルファと、アルファを産むことができるオメガ。17歳まで、セレガはアルファでもオメガでもなくただのベータ——つまり生まれたままの性別である男——だと思っていた。自分が産む側であることに衝撃を受けた。
「そのうちに発情が始まります。そうなると体もつらいでしょうから、早めにお相手を探されるといいでしょうね」
セレガは医者の言葉を理解できなかった。
——発情? 自分が?
オメガは数か月に一度の頻度で発情するものだ、と説明されて、セレガは首を振った。
セレガのガラケレム家にオメガはいない。いるのは曾祖父に始まる、屈強な戦士たちばかりだ。
セレガは7人兄弟の末子として生まれ、勇猛果敢な兄たちの陰に隠れたような存在だった。
暇さえあれば剣を振り回して魔物を討伐する兄たちと、ひ弱で士官学校の落ちこぼれであるセレガはよく比較されては嘲笑されてきた。それでもセレガは兄や父の背中に憧れて剣を握り続けていた。
そんな中で、この検査結果は死刑宣告に等しい。 オメガは男の体を持って生まれても、その体は細くなっていくというのだ。
報せを聞いたセレガの父はこう言った。
「オメガなら、士官学校はすぐに辞めて、嫁ぎ先を探さねばならぬな」
「そんな、父上、俺、騎士になるのが夢で、ここまで……」
父の言葉に珍しくセレガは反発したが、父は聞き入れなかった。
「いままで我が血筋にはオメガはいなかった。いいきっかけだ。我が家もそろそろ有力貴族と縁続きになる時が来たのだ」
父はオメガの誕生を喜んだ。
ガラケレム家は曾祖父が戦で手柄を立て、男爵に叙されたことに始まる。当初、爵位は曾祖父一代限りのものとされていたが、曾祖父が爵位を持つ貴族の娘と結婚したことでその息子である祖父が生まれながらの貴族となった。
しかし五等爵の中で最も下位の男爵であることに変わりはなく、貴族と言えどそれは名ばかりのものである。生まれた男児を次々と有力諸侯に騎士として差し出し、なんとかそれらしい体面を保っているが、生活は苦しかった。
そのため、父はずっと有力貴族と婚姻を結ぶ道をずっと模索していた。
貴族にはオメガが少ない。それに対して、アルファを産めるオメガを欲するアルファの貴族は多い。父はこの機を逃すまいと、高名な画家を呼び、セレガの肖像画を描かせて配り歩くようになった。
父の後押しもあり、セレガは今日、社交パーティーに参加する予定だった。着飾り、顔に笑みを貼り付けて、互いに値踏みして、結婚相手に相応しいか腹を探り合う予定だったのだ。
着飾って鏡を覗き込んだとき、セレガはぞっとした。その姿はセレガが憧れた”騎士”ではない。
セレガは平凡な茶色い髪と目をしていて、肌は日に焼け、士官学校で鍛えた体にはそれなりに筋肉があって、繊細なレースのついたオメガ用の衣装が似合わなかった。まるで案山子が盛装しているようだとセレガは思った。この鏡に映った姿を見て、セレガは決意した。
セレガは父に見送られて屋敷を出て、いくつかの角を曲がったところで気心知れた御者にこう命じた。
「”ドラゴンの巣”に行け。俺は今日、ドラゴンを倒して竜騎士になる」
「ええ!?」
「いいから、行かないと、お前が屋敷の金をネコババしてることを父上に言いつけるぞ!」
「は、はひぃ……!」
ドラゴンを討伐すれば、階級に関わらず国から竜騎士の称号が与えられる。竜騎士は国から年金が出る。それは落ちぶれたガラケレム家には十分な金だ。金さえあれば、父はセレガの結婚を強行しないはずだ。
しかし、セレガに勝算などあるはずもない。セレガは死んでもいいと思っていた。騎士見習いのまま、名誉ある死がほしかった。
馬の歩幅の速さで窓の外の景色が流れていく。山の中腹に来ると、傾斜が急になり、馬たちが歩くのを嫌がり始める。
腕の悪い御者が馬を操り損ね、馬車はついに立ち往生した。
山頂までまだ距離があるが、上から吹き下ろしてくる生暖かい風が、火を操るドラゴンの気配を伝えている。
「お前はここで待ってろ」
セレガは縮こまっている御者にそう言い捨てると、剣を握って足を踏み出した。
*
セレガは護符を丸めて飲み込んだ。それは火耐性を付与する護符である。この効果が切れるまでの時間が、セレガがドラゴンに相対することができる時間ともいえる。
ドラゴンは侵入者に気が付いたらしく、巨大な頭をもたげてこちらに目を向けている。セレガはその巨体に切っ先を向けて、一呼吸のあとに突撃した。
勝負は一瞬であった。
セレガの見習い騎士用のちゃちな剣はドラゴンの鱗に傷一つつけることはできなかった。剣は乾いた音を立てて折れ、しばし宙を舞ったあと焼け焦げた大地に刺さった。
セレガは膝をついた。
ドラゴンはただじっとセレガを見下ろしている。ドラゴンの鼻息を受けて、セレガの体はじりじりと熱を持った。
セレガは目を閉じた。
「だれ?」
唐突に人の声がして、セレガは目を開けた。目線を走らせると、ドラゴンの尾の陰に立つ人がいた。
「……人間?」
セレガは己の目を疑った。その人物は灼熱のドラゴンの巣の中で平然と立っている。装備らしいものは何もつけていない。その人物は、身長から推察するに、男だ。それ以外はなにもわからない。腰に布らしいものを巻いただけで、素肌は汚れている。髪はぼさぼさで泥と垢で固まり、このような場所でさえなければ浮浪者だと思っただろう。
「人間……久しぶりに見た」
男はこう言った。セレガは男が人間の言葉を発したことが信じられなかった。
「お前、人間か?」
セレガの絞りだした言葉に、男は首を傾げて応えた。
「……うん」
「なぜここに?」
「ここに住んでる」
男の返答に、セレガは目を見開いた。
——住んでいるだと? ドラゴンの巣に?
セレガの困惑をよそに、男はさらに続けた。
「見つけてくれてありがとう」
「……」
男がこちらに近づいてくる。男は裸足だが、高温に熱せられた岩の上を軽々と歩く。
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