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第1章
第8話
夜、俺たちは雅の家からほど近い場所にホテルをとっていた。
「なにもお前までホテルに泊まらなくていいのに」
ホテルでチェックインを済ませてエレベーターを待ちながら、雅の顔を覗き込む。
彼は肩をすくめる。
「なにを言ってるんですか。番になったという報告をしに来て、別々の場所に泊まるのは不自然でしょう」
「でもなぁ。せっかく来たんだから、実家でごろごろしたいだろ?」
「僕個人の部屋があるわけではないので……」
「へ?」
「ここはもともと父の実家で。僕はここに住んだことはないので、泊まるとしたら客間なんです」
「ああ、そういえばそんなこと言ってたなぁ」
エレベーターに乗り込み、13階のボタンを押す。
ドアが閉まってふたりだけになると、雅が思い出したように笑い出した。
「なんだよ」
「いやぁ、泰斗さんはすごいなぁって思って」
「んぁ?」
「だって、ふつう親に挨拶に来て番になったら、結婚って話になると思ったんですけど……」
雅が言わんとすることを察して、俺は苦笑した。
「夫婦別姓主義者なんで結婚せずこのまま事実婚しますって言ったら、絶対聖さんに反対されると思ったけど、あっさりオッケーしてくれたな」
「それくらい、父は泰斗さんのことを気に入ったんだと思います」
俺は頭の後ろで手を組んだ。
「あーあ、俺、エンジニアより詐欺師の方が向いてるかもしれないな。最近特に思う」
「間違いないです」
「こら、そこは否定しろ。……詐欺師といえば、お前のあれもよかったぞ」
「あれ?」
「顔真っ赤にしちゃってさ。ナイス演技だったな」
雅はまたまた顔を真っ赤にする。
「……あ、あれはですね! びっくりして……!」
「いや~、お前も詐欺師の才能あるよ」
「聞いてくださいよ!」
エレベーターが13階でとまる。
エントランスで受け取ったルームキーをもう一度確認する。
「1308は……こっちか。雅の部屋は?」
「1309です。隣ですね」
「おっけー」
もう21時を過ぎている。
ホテルの廊下は静まり返っていて、雅がスーツケースを引く音だけが響いている。
それぞれの部屋の前で、俺たちは向かい合った。
「ご両親、いい人たちだな」
俺が言うと、雅は口元を緩めた。
「……正直、父はずっと僕のことを出来損ないと思っているとばかり」
「親の心、子知らずってやつか」
「……そうなのかもしれません」
雅はじっと俺を見つめる。
「ありがとうございます」
俺は頭を掻いた。
「なんだよ、急に改まって」
「僕は、父のことを少しだけ誤解していました。ずっと、親は家のことしか考えてないのだと……」
雅は晴れやかな表情だった。
「泰斗さんのおかげです」
「――よかったな」
「はい」
俺は彼の肩を叩こうとして、やめた。
「あとは、オメガ嫌いを克服したらもうばっちりだな」
それで、俺の恩返しも終わりだ。
もう少しだけ時間がもらえるかと思ったのだが。
まったく、仕事ができすぎるのも考えものだ。
俺は自分に残された自由な時間を思う。
「……泰斗さんは」
雅はおずおずと口を開く。
「どうしてこんなによくしてくれるんですか」
「んー……」
顎を撫でる。
もう今日は嘘を付きすぎて、もう嘘を考える余力がない。
「俺はラッキーヒューマンだからな。ありあまるラッキーを人に分けたいだけってことで」
適当な俺の答えに、雅はなおも真剣に続ける。
「どう、お礼をしたらいいか……」
「いいってことよ。恩を感じてくれるなら、雅がそのうちいい人見つけて、その人に恩を送ってくれよ」
雅は納得しない表情ながら、頷いてくれた。
「……はい」
俺はうんと伸びをした。
「さて、明日は何時に起きる?」
「何時でもいいですよ。観光していきますか?」
「いや、いいや。月曜からの激務に備えて早めに帰りたい」
「じゃあ、8時にエントランスでどうですか」
「さすがに早いかも。酒飲んでるし。9時で頼む」
「わかりました」
雅が右手を差し出す。
「なに?」
「握手です」
「なんで?」
「親を騙した詐欺師仲間として?」
彼にしてはめずらしい軽口だ。
しかし、俺は首を振った。
「いいや。俺は詐欺師じゃないし。あと、今日はもうアルファはお腹いっぱい」
「……? そうですか」
「おやすみなさい」
どちらからともなくそう言って、俺たちは別れた。
ドアを閉める。
息を吐く。
緊張の糸が切れるのを感じる。
俺はドアに背を預けて、そのままずるずると座り込んだ。
「きっつ……」
頭を抱える。
それまで何とか平静を保ってくれていた心臓が、ばくばくと音を立てる。
「これが、番、かぁ……」
唇をなぞる。
そこは雅のそれと重ねたときから、熱をもっている。
「人生で初めての番とのキスに、体が喜んでるってわけか」
俺は自嘲する。
これが、オメガか。
オメガとして生きるとは、ほんとうに大変なことらしい。
先人たちの苦しみの、ほんの一端を味わったような気分だ。
熱を孕む自分の体に言い聞かせるように言う。
「よせよ。雅にはそのうち本当のことを話して、番を解消するんだから」
しかし、俺の体は番のアルファを求めている。
発情期でもないのに、俺の中心が芯をもつ。
これまで飢餓状態だった体に、たった一滴の蜜を与えられて、一気にオメガの本能が呼び覚まされたかのようだ。
「そもそも、俺、雅のこと、よく知りもしないのにさ」
大学、得意なもの、趣味……なにも答えられなかった。
「……はぁ」
俺の心を置き去りに、思考が白く塗りつぶされていく。
度数の高いウィスキーを飲んだこともあって、ひどく気だるい。
もうベッドまで歩くのも億劫だ。
ここでやってしまおうか。
いや、でも着替えは持ってきてないし、汚したらめんどうだ……でも……ああ、まぁ、いいか。
俺は手早くベルトを外した。
「なにもお前までホテルに泊まらなくていいのに」
ホテルでチェックインを済ませてエレベーターを待ちながら、雅の顔を覗き込む。
彼は肩をすくめる。
「なにを言ってるんですか。番になったという報告をしに来て、別々の場所に泊まるのは不自然でしょう」
「でもなぁ。せっかく来たんだから、実家でごろごろしたいだろ?」
「僕個人の部屋があるわけではないので……」
「へ?」
「ここはもともと父の実家で。僕はここに住んだことはないので、泊まるとしたら客間なんです」
「ああ、そういえばそんなこと言ってたなぁ」
エレベーターに乗り込み、13階のボタンを押す。
ドアが閉まってふたりだけになると、雅が思い出したように笑い出した。
「なんだよ」
「いやぁ、泰斗さんはすごいなぁって思って」
「んぁ?」
「だって、ふつう親に挨拶に来て番になったら、結婚って話になると思ったんですけど……」
雅が言わんとすることを察して、俺は苦笑した。
「夫婦別姓主義者なんで結婚せずこのまま事実婚しますって言ったら、絶対聖さんに反対されると思ったけど、あっさりオッケーしてくれたな」
「それくらい、父は泰斗さんのことを気に入ったんだと思います」
俺は頭の後ろで手を組んだ。
「あーあ、俺、エンジニアより詐欺師の方が向いてるかもしれないな。最近特に思う」
「間違いないです」
「こら、そこは否定しろ。……詐欺師といえば、お前のあれもよかったぞ」
「あれ?」
「顔真っ赤にしちゃってさ。ナイス演技だったな」
雅はまたまた顔を真っ赤にする。
「……あ、あれはですね! びっくりして……!」
「いや~、お前も詐欺師の才能あるよ」
「聞いてくださいよ!」
エレベーターが13階でとまる。
エントランスで受け取ったルームキーをもう一度確認する。
「1308は……こっちか。雅の部屋は?」
「1309です。隣ですね」
「おっけー」
もう21時を過ぎている。
ホテルの廊下は静まり返っていて、雅がスーツケースを引く音だけが響いている。
それぞれの部屋の前で、俺たちは向かい合った。
「ご両親、いい人たちだな」
俺が言うと、雅は口元を緩めた。
「……正直、父はずっと僕のことを出来損ないと思っているとばかり」
「親の心、子知らずってやつか」
「……そうなのかもしれません」
雅はじっと俺を見つめる。
「ありがとうございます」
俺は頭を掻いた。
「なんだよ、急に改まって」
「僕は、父のことを少しだけ誤解していました。ずっと、親は家のことしか考えてないのだと……」
雅は晴れやかな表情だった。
「泰斗さんのおかげです」
「――よかったな」
「はい」
俺は彼の肩を叩こうとして、やめた。
「あとは、オメガ嫌いを克服したらもうばっちりだな」
それで、俺の恩返しも終わりだ。
もう少しだけ時間がもらえるかと思ったのだが。
まったく、仕事ができすぎるのも考えものだ。
俺は自分に残された自由な時間を思う。
「……泰斗さんは」
雅はおずおずと口を開く。
「どうしてこんなによくしてくれるんですか」
「んー……」
顎を撫でる。
もう今日は嘘を付きすぎて、もう嘘を考える余力がない。
「俺はラッキーヒューマンだからな。ありあまるラッキーを人に分けたいだけってことで」
適当な俺の答えに、雅はなおも真剣に続ける。
「どう、お礼をしたらいいか……」
「いいってことよ。恩を感じてくれるなら、雅がそのうちいい人見つけて、その人に恩を送ってくれよ」
雅は納得しない表情ながら、頷いてくれた。
「……はい」
俺はうんと伸びをした。
「さて、明日は何時に起きる?」
「何時でもいいですよ。観光していきますか?」
「いや、いいや。月曜からの激務に備えて早めに帰りたい」
「じゃあ、8時にエントランスでどうですか」
「さすがに早いかも。酒飲んでるし。9時で頼む」
「わかりました」
雅が右手を差し出す。
「なに?」
「握手です」
「なんで?」
「親を騙した詐欺師仲間として?」
彼にしてはめずらしい軽口だ。
しかし、俺は首を振った。
「いいや。俺は詐欺師じゃないし。あと、今日はもうアルファはお腹いっぱい」
「……? そうですか」
「おやすみなさい」
どちらからともなくそう言って、俺たちは別れた。
ドアを閉める。
息を吐く。
緊張の糸が切れるのを感じる。
俺はドアに背を預けて、そのままずるずると座り込んだ。
「きっつ……」
頭を抱える。
それまで何とか平静を保ってくれていた心臓が、ばくばくと音を立てる。
「これが、番、かぁ……」
唇をなぞる。
そこは雅のそれと重ねたときから、熱をもっている。
「人生で初めての番とのキスに、体が喜んでるってわけか」
俺は自嘲する。
これが、オメガか。
オメガとして生きるとは、ほんとうに大変なことらしい。
先人たちの苦しみの、ほんの一端を味わったような気分だ。
熱を孕む自分の体に言い聞かせるように言う。
「よせよ。雅にはそのうち本当のことを話して、番を解消するんだから」
しかし、俺の体は番のアルファを求めている。
発情期でもないのに、俺の中心が芯をもつ。
これまで飢餓状態だった体に、たった一滴の蜜を与えられて、一気にオメガの本能が呼び覚まされたかのようだ。
「そもそも、俺、雅のこと、よく知りもしないのにさ」
大学、得意なもの、趣味……なにも答えられなかった。
「……はぁ」
俺の心を置き去りに、思考が白く塗りつぶされていく。
度数の高いウィスキーを飲んだこともあって、ひどく気だるい。
もうベッドまで歩くのも億劫だ。
ここでやってしまおうか。
いや、でも着替えは持ってきてないし、汚したらめんどうだ……でも……ああ、まぁ、いいか。
俺は手早くベルトを外した。
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