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第2章
第16話
それから2週間後。
ばたばたと不動産屋を回ったり、引っ越しの準備をしたりと、あっという間の2週間だった。
今日は部長と雅を引き合わせる日だ。
2週間前の土曜日、雅に北小路さんが会いたがっていると伝えたら、彼は「……別に会ってもいいですけど」と言ったのだ。
緊張からか、俺は朝5時に目を覚ましてしまった。
待ち合わせは今日の15時。
まだ起きるには早すぎるが、かといって二度寝はできなさそうだ。
薄暗い部屋で天井を眺めていると、頭の中に浮かぶのは同居人の顔だ。
――この2週間、雅が変だ。
雅といえば几帳面、几帳面といえば雅という法則が俺のなかでできつつあるというのに、彼は最近服をハンガーにかけ忘れるし、使ったペンはそのままだし、挙句に昨日は夕飯のパスタの塩と砂糖を間違えていた。
これはなにか、ある。絶対に。
しかも、最近やたらと俺の顔を見てくる気がする。
それでいて、俺が「何か用か?」と尋ねると、雅は「放っておいてください!」と怒り出す。
なんだっていうんだ、一体。やっぱりまだ思春期なのか?
「部長に会うの、緊張してんのかな」
いや、なんとなくそれは違う気がする。
しかし他に思い当たることがない。
「はぁー……」
ため息をつく。
早々に、俺は雅の心を推測するのをあきらめた。
雅もいい大人なのだから、悩みのひとつやふたつあるだろう。
俺にできることは――。
俺はパン、と両頬を叩くと、そのまま勢いをつけて立ち上がった。
7時になったら雅が起きて来る。
俺は土日はまとめて寝たい派なので9時くらいまで寝ている。
なので、自然と土日の食事は別々に摂るようになっていた。
俺は音を立てないように気を付けて身支度を済ませると、そのまま12月の曇り空の下に繰り出した。
*
それから、俺が目的のものを手に入れて家に戻ったのは14時頃だった。
「ただいまー」
と言いながら玄関をくぐるが、返事がない。
「あれ」
玄関に靴があるので、家にはいるはずだが。
リビングを覗いてみるが、そこに雅の姿はない。
雅の私室のドアを見る。
灯りはついていないようだ。
しかし、いるとしたらここだろう。
俺は雅の私室のドアをノックした。
「雅~、いるか?」
少し待つが、返事がない。
「おーい?」
俺はドアを少しだけ開けてみる。
灯りのついていない部屋。
その奥のベッドにふくらみが見える。
雅が、こちらに背を向けて布団を被っているようだ。
「寝てんの?」
俺が言うと、雅がこっちを見ることもなく言う。
「……勝手に開けないでください」
「お前が言うな」
ドアのすぐ横にある灯りのスイッチを押す。
はじめて入る雅の私室は、なんというか、予想通りだ。
白を基調とした家具に、整然と物が並べられていて、観葉植物まで綺麗に整えられている。
俺はドアの隙間から首だけを伸ばす。
「どうした? 体調悪いのか?」
こんな時間まで寝ている雅を見たのははじめてだ。
「……もう出発しますか?」
「いや、先に渡しておきたいものがあって」
「……なんですか」
俺はドアの隙間から先ほど買ってきたばかりの紙袋を滑り込ませた。
「これ」
「……なんですか」
「んー……詫びの品? 無断外泊の」
「……別に、もう怒ってませんよ」
「じゃあ、今日の手間代」
「いりませんけど」
「じゃあ……。最近元気なかったから、励ましの品?」
やっと、雅はのろのろとこちらを向いた。
ゆっくりと起き上がる。
顔色が悪い。
目の下に相変わらず隈を作っている。
寝るときの白いスウェット姿のままで、髪もぼさぼさだ。
俺は部屋に入って、ベッドに座った雅の膝にそれを置く。
「ほい」
彼が紙袋から箱を取り出し、ラッピングを解く。
そして現れたパッケージに、雅は首を傾げた。
「……香水?」
「前、俺と同じやつ欲しいって言ってただろ」
「ああ……覚えていてくれたんですね」
雅はふっと笑う。
やっと笑顔が見えて、俺は胸をなでおろす。
彼は箱から小さな瓶を取り出す。
「いまつけても?」
「おう」
彼が手首に向けてワンプッシュすると、途端にホワイトムスクのトップノートが広がる。
俺のお気に入りの香水で、雅も気に入っていたはずだ。
しかし、雅の表情は、みるみる硬くなった。
「……雅?」
俺が尋ねると、雅はぽつりと言う。
「……これ、こんな匂いだったんですね」
「あれ、気に入らないか?」
「……そんなことはないですけど」
「けど?」
「少し、記憶と違ったので」
俺は記憶を辿る。
「あの日もこれだけだったけどなぁ」
そもそも、俺に香水を使い分けるなんて器用なことはできない。
持っている香水はこれだけだ。
雅は自分の手首を鼻に近づけて、くんくんと匂いを確かめる。
すると、ぱっとこちらを向いた。
「いま……なにかつけてます?」
「いや? なにも」
「……ほんとうに?」
「なんもつけてねぇって」
「……そうですか」
雅は首を傾げたあと、立ち上がって香水を棚に飾る。
「……嬉しいです。ありがとうございます。大事にしますね」
「おう」
雅の顔を見る。
元気になってほしくて用意したが、この作戦は失敗だったのかもしれない。
雅の顔色はちっともよくならない。
それどころか、眉間の皺がまた増えた気がする。なんでだ。
俺は努めて明るい声を出した。
「そろそろ、準備はじめた方がよさそうだけど、どうする? 今日はやっぱり――」
「行きます。……行かないといけないんです」
雅はそう言って、胸に手を当て、息を吐いた。
ばたばたと不動産屋を回ったり、引っ越しの準備をしたりと、あっという間の2週間だった。
今日は部長と雅を引き合わせる日だ。
2週間前の土曜日、雅に北小路さんが会いたがっていると伝えたら、彼は「……別に会ってもいいですけど」と言ったのだ。
緊張からか、俺は朝5時に目を覚ましてしまった。
待ち合わせは今日の15時。
まだ起きるには早すぎるが、かといって二度寝はできなさそうだ。
薄暗い部屋で天井を眺めていると、頭の中に浮かぶのは同居人の顔だ。
――この2週間、雅が変だ。
雅といえば几帳面、几帳面といえば雅という法則が俺のなかでできつつあるというのに、彼は最近服をハンガーにかけ忘れるし、使ったペンはそのままだし、挙句に昨日は夕飯のパスタの塩と砂糖を間違えていた。
これはなにか、ある。絶対に。
しかも、最近やたらと俺の顔を見てくる気がする。
それでいて、俺が「何か用か?」と尋ねると、雅は「放っておいてください!」と怒り出す。
なんだっていうんだ、一体。やっぱりまだ思春期なのか?
「部長に会うの、緊張してんのかな」
いや、なんとなくそれは違う気がする。
しかし他に思い当たることがない。
「はぁー……」
ため息をつく。
早々に、俺は雅の心を推測するのをあきらめた。
雅もいい大人なのだから、悩みのひとつやふたつあるだろう。
俺にできることは――。
俺はパン、と両頬を叩くと、そのまま勢いをつけて立ち上がった。
7時になったら雅が起きて来る。
俺は土日はまとめて寝たい派なので9時くらいまで寝ている。
なので、自然と土日の食事は別々に摂るようになっていた。
俺は音を立てないように気を付けて身支度を済ませると、そのまま12月の曇り空の下に繰り出した。
*
それから、俺が目的のものを手に入れて家に戻ったのは14時頃だった。
「ただいまー」
と言いながら玄関をくぐるが、返事がない。
「あれ」
玄関に靴があるので、家にはいるはずだが。
リビングを覗いてみるが、そこに雅の姿はない。
雅の私室のドアを見る。
灯りはついていないようだ。
しかし、いるとしたらここだろう。
俺は雅の私室のドアをノックした。
「雅~、いるか?」
少し待つが、返事がない。
「おーい?」
俺はドアを少しだけ開けてみる。
灯りのついていない部屋。
その奥のベッドにふくらみが見える。
雅が、こちらに背を向けて布団を被っているようだ。
「寝てんの?」
俺が言うと、雅がこっちを見ることもなく言う。
「……勝手に開けないでください」
「お前が言うな」
ドアのすぐ横にある灯りのスイッチを押す。
はじめて入る雅の私室は、なんというか、予想通りだ。
白を基調とした家具に、整然と物が並べられていて、観葉植物まで綺麗に整えられている。
俺はドアの隙間から首だけを伸ばす。
「どうした? 体調悪いのか?」
こんな時間まで寝ている雅を見たのははじめてだ。
「……もう出発しますか?」
「いや、先に渡しておきたいものがあって」
「……なんですか」
俺はドアの隙間から先ほど買ってきたばかりの紙袋を滑り込ませた。
「これ」
「……なんですか」
「んー……詫びの品? 無断外泊の」
「……別に、もう怒ってませんよ」
「じゃあ、今日の手間代」
「いりませんけど」
「じゃあ……。最近元気なかったから、励ましの品?」
やっと、雅はのろのろとこちらを向いた。
ゆっくりと起き上がる。
顔色が悪い。
目の下に相変わらず隈を作っている。
寝るときの白いスウェット姿のままで、髪もぼさぼさだ。
俺は部屋に入って、ベッドに座った雅の膝にそれを置く。
「ほい」
彼が紙袋から箱を取り出し、ラッピングを解く。
そして現れたパッケージに、雅は首を傾げた。
「……香水?」
「前、俺と同じやつ欲しいって言ってただろ」
「ああ……覚えていてくれたんですね」
雅はふっと笑う。
やっと笑顔が見えて、俺は胸をなでおろす。
彼は箱から小さな瓶を取り出す。
「いまつけても?」
「おう」
彼が手首に向けてワンプッシュすると、途端にホワイトムスクのトップノートが広がる。
俺のお気に入りの香水で、雅も気に入っていたはずだ。
しかし、雅の表情は、みるみる硬くなった。
「……雅?」
俺が尋ねると、雅はぽつりと言う。
「……これ、こんな匂いだったんですね」
「あれ、気に入らないか?」
「……そんなことはないですけど」
「けど?」
「少し、記憶と違ったので」
俺は記憶を辿る。
「あの日もこれだけだったけどなぁ」
そもそも、俺に香水を使い分けるなんて器用なことはできない。
持っている香水はこれだけだ。
雅は自分の手首を鼻に近づけて、くんくんと匂いを確かめる。
すると、ぱっとこちらを向いた。
「いま……なにかつけてます?」
「いや? なにも」
「……ほんとうに?」
「なんもつけてねぇって」
「……そうですか」
雅は首を傾げたあと、立ち上がって香水を棚に飾る。
「……嬉しいです。ありがとうございます。大事にしますね」
「おう」
雅の顔を見る。
元気になってほしくて用意したが、この作戦は失敗だったのかもしれない。
雅の顔色はちっともよくならない。
それどころか、眉間の皺がまた増えた気がする。なんでだ。
俺は努めて明るい声を出した。
「そろそろ、準備はじめた方がよさそうだけど、どうする? 今日はやっぱり――」
「行きます。……行かないといけないんです」
雅はそう言って、胸に手を当て、息を吐いた。
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