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第2章
第18話
雅の纏う空気が、急に冷えた気がした。
俺は慌てて両手を振ってふたりの間に入った。
「北小路さん! なに言ってるんですか、もう! 俺と雅は最近知り合ったばっかりなんだから、知らなくて当たり前ですよ」
「ええ~。でもさ、いっしょに暮してるならティータイムくらいさぁ」
「俺たち、そういうのじゃないんですって!」
雅を振り返る。
彼は俯いたまま、動かない。
「み、雅?」
顔を覗き込むと、彼は唇をわなわなと震わせていた。
背後から「んふ」と笑い声が聞こえる。
「ごめんね、ちょっとイジワルが過ぎちゃったみたい」
俺は雅と部長を交互に見る。
雅は青ざめたまま動かない。
その向かいで、部長は笑っている。
なんだ、この状況……?
張り詰めた空気を破ったのは、部長だった。
彼はベンチから立ち上がって、腰を伸ばした。
「ああ、ちょうどよかった。来たよ、今日のもうひとりの主役の青年」
彼が顎で示す方を見ると、ひとりの青年がこちらに歩いて来ていた。
青年は茶色いコートに、紺のマフラーをしている。
ボリュームのあるマフラーで、顔が半分埋もれている。
その半分のぞいている顔をじっと見て、俺はつぶやいた。
「誰……?」
部長が答える。
「日向くん」
「……誰?」
「んー……知り合いのオメガ?」
「ええっと」
いよいよ、部長の狙いがわからない。
困惑する俺をよそに、部長は雅の肩を叩いた。
「ねぇ、雅くん。どう? 日向くん。かわいいでしょ」
雅はのろのろと顔を上げて部長を見る。
その顔は険しい。
部長は楽しそうに言う。
「君の番ごっこの相手は、藤堂じゃなくていいと思うよ」
胸に手を当てる。
「だから、親切なボクが代わりを紹介してあげる。いい子だよ。――もうアルファに首筋を噛まれてる藤堂と違って、君が首筋を噛んであげたら、Win-Winな関係になれる」
俺か、雅か。それともどちらもか。
喉から音にならない声が漏れた。
日向というらしい青年は、俺たちに近づくと礼儀正しく腰を折った。
「は、はじめまして」
「日向く~ん、遅かったじゃん」
「ごめんなさい、外出許可証を取るのに手間取ってしまって」
目が丸くて、かわいい印象だ。
部長が青年と紹介しなかったら、小柄なのもあって女性かと勘違いしたかもしれない。
「日向くん、こっちが榎原雅くん」
「はじめまして。水無瀬日向です」
雅は答えない。
代わりに、握りしめた拳が小さく震えていた。
しかし、部長は強引に話を進める。
「ね、藤堂。お似合いだよね、ふたり」
「お、お似合いって、部長、こんなやり方はさすがに……雅はオメガが……」
「なにごとも、慣れだよ。野菜嫌いな子どもにも、一口食べろって言うだろう?」
彼はぱん、と両手を叩いた。
「さあ、あとは若いもの同士でってことで。ほら、藤堂行くよ」
「ちょ、ちょっと待ってください……」
部長は日向に言う。
「日向くんも安心してね。これだけ開放的な場所なんだから。たとえ発情期でも、匂いなんか拾えやしないよ。アルファは犬じゃないんだから。怖がらなくていいよ」
「お心遣いありがとうございます」
日向は元気に答える。
部長は俺の背を押す。
「ほら、オジサンたちの出番は終わり」
背中を押されて、一歩を踏み出す。
「雅」
不安になって雅を振り返る。
雅の顔は伏せられたままで、表情が見えなかった。
「雅……」
「藤堂。ほらほら、あっち行くよ」
部長に背中を押されるまま、雅たちから距離を取る。
俺は雅を何度も振り返る。
彼は硬直したまま、動かない。
「部長」
「先達って名前で呼んでくれてもいいよん」
俺は彼の軽口を無視した。
「なんで、こんなことを? 雅はオメガが怖いんですよ」
彼は肩をすくめる。
「日向くん、いい子だよ?」
「答えになってませんけど」
「日向くん、大学院生でさ。超優秀。――うちにほしいなって」
「……ほしい?」
「採用だよ。新卒採用」
「へ?」
予想外の言葉に、俺は目を丸くする。
部長は淡々と続ける。
「日向くん、うちに内定してたんだけどね、入社時検査でオメガだってわかって取り消しになっちゃったんだよ。本人いままで発情期なかったみたいでさ」
彼は片目をつむってみせる。
「それで、番ごっこだよ。藤堂から聞いてさ。いい案だなって。日向くんも番ごっこをしたらうちで働けるじゃんって。うちって万年人手不足だし、日向くんが働いてくれるなら、Win-Win。うーん、ボクっていい上司。ついでに雅くんも番ごっこのちゃんとした相手が見つかるし、Win-Win-Win」
俺は「でも」と言いかけて、言葉を飲み込んだ。
あとに続く言葉が思い浮かばなかった。
部長は愉快そうにこちらを覗き込む。
「心配しなくていいよ」
「なにを」
「雅くんが日向くんを選んだら、ボクが君のうなじを噛みなおしてあげるから」
彼の目が俺を射抜く。
「……」
俺は唾を飲み込む。
軽口か、そうでないのか。
判断がつかない。
部長はけらけらと笑う。
「いやぁ。これでうちの戦力増強間違いなし。目指せ残業ナシのホワイトな職場」
「部長……」
俺はため息をついた。
なんというか、この人は――。
「部長って、変な人ですね」
「そう?」
彼は遅れ毛を払う。
その指が、妙に目に焼き付く。
「若い子の恋ほど、愉快な話はないねぇ」
俺は慌てて両手を振ってふたりの間に入った。
「北小路さん! なに言ってるんですか、もう! 俺と雅は最近知り合ったばっかりなんだから、知らなくて当たり前ですよ」
「ええ~。でもさ、いっしょに暮してるならティータイムくらいさぁ」
「俺たち、そういうのじゃないんですって!」
雅を振り返る。
彼は俯いたまま、動かない。
「み、雅?」
顔を覗き込むと、彼は唇をわなわなと震わせていた。
背後から「んふ」と笑い声が聞こえる。
「ごめんね、ちょっとイジワルが過ぎちゃったみたい」
俺は雅と部長を交互に見る。
雅は青ざめたまま動かない。
その向かいで、部長は笑っている。
なんだ、この状況……?
張り詰めた空気を破ったのは、部長だった。
彼はベンチから立ち上がって、腰を伸ばした。
「ああ、ちょうどよかった。来たよ、今日のもうひとりの主役の青年」
彼が顎で示す方を見ると、ひとりの青年がこちらに歩いて来ていた。
青年は茶色いコートに、紺のマフラーをしている。
ボリュームのあるマフラーで、顔が半分埋もれている。
その半分のぞいている顔をじっと見て、俺はつぶやいた。
「誰……?」
部長が答える。
「日向くん」
「……誰?」
「んー……知り合いのオメガ?」
「ええっと」
いよいよ、部長の狙いがわからない。
困惑する俺をよそに、部長は雅の肩を叩いた。
「ねぇ、雅くん。どう? 日向くん。かわいいでしょ」
雅はのろのろと顔を上げて部長を見る。
その顔は険しい。
部長は楽しそうに言う。
「君の番ごっこの相手は、藤堂じゃなくていいと思うよ」
胸に手を当てる。
「だから、親切なボクが代わりを紹介してあげる。いい子だよ。――もうアルファに首筋を噛まれてる藤堂と違って、君が首筋を噛んであげたら、Win-Winな関係になれる」
俺か、雅か。それともどちらもか。
喉から音にならない声が漏れた。
日向というらしい青年は、俺たちに近づくと礼儀正しく腰を折った。
「は、はじめまして」
「日向く~ん、遅かったじゃん」
「ごめんなさい、外出許可証を取るのに手間取ってしまって」
目が丸くて、かわいい印象だ。
部長が青年と紹介しなかったら、小柄なのもあって女性かと勘違いしたかもしれない。
「日向くん、こっちが榎原雅くん」
「はじめまして。水無瀬日向です」
雅は答えない。
代わりに、握りしめた拳が小さく震えていた。
しかし、部長は強引に話を進める。
「ね、藤堂。お似合いだよね、ふたり」
「お、お似合いって、部長、こんなやり方はさすがに……雅はオメガが……」
「なにごとも、慣れだよ。野菜嫌いな子どもにも、一口食べろって言うだろう?」
彼はぱん、と両手を叩いた。
「さあ、あとは若いもの同士でってことで。ほら、藤堂行くよ」
「ちょ、ちょっと待ってください……」
部長は日向に言う。
「日向くんも安心してね。これだけ開放的な場所なんだから。たとえ発情期でも、匂いなんか拾えやしないよ。アルファは犬じゃないんだから。怖がらなくていいよ」
「お心遣いありがとうございます」
日向は元気に答える。
部長は俺の背を押す。
「ほら、オジサンたちの出番は終わり」
背中を押されて、一歩を踏み出す。
「雅」
不安になって雅を振り返る。
雅の顔は伏せられたままで、表情が見えなかった。
「雅……」
「藤堂。ほらほら、あっち行くよ」
部長に背中を押されるまま、雅たちから距離を取る。
俺は雅を何度も振り返る。
彼は硬直したまま、動かない。
「部長」
「先達って名前で呼んでくれてもいいよん」
俺は彼の軽口を無視した。
「なんで、こんなことを? 雅はオメガが怖いんですよ」
彼は肩をすくめる。
「日向くん、いい子だよ?」
「答えになってませんけど」
「日向くん、大学院生でさ。超優秀。――うちにほしいなって」
「……ほしい?」
「採用だよ。新卒採用」
「へ?」
予想外の言葉に、俺は目を丸くする。
部長は淡々と続ける。
「日向くん、うちに内定してたんだけどね、入社時検査でオメガだってわかって取り消しになっちゃったんだよ。本人いままで発情期なかったみたいでさ」
彼は片目をつむってみせる。
「それで、番ごっこだよ。藤堂から聞いてさ。いい案だなって。日向くんも番ごっこをしたらうちで働けるじゃんって。うちって万年人手不足だし、日向くんが働いてくれるなら、Win-Win。うーん、ボクっていい上司。ついでに雅くんも番ごっこのちゃんとした相手が見つかるし、Win-Win-Win」
俺は「でも」と言いかけて、言葉を飲み込んだ。
あとに続く言葉が思い浮かばなかった。
部長は愉快そうにこちらを覗き込む。
「心配しなくていいよ」
「なにを」
「雅くんが日向くんを選んだら、ボクが君のうなじを噛みなおしてあげるから」
彼の目が俺を射抜く。
「……」
俺は唾を飲み込む。
軽口か、そうでないのか。
判断がつかない。
部長はけらけらと笑う。
「いやぁ。これでうちの戦力増強間違いなし。目指せ残業ナシのホワイトな職場」
「部長……」
俺はため息をついた。
なんというか、この人は――。
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「そう?」
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