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第4章
第37話
部長は「は~あ」とため息をつく。
「来なくてよかったのにさぁ」
雅はキッと部長を睨む。
「泰斗さんを放してください」
「なんでここに? 藤堂の実家だよ、ここ?」
「あなたには関係ありません」
ふたりのやり取りが、まったく頭に入らない。
「み、雅……」
俺は身を縮こまらせて、部長の後ろに隠れるように座り込む。
いま、雅に会うのは、まずい。
雅が発するアルファの匂い。
それを、発情期の俺の体は鮮明に嗅ぎ分ける。
思考が乱れる。
汗が伝い、呼吸がはやくなる。
これが――。
俺は唾を飲み込む。
これが、発情期。
これが、番。
以前、雅とキスをしたときとは、比べようもないほどの熱。
油断したら、理性など吹き飛ばされてしまいそうだ。
俺は地面に膝をつき、二の腕に自身の爪を食い込ませた。
「泰斗さん?」
「いま、俺、その……」
部長は俺の背に手を添えると、雅にしっしっ、と手で追い払うようなしぐさをする。
「発情期だって。キッズはお呼びじゃないよ」
「……北小路と番だというのは嘘だったんでしょう?」
「うっそ、呼び捨て? ボクだいぶ年上だよ? これだから今時の子は」
「お前は黙ってろ!」
激高した雅を見て、俺はとっさに口を開く。
「雅!」
ふたりの視線がいっせいに俺に集まる。
俺は回らない頭で懸命に言葉を選ぶ。
「いま、その、発情期で、その、ええと、たぶん本格的にはじまるのは今夜だと思うんだけど……終わったあとでじっくり話したいというか」
雅は目をつりあげる。
「いま話しましょう。いま話すべきです」
「それは……無理だと思う」
「どうして」
「だって、匂いで……」
言葉は尻すぼみになる。
雅は一歩、俺に近づく。
「匂いで、なんですか」
「番だから、俺の匂いが、すごく、雅に効いてしまうんだよ。その、だから……俺の匂いで、雅が……雅でなくなってしまうのが……怖い」
「泰斗さん」
雅は胸に手を当てる。
「僕は、僕です」
その目が、俺を捕える。
「匂いなんて関係なく、あなたのことが好きなんです」
「……っ」
雅は続ける。
「さっき、僕のことが好きなんだと、言ってくれましたよね」
「……それは」
「寝不足の僕の幻聴でしたか?」
「……雅」
彼の目の下には、疲労のあとがくっきりと残っている。
いなくなった俺を探しまわってくれていたのだと思うと、胸に熱いものがこみ上げる。
手が震える。
心臓がうるさい。
ああ、いますぐに彼に抱き着きたい。
しかし欲が募れば募るほど、俺は恐怖した。
いま雅を突き動かしているものは、何だ。
番を逃すまいとするアルファの本能か。
それとも――。
俺はもうなにがなんだかわからなかった。
ただただ、体が熱くて、苦しかった。
俺は力なく首を振る。
「雅……ほんとうに、いまは無理だ。終わってから……」
ためらう俺。
雅は迷わず俺の方に一歩また近づく。
「泰斗さん。あなたの手紙にはこう書いてありましたね」
彼は俺から目を逸らさない。
「僕とあなたは10年前に番になっていたのだと。だから、僕があなたを抱いたのは、番の匂いに惑わされたからだ、と。あなたは罪悪感を抱いているようですが、はっきり言っておきます――僕はあなたの匂いに惑わされていません。僕はあなたが好きなんです」
なぜそう言い切れる。
番の匂いの恐ろしさは、いま俺自身が身をもって体験している。
俺の心を読んだかのように、雅は胸を張る。
「――証明できます。僕についてきてください」
雅に手を差し出される。
その手は、震えていた。
視界がにじむ。
「あ……」
雅の頬も赤く染まっている。
その瞳はうるみ、呼吸も荒い。
絶対に、俺の匂いの影響を受けている。
わかっている。
なのに。
――彼を信じてみたいと思ってしまう自分を、とめられない。
俺はゆっくりとその手をとる。
隣にいる部長が天を仰いだ気がした。
きっと、傍目には馬鹿な行動なのかもしれない。
でも、一度雅の肌に触れてしまうと、もうとめられない。
全身の血管が脈打ち、彼を欲する。
気が付いたら、俺は雅にしがみつくように抱き着いていた。
雅は俺をあやすように背をぽんぽんと優しく叩いてくれる。
「泰斗さん……僕を信じてください」
「……うん」
雅の体温を感じる。
息がうまくできない。
もう何も考えられない。
ただただ、雅がほしい。
雅は俺をきつく抱きしめると、俺越しに部長に言う。
「泰斗さんはこんな状態なので。タクシー、もらっていきます」
部長が息を飲む気配。
「え。ボクにどうやって帰れっていうのさ」
「歩けばいいでしょう」
「えー……まぁ、いいケド」
部長が俺を呼ぶ。
「藤堂」
「……はい」
「年明け、ちゃんと仕事来るんだよ。待ってる。お前はうちの大事な戦力なんだから」
「……ありが、とう……ございます」
「ご家族にはボクがうまいこと言っとくよー」
返事をする前に、俺はタクシーに押し込められた。
「来なくてよかったのにさぁ」
雅はキッと部長を睨む。
「泰斗さんを放してください」
「なんでここに? 藤堂の実家だよ、ここ?」
「あなたには関係ありません」
ふたりのやり取りが、まったく頭に入らない。
「み、雅……」
俺は身を縮こまらせて、部長の後ろに隠れるように座り込む。
いま、雅に会うのは、まずい。
雅が発するアルファの匂い。
それを、発情期の俺の体は鮮明に嗅ぎ分ける。
思考が乱れる。
汗が伝い、呼吸がはやくなる。
これが――。
俺は唾を飲み込む。
これが、発情期。
これが、番。
以前、雅とキスをしたときとは、比べようもないほどの熱。
油断したら、理性など吹き飛ばされてしまいそうだ。
俺は地面に膝をつき、二の腕に自身の爪を食い込ませた。
「泰斗さん?」
「いま、俺、その……」
部長は俺の背に手を添えると、雅にしっしっ、と手で追い払うようなしぐさをする。
「発情期だって。キッズはお呼びじゃないよ」
「……北小路と番だというのは嘘だったんでしょう?」
「うっそ、呼び捨て? ボクだいぶ年上だよ? これだから今時の子は」
「お前は黙ってろ!」
激高した雅を見て、俺はとっさに口を開く。
「雅!」
ふたりの視線がいっせいに俺に集まる。
俺は回らない頭で懸命に言葉を選ぶ。
「いま、その、発情期で、その、ええと、たぶん本格的にはじまるのは今夜だと思うんだけど……終わったあとでじっくり話したいというか」
雅は目をつりあげる。
「いま話しましょう。いま話すべきです」
「それは……無理だと思う」
「どうして」
「だって、匂いで……」
言葉は尻すぼみになる。
雅は一歩、俺に近づく。
「匂いで、なんですか」
「番だから、俺の匂いが、すごく、雅に効いてしまうんだよ。その、だから……俺の匂いで、雅が……雅でなくなってしまうのが……怖い」
「泰斗さん」
雅は胸に手を当てる。
「僕は、僕です」
その目が、俺を捕える。
「匂いなんて関係なく、あなたのことが好きなんです」
「……っ」
雅は続ける。
「さっき、僕のことが好きなんだと、言ってくれましたよね」
「……それは」
「寝不足の僕の幻聴でしたか?」
「……雅」
彼の目の下には、疲労のあとがくっきりと残っている。
いなくなった俺を探しまわってくれていたのだと思うと、胸に熱いものがこみ上げる。
手が震える。
心臓がうるさい。
ああ、いますぐに彼に抱き着きたい。
しかし欲が募れば募るほど、俺は恐怖した。
いま雅を突き動かしているものは、何だ。
番を逃すまいとするアルファの本能か。
それとも――。
俺はもうなにがなんだかわからなかった。
ただただ、体が熱くて、苦しかった。
俺は力なく首を振る。
「雅……ほんとうに、いまは無理だ。終わってから……」
ためらう俺。
雅は迷わず俺の方に一歩また近づく。
「泰斗さん。あなたの手紙にはこう書いてありましたね」
彼は俺から目を逸らさない。
「僕とあなたは10年前に番になっていたのだと。だから、僕があなたを抱いたのは、番の匂いに惑わされたからだ、と。あなたは罪悪感を抱いているようですが、はっきり言っておきます――僕はあなたの匂いに惑わされていません。僕はあなたが好きなんです」
なぜそう言い切れる。
番の匂いの恐ろしさは、いま俺自身が身をもって体験している。
俺の心を読んだかのように、雅は胸を張る。
「――証明できます。僕についてきてください」
雅に手を差し出される。
その手は、震えていた。
視界がにじむ。
「あ……」
雅の頬も赤く染まっている。
その瞳はうるみ、呼吸も荒い。
絶対に、俺の匂いの影響を受けている。
わかっている。
なのに。
――彼を信じてみたいと思ってしまう自分を、とめられない。
俺はゆっくりとその手をとる。
隣にいる部長が天を仰いだ気がした。
きっと、傍目には馬鹿な行動なのかもしれない。
でも、一度雅の肌に触れてしまうと、もうとめられない。
全身の血管が脈打ち、彼を欲する。
気が付いたら、俺は雅にしがみつくように抱き着いていた。
雅は俺をあやすように背をぽんぽんと優しく叩いてくれる。
「泰斗さん……僕を信じてください」
「……うん」
雅の体温を感じる。
息がうまくできない。
もう何も考えられない。
ただただ、雅がほしい。
雅は俺をきつく抱きしめると、俺越しに部長に言う。
「泰斗さんはこんな状態なので。タクシー、もらっていきます」
部長が息を飲む気配。
「え。ボクにどうやって帰れっていうのさ」
「歩けばいいでしょう」
「えー……まぁ、いいケド」
部長が俺を呼ぶ。
「藤堂」
「……はい」
「年明け、ちゃんと仕事来るんだよ。待ってる。お前はうちの大事な戦力なんだから」
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返事をする前に、俺はタクシーに押し込められた。
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