魂魄シリーズ

常葉寿

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第一章「闇割鬼往来(やみをさくおにのゆきき)」

【魂魄・壱】『輝く夜に月を見た』2話「子の村」

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「下等な半獣ッ、近寄るな……汚らわしいッ」

「中途半端な生き物め、ヒトなのか鳥なのか」

「気持ちの悪い娘だねぇ、まるで鬼のだよ」

 幼い頃――

 キジはなぜ自分だけが冷たい仕打ちを受けるのか理解できなかった。

 口々に罵られる言葉の数々や汚物を見るような冷たい視線は、幼い少女の傷を無慈悲にも深くえぐった。

 周りは黒髪のヒトばかりだというのに自分は異質な鬼のような金色髪。残飯から飢えをしのぎ、水浴びをする余裕、その発想すらなく常に泥や垢まみれの日々だ。
 
 いつも孤立していたキジ。貧しい村には彼女のような半獣は他にいなく鬼の「キジ」と蔑まれ、朝廷に刃向かえない非力で貧しい村人達のうっ憤を晴らす標的にされていた。
 
 ある日、地獄のような日々にも突然終止符が打たれる。

 自分と同じ年頃の少年が二匹の半獣と供に村にやってきた。村の者に聞くと彼は周辺の村を荒らす怪物を退治しようと祖父母の元を離れて立ち上がったという。

 なんでも、大人でさえ恐れる怪物を相手にしようとする勇気に、道中で賛同した二匹の半獣が付き従ったという。

 そんな彼らに村人は扉を固く閉ざし勇気ある少年達を拒絶した。キジは村中から疎まれていたので迷うことなくその少年、桃太郎についていく事にしたのだった――。

「もう少し歩くとの村に着きますね」とキジがキザシに声をかける。

「あそこにはネズミの半獣達が暮らしている。食べ物に困らない彼らだ。旨い食事にでもあやかろうか」

「ふふ、ネズミ達の溜め込んだ食料を食べきってしまうおつもりですか」

「まさか、少し分けて貰うだけだよ」
 
 朝廷の頂点に君臨する日ノ本皇ひのもとおうという絶対的な支配者は彼の五人の子供達に分割した土地を統治させて能力を競わせていた。

 中でも長兄の貴武きぶは都のある西国地域を治めていたが、その悪政酷く、民は宮廷の置かれた都を「狂った都――狂都きょうと」と陰口を言う事で心ばかりの抵抗をしていた。

 貴武は狂都の周囲に「子、丑、寅、卯、辰、巳、午、未、申、酉、戌、亥」の十二の村を設け該当する半獣を囲い込みヒトに管理させ労働力とした。

 キジのいたとりの村は彼女しか半獣が居らず、ヒトでさえも底辺で生きる半獣の代りに労働していたが、この子の村では逆に少数のヒトが無数の勤勉なネズミ族を管理していた。

 これは貴武にとって理想的な仕上がりだったので成功例として重宝され、庇護ひごを受けた村はどの村よりも豊かであった。しかし……。

「これは、一体……」

「どうした事でしょう」

 ネズミ族は体が小さいので朝廷に刃向かう度胸こそないが繁殖力は高い。貴武はこの村から年貢として多くの米を納めさせた褒美として、豊かな生活を保障し贅沢な暮らしを送らせていた。

 だが村の大通りにはネズミだけでなくヒトの姿さえなく廃墟のようになり果てていた。

「……そのお姿はッ」

「うん?」

「キザシ様、お久しゅうございます」

「君は忠兵衛ちゅうべえじゃないか。この村で何が起きているんだ」

「実は……」

 ヨレヨレと老いたネズミがキザシの足元に駆け寄ってくる。

 忠兵衛と呼ばれたこのネズミは村の半獣を束ねる長老のような存在で、とりわけ知性も高くヒトを介して朝廷の役人にも通じており位置するところは大きかった。

 彼の話によるとひと月ほど前までは翌年の年貢を納める事ができるほど順調に耕作が進んでいたが、ある時「女の鬼」が夜な夜な出現し倉庫に保管していた米俵を荒らしていくようになったと言う。

 それからというものネズミ達は恐れおののき、まるで沈没する船から逃げるように村を離れ野に帰ったという。

「女の……鬼?」

「男ではないのですか?」

 キザシとキジは驚きのあまり互いに顔を見合わせた。

 十年前にキザシたち四人は「鬼ヶ島」と呼ばれ恐れられていた島で鬼を見つけたが……彼は男だった。訝しんだキジはキザシの耳に白磁色の手を添え「彼の仕業ではなさそうですね」とコソリと耳打ちする。

「はい。ヒトのものではない金色の縮れ髪に山の様に大きな体。ヒトの数倍は膨らんだ乳は動物の生皮で覆い隠されていて、あの死んだ魚のように青い瞳に睨まれてしまっては、どんな勇者も震え上がるでしょう……ブルブル」

「す、数倍は膨らんだ……乳」

「……コラ」

 キジはキザシを軽く叩く。都では決して見せない態度も二人の間に主従以上の絆がある証拠だった。

 桃太郎時代から華々しい活躍をし、朝廷に召し抱えられてからは多くの羨望とともに妬みや嫌がらせを受け続けたのも数日間のことではない。

 それでも使役所総長の座に若くして任命された裏では人並み外れた努力の数々があった。それはすっかり若白髪となった頭髪に刻まれている。

 今では誰もが彼の実力を認め多くの半獣たちから尊敬されている彼を小突けるのは、唯一幼い頃から彼を知る彼女しかいないだろう。

 忠兵衛はそんな二人に背を向け両腕を背中に回して小刻みに震えている。

 キザシとキジはその様子を見てかつて自分達が征伐した鬼を頭に思い浮かべた。彼もまた金色の縮れ髪が伸びきり獣の皮を身に付け、鉄でできた異国製の大きな鈍器を振り回していた。二人は十年前に「彼」と出会った事を思い出す――。
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