魂魄シリーズ

常葉寿

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第一章「闇割鬼往来(やみをさくおにのゆきき)」

【魂魄・壱】『輝く夜に月を見た』1話「キザシとキジ」

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 いつもの布団の中で彼は目覚めた。寝起きは悪い。思考が定まらない。たまにこの夢を見る。

 いつも同じ夢だ。柔らかで優しい場所から離されて暗闇を漂う。不安と恐怖の中で冷静さを取り戻して見つけたのは、温もりという名の勇気だった。

 真っ白な髪をかきあげ寝ぼけた頭で周りを見回すと武人らしい質素な空間にいる。寝床と小さな机のほかは刀や弓矢などしかない。

 他に遊興ゆうきょうに更けこむような道具は一切なく、部屋は多くの武具で埋め尽くされていた。

 ――コンコン

 寝室の扉を丁寧に叩く小さな二つの音。「あぁ……起きてるよ」と扉越しに声をかける。

 素早く簡易な甲冑に身を包んで扉を開けると、そこに居たのは見知った女性。淡い金色の髪は長いが邪魔にならぬようキチリと団子型にまとめられている。

 彼と同じような甲冑を白い衣服の上から装備しているが同様にまだ年端も行かないのは、控えめに胸部の布を押し上げた小ぶりな二つの膨らみで確認できる。

「若、朝食の用意ができております。それに……陛下がお呼びです」

「いつもありがとう。キジはもう食べたの?」

「お先に失礼致しました……またあの夢ですか」

「いつも同じ夢だ。いい加減に見飽きたよ」

「そうですか」

 キジと呼ばれた女性は凛とした眼差しで彼――キザシに軽く会釈する。彼の甲冑よりも簡易な彼女のそれは片方の肩と胸部など最低限の部分しか覆っていない。

 なぜなら答えは彼女の背中にあった。キザシにはない二つの造形物。衣服の隙間から伸びた美しい純白の翼がキジの背中に備わっていて、彼女がキザシとは異なる半人半獣である事を物語っていた。

 翼を備えた武人キジが厳かに部屋の扉を開け彼を廊下へといざなう。そこには警護の者達が「おはようございます」と規律正しく整列していた。

 彼らよりも明らかにキジの位が上なのは、身につけた衣服や態度から容易に推察できる。彼女はうやうやしくキザシに会釈すると「陛下」と呼ばれる高貴な人物との謁見の間へと誘導した。

 ――邪馬徒やまと朝廷

 それは日ノ本ひのもとという、この島国の政権を握っている一大勢力だ。

 二つ設置された軍部の一つ「使役所しえきどころ」の総長がキザシの肩書である。その機関は書いて字の如くキジのような半獣を使役する使役士しえきし達によって構成されている。

 よく見てみるとヒトである彼らが体の一部分が獣や鳥である半獣を使役しているが、その使役士達は総長であるキザシに最大限の敬意を払うと共に、かたわらでいつも有能に働くこの半獣女性にも同じ様に敬服の意を表していた。
 
 キザシとキジ――二人の歩みが皇子の待つ謁見えっけんの間に到達すると、更に多くの衛士えいし達が厳重に守る重厚な扉が開かれ、彼らはおごそかに皇子の元へと進んでいく。

 そこには豪華な衣服と多くの宝飾に身を包んだ若い男が、見るからに贅沢で絢爛けんらんな玉座に足を組み気怠けだるそうに座っていた。

「陛下。お待たせして申し訳ございません」

「キザシ君、ダメじゃない。寝坊は武人として失格だよ」

「はい……返す言葉もございません」

「いいよ、キミはボクのお気に入りだから。いつもの夢かい?」

「はい」

 キザシは軍部の最高位である総長にも関わらず朝に弱いが、若き皇子貴武きぶは、この二人が十年前に朝廷の都に移り住んだ頃から目をつむっていた。

 さかのぼる事およそ十年前――。
 
 キザシはキジを含めた三人の半獣と共に農作物や家畜を荒らす怪物を「征伐」した。

 当時キザシは六歳、キジ八歳。この子供らが大人も恐れる怪物を退治したという理解しがたい噂は、すぐに朝廷の貴武のもとにも届いた。

 子供達は都に呼ばれ怪物の棲処ねぐらから持ち帰った宝物と引き換えに貴武直属の衛士として召し抱えられた。

 キザシの祖父母は身体が弱く生活も苦しかった事から、あばら家に住む老人の元で生涯を終えるより、都で立身出世する事を彼らが勧めたしキザシ自身も望んでいた。

 当時からキザシを慕っているキジは当然ながら彼に付き従ったが、残り二人の半獣は朝廷に反感を抱いていた。

 だから彼らは少年衛士という名の貴武の遊び相手を不服に思い、キザシ達と離れバラバラとなって現在に至る。

「それで……」

「はい」

「キミを呼んだのは他でもない。あの怪物が再びボクの支配する土地を荒らしているらしい。十年前キミは本当にアレを退治したのかい?」

「はい……本当にあの怪物でしょうか。他の者である可能性はありませんか」

「そこでキミに調べてきて欲しい。キジも連れて行っていいよ」

「やはり場所は例の島でしょうか」

「それを調べるのがキミ達の仕事じゃないか。近くの村にも聞き込むといい」

「かしこまりました」

 貴武はうんざりした表情を浮かべると面倒くさそうに言い放った。

 人差し指でその波打った黒い長髪をクルクルといじっているのは、今日の髪型が気に入らない証拠である。

 二人は貴武に敬礼すると謁見の間を後にした。再び各々の部屋に戻り数日分の旅支度を整えてから城門前で落ち合い都を出る。

 関所せきしょを抜けて周囲に誰もいなくなると、いぶかしそうに眉間にシワを寄せたキジが前方を歩くキザシに声をかけた。

「若、十年前のあの件、陛下はどこまでお気付きでしょうか」

「分からない……だけど彼に会うしかないよ。『鬼』と呼ばれた男に……」

「……まさか、彼はあの島に戻ったというのでしょうか。せっかく我々が」

「ああ。何はともあれ付近の村人から情報を得てから島に向かおう。彼の仕業でなかったら、それなりの準備をしなくてはならないし」

「そうですね……それにしても」

「……うん?」

「若との久しぶりの旅、なんだか嬉しいです」

「そうだね。都にいると気の休まる暇がないから外に出るとホッとする」

「ふふ……それにこうして歩いていると若の前名ぜんみょうを思い出します」

 都を出て表情のこわばりが緩んだキジは、穏やかな眼差しでキザシを見つめる。彼もまた使役所で采配を振るういつもの様子ではなく、少年の頃に戻ったようにキジに微笑みかけた。

「ハハッ懐かしいな。『朝廷の衛士として召し抱えられる以上、それなりの名前を名乗れ』と陛下に頂いたこの名前……ヘンかな、僕は気に入っているけど」

「『木に成るただの果実ではなく、朝廷を繁栄させるきざしとなれ』と陛下は仰いましたが、私は以前の方が好きでした。可愛らしくて」

「可愛らし……もうっ……僕は十六だよ。いつまでも姉目線で……二人きりの時はいいけど都では勘弁してくれよ。部下の目があるし……」

「ふふ……失礼しました」

 納得いかない様子で未だ寝癖の残る白髪をかきながら顔を赤らめて先を行ってしまうキザシ。そんな彼を愛しい弟を見るような優しい眼差しで見送るキジは呟いた。

「優しくて可愛い……桃太郎さま」

 そう言うと「あ、待って」と真っ白な翼を羽ばたかせて先を行く彼を追う。キジはキザシと初めて出会った頃に思いを馳せた――。
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