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二章『パテ編』
第90話 反省
しおりを挟む俺は白い空間にいた。地平線まで真っ白で、こんな所に長時間いたら気が狂いそうだ。目の前にはニヤニヤとイヤラシイ笑みを浮かべた女神が腰に手を当てて立っていた。
「よ、久しぶりじゃな」
「ああ、生きてんなら早く戻してくれ」
「まぁ、待て。時間は止めてある」
「そっか。今日はリアルタイムで見てたのか?」
「まぁ、そんなところじゃな」
「ん? なんだ? 今日はやけに素直だな」
「まぁ、な」
「まぁまぁって、まぁまぁおばさんかよ」
「誰じゃそれ?」
「知らん」
「知らんのかい! はぁ、萎えるから、あまりつまらぬ事をぬかすでない」
「すまん」
「んんー? なんじゃあ? やけに素直じゃのぉー? ええ?」
「意趣返しはやめてくれ」
「ふふん」
女神は満足そうにひらりと身を翻す。そういや、服装が違うな。白と赤の巫女のような服だ。女神の服装は会う度に変わっているから、別段気にすることでもないか。
「なんじゃ、ジロジロ見つめおって」
「後ろに目玉でもついてんのかよ」
「ついておるぞ」
女神がうなじを見せる。なんとそこには目玉が、
「ねぇじゃねぇか!」
「あるわけないじゃろう」
たく、綺麗なうなじを見せつけただけかよ。ふざけやがって、網膜に焼き付けとこう。よし焼き付いた。俺が呆れて女神から視線を外すと、白い世界に1点だけ赤黒くなっている所がある。
「なぁ女神」
「なんじゃ」
「あれなんだ?」
「あれ? ああ、あれはなんじゃったかなぁ。コーヒーをこぼしちゃったのかな?」
「いや、俺に聞くなよ。コーヒーのシミには見えないな。もっと大きいものだ。なんか人が倒れているようにも見えるが」
「まぁ、人じゃな」
「また殺したのか?」
「まぁな」
「なんで」
「貴様を殺した時と同じ理由じゃ」
暇つぶしかよ。可哀想に女神の毒牙にかかったのか。南無三。
「転生させてやらないのか? というか、ここで死んでるのはおかしくないか?」
「······アレは余がまだチート転生にハマっていた時の負の遺産ならぬ勝の遺産じゃ」
「造語を作るな」
「神じゃからな、言葉くらい作るぞ」
「はぁ。それで、そのチート転生者がどうしてここで死んでるんだ?」
「アレはチートの中でも選りすぐりの特別製じゃ、余が与えた超絶チートを駆使してここまで辿り着いたのじゃ、すごかろう!」
「わざわざ女神に会いに来たのか?」
「何を言うか、この領域に到達するだけでもじゃなぁ。······貴様のように易々と余のところに来れる者なぞ他におらんという事じゃ」
易々じゃないけどな、このまま死ぬかもしれないんだから。
「アレは余に復讐するために、ここまで来たのじゃ」
復讐ね。そら殺された挙句、命を弄ばれたら復讐の一つや二つ誓うだろうよ。
「貴様は余に復讐とかしないのか?」
「なんで?」
「最近知ったのじゃが、人は殺されると怒るらしいのじゃ」
「はん、万能な女神らしい思考回路だな。俺の場合は『そこまで』って感じだな」
「そこまでか」
「ああそうだ、現代で何かを達成したわけでもないし、ましてや幸せだったわけでもない。ただ······」
「ただ?」
「やり直すならどこでも一緒だなって。異世界で10年ちょっと過ごした、今の俺はそう思ってるよ」
「ふん。カッコつけてはおるがの、貴様はまた夢半ばで死にかけておるのだぞ、今度は戦い抜いて見せよ」
「最初に俺を夢半ばで殺したお前に言われてもな」
「す、過ぎたことじゃ」
「せやな」
さて、そろそろ戻るか、まだ意識が飛んだくらいだろう。エリノアか、さっき助けた聖騎士が具材を挟み直してくれれば······あ、薬草使い切っちゃったな、大丈夫かな。
「お、復活したみたいじゃ」
「え?」
赤黒い物体がむくりと起き上がる。鋭い目つきで女神を睨みつけている。うん、アレは次元が違うや。
「勝てるのか?」
「意外じゃな、余に勝ってほしいのか?」
「いや、別に」
「余が死ねば世界が滅ぶ、とか思っておらぬか?」
「え、そうなの?」
「滅ぶわけないじゃろう。余が死ぬ······想像もできぬが、余が死ねば殺した者が、また神になるだけのことじゃ」
「神ね、そら神より強かったら神を名乗ってもいいだろうな」
「そういうわけじゃ、まぁ未来永劫そんな事は起きないのじゃがな」
俺は魂だけとはいえ現代の姿をしているので、余裕たっぷりに周囲を観察する。あれ、あの遠くにあるブラウン管テレビの山、砂嵐の数が増えてないか?
「なぁ、女神。!?」
女神とチート転生者が消えていた。否、空中で高速戦闘を繰り広げている! 俺の動体視力でなければ視認することすら不可能だっただろう。
「〇Bかよ!!」
なんて派手なエフェクトとSEだ。この白い世界全体が揺れている!
金属バットで鉄の柱を殴ったのような音を立てて、チート転生者が地面に叩きつけられる。その後を女神はゆっくりと降下する。普通に浮きやがって!
「ほとんどの能力を壊してやったのに、仲間を全員葬ってやったのに、まだそれだけ動けるとはのぉ。ま、これで10回目の死じゃ、あと何回復活できるかのぉ? それとも、そろそろ貴様自身を壊してしまおうかなぁ? キャハハハ!」
「さては、まったく反省してないな」
「う、うるさい」
「お前、悪役みたいだよな」
「黙っておれ、いまいいところなんじゃ」
「たくよ、恨まれるような事をすると、ひどい目にあうぞ」
「貴様も、この空間に居ればわかるじゃろうな。暇なんじゃ」
「そうだ、俺さ、人に戻りたいんだけど」
「唐突になんじゃ、嫌に決まっておろう。ハンバーガーの姿でちこちこ足掻いておる姿は見物じゃぞ。······というか戦闘中にゴチャゴチャ喋りかけるでない興が削がれるわ!」
「だよな、聞いてみただけだよ。さ、そろそろ戻してくれ」
「あ、待て待て」
「なんだよ」
女神はモジモジと後ろ手に手を組んで頬を赤く染めている。
「まぁ、なんだ、その、あれじゃ、殺して、悪かったな」
「ホントになんだよ、急にデレんなよな。なんかフラグ回収したか?」
「いやぁ、ほら、狙って下ネタを言うのは恥ずかしくもなんともないけど、意図せずに下ネタを言った時って赤面するくらい恥ずかしいじゃろ? それと一緒の現象にいま陥っているのじゃ」
「······ああ、人を殺すことが悪い事じゃないと思ってたのか」
「そ、そうじゃ、でも生き返らせるのもなぁ。他の神どもにも目を付けられてての」
「これからは殺すなよ」
「前向きに善処するぞ」
政治家みたいな事を言ったしおらしい女神を置いて俺は光に包まれる。ちょうど赤黒い執念の炎が再度立ち上るところだった。
それを女神は嬉しそうに邪悪に顔を歪ませて指を鳴らす。頑張れチート転生者、最強は目の前だ。
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