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一章「四宝組編」
第十五話 俺のギターは生きている
しおりを挟む真冬とアンが戦闘を開始から数分。
四宝組本部、組長室。
「ただいま戻りました!」
一花が空間を裂いて現れた。
部屋には二人の人物がいた。一人はこの部屋の主、四宝組二代目組長、哭龍。
もう一人は、四宝組十二幹部の一人、永鳥朱蘭だ。
「闇園さん、おかえりなさい」
朱蘭はテキパキと書類を片付け、一花を迎え入れる。
哭龍が口を開いた。
「ここに来たということは、例の娘は見つかったのか?」
「はい! 無事に捉えることに成功しました!」
「ほう、見つからないことも視野に入れていたが、よくぞ捉えた」
「鎌柄さんと火血刀さんのご助力のお陰です!」
「どれ、ここに連れてこい」
「はい!」
裂けた空間から触手が伸びる。先端にはナナと心紅が拘束されている。
「その娘は誰だ?」
「『魔女』です、ついでに連れてきました」
「ふむ、魔女か」
哭龍は心紅に一歩近づいた。
「哭龍さん、危険では?」
「構わん、俺がやられるとでも?」
「はっ! 失礼しました!」
朱蘭は頭を下げ一歩下がった。
「魔女、名前はなんという?」
「あなたに答える名前なんてないわ、もう用は済んだはずよ、殺すなら、さっさと殺しなさい」
「気丈な娘だ、さすがは魔女といったところか」
次に哭龍はナナを見る。ナナはふるふると震え怯えた目をしている。
「お前が『変身』の能力者だな。写真では見たことがあったが、会うのは初めてだな」
「······」
「お前には悪いが、お前の能力に用がある、朱蘭」
「はっ!」
「この娘を魔法陣の中心に連れていけ、準備を始めるぞ」
「畏まりました、哭龍さん、魔女のほうはどうしましょう」
「適当な場所に閉じ込めておけ、利用価値があるだろう」
「はっ!」
哭龍が朱蘭を連れて部屋を出ていこうとする、一花はその後ろ姿に声をかける。
「そうだ哭龍さん、私たちまだ辞めてないので、計画とやらを教えてくれませんか?」
「そうだったな、辞めていなかったら、攫ってきた者たちをどうするのか、教える約束だったな、よかろう」
哭龍は一花に向き直った。ここで話すつもりだろう。
朱蘭は心紅とナナに目をやると「ここで話すべきではないのでは」と心配の声を上げたが、哭龍が片手を上げてそれを遮った。
「構わん、知られたとしてもその二人ではどうすることもできまい。闇園よ、教えてやろう」
一花はワクワクした様子で哭龍の言葉を待っている。
「殺すためだ」
「!?」
哭龍の突拍子もない言葉に一花は言葉を失った。
それを聞いたナナは驚愕の表情を浮かべている。
「殺しちゃうんですか?」
「そうだ、殺す」
一花は手を口に当て考えるようなポーズをとる。
わざわざ攫ってから殺す意味を考えているのだろう。
「······俺は異世界に帰りたい」
「はぁ?」
つい一花は素の反応をしてしまった、慌てて口を両手で塞いだ。
「どういうことですか?」
「昔、伯龍から聞いたことがあった。俺は赤子の頃に異世界より転移して来たのだ、と」
「故郷だから帰りたいんですか?」
「そうだ」
「それと攫ってきた人を殺すのとは、どんな共通点があるんですか?」
「こやつらの命を使い、異世界に続くゲートを作る」
「なるほどー、能力者を殺すと異世界へと続くゲートが開くってことですか」
「その通りだ、伯龍が酒の席で言っていた方法だが、朱蘭と共に調べ、実験を繰り返し、確かにそのやり方で一時的にゲートを開くことができることがわかった」
その一連の話を聞いて心紅が声を上げた。
「ふざけないで、そんなことしても失敗するに決まっているわ」
「確証はある、発動すれば少なくとも、トウキョウ全土が異世界に転移することになるだろう」
「他に方法があるはずよ」
「無い」
「あなたが知らないだけよ、現に私は魔法陣を使って異世界から新世界に来たわ」
「······魔女の戯言に付き合っている暇はない」
哭龍は踵を返し扉を開け放った。
一花は何かを言おうとしたが口をつぐんだ。
そして、何かを思い出して、つぐんだ口を開いた。
「あ、レオンさんとウルフさんが死にました」
______
「では、ここにいてくださいね」
ナナを魔法陣のある部屋に送り届けたあと、一花は窓の無いビルの一室に心紅を連行した。
「······」
心紅は鋭い目つきで一花を見下ろしている。
一花はそれとなく身構えている、心紅が何をしても反応できるようにだろう、そして反応のない心紅に変わりこう続ける。
「銀鏡心紅さん」
まだ名前を教えていないのに、と、常人ならそれだけで動揺したことだろう。しかしながら絶対の精神耐性を持つ心紅は鋭いポーカーフェイスを保ったままだ。
「なにかしら? なんで名前を知っているの!? とでも驚けばよかったらしら?」
「あはは、その反応もするかなーって思ってましたけど、実際されちゃうと少し傷つきますね」
一花はあどけなく笑う。隙だらけに見えるが付け入る隙など微塵もない。
「『彼』······えーっと、さっきの触手の主のことですが、『彼』は過去を見ることができる目を持っているんです」
「いきなりタネ明かしなんて興醒めね、最近のテレビショーならあと一時間は粘るわよ。それで私の名前を知ってどうしたのかしら?」
「いえ、聞いても教えてくれそうにないと思っただけで、深い意味は無いです。銀鏡さんの部屋で行われた残虐な行為とか、意識のない崩紫さんにしたこととか、銀鏡さんの部屋の奥にある隠し部屋のこととか、その他諸々のことなんかも、興味本位で見ただけなので気にしないでください」
一花は顔を赤らめて言った。
「じゃあ、何が言いたいのかしら」
「男ってバカですよね」
「は?」
「ただの世間話ですよ。例えばさっき私が銀鏡さんの弁護をして本当に異世界に帰る方法が他にあると知ったとしても、哭龍さんは自分のやり方を貫いたと思います」
「どうかしらね」
「それに崩紫さんだってそうです、もっとスマートなやり方であの子を救うこともできたはずです。早期に裏切ったのは軽率な行動としか言いようがありません、例えば裏切らずともーー」
「真冬のことを悪く言うと殺すわよ」
「あ、気に触りましたか。なら謝ります、ごめんなさい」
触手でぐるぐる巻きにされた状態でどうにかできるのかと疑問に思ったかもしれないが、一花はぺこりと謝罪した。
「清十郎もですよ、あ、私のパートナーのことですけど、余計なお世話というか、単純にいって過保護ですね。私に依存してくれている、と、いうわけではないようですが、女は三歩下がってついてくるものだと思ってる節があって、最近ではそれも少し変わってきましたけど」
「あのね、世間話なら他所でやってくれるかしら」
「鮫島さんという方もそうです」
一花は心紅の言葉を無視して続ける。
「あ、鮫島さんっていうのは四宝組十二幹部の一人ですが、彼が今どこにいるかわかりますか?」
「知るわけないわ」
「あはは、それもそうですよね。私が言いたいのは男って本当にバカですねってことだけです」
______
広々とした部屋だ。
天井の高さは十m以上ある、広さも相当で大規模な会合などを行いそうな場所だ。さらに椅子や机といったものが何も無いため広さが強調されている。天井に吊るされている巨大なモニターには、四分割された画面が映し出されている。
それぞれ四方にあるビルの一室を映していて、四つとも、この部屋と似たような状態だ。
部屋の中心には大きな魔法陣が描かれている。その中心にナナが鎖で繋がれている。
「んっんっー!」
口を塞がれ手足を縛られたナナは芋虫のようにもがいている。
部屋にはナナの他に、朱蘭と、その後ろに立っている七人の構成員がいる。
「では、始めてください」
「はっ!」
朱蘭の声に、モニター越しの構成員たちが反応した。
四分割されたモニターの魔法陣の中心には、それぞれ捕えられた能力者がいる。
「んんっ!?」
その光景を目撃したナナは大きな目を見開いた。みるみるうちに血の気が引いていくのがわかる。
殺されたのだ、銃で撃たれ、刀で首を切断されて、今、四人の能力者が死んだのだ。
「んぐッ······んん······」
ナナは泣いていた、泣き震えることしかできない。
「四方に用意した魔法陣が能力者の血で満たされたのを確認、第二段階に移行します」
それだけ言うと朱蘭はナナにゆっくりと近づいた。
「これも哭龍さんの意思、せめて一撃で葬って差し上げましょう」
「んんーッ!!」
ナナの必死の抵抗虚しく、朱蘭の手に握られた拳銃がナナのこめかみに押し当てられる。
「······ッ」
ナナはギュッと目を瞑った。
「······」
拳銃を突きつけられてから少し時間が経った。
「なぜ、邪魔をするのですか」
若干、焦りの入った朱蘭の声にナナは薄らと瞼を開く。
「それはこっちのセリフさ。フェニックスレディ」
「んん!」
そこには、四宝組十二幹部の一人、鮫島水葵が立っていた。
ニヒルに笑い、片目を瞑っている。
「これは裏切り行為ですよ? 今ならまだお咎めなしとします、拳銃を返しなさい」
朱蘭が握っていたはずの拳銃が、いつしか水葵の手に渡っていた。
「俺は、俺の歌を聴いてくれる人が大好きなのさ。なにせ俺の下手な歌を聴いてくれるヤツなんて、ほとんどいないからね」
「ぷはっ! 水葵殿!」
水葵の『最速』の能力によって、拘束を解かれたナナは、水葵に走り寄った。
「わかりました、今から鮫島水葵は裏切り者とします。皆さん準備はよろしいですか?」
「はっ!」
朱蘭の後ろにいた、七人の構成員が前に出る。
「んー、見慣れない連中だね、誰だい?」
「新しい幹部候補たちです」
「ひい、ふう、みい、よお、いつ、むう、なな。七人いるってことは、俺の分もいやしないかい?」
「正解です、けがをしていらしたので、一応用意しておきました。どうやら無駄にはならなかったようですね」
「結果オーライか、ははは、それは重畳だな」
「わかっているんですか、この七人は一人一人が幹部クラスの力を有しているんですよ」
「それに俺は病み上がり、このピンチ、これにはついに、曲が降りてきそうだ!」
「今の曲も完成させていないのにですか?」
「そのことを言うのはやめてほしいぜ」
二人の会話が終わり、七人の幹部候補が名乗りを上げる。
「俺の名はレオ! ウルフの後釜だ!」
立派なたてがみをたなびかせる屈強な男は『獣人ライオン』のレオだ。彼は複合型能力者でもう一つ能力がある。
『武器召喚』の上位互換に位置する『特殊武器召喚』能力だ。
能力が付与された武器を召喚することができるというものである。
取り出したのは鈎爪だ。この武器の能力は麻痺毒だ。カスリでもすれば動けなくなるという凶悪な武器だ。
「俺はバット、レオンの代わりだ」
腕に生えたコウモリの羽が印象的な細めの男。『獣人コウモリ』のバットだ。彼も複合型の能力者で『真空波』を作り出すことができる。
服装はノースリーブの特性スーツだ。
「サンダー伊藤と申します。えーっと、この業界は初めてですが誠心誠意がんばる所存でございます。以後よろしくお願いします」
深々と頭を下げたのは、哀愁漂う、サラリーマンのような男だ。サンダー伊藤という名前は、この業界では、名前を名乗らない者も多いと聞いた伊藤が慌てて考えた偽名だ。
彼の持つ能力『蓄電』は体内に電気を蓄えると言ったものだが、その能力が原因で会社を首になっている(蓄電量が増えると触れたものにも電気を流してしまうためパソコンを十台以上壊した)。
体内の電気を使い動体視力の強化、身体能力の驚異的な向上。触れたものへの電撃攻撃など、こう見えても意外と近接タイプだ。
「ちなみに、鮫島さんの抜ける穴を埋めることとなりました」
「あんなのが俺の代わりかよ······」
朱蘭の補足に、水葵は呆れたようにギョーーンとギターを引いた。
呆れ返る水葵を無視して、分厚いフルプレートに身を包んだ男が軽快な足取りで一歩前に出た。
「浮辺うきべ 柳りゅう、任期を終える風間さんの後任です」
軽く会釈をすると、トンっと後ろに下がった。その動きは、ほとんど重力を感じさせない。
なぜあの重厚な鎧で、あれほど軽快に動けるのだろうか。
柳の能力『重力軽減』のお陰だ。見たものの重力を軽くすることができる。
一度発動すれば見なくてもいいので、自身にもかけ続けることができるのだ。
水葵がショックで項垂れている間も紹介は続いていく。
「茂籠もろです! 名前は捨てました! もろたんって呼んでください! 地下アイドルならぬ、極道アイドル、頑張ります!」
渦をまいた瞳を持つポップな服装の少女。計十秒見つめ合った相手の意識を自身に閉じ込めることができる『精神奪取』の能力者だ。
意識を奪った相手の肉体は彼女の従順な人形となる。
すでにライブ会場で手に入れた、百を超える私兵を所持している。
「彼女は久乗さんの代わりです」
と、朱蘭の補足が入った。
「次、遅野井さん」
「······あぁ、俺の番か······」
この、のっそりとした男は、遅野井おそのい 鈍にぶる、武装警察に所属していた元刑事だ。彼の場合能力というより性格が原因で武装警察を解雇された。
「遅野井 鈍······、元刑事だ、スパイとかじゃないのは朱蘭さんが調べ済みだから······その、よろしく頼む」
彼の能力は『最遅』物体を遅くさせる能力者だ。ちなみに彼がもたついてるのは能力のせいではなく性格だ。
「能力は確かなので、私がスカウトしてきました。任期を終える闇園さんの代わりです」
「よし! 最後は俺だな!」
ズイっと前に出たのは、見るからに不良少年だ。
赤いリーゼントに短ラン、両手はポケットに突っ込んで水葵を睨みつけている。
「俺は、鬼武おにたけ 健太けんたってんだ、崩紫さんに憧れてここに来た」
あれっと水葵は朱蘭を見る、朱蘭は自信に満ちた目をしている。
「裏切り者となった崩紫さんには、俺が直々に引導を渡してやりてぇんだ! こんなところでいつまでも時間を無駄にしている場合じゃあねぇんだよ!」
「無論、彼が崩紫さんの代わりです」
「そういうことかい」
水葵は片目を瞑りニヒルに笑った。
「総勢七名、鮫島さんを倒せたら皆さん揃って幹部昇格です。では最終試験スタート」
朱蘭のその言葉を受けて、七人が水葵に襲いかかる。
これは公開処刑だ、すでに実力は幹部クラスといっても過言ではない七人が病み上がりで裏切り者の幹部一人を粛清する。
これを処刑といわずしてなんといえばいいのだろうか。
「行くぜ、相棒!」
「ギィ!」
逆境を前に、水葵は嬉しそうに一つ目魚の尻尾を握る。
パンッ!
「!?」
音速を超えたことを伝える音と共に、襲いかかった七人が同時に一撃を受け一歩後退させられる。
候補とはいっても流石プロだろう気絶したり痛みにとらわれる者は誰一人としていない。
「鮫島さんは『最速』の能力者です、多人数にも強いので気を抜かぬように」
「おおッ!」
朱蘭の注意を受けて、まずレオが麻痺鉤爪で水葵に切りかかる。かすりでもすれば決着がつく。
しかし、残像を切り裂くばかりでレオは水葵を捉えることはできない。
「······俺が止める」
鈍が水葵のいる辺りを丸ごと『最遅』の能力により遅くさせる。レオも巻き添えを受け、動きがスローモーションになる。
水葵の動きも遅くなった。それでもこの部屋の誰よりも速い。
しかし減速したのは確かで『最遅』の効果範囲を水葵一人に絞ることができた。
「俺の真空波を喰らえ!」
飛んでいるバットが口を大きく開き真空波を水葵に放った。
「勝機」
「俺の分も残しとけよ!」
柳と健太も追撃する。
柳は『重力軽減』で軽くした大剣を振りかぶり突撃、健太は能力を発動させる。
『武器化』それが鬼武 健太の能力である。体の一部を武器に変えることができるという能力だ。
健太は右腕を棍棒に変えて殴りかかった。
鈍の『最遅』空間の中でさえも水葵は他の者より圧倒的に速い。
レオの爪撃を、バットの真空波を、柳の斬撃を、健太の殴打を、すべて回避している。
「······これは業績チャンス!」
「お!」
水葵の目の前に現れたのは、くたびれたサラリーマン、否、サンダー伊藤である。体内に『蓄電』した電気を使い筋肉を刺激させて超人的な動きを可能としているのだ、遅くなった水葵に迫る速さで現れた。
「少し痺れますよ!」
サンダー伊藤は能力を右腕に集中、電気で筋肉を強化、持てる限りの速さで水葵の腕を掴む、そしてすかさず体内の電気を放出し水葵を感電させる。
「······ッ」
「水葵殿!」
倒れた水葵を見てナナが悲鳴をあげる。
「早く押さえつけてください、私の奴隷にします!」
茂籠が駆け寄る。それを見た朱蘭が大声をあげる。
「まだです! 鮫島さんにはまだ切り札がーー」
「『人魔融合』!!」
一つ目魚の能力『人魔融合』だ。
水葵は刹那の速さで一つ目魚と融合した。
蒼い魔人がそこに立っていた。
「聴いてください」
殺戮とした部屋が水葵の声でしんと静まり返った。
「『俺のギターは生きている』」
ドガンッ!
「ぐぎゃあッ!!」
爆音とともにレオが吹き飛んだ。そのまま壁に激突、この部屋の壁は特別性で頑丈に作られているため、衝撃を逃がすことなくレオの体にダメージを与えた。ずり落ちてがくりと失神した。
レオの立っていた場所には水葵がいる。
「俺のギター生きてるぅ〜ときどき動くぅ〜」
陽気に歌っている水葵、一つ目魚が持つ硬い鱗まかせの『最速』ショルダータックルだ。
「はぁ!」
水葵の体が宙に浮いた。柳の『重力軽減』だ。
「今だ!」
「よし!」
健太は棍棒になっていた右腕を元に戻す。
そして再度『武器化』今度はガトリング砲だ。
左手で右肩を押さえ、水葵に向かってガトリング砲を連射する。
「俺のギター生きてるぅ〜たまに手足が生えてくるぅ〜」
水葵は空気を蹴り上げ回避。
「俺のギター生きてるぅ〜俺はそれを毟り取るぅ〜」
その動きは滅茶苦茶だった。柳の能力を逆手に取り空気を蹴りつけ、縦横無尽に部屋を駆け巡る。
「りゅ、柳! 能力を解ぎゃあ!」
柳が能力を解く前に、空中にいたバットは全身をくまなく殴られた。殺虫スプレーをかけられた蚊のように力なく頭から落下した。
『重力軽減』から解放された水葵が地面に着地した瞬間をサンダー伊藤は見逃さなかった。
「最ッ大出力ですッ!」
サンダー伊藤は体内に『蓄電』した電気を両手からすべて放出した。その渾身の一撃は見事なもので水葵に命中した。
「俺のギター生きてるぅ〜こいつも俺をよくかじるぅ〜」
しかし水葵は歌い続けていた。
「どうしてです!? どうして、私の電撃が! ぐふっ!」
その答えを知る前にサンダー伊藤は、水葵に袋叩きにされ失神した。
元々一つ目魚は『電撃耐性』を持っている、その一つ目魚と融合した水葵にも、その耐性が付加されているのだ。
「俺のギター生きてるぅ〜俺もこいつをたまに食うぅ〜」
「!?」
歌いつつも次はお前だといわんばかりに水葵は柳を指さした。
それを受けた柳は自身にかけていた『重力軽減』を解除。ズシンと鎧は地に落ち岩のようになる。こうなると柳も身動きが取れなくなるが防御面だけでいえばこの形態が一番優れている。
爆音とともに柳の鎧が揺れる、水葵のショルダータックルだ。
だが揺れる程度だ、鎧が壊れたりはしなかった。柳はふぅと一息付く、勝つための戦法を考えているのだろう、額にかいた汗の量が彼がどれだけ緊迫した状態に置かれているかがわかる。
しかし次の瞬間。
ドドドドドドドドカンッ! 爆音のドラムロールが部屋全体に響き渡る。
水葵がショルダータックルを連続で繰り出しているのだ。
驚くべきはその速度だ、残像を何重にも残し、数え切れないほどのタックルを繰り出している。
「ぐおあッ!!」
「······がッ!?」
最終的に鎧が粉々に砕け散り、鎧共々吹き飛ばされた柳は背後にいた鈍を巻き込み壁に激突、二人とも意識を失った。
鈍の能力から開放された水葵は本来の速さを取り戻した。
それを見た鬼武は茂籠のところに駆け寄る。
「茂籠!」
「もろたんって呼んでください!」
「も、もろたん、鮫島と何秒見つめ合った?」
「六秒ほど」
驚くことに茂籠はすでに能力発動条件の六割をクリアしていた。
「よぅし! 俺が盾になるからよ、鮫島と目を合わせてくれ」
「わかりました」
二人の会話を鰭ギターを掻き鳴らして待っていた水葵を鬼武が呼びつける。
「おら! 鮫島! 俺が相手だ! ぶぼああッ!?」
鬼武が能力を発動する暇なく袋叩きにされた。
「ふふんふふふふ、ふふふふ〜ん」
ここから先の歌詞を水葵は考えていなかった、だいたいいつもこの辺で飽きてしまい、即興で適当な曲を歌ったり、他者の曲をカバーしたりするのだ。
毎回歌詞が微妙に違ったりもするが水葵は気にしない、音楽の才能が全くないことも気にしない、ついでにその手に持つものは楽器ですらないことも気にしていない。一人と一匹はそれで満足なのだ。
「あ、あ······」
どしゃりと鬼武が失神して崩れ落ちる前に、水葵は茂籠の前に立っていた。
茂籠は倒れた鬼武には目もくれない、プロ根性で水葵とじっと目を合わせる。七秒、八秒、九秒。あと一秒。
九.九九九九九九九九······。
パンッ!
十秒は訪れなかった。
首に手刀、腹にパンチを受けた茂籠は、バタリと仰向けに倒れた。
七人の幹部候補が一人残らず気絶している。
その前で水葵は鰭ギターを掻き鳴らしている。
「そんな馬鹿な、私のスカウトした精鋭たちが······」
「ふぅ······、まぁそう落ち込むなよ。十分に幹部の力はあると思うぜ」
「水葵殿!」
ナナが水葵に駆け寄る。
「待った!」
水葵は手を突き出してナナを静止させた。額から汗が垂れる。見つめる先は扉の向こう。
ガラぁん。
下駄の音だ、扉を開き現れたのは。
「······」
四宝組十二幹部の一人、用心棒、風間 清十郎だ。
「最高のフルコースだ」
水葵は片目を瞑りニヒルに笑った。
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