クラウン家の失墜

つなかん

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二章

レインマン

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「おはよー」

 あの、広々としたリビングのカーテンは開け放たれていた。時間で開閉するシステムなのだろうか。窓から、太陽の光が燦々と降り注いでいる。
 キッチンカウンターにはオリヴィアが、昨晩と同じ位置、同じ姿勢で座っていた。ブロンドの髪が太陽の光でさらにキラキラ輝いている。緑色のドロドロした、スムージーのようなものを飲んでいる。

 ダミアンは大きく欠伸をした。昨日まで寝起きしていた、あの小さなアパートとはなにもかもが違った。この家は、人との関わりが極端に薄い。隣の部屋の声も聞こえない。アパートよりもよほど、それぞれが他人同士、独立して生活している。
 部屋に残してきたオースティンのことが、少しだけ気になった。後悔していた。もっと自分と関わりの薄い、知らない人間に手を出すべきだったと。できるだけ、面倒事は避けたい。

「おはようございます」

 ダミアンは軽く会釈をした。有名なハリウッド女優と二人きりの空間というのは、ダミアンにとってなんの意味も持たなかった。ソファに座り、のんびり窓からの景色を楽しむ。

「これ、飲む?」
「野菜なんて食べない」

 オリヴィアのほうを振り返りすらしなかった。普通の男ならきっと、こんな風に金髪の若い美女を無下に扱ったりはしない。
 彼女のこれまでの人生ではありえない出来事だろう。オリヴィアはそれでも、ダミアンの言葉に文句を言うことはなかった。

「げぇ、やばぁ」

 ボソッと小さくそれだけ呟いた。オリヴィアの一挙手一投足、どこまでが演技でどこまでが本当のことなのか考えるだけ無駄なように思える。大金を賭けたブラフやハッタリとは性質が違った。

「ま、ホモもヤバいけどね」
「あ?」

 イラッとすることを言われたような気がして振り返る。オリヴィアは涼しげにスムージーの入ったコップを傾けていた。いかにも健康的な顔色が癪に触った。

「あのなぁ、ホモは謙譲語――」

 もっと言葉を続けたかったが、部屋中にインターフォンの音が鳴り響いたので口を噤んだ。オリヴィアは軽く咳払いをして、当然のように玄関のほうを指差す。

「誰だろ、あんた出てよ」
「僕が?」
「断るの?」

 他人が、自分のために動くのは世の理。そういう態度が透けて見えていた。生まれたときから金持ちで、美人で、周囲からチヤホヤされて生きてきた人間だった。染み付いて剥がれない、醜悪な本能。足元に転がっている人間の気持ちなんて、考えようともしない。
 本当に記憶喪失なのかよ。ダミアンは悪態をつきたかったがやめておいた。若く、美しい女は敵に回してはいけないと知っている。曲がりなりにも姉だし。

 廊下を進んでインターフォンのスイッチを押す。操作の仕方はよくわからなかったが、なんとなくボタンを押していると通話が繋がった。

「すみません警察です」

 モニターには、警察手帳を翳す男が映っていた。制服は着ていない。刑事なのかもしれない。
 ダミアンはそのとき初めて、セキュリティのしっかりしたマンションでは部屋に押し入られたりしないのか、と気がついた。自分がボタンを押さなければいくら警察官だからといって、エレベーターに乗ることはおろか、このマンションに入ることすら叶わない。

「あ~。はい、どうぞ」

 ダミアンは軽く返事をしてインターフォンの横のボタンを押した。これで鍵が開いた、んだろうきっと。刑事がモニター越しに軽く頭を下げるのが見えた。しばらくすると液晶は暗くなった。

「なんだって~?」
「なんか、警察が来るみたいです」

 リビングに戻ると、オリヴィアはヨガマットの上で変なポーズを取っていた。ダミアンのことなど、小間使いくらいにしか考えていない。
 長い金髪を一つに纏めていた。変なポーズを取っているにも関わらず、絵画のような美しさを持っている。くるりと振り返った顔は、怒ったように目が吊りあがっていた。

「通したの?」

 怒気を孕んだ強い声色にダミアンは面食らった。やはり、大金や臓器、特に命を賭したギャンブルの場とは異なる。空気をかき乱される。どうしても、支配することができない。思わず声が震えた。

「こ、断れるんですか? ああいうの」
「あーあ。これだから一般人は困る。まぁいいわ。あなたが対応するのよ」
「はぁ」

 オリヴィアは大袈裟にため息をついた。ヨガマットをくるくると回してソファーの下の収納に押し込む。……このソファ、そんな機能まであるのか。
 この家には、初めて見聞きするものばかりで溢れていた。オリヴィアはそのまま優雅にソファーに腰を下ろし、退屈そうにiPhoneを弄り始めた。最新式だった。

 ちょうどそのとき、玄関のインターフォンが鳴った。セキュリティを高値で買ってでも、来客対応を二度もしなければならないなんて、ダミアンには理解しがたい価値観だった。

「こんにちは、警察です」
「はい、どうぞ」

 ダミアンは玄関の鍵を開けた。警察手帳を抱えた初老の男がダミアンの姿を見て眉をひそめる。そのまま部屋に歩を進めた。慌てて、ダミアンもリビングへ戻る。

 いつの間にか部屋のカーテンは閉められていた。薄暗いリビングには薄型のスクリーンが出現していた。映画、『レインマン』が流れていた。オリヴィアが前屈みになった状態で、真剣な眼差しを画面に向けている。

「あのう、失礼ですがあなたは?」

 刑事は広々とした、すっかり劇場と化したリビングをぐるりと見渡して小声でダミアンに質問してきた。映画の音声がぴたりと止まる。

「えっと、ダミアン・ダグラスです」
「弟なの♡」

 部屋の電気がパッとついた。眩しくて瞬きを繰り返しているうちに腕を取られる。オリヴィアだった。さっきまでの冷たい態度が嘘のように、鬱陶しいくらいにくっついてくる。爽やかな柑橘系の香りが漂ってきた。

「そんな話、聞いたことがない」

 刑事が吐き捨てるように言った。胸ポケットからメモ帳を取り出してなにかを書き加えている。チラッと、ニューヨーク連続殺人事件、捜査と書かれているのが見えた。

「あのお父様だもの。隠し子の一人や二人いたって驚かないわ」

 オリヴィアはニコッと微笑んだ。男に媚びる用の笑みだとすぐにわかった。あからさまに刑事の頬が緩むのを見て、ダミアンは小さく鼻を鳴らした。
 部屋が明るくなりスクリーンはほとんどなにを移しているのか確認できなかったが、目を細めればかろうじてシーンを追うことができる。つけっぱなしの『レインマン』はちょうど、主人公が遺産相続について弁護士に抗議するシーンだった。

「うちの弁護士が言ってた。この子がここに来た時点で、すべての相続権は二年間保留になる」

 オリヴィアの明瞭な発音が鼓膜を揺らす。心地の良い、癖のないアナウンサーのようなイントネーションが現実味を打ち消した。だから一瞬反応が遅れた。数秒後、ダミアンは動揺の隠せない大声を上げた。

「はぁ? 聞いてねーぞ。二年もここで暮らせってのかよ」
「そーゆー遺言だもの。嫌なら出ていけば?」

 刑事がさらさらと走らせるボールペンを止め、怪訝そうにダミアンを見下ろした。オリヴィアは余裕の表情で、ついていけない、とばかりにカウンターの定位置に移動する。

 舌打ちをするしか反論の方法はなかった。あの日、モンローは細かい説明はせずにそそくさと帰っていってしまった。
 目を通しておくようにと契約書のコピーを渡してきたが、引越しのゴタゴタですぐになくしてしまった。電気やガスの請求書も溜め込むダミアンには、長い文章を読めというのは無理な相談だった。

「ま、私はどっちでもいいけど。お兄ちゃんたちはどうかな」
「え?」

 ダミアンだけでなく刑事も声を漏らした。オリヴィアは椅子をくるくる回しながら子供のように唇を尖らせる。まるで、この状況を楽しんでいるようだった。

「忘れちゃったのは最近のことだけ。昔のことは覚えてるの。お兄ちゃんたち、いつもお金には困ってるから」

 高い位置からテーブルに肘をついて、ダミアンたちを見下ろした。青い涼しげな瞳。整った容姿。顔が良いから、どんな失礼な態度を取っても許される。正直、悪い気分はしなかった。

「みなさんにはそれぞれアリバイがあります。オリヴィアさんは三番目の事件のときはハリウッドで映画の撮影中だった。長男のコンラッドは最初の事件のときは裁判所に呼び出されてて監視カメラにも映ってて、証人もいる。次男のエリオットは二番目の事件のときはゲームの配信中だった」

 刑事はメモ帳を見ながら、早口でまくし立てた。オリヴィアは兄たちの名前を聞いても、飄々とした態度を崩さない。再びスマホに視線を落とした。

「同じ犯人とは限らないじゃない」

 スマホの画面を親指で叩き、小さく嘆息した。なんてことのない動作なのに、目を離すことができない。オリヴィアはおもむろにタバコを取り出し、ライターを鳴らして火をつけた。……げ、健康オタクみたいな生活しといてタバコは吸うのかよ。

「いや、同じ凶器が使われてる。殺し方も同じ。連続殺人事件と考えるのが自然でしょうね」
「そう?」

 刑事はパタン、とメモ帳を閉じた。オリヴィアは軽く首を傾げ、副流煙を吐き出した。キッチンの換気扇がひとりでに作動し始める。この家は、なんでもかんでも自動で物事が進んでいく。

「じゃあ、容疑者にはならないの?」

 ダミアンはおずおずと口を挟んだ。被害者の共通点といえば、ニューヨークで生活していることくらいなものだとニュースキャスターが騒いでいるのを見かけたばかりだった。動機がない。

「私は疑ってますよ! だからここにきた。クラウン製薬の人間は、独立記念日に国歌が流れるときですら、愛国心を取り戻さないような人種だし、それに――」
「やばぁ、公務員が人種差別かよ」

 後ろから声がしてダミアンはびくりと肩を震わせた。全然気がつかなかった。振り返るとオリヴィアと同じ、明るい金髪の男が立っていた。歳を取り、気だるげな雰囲気を纏っているが顔立ちは整っていた。
 朝からぷんぷん、アルコールの匂いを漂わせていた。緑の瞳は眠そうにとろんとしている。ダミアンはネットのニュース記事を思い返した。その顔には見覚えがある。チェスター・クラウンの子供たちのうち、最も頻出している男だった。

 長男コンラッド、父親が経営するクラウン製薬で営業職をしている。社用車で賭場に入り浸っているのを何度もパパラッチにスクープされていた。
 現在三十一歳で、二十代の頃に結婚した妻とは離婚調停中。とんでもなく酒癖が悪いとか、DVを日常的に行っていたとか、父親以上に悪い噂が絶えない。
 若い頃は真面目で勤勉だったというが、到底信じられない。コメント欄はいつだって誹謗中傷の嵐だった。陸軍に勤めていたとき重度のアルコール依存症により除隊させられ、現在の仕事に落ち着いたようだ。

「また朝帰りぃ?」

 オリヴィアは大きく煙を吐き出しながら、退屈そうに目を細めた。コンラッドのことを明らかに見下している視線。カウンターの隅の灰皿に手を伸ばし、バランスを取りながら足を組んだ。ショートパンツから伸びたすらりとした脚を見せつけている。

「サイコーだった! 美容クリニックの受付嬢! やっぱ若さだよな~」

 コンラッドは朝から下品すぎるセリフを発しながらネクタイを外した。ジャケットを脱ぎ、ソファに投げつける。部屋の時計にチラりと目をやって、小さく舌打ちをした。薄くなりつつある前髪を掻き上げた。

「不倫の告白にしてはずいぶん堂々としてるのね」
「不倫じゃない、仕事だ」
「どうだか」

 オリヴィアは二本目のタバコを口に咥えていた。ピアニッシモだろうか……細いタバコだった。コンラッドはオリヴィアを睨みつけたが、食ってかかったりはしなかった。本当に兄妹なのか疑わしい、一触即発の空気が流れる。

「刑事さーん、この人逮捕できないんですか~?」
「うーん。そういうのは民事になるかな」

 刑事はもごもごと答えて部屋から出ていった。オリヴィアは不機嫌そうに玄関のほうを見て、深くタバコを吸っていた。

「製薬会社勤務でキメセクしないとかありえねぇだろ」

 コンラッドはまるで当たり前のように答え、キッチンの中へはいった。冷蔵庫の扉を開け、水の入ったペットボトルを取り出す。一気に半分ほどを飲み干した。緑の瞳がダミアンを射る。不自然に眉が動くのがわかった。

「てか、誰こいつ?」

 ダミアンは困ったように眉を寄せた。できる限り無害な子供を装うため、曖昧に微笑んだ。

「あ~。ダミアンです、えっと――」
「私たちの弟なの」

 オリヴィアは三本目のタバコを灰皿に押し当てた。ポニーテールに結っていた髪をほどく。長い金髪がきらきら魅力的に輝いた。

「弟? あ~、相続がどうとかいう」
「えっと、よろしく」

 コンラッドはペットボトルを潰しながらぶつぶつ呟いた。キッチンから出てきて、立ち尽くすダミアンに手を伸ばす。

「初めまして。長男のコンラッドです」

 人当たりの良い声だった。酒の匂いすら漂ってこなければ、セールスマンらしい爽やかさすらある。笑っていたが、愛想笑いであることは明白だった。形式的な握手をしたが、握力が強すぎて骨折するかと思った。
 コンラッドはおもむろに、床に置きっぱなしになっていたビジネスバッグを手に取った。小さな箱のようなものをダミアンに投げて寄越す。箱には、『精力剤』と書かれていた。

「これ、めちゃくちゃおすすめ。安くしとくよ」

 ギョッとするダミアンの肩に腕を回してくる。箱の後ろには小さく『クラウン製薬』と書かれていた。耳たぶに生ぬるい息が吹きかかる。

「それか、一回試してみる?」
「ええっと……」

 なんと答えるべきなのかわからない。本気じゃない。営業トークなのはわかっていた。コンラッドは見るからに女好きで、ゲイお仲間じゃない。返答に迷っているうちに、ポンと軽く肩を叩かれた。組まれていた腕が離れる。

「ま、若いから必要ないか」
「サイテー、既婚者の癖に」

 ソファに移動したオリヴィアが悪態をついた。彼女がリモコンのボタンを押すと、部屋の照明が落とされた。スクリーンに『レインマン』のシーンが映し出される。

「既婚者じゃない。離婚調停中だ」
「それってまだ既婚者じゃない? 今何人同時進行中?」

 コンラッドはオリヴィアの嫌味も慣れた様子で聞き流す。その表情は、どこか安心しているようにも思えた。大袈裟に肩をすくめる。

「さぁ、何人だろ。別によくね? ジョン・F・ケネディだってたくさん女がいた」
「ケネディみたいに暗殺されればいいのに」

 オリヴィアはスクリーンから一切目を離すことなく返事をした。五歳以上歳の離れたきょうだいは喧嘩をしない、となにかで見たことがあったけれど彼らには当てはまらないようだった。刑事の言葉が思い出された。クラウン家の人間には、一切の常識が通用しない。

「口の減らないガキ」

 コンラッドは吐き捨てるようにそう言ってリビングを出ていった。しばらくの間、映画の音声だけが静かに流れる。

 『レインマン』がどういう映画か、ダミアンはよく知っている。主人公は高級車のセールスマン。父親の遺産を相続しようとするも、財産はすべて存在の知らなかった自閉症の兄に譲られることになっていた。少しだけ似ている――今の自分たちの状況に。物語終盤で、ブラックジャックでカウント行為をして大金を稼ぐところまで。

「だりぃ。午前休にしても遅刻だよ」

 コンラッドがリビングに戻ってきた。髪も服も、さっぱりしている。髭も剃られ、アルコールの匂いが洗い落とされ、印象ががらりと変わる。だらしない雰囲気は消え、ちょっと顔の良いサラリーマン、といった風貌だった。
 ソファに投げたジャケットを羽織り、新しいネクタイを締める。左手に高そうな腕時計をつけていることにダミアンは気がついた。

「縁故入社のゴミ野郎なんて、いなくったって一緒でしょ」

 映画を一時停止させ、オリヴィアがコンラッドのほうを振り返った。またしても緊迫した空気が流れる。
 意外にも、コンラッドは小さくため息をついただけだった。瞳の色に合った深い緑色のネクタイを結ぶ。

「こう見えても結構成績良いんだ。なんせ、ニューヨークのことならよぉーく知ってる。ワールドトレードタワーはおれの遊び場だったんだ」
「それだけがご自慢ってわけ?」

 オリヴィアのほうはイラついているようだった。長い髪も、若くハリのある肌もこの場ではなんの役にも立たない。青い瞳に不愉快さを隠すことなく滲ませていた。

「年寄りってどうしてみんな過去の話ばかりしたがるのかしら」
「自慢することなら他にもあんだろ、妹がハリウッド女優とか」

 コンラッドはネクタイを締めながら涼しげな顔で答えた。こうやってたくさんの女を口説き、商品を売ってきたのだと容易に想像がつく。セールストークも、必死に作った清潔感も、オリヴィアの前では意味を持たない。

「きっしょ、絶対言うなよそれ」
「わかってるよ」

 コンラッドはやれやれと肩をすくめた。ネクタイを調整し、腕時計に視線をやる。床に転がったままのカバンを手に取った。どこからどう見ても、健全な中年のサラリーマンだった。爽やかで、ちょっとかっこいいまである。

「じゃあおれ、仕事だから」
「二度と帰ってくるな」
「はいはい」

 コンラッドはカフスボタンを弄りながら、来たときと同じくらい自然に外へ出て行った。朝帰りをして、そのまま仕事へ行くなんて信じられない。ダミアンは目を白黒させた。

「えっと――」
「許してあげて。お兄ちゃん、売上のためにババアとセックス枕営業しまくって頭がおかしくなっちゃったの」

 映画のボリュームが上がる。ダミアンは口に溜まった唾を飲み込んだ。とても居心地が悪い。ずっと一人っ子として生きてきたダミアンにとって、兄や姉といった生き物は未知の生命体だった。
 もちろん、家族面するつもりは毛頭ない。それでも二年間はこの家で過ごさなければならないそうなので、少しはコミュニケーションとやらを取らなくてはと焦ってしまう。ペースを乱される。

「あんまり仲良くないんですか?」

 ダミアンの言葉に、オリヴィアは再び映画を一時停止させた。振り返ることなく、冷たく言葉を発する。

「今の、仲悪そうに見えた? そんなつもりないけど」
「まぁ、人それぞれ、かも?」

 感情のこもらない言葉に冷や汗が流れる。情緒不安定なんてもんじゃない。空気の支配者とも言えた。屈強な男たちに囲まれても笑顔を崩さなかったダミアンが小さく体を震わせている。

「きっと私、言い方がトゲがあるのよね。元々の性格なのかしら」
「さ、さぁ……」

 思わず視線を逸らした。空調の完璧に効いているリビングでは、タバコの副流煙すら気にならない。天井から流れてくる涼しい空気で髪が揺れる。オリヴィアは鬱陶しそうに長い金髪を撫で付けた。

「『ホモなの?』とか聞いて悪かったわ。事故のあと、マネージャーに言われたの。『発言には気をつけろ』って。だから外に出られないの」

 悪びれているようには見えなかった。しかし、困ったように、今にも泣きそうな顔をされると強く出ることができない。やっぱり女はずるい。その思想が強固になるばかりだった。

「なんてゆーんだっけ。その、えるじーびぃみたいなやつに配慮しろって言うのよね?」
「LGBTQ?」
「それそれ!」

 オリヴィアは目を輝かせ、大きな音で指を鳴らした。まるで忘れていた記憶を取り戻したかのような、異様な溌剌さをみせる。綺麗な顔立ちのせいか、それが演技なのかどうか見分けがつかなかった。
 ……記憶喪失が嘘なのか本当なのか、カジノで嘘を嗅ぎ分けてきたダミアンですらわからない。ハリウッド女優の肩書きも伊達じゃない。さすが、大金を稼ぐだけのことはある。
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