クラウン家の失墜

つなかん

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三章

ABC殺人事件

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「酒臭っ。アンタまで夜遊びってわけ?」

 二日酔いでまだ頭がふらついていたが、ダミアンはそれでもポーカーフェイスを崩さなかった。並んでソファに座る面々を黙って見下ろす。カーテンは開け放たれており、夜のニューヨークの景色を一望することができる。

「話があるっていうから来たけど……しょうもない用事だったら慰謝料を請求してやる」
「なにそれ、おれもしよかな~」

 エリオットの〝慰謝料〟という言葉にコンラッドが反応する。冗談めいた口調だが、彼が離婚調停で多額の慰謝料を請求されているのは周知の事実なので誰も笑わなかった。

「連続殺人事件の犯人がわかったんです」

 ダミアンは静かに口を開いた。腕を組み、柱にもたれかかっている。薄く目を開け兄姉たちを観察した。

「謎解きってのはさ、全員揃ってからって相場が決まってるだろ……ここには弁護士も警察もいない」

 エリオットが親指の爪を噛んだままモゴモゴと喋った。聡明そうな瞳が疑り深くダミアンを睨みつけている。

「オースティンもいない。一番怪しいだろ。殺人犯だぜ」

 コンラッドが口を挟んだ。長い足を組み、タバコをふかしている。どこか苛立っている様子だった。オリヴィアだけは姿勢よく、彼らの真ん中にちょこんと座っていた。

「ま、たまには兄弟水入らずで話すのも悪くないんじゃないですか」
「……わかった。俺はそれでいい」

 ダミアンのセリフに、珍しくエリオットが反応した。コンラッドは目を閉じてタバコの煙を堪能している。
 しばらく静かな時間が流れた。時計の秒針や、換気扇の回る音だけが機械的に響く。ダミアンは小さく咳払いをした。大きく息を吸う。

「アガサ・クリスティのABC殺人事件も、Cの事件が本命だった」
「〝も〟ってなんだよ。〝も〟って」

 コンラッドがイライラと舌打ちをした。タバコの灰が床に落ちる。ダミアンは冷静に息を吐いた。エリオットから目を離そうとしない。

「エリオットさんは父親の不祥事を揉み消した。製薬会社の利権絡みの……おそらく一つや二つじゃない。常に金に困っているあなたはなんだってやったでしょうね。どんなにあくどいことでも――」
「証拠がない!」

 今まで聞いたことのないほど、しっかり声がでてきた。噛んでいた爪が割れる。エリオットは気まずそうに俯いて、チュッパチャプスの包装紙をぺりぺりと剥がした。落ち着きを取り戻したのか、次に口を開いたときにはいつものボソボソした口調に戻っていた。

「俺たちにはアリバイがある。連続殺人事件なんだろ」
「そう、連続殺人事件。あなたたち全員にアリバイがある」

 ダミアンはそこで一旦言葉を切った。乾いた唇を湿らせる。冷たい瞳でクラウン家の面々を順番に見る。

「だから、共犯なんじゃないかって思いました。仲悪そうだけど……共通の敵がいれば結束するんじゃないかって。あなたたちは、それぞれのアリバイをお互いが証明していた」
「……」

 誰も喋ろうとしない。図星なのか、はたまたまったくの的外れなのかわからなかった。何の反応もない。エリオットの言う通り、たしかに証拠がない。ダミアンはここで初めて視線を落とした。

「不仲なのは、本当か嘘かわからなかったけど父親を殺すことに関しては結託していた。違いますか?」

 それまで黙っていたオリヴィアがガタガタ震え始めた。寒くもないのに両腕をさすっている。しばらくそうしていた後、頭を抱えてしまった。

「私……わたし、わたし。思い出した――元はと言えばアンタが言い出した。マッチングアプリで適当に誘い出せば簡単だ、って」

 顔を上げたとき、いつもの演技じみた表情はどこにもなかった。美しい顔に恐怖を貼り付けている。開ききった瞳孔が歪に痙攣し、尋常ではない状況を伝えていた。コンラッドを指差している。

「おれのせいかよ。あんなん、金になるっていうから協力してやっただけだし」

 コンラッドは慌てた様子だった。灰皿に手を伸ばし、タバコの火をぐりぐり消した。エリオットがチュッパチャプスを唾液でてらてら光らせながら声を荒らげた。

「……お前ら黙ってろよ」
「おれは知らない! だいたいグロすぎるだろ。ピアノ線で首チョンパなんて――」

 コンラッドが薄い髪を掻き乱しながらソファを叩いた。エリオットはチュッパチャプスを口に含んだまま兄を睨んだ。余計なことを言うな、と殺意のこもった視線だったがもう遅い。

「……死ね」

 十代でハーバード大学を卒業していなくとも、捜査関係者しか知りえない凶器を自白することの重大さくらいはわかる。

 葬式会場のような最悪の空気だった。誰もなにも言わない。彼らの言動は、連続殺人の告白に他ならなかった。オリヴィアだけがソファの上で膝を抱え、子供のように震えていた。

「ピアノ線で死んだの? 初めて聞いたわ」

 オリヴィアの乾いた声がリビングに響く。どうやら、記憶喪失は本物だったらしい。
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