クラウン家の失墜

つなかん

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三章

ギャンブル

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 連続殺人事件の報道も収まりつつあったので、夜の街に繰り出すにはうってつけのタイミングだった。あの狭い部屋で日々を過ごすのは飽き飽きしていたし、なにより兄姉たちが以前にも増してギスギスしている。

「おは~」

 携帯電話を鳴らせば、簡単にオースティンと連絡がついた。わざわざ連絡せずとも、週に三回はセラピーのためにこの高層マンションにやってくる。仕事が終わったら部屋に来るようあらかじめ連絡しておいた。

「おはよう、って時間じゃないですけど」

 オースティンは眉を下げて笑った。いつものごとく、神経質そうな暗い雰囲気を纏っている。心なしか、グレーのスーツがくたびれて見える。

「今起きたんだよ。じゃあ、行こ!」

 立ち上がって腕を組んだ。この家に住んでいると、昼も夜もわからなくなる。まともな社会生活を送っているのは長男のコンラッドくらいだし、彼も朝帰りばかり繰り返す。

「夜遊びなんて久しぶりだな~」

 マンションから一歩外に出ると開放感に包まれる。太陽が落ち、電灯や飲食店が明るく光る。道路を車が行き交ってる。ラスベガスとは比べ物にならないほどの人口密度だった。何度も人にぶつかり、クラクションを鳴らされる。オースティンにグイッと腕を引っ張られた。

「轢かれますよ」
「なにそれ、やさしー」

 伸びたパーカーの首元を整える。いつもは上から見下ろしていた世界はこんなものだったのかと、なんだか拍子抜けをした。

「ねぇ、あそこの店入ろうよ」

 ダミアンは通りの裏にある看板を指差した。地下に続く階段がチカチカ不安定に照らされている。オースティンは険しい顔をして立ち止まった。

「え……あ、いや」
「何か問題ある?」

 ポケットからタバコを取り出したが、すぐそこにデカデカと〝路上喫煙禁止〟の看板があったのでおとなしくしまい直した。オースティンは眉に深い皺を寄せたまま、ほとんど唇を動かさずにぼやいた。

「ホモのお店ですよ」
「いいじゃん。俺らホモなんだからさ」

 小さく嘆息したのち、ダミアンは交差点を渡った。軽やかに階段を降りていく。カジノに比べれば飲み屋などたいしたことはない。ゲイバーなど、足を踏み入れるのに躊躇するような場所ではなかった。

「少々お待ちください」

 入り口ですぐに店員に止められた。レジ横の端末を弄っている。ダミアンは小さく舌打ちをした。面倒なことになりそうだ。未成年だとバレるわけにはいかないことを、彼はよく理解している。

「名前と、社会保障番号は?」
「ダミアン・ダグラス。番号は、えーっと――」

 すらすら、九桁の番号を口にした。次男、エリオットのものだった。机の上にカードを置きっぱなしにしていることくらい、数週間共に暮らしていれば嫌でもわかる。それから、九桁の番号を暗記することも。

「歳は?」
「二十八歳――若作りしてるんだ」

 ダミアンは大きく肩をすくめた。店員は険しい表情で端末を弄っていたが、やがて釈然としない様子で店の奥を顎でしゃくった。

 あとからやってきたオースティンは、止められることなく入店を許された。おどおど周囲を伺っている。悠然と九歳もサバを読むダミアンを信じられない目で見下ろしている。

「堂々と嘘つくなんて」
「嘘をつくときほど堂々としておくべきだろ」

 なにか文句をつけられれば整形手術をしたからだと答えるつもりだったが、とうとうその機会はなかった。

 バーの中は人でごった返していた。ジャズ系の音楽が鳴り、男たちが踊ったり、酒を飲んだりしている。オースティンの姿はいつの間にか見えなくなっていた。
 ダミアンはカウンターにくしゃくしゃの札を置いて酒を注文した。隣の席からひそひそ、すっかり報道の落ち着いた連続殺人事件について話し込んでいる声が聞こえる。

「シリアルキラーが犯人なのだとすれば、こういうところで獲物を漁ったりしてるのかもしれないな」
「ゲイバーで?」

 ダミアンは興味深く聞き耳を立てた。酒を飲み干して、とろんとした目を彼らに向ける。にこやかに笑いかけた。しれっと自然に会話に混ざる。

「ジェフリー・ダーマーみたいな? あんなの時代遅れだよ」
「でも、次はお前が被害者になるかもしれない」

 顔を指で差されても余裕そうな笑みを崩すことはなかった。ポケットからタバコを取りだして火をつける。肺いっぱいに有害物質を吸い込み、薄くなった白い煙を吐き出した。アルコールやタバコ、合法または違法な薬物の香りで蔓延している店内ではたいした問題でなかった。

「そりゃやべーわ。ホモは検死のときにバレるらしいからな」

 ニヤッと口角を上げる。パンチの効いたジョークだった。その証拠に、男たちのうちの一人が不安そうに眉をひそめる。

「そんなのバレるのか?」
「そりゃあ、アレがこう――」

 ダミアンはゲラゲラ笑ったが、誰も釣られて笑顔を見せることはなかった。ホモは献血ができない理由なんかを並べ立ててもよかったが、ウケないだろうからやめておいた。テーブルに肘をつき、かわいらしく首を傾げる。

「ねぇ、それよりマリファナをくれる?」

 ダミアンはイライラと机を叩いた。空港職員に薬物をあらかた没収されてからというもの、強いタバコを吸うしかなかった。ダミアンは健康を気にするような精神性なんて持ち合わせていなかったが、マリファナ特有の鎮静をどうしても脳が求めていた。

「いいじゃん、おねがーい」

 年齢詐称して入店している身分では、本当は十九歳だから買えない、なんて口が裂けても言えなかった。媚びた声を出しても、男たちはまともに取り合ってはくれなかった。

「シャバにいるとかえぐ、保釈金どんだけ詰んだんだよ」

 向こうでなにやら言い争う声が聞こえた。オースティンが、数人の男たちに囲まれて、罵声を浴びせられている。知り合いなのだろうか。とても困っている様子だった。

「案外お前みたいなのが犯人だったりして」

 馴れ馴れしく肩を組まれたり、小突かれたりしている。オースティンは下を向いたまま身を縮こませている。

「ねーねー、何の話? 僕も混ぜて欲しいな☆」

 ダミアンはすかさず彼らの輪の中に入った。パーカーのポケットに手を突っ込んで、落ち着いた様子でぐるりと彼らを見渡した。
 ギャンブルでイカサマカウント行為がバレたときと同様、静かなグレーの瞳をしていた。男たちは一瞬だけたじろいだが、すぐに口を開いた。

「知らねーの? 八年前に起きた銃乱射事件。その犯人がこいつ」
「……」

 周りの男たちは指笛を吹いたりしてオースティンを囃し立てたが、ダミアンはなんの反応も示さなかった。興味がなさそうに彼らをじっと観察している。

「キル数少なかったから出てこれたんだっけ? で、知り合いのコネで就職までしてるってわけ」

 ダミアンは目を細め、タバコを大きく吸い込んだ。ふぅ、と長い時間をかけて副流煙を吐き出した。男の言葉はなにかのノイズか、よくてBGM程度にしか聞こえていないようだった。

「で?」

 やっと口を開いたかと思えば、威圧的にそう一言だけ発した。短くなったタバコを床に叩きつけ、踵で踏みつけて火を消した。男たちの下品な笑い声が徐々に小さくなってゆく。

「別に、こいつはイカれてるからやめといたほうがいいって話」

 男は軽く、オースティンの肩をポンと叩いた。何年も前の、それもニューヨークで起きた銃乱射事件などダミアンは知る由もなかった。当時家にテレビなど存在しなかったし、ニュース記事を読み漁る趣味もなかった。
 ダミアンは一歩前へ進んだ。俯いているオースティンの手をぎゅっと握る。異様に冷たくてギョッとする。

「今の、本当なの」
「……まぁ」

 乾いた返事だった。オースティンはそれ以上語ろうとしなかった。反応からして、肯定の意味を持っていることは明らかだった。

「あ、そう」

 ダミアンは腕を組んだ。とてつもなく退屈な映画を観た直後のように淡白な返答だった。言及する価値すらもないほどどうでもいい内容を告げられた、そんな態度だった。

「それだけ?」

 ニヤついて、ダミアンの反応を楽しみにしていたギャラリーたちもあっさりしたダミアンの態度に拍子抜けしているようだった。

「なんだろ。殺人犯って理由だけで友達を辞めるのって、すっごく薄情な人間じゃない?」
「……」

 ダミアンの言葉に初めてオースティンは初めて顔を上げた。辺りは静まり返った。ジャズのゆったりした音楽だけが響く。

「僕たち友達でしょ?」

 そう言って親しげに肩を組んだ。オースティンの瞳が不安定に揺れ動く。二人の間には性交渉をしたことのある者同士の、独特な空気が流れていた。

「キメー、ホモかよ!」
「ホモだよ、掘るぞ」

 なにを当たり前のことを。ダミアンは大きくため息をついた。小柄な体躯からは想像もつかないほどの余裕を見せつけている。部屋着のようなラフな服装すら、その一助となっている。

「俺は別に、身体の相性さえ合えば誰とだって友達になれるよ」

 そう言ってウィンクをした。間違っても〝恋人同士〟とは表現しなかった。ダミアンにとって、たった一人の相手としかセックスしないなんて有り得ないことだった。友達同士で充分事足りていた。

「お前らこそ、ヴィーガン食でも食って少しは落ち着いたらどう?」

 男たちを見渡しながらそう吐き捨てた。伸びきった黒髪が揺れる。そろそろ切らなくてはならない。面倒臭そうに腕をひらひら振ってみせた。

「それにこいつ、別にホモじゃない。俺が開発してやっただけだよ」
「……は?」

 ダミアンの突然の言葉に、男たちは目を白黒させた。彼のような小柄な外見の男はゲイには好かれない。ダミアンはその常識を覆す存在だった。常に余裕綽々で、自信満々で、どうしても注目を集める。人を魅了する。

「気になる? 俺の超絶テク?」

 周囲は完全に引いていた。ゆっくり後ずさる者もいる。その中で、一人の若い男がダミアンたちに近づいてきた。目は虚ろで、マリファナの匂いを漂わせている。

「お前……クラウン家のやつだろ。隠し子、ってやつ?」
「だったら何?」

 首をぽりぽり掻く。そこまで言われても、ダミアンは慌てる様子はなかった。グレーの瞳が静かに光る。年齢詐称がバレたとしても、少々面倒なことになる程度の認識しか持っていなかった。

「消されるんじゃね? あそこの不祥事はだいたい次男が揉み消してる」
「はぁ? なにそれ」

 ダミアンは生意気そうに眉を吊り上げた。考え込むように下唇を噛み、首を傾ける。なにかを小さくぶつぶつ呟いている。

「知りたいか?」
「いや、もう充分だよ」

 ダミアンは不機嫌そうに口をへの字に曲げた。彼らのほうへ歩を進める。小さな机に置かれたトランプの束を掴んだ。完璧な動きでシャッフルする。涼しげに、見せつけるようにニヤッと笑う。

「それよりカード賭博をやろうよ。俺が勝ったらマリファナを貰う」

 パチンと指を鳴らした。若い男をまっすぐに射る。オースティンがすかさず、ダミアンのパーカーの裾を引っ張った。それでもなお、トランプをシャッフルする手を止めることはない。

「ギャンブルはやめときましょうよ」
「なんで? いーじゃん。俺、こっちが本業だし」
「でも――」

 ダミアンの耳に、オースティンの制止の言葉は入らなかった。その視線はもう完全に、ターゲットマリファナをロックオンしている。

これギャンブルでしか脳汁が出ないんだ」

 ダミアンは決して、エリオットのようにずば抜けて頭が良いわけではなかった。ギャンブルの腕前は、必要に迫られて身につけた技術に他ならない。他に楽しいことなんて、ホモセックスくらいなものなのだから。
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