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異世界トリップ
夏休み
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夏休みに入ると、夕方を過ぎた辺りからセミが鳴き始めるようになった。なんて言うんだろう、こういうの――寂寥感?
とにかく苦手な季節だった。誰もおれに興味なんてない。夜中にマンションを抜け出すことなんて造作もなかった。母親の手鏡をポケットにねじ込んだ。
エレベーターの電気が不安定に点滅している。蛍光灯に近寄ったり、離れたりする羽虫を見ているとやっぱり気持ちが不安定になった。
夜の空気を感じながらコンクリートの道を歩く。小学生の頃よりもずっと俊敏に移動することができた。警備を掻い潜り、小学校に入り込むことも簡単にクリアした。
「んー? この辺か」
……問題は、壊された旧校舎の鏡を探さなければならないことだ。数ヶ月の間とはいえ通っていたのだから校舎の間取りくらいは知っている。
慣れた足取りで新校舎の中を進んだ。体育館の近くにある、焼却炉に向かう。だいたいの粗大ゴミはそこに置かれていた記憶があったからだ。スマートフォンの灯りだけが頼りだった。
「あ……これ」
キラリと視界の端で光るものを見かけて立ち止まる。心臓が早鐘を打った。なんの変哲もない古い、大きな姿見だった――昔見たときと同じままの。
荒くなる呼吸をなんとか抑えた。床にスマホを置いて光源を確保する。ポケットから手鏡を取り出して、目の前の大きな鏡に向ける。
予想していた劇的な異変はなかった。なんの変哲もない、見慣れた自分の姿が映っているだけだった。長く伸びた前髪も、疲れきった表情も、気だるげな服の着こなしもなにも変わらない。
「ま、そうだよな」
まさか本当に異世界に行けるなんて思ってない。そんなファンタジーな世界観、あってたまるかよ。脱力して息を吸った。夏の、熱い空気が肺を満たす。そのはずだった。
「なんだ、これ」
体温よりも高い気温を誇る、生ぬるい空気では既になかった。目を開けると知らない、外国のような街並みが広がっていた。そう、明らかに日本ではない。小学校でもない。学校ですらなかった。
「え、夢?」
異世界トリップしたというより、変な夢を見ているんだと思ったほうが現実的だった。アニメのような、現実離れした赤い髪が目の前にはらりと舞う。
「なに、アンタ」
「……えぇっと」
大剣を喉元に突きつけられ、びっくりして座り込んだ。意味がわからない。でも、異世界に移動できたのは間違いないだろう。この世界では地球温暖化なんて問題しないのかもしれない。少し冷え込むくらいだった。パーカーの袖を伸ばす。
振り返ると、あの大きな鏡が後ろの物置に立てかけられているのが見えた。帰るときに必要になるだろう。場所を覚えておかないと。
「ユーマ様を狙ってるんだろ」
「悠真、やっぱりここにいるんだ!?」
うれしい。久しぶりに明るい声が出た。赤髪の女は剣の柄を強く握り、おれを睨みつけた。顔立ちはやはり外国人風だった。美人系? クラスメイトの女子たちとは全然違った。
「はぁ?」
「おれ、悠真を探しにきたんです!」
「殺す」
「いやいや、なんで!?」
話が通じない。しかし、日本語は通じているようだった。なろう系ラノベにありがちな補正だろうか。こちらとしてはありがたいが、それはそれとしてこの女とは話が通じそうにない。困った。
「えぇ、待って待って。ストップ!」
女の子が大剣を振りかざした。張り詰めた殺気が突き刺さる。やば……これ、ガチで殺されるやつでは。なんとなく本能でわかった。
咄嗟に目を瞑ったが、予想されていた衝撃が訪れることはなかった。強烈な甘い匂いが漂ってきて瞼を持ち上げる。
「カリン、やめろ」
「でも――」
「いいから」
悠真だった――おれが見間違えるはずがない。カリンと呼ばれた赤髪の女は振りかぶった大剣を鞘に収めた。悠真は大勢の女に囲まれていた。三年前より背が伸び、さらさらの黒髪も伸びていた。
「……悠真」
声がかすれた。ずっと探し求めてきた相手が、今目の前にいる。手を伸ばせば届く。話したい言葉はいくらでもあったのに、声に出すことができない。
「で、あなた誰ですか?」
美少女に囲まれ、まるでラノベ主人公のように笑った。おれに向かって言うセリフ? それ。聞き間違いかな。だっておれたち、友達だよね。
「待ってよ、おれのこと忘れちゃったの?」
動揺して声が震えた。信じられない。おれは悠真を忘れた日なんてなかったのに。他に友達なんていらない。そう思っていたのに。
女に囲まれ、まんざらでもなさそうにしている。よく見ると、わざと悠真の腕に胸を押付けている巨乳の金髪美女がいた。チラチラと悠真を影から盗み見ている背の低いかわいい女もいる。
悠真は彼女たちの存在をさも当然のように受け入れていた。目を細め、まじまじとこちらを見つめる。なんか照れる。
「……望月くん?」
「そうそう、よかったぁ。道長って呼んで」
嬉しくてつい頬が緩んだ。よかった。まさか、おれたちは見た目がちょっと変わったくらいで誰だかわからなくなるような間柄じゃないよね。そう思っていたのに悠真の表情は冴えない。
「なにそれ。俺たち、そんなに仲良くないよね」
「え……おれたち友達、だよね」
立ち上がって一歩前に踏み出す。カリンが殺気を放った視線をおれに向け、収めていた鞘に手を伸ばすのがわかった。危険人物扱いされていることだけはたしかだった。
「正直誰だか、あんま記憶ないっていうか。たしか転校してきたよね。ドカ食い? が趣味とか言って」
「好きな言葉は替え玉無料、カレーライスは飲み物、です! 好きな食べ物はエビフライの尻尾、趣味と特技はドカ食いで気絶することです!」
大きな声でハキハキと話した。転校することもなくなり、自己紹介の練習をする必要ももうなかったが、かつてと同じようににこやかに、すらすらと口から自然と発するこもができる。これだけがおれの、人に嫌われないための処世術だった。
「……そんなだったっけ?」
「もうそうは見えないでしょ」
「うん、カッコよくなったね」
悠真を囲っている女の子たちは全員、おれを不審そうな目で見てきたがそんなことは気にしない。その他大勢にどう思われようが、いちいち気にするほどおれは子供ではなかった。乱暴な手つきで悠真の胸ぐらを掴んだ。
「おれは、そんな言葉が聞きたいんじゃない」
「は? なに」
奥歯をギリギリ食いしばった。たしかに悠真には他にも友達がいた。サッカークラブでも人気があったし、クラスでも目立つ存在だった。だから、ここで美女に囲まれてても不思議じゃない。
「その手を離せ!」
カリンが声を荒らげていたがそんなのは無視だ。さすがに殴りつけるのを諦めて手を離したものの、思い切り悠真に顔を近づけた。
「ずっと探してたんだよ。一緒に帰ろう」
手首をぎゅっと掴んだが、悠真は面倒臭そうに舌打ちをするのみだった。なんで、なんで? おれより剣とか振り回す女のがいいってわけ?
顔を逸らす悠真に文句を言う暇なんてなかった。なにしろ周りの目がキツい。ふっと握力を弱めた瞬間に悠真の手がするりと離れていってしまった。他人行儀に、おれの肩をポンポンと叩く。
「まぁ、とりあえずメシでも食ってけよ」
***
こんなに居心地の悪い食卓は生まれて初めてだった。小説か、映画の中でしかみたことのないような外国の宮殿のような場所だった。とにかく天井が高く、先が見えないほど伸びた長テーブルが部屋の中央に鎮座している。
悠真は一番目立つ誕生日席に座って、おれはそのすぐ隣に腰を下ろした。カリンがぶつぶつ、「本当は私の席なのに」と呟いていた。
カリンが不満げに唇を尖らせる。正直、彼女の気持ちも理解できないことはなかった。ずらりと並べられた椅子には、さっきよりもたくさんの女の子が行儀よく並んでいた。
みんながみんなかわいくて、悠真のことをうっとり見つめている。おれはオタクだから似たような現象をよく知っていた。異世界トリップの、ハーレムものだ!
悠真はときどき、彼女たちの誰かに意味ありげな視線を送っていた。なんだコイツ、こういうやつだったっけ。
気分が悪くなったが、目の前に洒落た料理を並べられれば腹が鳴る。白い丸パンをスープに浸して口に運んだ。柔らかくて美味しそうだったのに、口に入れた瞬間、その予想は裏切られた。
「あんま、味がしないな」
「……え?」
ギョッとした顔をカリンや、ほかの女どもから向けられる。悠真だけは無表情のまま、優しくおれの手を握ってきた。……なにそれ、しゅき。
「冗談つもり?」
「うーん、風邪かなぁ」
はは、と軽く笑った。悠真からは依然、キツい香水でもつけてるんじゃないかと思うほど甘ったるい匂いが漂っている。不思議と不快な気持ちにはならなかった。それどころか、なんだか食欲が湧くような、そんな――。
「あの人“フォーク”なんじゃない?」
「それな。いかにも、って感じだし~」
おれの向かいの席の金髪の女が、隣のギャルっぽい女とヒソヒソ話をしていた。わざとおれに聞こえるように言っているとしか思えない。「だとしたら隔離しなきゃ」とか、「ユーマ様が危ない」とかいう声が聞こえてきた。
距離的に、絶対悠真にもその声は届いているはずなのに彼はどこ吹く風でローストビーフを頬張っていた。おれには目もくれない。こんなことで落ち込むほどメンタルは弱くないけれど、それでも少し寂しい気持ちになる。
「ねぇ、ふぉーく、ってなに?」
食器のこと、ではなさそうだ。隣のカリンに声をかけた。おれを殺そうとした女ではあるが、ほかに聞けそうなのがいない。カリンは不服そうに鼻を鳴らし、ボソボソ耳打ちしてくれた。あれ、もしかして実はいい人なのかも。
「〝ケーキ〟は貴重な存在だから、保護しなければならないんだ」
「だから、その〝ケーキ〟とか〝フォーク〟ってなに?」
「大きい声を出すな!」
カリンがテーブルを叩いたので、周囲のざわめきが急に収まった。この世界ではどうやら、〝ケーキ〟や〝フォーク〟という単語は大声で言うべき単語ではないらしい。なにか、別の意味があるのかもしれない。
「やめろって。いつも言ってるだろ」
「でも――」
悠真が仲裁のために口を開くと、カリンの殺気が嘘のように消失する。悠真はニヤリと口角を上げ、行儀悪くテーブルに肘をついて首を傾けた。その仕草はなんとも妖艶で、目が離せなくなるほど魅力的だった。おれが駅前で女子大生に「イケメン」とか言われるのとはわけが違う。
「もし仮にコイツが〝フォーク〟だとしても、お前らが俺を守ればいいだろ」
悠真がカリンに向かってウィンクをすると、彼女は顔を髪の毛の色と同じくらい頬を高揚させた。
もしかしなくてもここの女、全員悠真に惚れてるのか? 女にモテる悠真は解釈一致ではあるけど、でもだからってやりすぎだ。この世界、どーなってんだよ。意味わかんねー。
「行こう」
「あ、うん」
いつの間にか食事を終え、椅子から立ち上がる悠真に腕を引かれた。こんなにたくさん女がいるのにおれの手を取った。ちょっとした優越感に浸りながら、広い食卓を出た。
とにかく苦手な季節だった。誰もおれに興味なんてない。夜中にマンションを抜け出すことなんて造作もなかった。母親の手鏡をポケットにねじ込んだ。
エレベーターの電気が不安定に点滅している。蛍光灯に近寄ったり、離れたりする羽虫を見ているとやっぱり気持ちが不安定になった。
夜の空気を感じながらコンクリートの道を歩く。小学生の頃よりもずっと俊敏に移動することができた。警備を掻い潜り、小学校に入り込むことも簡単にクリアした。
「んー? この辺か」
……問題は、壊された旧校舎の鏡を探さなければならないことだ。数ヶ月の間とはいえ通っていたのだから校舎の間取りくらいは知っている。
慣れた足取りで新校舎の中を進んだ。体育館の近くにある、焼却炉に向かう。だいたいの粗大ゴミはそこに置かれていた記憶があったからだ。スマートフォンの灯りだけが頼りだった。
「あ……これ」
キラリと視界の端で光るものを見かけて立ち止まる。心臓が早鐘を打った。なんの変哲もない古い、大きな姿見だった――昔見たときと同じままの。
荒くなる呼吸をなんとか抑えた。床にスマホを置いて光源を確保する。ポケットから手鏡を取り出して、目の前の大きな鏡に向ける。
予想していた劇的な異変はなかった。なんの変哲もない、見慣れた自分の姿が映っているだけだった。長く伸びた前髪も、疲れきった表情も、気だるげな服の着こなしもなにも変わらない。
「ま、そうだよな」
まさか本当に異世界に行けるなんて思ってない。そんなファンタジーな世界観、あってたまるかよ。脱力して息を吸った。夏の、熱い空気が肺を満たす。そのはずだった。
「なんだ、これ」
体温よりも高い気温を誇る、生ぬるい空気では既になかった。目を開けると知らない、外国のような街並みが広がっていた。そう、明らかに日本ではない。小学校でもない。学校ですらなかった。
「え、夢?」
異世界トリップしたというより、変な夢を見ているんだと思ったほうが現実的だった。アニメのような、現実離れした赤い髪が目の前にはらりと舞う。
「なに、アンタ」
「……えぇっと」
大剣を喉元に突きつけられ、びっくりして座り込んだ。意味がわからない。でも、異世界に移動できたのは間違いないだろう。この世界では地球温暖化なんて問題しないのかもしれない。少し冷え込むくらいだった。パーカーの袖を伸ばす。
振り返ると、あの大きな鏡が後ろの物置に立てかけられているのが見えた。帰るときに必要になるだろう。場所を覚えておかないと。
「ユーマ様を狙ってるんだろ」
「悠真、やっぱりここにいるんだ!?」
うれしい。久しぶりに明るい声が出た。赤髪の女は剣の柄を強く握り、おれを睨みつけた。顔立ちはやはり外国人風だった。美人系? クラスメイトの女子たちとは全然違った。
「はぁ?」
「おれ、悠真を探しにきたんです!」
「殺す」
「いやいや、なんで!?」
話が通じない。しかし、日本語は通じているようだった。なろう系ラノベにありがちな補正だろうか。こちらとしてはありがたいが、それはそれとしてこの女とは話が通じそうにない。困った。
「えぇ、待って待って。ストップ!」
女の子が大剣を振りかざした。張り詰めた殺気が突き刺さる。やば……これ、ガチで殺されるやつでは。なんとなく本能でわかった。
咄嗟に目を瞑ったが、予想されていた衝撃が訪れることはなかった。強烈な甘い匂いが漂ってきて瞼を持ち上げる。
「カリン、やめろ」
「でも――」
「いいから」
悠真だった――おれが見間違えるはずがない。カリンと呼ばれた赤髪の女は振りかぶった大剣を鞘に収めた。悠真は大勢の女に囲まれていた。三年前より背が伸び、さらさらの黒髪も伸びていた。
「……悠真」
声がかすれた。ずっと探し求めてきた相手が、今目の前にいる。手を伸ばせば届く。話したい言葉はいくらでもあったのに、声に出すことができない。
「で、あなた誰ですか?」
美少女に囲まれ、まるでラノベ主人公のように笑った。おれに向かって言うセリフ? それ。聞き間違いかな。だっておれたち、友達だよね。
「待ってよ、おれのこと忘れちゃったの?」
動揺して声が震えた。信じられない。おれは悠真を忘れた日なんてなかったのに。他に友達なんていらない。そう思っていたのに。
女に囲まれ、まんざらでもなさそうにしている。よく見ると、わざと悠真の腕に胸を押付けている巨乳の金髪美女がいた。チラチラと悠真を影から盗み見ている背の低いかわいい女もいる。
悠真は彼女たちの存在をさも当然のように受け入れていた。目を細め、まじまじとこちらを見つめる。なんか照れる。
「……望月くん?」
「そうそう、よかったぁ。道長って呼んで」
嬉しくてつい頬が緩んだ。よかった。まさか、おれたちは見た目がちょっと変わったくらいで誰だかわからなくなるような間柄じゃないよね。そう思っていたのに悠真の表情は冴えない。
「なにそれ。俺たち、そんなに仲良くないよね」
「え……おれたち友達、だよね」
立ち上がって一歩前に踏み出す。カリンが殺気を放った視線をおれに向け、収めていた鞘に手を伸ばすのがわかった。危険人物扱いされていることだけはたしかだった。
「正直誰だか、あんま記憶ないっていうか。たしか転校してきたよね。ドカ食い? が趣味とか言って」
「好きな言葉は替え玉無料、カレーライスは飲み物、です! 好きな食べ物はエビフライの尻尾、趣味と特技はドカ食いで気絶することです!」
大きな声でハキハキと話した。転校することもなくなり、自己紹介の練習をする必要ももうなかったが、かつてと同じようににこやかに、すらすらと口から自然と発するこもができる。これだけがおれの、人に嫌われないための処世術だった。
「……そんなだったっけ?」
「もうそうは見えないでしょ」
「うん、カッコよくなったね」
悠真を囲っている女の子たちは全員、おれを不審そうな目で見てきたがそんなことは気にしない。その他大勢にどう思われようが、いちいち気にするほどおれは子供ではなかった。乱暴な手つきで悠真の胸ぐらを掴んだ。
「おれは、そんな言葉が聞きたいんじゃない」
「は? なに」
奥歯をギリギリ食いしばった。たしかに悠真には他にも友達がいた。サッカークラブでも人気があったし、クラスでも目立つ存在だった。だから、ここで美女に囲まれてても不思議じゃない。
「その手を離せ!」
カリンが声を荒らげていたがそんなのは無視だ。さすがに殴りつけるのを諦めて手を離したものの、思い切り悠真に顔を近づけた。
「ずっと探してたんだよ。一緒に帰ろう」
手首をぎゅっと掴んだが、悠真は面倒臭そうに舌打ちをするのみだった。なんで、なんで? おれより剣とか振り回す女のがいいってわけ?
顔を逸らす悠真に文句を言う暇なんてなかった。なにしろ周りの目がキツい。ふっと握力を弱めた瞬間に悠真の手がするりと離れていってしまった。他人行儀に、おれの肩をポンポンと叩く。
「まぁ、とりあえずメシでも食ってけよ」
***
こんなに居心地の悪い食卓は生まれて初めてだった。小説か、映画の中でしかみたことのないような外国の宮殿のような場所だった。とにかく天井が高く、先が見えないほど伸びた長テーブルが部屋の中央に鎮座している。
悠真は一番目立つ誕生日席に座って、おれはそのすぐ隣に腰を下ろした。カリンがぶつぶつ、「本当は私の席なのに」と呟いていた。
カリンが不満げに唇を尖らせる。正直、彼女の気持ちも理解できないことはなかった。ずらりと並べられた椅子には、さっきよりもたくさんの女の子が行儀よく並んでいた。
みんながみんなかわいくて、悠真のことをうっとり見つめている。おれはオタクだから似たような現象をよく知っていた。異世界トリップの、ハーレムものだ!
悠真はときどき、彼女たちの誰かに意味ありげな視線を送っていた。なんだコイツ、こういうやつだったっけ。
気分が悪くなったが、目の前に洒落た料理を並べられれば腹が鳴る。白い丸パンをスープに浸して口に運んだ。柔らかくて美味しそうだったのに、口に入れた瞬間、その予想は裏切られた。
「あんま、味がしないな」
「……え?」
ギョッとした顔をカリンや、ほかの女どもから向けられる。悠真だけは無表情のまま、優しくおれの手を握ってきた。……なにそれ、しゅき。
「冗談つもり?」
「うーん、風邪かなぁ」
はは、と軽く笑った。悠真からは依然、キツい香水でもつけてるんじゃないかと思うほど甘ったるい匂いが漂っている。不思議と不快な気持ちにはならなかった。それどころか、なんだか食欲が湧くような、そんな――。
「あの人“フォーク”なんじゃない?」
「それな。いかにも、って感じだし~」
おれの向かいの席の金髪の女が、隣のギャルっぽい女とヒソヒソ話をしていた。わざとおれに聞こえるように言っているとしか思えない。「だとしたら隔離しなきゃ」とか、「ユーマ様が危ない」とかいう声が聞こえてきた。
距離的に、絶対悠真にもその声は届いているはずなのに彼はどこ吹く風でローストビーフを頬張っていた。おれには目もくれない。こんなことで落ち込むほどメンタルは弱くないけれど、それでも少し寂しい気持ちになる。
「ねぇ、ふぉーく、ってなに?」
食器のこと、ではなさそうだ。隣のカリンに声をかけた。おれを殺そうとした女ではあるが、ほかに聞けそうなのがいない。カリンは不服そうに鼻を鳴らし、ボソボソ耳打ちしてくれた。あれ、もしかして実はいい人なのかも。
「〝ケーキ〟は貴重な存在だから、保護しなければならないんだ」
「だから、その〝ケーキ〟とか〝フォーク〟ってなに?」
「大きい声を出すな!」
カリンがテーブルを叩いたので、周囲のざわめきが急に収まった。この世界ではどうやら、〝ケーキ〟や〝フォーク〟という単語は大声で言うべき単語ではないらしい。なにか、別の意味があるのかもしれない。
「やめろって。いつも言ってるだろ」
「でも――」
悠真が仲裁のために口を開くと、カリンの殺気が嘘のように消失する。悠真はニヤリと口角を上げ、行儀悪くテーブルに肘をついて首を傾けた。その仕草はなんとも妖艶で、目が離せなくなるほど魅力的だった。おれが駅前で女子大生に「イケメン」とか言われるのとはわけが違う。
「もし仮にコイツが〝フォーク〟だとしても、お前らが俺を守ればいいだろ」
悠真がカリンに向かってウィンクをすると、彼女は顔を髪の毛の色と同じくらい頬を高揚させた。
もしかしなくてもここの女、全員悠真に惚れてるのか? 女にモテる悠真は解釈一致ではあるけど、でもだからってやりすぎだ。この世界、どーなってんだよ。意味わかんねー。
「行こう」
「あ、うん」
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