異世界には向かない友情

つなかん

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四年後

ドカ食い

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「お願いしまーす」
 太陽がジリジリ照りつける中、いつものように駅前でチラシを配る。背中を汗が伝ったが、そんなことはまったく気にならなかった。
「ねぇ、ちょっといい?」
「あ……」
 声をかけられたので笑顔を貼り付けて振り返った。でも、持ち上げた口角が引き攣るのに数秒もかからなかった。女の人だった。日傘の下から覗く顔には見覚えがあった。

 ――悠真の母親の顔くらい知っている。痩せて、老けていて、それでも憔悴しているわけではなかった。とても、息子が行方不明になった母親とは思えない。迷惑そうに眉をひそめていた。

   ***

「コーヒーと、カツパンと、シロノワールで!」
「そんなに食べられるの? ここ量多いよ」
「余裕っす」
 男子高校生の食欲ナメんなよ。喫茶店のシートに深く腰を下ろし、挑戦的に悠真の母親を見つめた。店員にボソボソとアイスコーヒーを注文していた。
「あのね、もうこんなこと辞めて欲しいの」
 クーラーの効いた店内にはまばらに人がいるだけだった。おしゃべりをしている老婦人たちや、テスト勉強をしている学生の集団がちらほら見える。
「……こんなこと、って。なに」
 カラカラに乾いた喉を鳴らす。教科書よりも重い、大量のチラシの入ったカバンを抱え込んだ。テーブルの上の水に手を伸ばした。自分の子供が行方不明なのに、探すななんておかしいだろ。
「あなた、悠真の友達でもなんでもないでしょ。サッカークラブの子でもないし、うちにきたこともない。転校生よね?」
 淡々とした‪口調だった。顔を上げ、目を合わせることができない。喉を潤してもなお、汗が引くことはなかった。茶色いテーブルに視線を落とし深く息を吐く。抱えていたカバンを横に移動させた。
「……ちゃんと友達でした」
「お待たせいたしました~」
 やっと絞り出した言葉は店員の声でかき消された。コーヒーやシロノワール、カツパンが目の前に並べられる。どれもこれも、メニューの写真から想定されるものより一回り以上大きいものだった。
「ごゆっくりどうぞ~」
 店員が立ち去ると、悠真の母親はすぐに運ばれてきたコーヒーに手をつけた。澄ました表情で、とても面倒臭そうにも見えた。
 おれは軽く咳払いをした。頭を働かせるためにフォークを手に取ってシロノワールをつついた。ふわふわのソフトクリームが舌で溶ける。慎重に言葉を選んだ。
「友達って、何年仲良いとか。そういうの関係あります?」
「は?」
「おれ、友達なんていなかった。……初めて声かけてもらったんです。だからまた会いたい。それって、そんなにダメなことなんですかね」
 ソフトクリームと一緒にデニッシュを口に運ぶ。うん、やっぱコメダはこれだよな。アイスコーヒーと一緒に飲むとまた脳にキマる。幼少期の、ドカ食いくらいしか趣味がなかった頃の記憶が思い出された。
「探さないと、みんなから忘れられて……本当にいなくなっちゃうような気がして」
「とにかく、これ以上は迷惑なの」
 コーヒーを飲み終えると、悠真の母親は不機嫌そうに息を吐いた。――『自分がいなくなっても、あの人たちは気にしない』。たしかそんな風に言ってたっけ。カツパンに手を伸ばしてカロリーの暴力を堪能した。
「じゃあ、お願いね」
「え、ちょ……」
 悠真の母親は一方的に話を切り上げた。忙しそうに髪を整え、伝票を取って席から立ち上がった。このふかふかのソファに三十分も滞在しないなんて意味がわからない。
 呼び止める暇もなくカツカツヒールを鳴らしてレジに向かってしまった。まだ食べかけのパンが残っているのに残すわけにもいかないし、後を追いかけようとは思わなかった。てかこれ、もしかして奢り? ラッキー!?

   ***

「おかえり、ご飯は?」
「まかない食べたから大丈夫」
 帰宅するやいなや母にそう声をかけられたが、息をするように嘘をつくことができた。以前に比べればすっかり落ち着いた服や化粧を纏うようになってしまったのは、本来喜ぶべき事柄なのだろう。
 この家に居場所なんてない。テスト期間にもバイトのシフトを入れてると嘘ついても誰も気づかない程度の繋がりしか存在しなかった。
「テストは?」
「別に、普通」
 成績で文句を言われたことなんてなかった。文句を言われる点数を取ったことなど一度もない。わかりやすく非行に走ったり、あるいは引きこもったりすれば一時的な関心を引くことはできただろう。でも、おれはあくまで静かに優等生として生きてきた。ちょっと嘘ついてビラ配りするくらい許されるだろ。
「本当、似てるよね。あの人に」
「あ゛?」
 思わず声を荒げる。『あの人』というのが、父親のことだとすぐにわかったからだ。あのときは今のように広いリビングや、自分の部屋なんてなかった。
 田舎の、クーラーも半分壊れているようなボロアパートで、主食はカップラーメンだった。毎日怒鳴り声が飛び交ってて、殴られるのも日常茶飯事だった。……でも、あそこにはおれの居場所があった。
「あのさ、友達探すのもうやめたら。もっと高校生らしいことしなよ。新しい友達と遊んだり、彼女作ったりして――」
「うざ」
 舌打ちをした。階段を昇って自室を目指す。テスト期間中に言い争っている暇なんてない。文句の言われない成績をキープするには、それ相応の努力が求められた。……少しは勉強しなければ。
「おい」
「なんですか……おれ忙しいんですけど」
 階段を昇り切ると二階の廊下に父親が立っていた。もちろん本当の父親じゃない。こはるの父親、母の再婚相手だ。外見は冴えないが、堅実に金を稼ぐ能力だけはある男だった。
「茜ちゃんと何話してたの」
「別に……本人に聞けば?」
 目を逸らして肩をすくめた。こはるの言う通り、嫌われていることくらい知っている。だから何? って話だけど。
「あのさぁ、茜ちゃんは僕と結婚してるの。あんまり馴れ馴れしくすんなよ」
 胸ぐらを掴まれたが、そんなことで動揺するほどおれは生ぬるい環境で育っていない。おれのほうが既に身長も高いし、なにも恐れることはない。顔に唾が飛ぶ。
「んだそれ、碇ゲンドウよりひでーな」
 鼻で笑ってみせた。その茜ちゃんに『キモい客』って言われてたの、教えてやってもいいけど。おれはそんな親切ではないので小さく鼻を鳴らす程度で収めておいた。子供に嫉妬するのか最高にキモいだろ。
「前から思ってたけど、オタク? キモいよ」
「はいはい、そーですか」
 これみよがしに大きくため息をついた。別に、どう思われたっていい。碇ゲンドウときいてエヴァンゲリオンが連想される時点でこいつも似たようなものだ。世代? なんか知らんけどキショいんだよ。
「本当邪魔」
「老害陰キャ」
 悪態をつかずにはいられなかった。自分でもわかってる。父親に似てるのは外見だけじゃないって。言われなくたって、自分が邪魔な存在だってこともちゃんと理解していた。
 きっと、おれがいなくなったって誰も探さない。この世界に居場所なんてない。それを認めてしまったら、きっとマトモではいられなくなる。だからずっと、十六年も気づかないフリを続けているんだ。
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