異世界には向かない友情

つなかん

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四年後

失踪

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「ねぇ、ちょっとあの人かっこよくない?」
「制服どこのだろー」
「なんだっけ。ほら、頭良いとこのに似てる」
「ひびや?」
 そんな声が聞こえる。大学生くらいの若い女の人だった。乾いた風に吹かれた髪を耳にかけた。もう誰も、おれのことを「キモい」とか「臭い」なんて言わない。
 夏休み前の、うだるような殺人的な気温の中でも涼し気な顔を保っていられる。おれはずっと悠真みたいになりたいと思って行動してきた。努力してきた。あれから三年以上が経ち、おれは高校生になった。

 校歌を覚えても、悠真と一緒に卒業式を迎えることはできなかった。悠真はある日突然姿を消した。誘拐されたんじゃないかとか、事故に遭ったんじゃないかとか様々な憶測が飛び交った。
 ニュースになっても騒いだのは一ヶ月程度だった。みんな当たり前のように悠真のいない卒業式を受けいれていた。あんなに仲の良さそうだったサッカーチームのメンバーも、悠真なんて初めからいなかったかのように振舞っていた。
 中学に入った頃にはすっかり、誰も悠真の話なんてしなくなっていた。みんな新しい友達を作っていたが、おれはそんな気分にはなれなかった。
 なんて冷たい連中なんだろうと思った。悲しくて、食事が喉を通らなくて、おれはドカ食いをやめた。ちょうど身長が伸び始めた時期で、「デブ」とは言われない体型に変わっていた。
 むしろ、「イケメン」で「かっこいい」なんて言われたりもする。今もそうだった。女子大生にニコッと笑いかけると彼女たちは頬を高揚させた。
 きっと夏の暑さのせいだけじゃないだろう。その手に持っている日傘や、ハンディファンはしっかり仕事をしているはずだし。
「オネーサン。これどうぞ」
 ゆっくりした歩調で近づき、カバンからチラシを取り出した。――行方不明者。蛾野悠真くん。失踪当時十二歳。もちろん警察署の作った、ホンモノのチラシだった。
「え、あ。はーい」
 目が合ったが、彼女たちが見ているのはおれの顔の造形だけだった。おれの渡したチラシをぐしゃぐしゃにして小さいカバンに押し込んでいる。印刷された悠真の顔すら見ようとしない。こんなとき、一生懸命チラシを配っても意味ないんじゃないかって思う。虚しい気持ちになる。
 予定通りあの旧校舎は取り壊されたが、悠真の痕跡は見つからなかった。心のどこかで、あの合わせ鏡のせいなんじゃないかと考えていたが口に出すことはなかった。オカルト趣味だなんて思われたくなかったし、新しい環境でまたいじめられたくもなかったからだ。
「よろしくお願いしまーす」
 おれの作り笑いと同じくらい、チラシを渡したお姉さんたちの苦笑いも固く歪なものだった。軽く頭を下げ、こわごわとおれから離れて駅に向かってしまう。
「……なに、あれ」
「行方不明? だって」
 ヒソヒソそんな声が聞こえてきた。自分でもおかしいと思う。四年間ずっと、行方不明になった友達を探している。暇さえあれば人の集まる駅や公園でチラシを配る。
 おれと同い年くらいの高校生のカップルがすぐ横を通りすぎていった。こんな行動に意味なんてないのかもしれない。それでも、どうしても強く初めてできた唯一の友達にまた会いたいと願ってしまうんだ。

   ***

 駅から離れ、人通りの少ない閑静な住宅街までやってくるとやっと息をつくことができた。ジリジリ照りつける太陽がやっと傾け始め、オレンジ色の夕陽が見えた。
 制服のネクタイを締め直し下唇を噛み締めた。乾いた空気を肺に吸い込んでは吐き出す。あまりモタモタしてはいられない。不審者扱いされ、通報でもされたら面倒だ。
 歳上の、それでもせいぜい三十代の男女とすれ違う。ときおり気味悪げな視線を向けられたが、気にせず澄ました顔で歩いた。
 土埃が舞う。小さな子供たちの騒がしい、楽しげな声が鼓膜を揺らした。おれが通っていた田舎の鬱屈した場所とは違う、広くて清潔な保育園だった。事前に登録した身分証を提示するとすぐに中に通された。
「今日はお兄さんなんですね」
「……ッス」
 アルバイトのない日は妹の迎えをするのが日課だった。ほとんどデキ婚だった母親とその彼氏と仲良くできるはずがなかった。
 幼い妹とも打ち解ける気なんてさらさらない。そもそもおれは本当はコミュ障で、無愛想な人間なんだ。外では無理しているだけで。
 保育士が幼い妹を連れてきた。激務のはずなのに、ニコニコ笑顔を貼り付けている。広く清潔な保育園の中はドタドタした足音が響いていた。
「これ、連絡帳です」
 都会に住んでいるバリキャリパワーカップルのクソガキ共の世話をする仕事なんて、おれには絶対無理だ。ピアノを弾きながら歌って、トイレの世話までするなんていくら金を積まれたってやりたくない。それでいて薄給ときたものだ。とても、笑って連絡帳を差し出すことなんてできない。スマイルは有料なんだよ。
「あぁ、はい」
 ため息混じりに呟いて薄い冊子を受け取った。青いワンピースを着た妹がおれの足に絡みついてくる。お世辞にもかわいい、とは言えない顔立ちだった。ちょっと収入が良いというだけの母親の彼氏お父さんによく似ていた。
 おれはあの、新しい父親のことを好きになれそうになかった。しかし、あれだけ男遊びの激しかった母が落ち着いたのはあの男のおかげだと理解していたので表立って衝突もしなかった。そうやって騙し騙し、数年間を過ごしてきたのだ。
「こはるちゃん、とってもいい子でしたよ」
「……そうですか」
 なんだか居心地が悪くて目を逸らした。おれにそれ報告してどうすんだよ。興味ないっつーの。軽く頭を下げて靴を履き終えたこはるの手を引いた。
「おにいちゃん」
 建物の外に出ても、憂鬱な気持ちが収まることはなかった。こはるは一生懸命におれのあとをついてくる。
 ガキの世話なんて本当はやりたくない。道路に飛び出さないようずっと注意を払っていなければならないし、なにより本音を見透かしてくるような子供特有の純粋な瞳が恐ろしくて仕方がなかった。賄い付きの、時給千二百円の愛想笑いを振りまいていたほうがずっと楽だ。
「お父さんって、お兄ちゃんのこと嫌いなの?」
「え……なんで?」
 閑静な住宅街は、夕方になると車や自転車、ランドセルを背負った小学生たちが忙しなく行き交う場所になる。お互いに無関心な、実に東京らしい風土のおかげでおれは不審者にならずに済んでいた。まぁ、こはるがぐずったり、泣き出したりしなければの話だが。
「ほんとうのお兄ちゃんじゃないの?」
「本当のお兄ちゃんだよ」
 溜息をつき、立ち止まったこはるの元へ道を引き返した。しゃがんで目線を合わせる。コンクリートからの熱気で汗が吹き出す。本当はこういうとき、不機嫌そうにしてはいけないのだろうがそこまでの演技力は持ち合わせていなかった。
「お父さんがちがう、って」
「……あの人はそう言うだろうね」
 こはるは不安げに目を潤ませた。これをもしカワイイ、と表現するやつがいればそいつはロリコンだ。ガキなんて面倒臭いだけ。ギャン泣きしないようなだめる言葉を考えるのも億劫だった。特に、父親の話なんて。
「よくわかんないよ」
 震える声に、どう答えたらよいのかわからない。十六歳にもなれば、自分が子供だったときのことなんてすっかり忘れている。暑いし、さっさと家に帰りたいんだけど。
「お兄ちゃんのお父さんは別の人なんだよ」
「お母さんは?」
「それは同じ。だから本当のお兄ちゃんではあるよ、少なくとも半分はね」
 肩をすくめた。こはるは目をぱちくりさせ、困ったように首を傾けた。ギャン泣きは避けられそうで一安心だ。ちゃんとした理解はしていない様子だった。
 保育園で高所得パワーカップルのお友達に囲まれているこはるが首を傾げるのも当然だ。おれの存在さえなければ、『複雑な家庭環境』なんてヒソヒソ囁かれることもないんだろうと思った。
「ふーん。じゃあ、お兄ちゃんのお父さんはどんな人?」
「んー、おれに似てイケメン?」
 冗談めかした言葉はあながち嘘ではなかった。父親の顔は記憶からずいぶん薄れたが、残された写真データを見れば簡単にわかることだった。若いうちであれば、顔の良さにあぐらをかいて生活することもおそらく可能だっただろう。
「この前せんせーにお兄ちゃんかっこいいねって言われたよ」
「あぁ……次言われたら『タイプじゃないよ』って答えな」
 こはるを抱きかかえて立ち上がった。全然、重くはない。人は結局、外見がすべてなんだと痛感させられる。だって、女子供を殴るようなDV野郎でも結婚して、中出しセックスして、養育費も払わずに離婚することができるんだから。
「お兄ちゃんのお父さん、わたしも会ってみたい~」
「今度ね」
 クソッ。足をばたつかせるなってば。こはるの小さな身体を抱え直す必要があった。自宅のマンションが見えてきたので早足で進んでエレベーターのボタンを押した。

   ***

「ただいま~」
 玄関の戸を開ける。重すぎる荷物や、こはるを床に下ろしてやっと一息つくことができた。高校のクラスメイトはきっとこんな苦労をしていない。自分が中出ししたわけでもないクソガキの面倒なんてみていない。そう考えると頭が狂いそうだった。
 バイトのシフト、もっと増やしてもらおうかな。養育費を寄越さないクソ親父に取り立て屋みたいな真似すんのも癪だし。
 広いリビングのテーブルにポツンと置かれたエアコンのスイッチに手を伸ばす。やっと冷えた空気にありつくことができた。
「お腹すいた~」
 ドタドタ、保育園にいるときのまったく同じ無邪気に走り回っている。熱中症対策のため、少なくとも水を飲ませなければならない。母親が帰ってくるまでの間、こはるになにかあればおれの責任になる。
 ……どうしておれがこんな目に遭わなきゃならないんだ。この世は理不尽だ。疲れてソファに座り込んだ。元気に走り回るこはるに声をかける。
「手ェ洗えよ」
 ぶっきらぼうに声をかける。こっちは立ち上がる元気すらないってのに。……もしかしてこれが若さなのか!? てか、おれもなんか食べたいな。
「たしか、まだ隠してたお菓子が……てか最近のカントリーマアムちっちゃくね?」
 ソファから床に移動し、テレビ台の裏に手を伸ばす。カントリーマアムはバニラ味が至高だと思う。バイト代でお徳用を買ったはずなのにあと三つしか残っていなかった。
「お兄ちゃん手ぇ洗ってなくない? なくなくない?」
「うぜ」
 洗面所からこはるが勢いよく走ってきて、おれの背中に突撃してきた。体温が温かい。っていうか、暑苦しい。クーラーの効いている部屋だとしてもひっつかれたらたまらない。包装紙を開け、こはるの口にカントリーマアムを突っ込んだ。
「んー、今日ご飯なに?」
「しらねー」
 食べながら喋るなってば。こはるはごくりと口の中身を飲み込んだ。ちゃんと噛んでるのかよ。まぁ、これだけ中身が小さくなったらすぐ食べ終わるか。首に小さな腕が絡まってきて、不愉快でしかなかった。邪険に振り払うわけにもいかず小さく息を吐く。
「今度バイト代入ったら寿司屋でも行くか」
 おれがそう言うと、こはるはニコニコ笑ってみせた。どうしてそんなに、自信満々に歯を見せて笑えるんだろうと思った。
「回る?」
「回る寿司しか行けねーよ」
 苦笑した。おれ抜きで回らない寿司屋に行ってることくらい知っている。無邪気にはしゃぐこはるの姿を見ていると、ますます惨めな気持ちになった。おれが同い年くらいのとき、こんな風に笑えていただろうか。
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